DO・GE・ZA
「んがっ?」
真っ赤に染まっていた視界が急に開けた。頭はぼーっとしてふわふわしているが、悪い気分では無い。むしろ体調はすこぶる良いようだ。垂れた涎をぐしぐしと拭う。
何か、グニグニとした柔らかい物の上に私は寝ておるようで、起き上がろうとはしたものの、妙にでこぼことしたそれに足を取られてころんとすっころんだ。
ぼふん。と、これまた柔らかくて冷たい物の上に落下する。なんじゃろか。手に取ってみる。あ、シーツだこれ。
というか妙に体がすーすーするのだが。下を見下ろせば、そこには肌色の大平原があった。全裸である。また全裸かよ。
ええい、何が起こった。先ほどの柔らかいグニグニに手をかけて身を起こした。
確か私は、朝から赤毛に叩き起こされて運搬され、桃色の魔窟に放り込まれてお茶とお菓子をご馳走になり、割と身に覚えのある理不尽な追及をされて寝室に連れ去られ、そこで、そこで……
全部、思い出した。
慌てて下を見る。私が支えにしていた柔らかい物は、見知った赤毛の女であった。
その右腕は無惨に引き千切れ、辛うじて皮一枚で繋がっておる有様で、流れ出た血が寝具を赤く染め上げている。首にも小さな穴が穿たれて血が流れだしており、浅く呼吸こそしているものの、その瞳には何も映していなかった。
部屋の中を見渡せば、床の上には先ほど私にお茶を淹れてくれた桃色が倒れている。その両腕はこれまた無惨に折れ砕けておかしな方向を向いており、やはり同じく、首には小さく穴が開いていた。
全部、思い出した。私がやったのだ。これは全部、私がやったのだ。血の気が引いた。
「…………あ、あぁぁあぁぁぁぁああああああっ!?!?!?」
腹の底から絶叫が噴き出す。頭を掻きむしって転げまわり、ベッドの端から転げ落ちると、私は狂ったように叫んだ。
「やっっちまっっったぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
二人に向けて、久しぶりのエナジードレイン逆噴射をぶっ放す。そりゃもう全力で。
私の中身よ全部出ていけとばかりに気合を入れると、やがて二人の肌に赤みが戻り、げぼりと血の塊を吐き出して彼女達は息を吹き返した。そして私は……。
「うぎゅっ! ……ぎぼぢ悪い……うぼぁー…………。」
考えなしに力をふるったツケが回ったか、口を押さえて目を回すと、私はその場でびたんとぶっ倒れたのだった。
「…………あら、ノマちゃん目を覚ましたみたいよ。」
「……やーーっと起きやがったか。この馬鹿。」
再び目を覚ますと、ベッドの上でミノムシになっていた。縄でぐるぐると簀巻きにされていて身動きが取れぬ。聞き覚えのある声に思わず嬉しくなって跳ね起きたが、そのままバランスを崩してころんころんと転がった。
「ゼリグさん! キティーさん! よかったぁ! 無事だったんですね!!」
「いや、お前にやられたんだけどな。おうキティー、なんか右腕がスースーすんだけどよ、ちゃんとくっ付いてんのかこれ。」
「私の治癒の腕は知ってるでしょう?前より丈夫なくらいだから安心なさい。」
興奮してぴちぴちと跳ねまわる私の前で、二人は調子を確かめるように、手のひらを握って開いて、手首をぐるりと回して見せる。
ちゃんと腕がある。どうやら私が二人を蘇生させた後、キティーが治してくれたようだ。いやぁ良かった。二人をかたわにでもしてしまおうものならば、もはや詫びてどうにかなる話では無い。一生頭が上がらぬところであった。いやもう十分過ぎるほどやらかした気はするが。
「あ~あ~。それにしてもひっどいわねぇこれ、部屋も家具もぼろぼろで……この血の染み、落ちないわよねぇ。」
キティーがため息を吐くほどに、寝室の中は惨憺たる有様であった。寝具も床も血まみれで、壁を汚した血の飛沫は天井にまで及んでいる。その壁の一面は崩れて瓦礫の山と化し、隣の部屋の乱雑に積み上げられた私物の類がよく見えた。
「部屋の中がめちゃくちゃですね。誰が、こんな恐ろしい事を……。」
二人にじろっと睨まれる。曖昧に笑って誤魔化そうとしたが、ちょっとマジな感じだったので、その場で正座をして素直に頭を下げた。
真っ赤に染まった寝具を広げ、顔をしかめるキティーの様子を、角度九十を維持しながら恐る恐ると盗み見る。そうしたところで、なんと言って詫びてよいかもわからずに、首を竦めてさらに縮こまるだけであった。弁償しようにも先立つものが無いのである。
どうしたらよいものか、ぐむー。両手の指を合わせてすりすりと擦り合わせていると、ふと、閃くものがあった。簀巻きの中でごそごそと腕を無理やり動かし、手のひらを宙に向ける。
反応は無い。でも、出来そうな気がする。
「おいで。」
私の声を皮切りに、部屋中の赤い染みがぞぞぞと動き出した。染みは次々と合流して赤い川になり、宙に浮かび上がると私の腕に殺到して、手のひらに吸い込まれていく。
しゅぽんっと最後の一滴まで飲み干して、部屋の染みが綺麗さっぱり無くなると、目を丸くした二人に向かってにんまりと顔を上げた。
「あらまぁ……便利ね、ノマちゃん。お掃除とか得意そう。」
「……やっぱ化け物だわお前。」
桃色が呆けたように言い、赤毛はくしゃっと髪を掴んでため息を吐いた。
「で、だ。今度こそ何もかも、洗いざらい吐いてもらうからな、ノマ。」
さて裁判の始まりである。被告、私。弁護士、無し。検事と裁判長はゼリグとキティーである。おーけい負け確。
寝室にはテーブルと椅子が運び込まれ、お茶を前にして二人が腰掛けている。私はと言えば、相変わらず簀巻きのまま、ベッドの上で正座である。足が痺れそう。
どうにも動きづらいので縄を引き千切ろうかとも思ったが、さすがにそれは空気を読めていない。まあ、目の前の二人にしても、先ほど私と相対したのであるから、こんなもので動きを封じられるとは思っていないだろうが。
茶にざらざらと砂糖を入れて、入れすぎたと顔をしかめる桃色とは対照的に、赤毛は茶器に手もつけず、テーブルの端をとんとんと指で叩いていたのだが、やがて意を決したようで私に向かって口を開いた。
「お前が化け物だってーのは、もう疑う余地も無いけどよ。私に取り入って、王都に潜り込んで、それでお前は、いったい何をしでかすつもりなんだ?」
「まあ、素直に教えてくれるとも思ってないけどね。でも、あのまま死ぬだけだった私達を、ノマちゃんはわざわざ助けてくれたんでしょう?私達を駒にして使おうっていうのなら、せめて目的くらいは教えてくれてもいいんじゃないかしら。」
ゼリグの言葉にキティーが追従する。私が王都に潜りこんで、何をしでかすつもりなのか。それは…………。
え、なにそれ。こっちが聞きたい。つい先日、この世界において台風の目にならねばならんのだ、とか誓ってはみたものの、現実は全くのノープランである。何をしでかすって言われても……えーと……えーと……。
「その……まず、お二人を助けたのは、二人を傷つけてしまった事が、私の本意では無かったからです。そのようなつもりではありませんでした。ごめんなさい。」
「……へぇ?それで、あなたの狙いは? この王都で、私達に何をさせようっていうのかしらね?」
「…………あのー……何も……無いです。何も考えて無いです、ごめんなさい……あ、でも観光とか出来たらいいなーって……。」
少々の間があって、キティーは茶器をことりと置くと、こめかみを指で揉んだ。ゼリグも手のひらで額を押さえている。なんか、よくわからないけど、すいません。
「あー……なんの目的も無いって事は無いだろう?大きな都市に潜めば人間を喰らいやすいとか、そういう狙いがあって、お前は王都までついてきたんじゃないのか?」
「いや、私を王都まで連れてきたのはゼリグさんじゃないですか。ゼリグさんが王都に帰るって言って、私を荷物に積み込んだんですよ?」
「……目的が無いのなら、どうして逃げ出しもせずに、大人しく私に運ばれたんだ?」
「え……いや、だって……ゼリグさんに放り出されたらどうしていいかわからなかったし……」
「…………お前に出会ったのは里山の中だった。アタシに近づいた理由はなんだ?」
「山の中で寝てたら知らないうちに拾われてました。起きたらゼリグさんに抱きしめられてて、すごく慌てました。」
ごんっと音を立てて、赤毛の女はテーブルに突っ伏した。
「……じゃあ今度は、私が質問するわねー。なんでノマちゃんは、山の中で寝てたのかしら?」
「私は血を吸う鬼。吸血鬼という化け物です。吸血鬼は日光を大敵としていますので、日中に身動きを取ることが出来ず、仕方が無いので木の下で不貞寝をしていました。」
「ノマちゃん日中に出歩いてたわよねぇ?」
「フードを被ったら、なんか平気でした。」
「……まあ、いいわ。それで?ゼリグに会うまでずっと山の中で暮らしてたの?」
「いえ、その……私は今でこそ化生の身ではありますが、元々は人間であったのです。人間であった頃の、前世とも言うべき記憶が私にはあります。私は死んで、化け物となり、気が付けばあの山の中に居ました。ゼリグさんに拾われたのは、私が目覚めたその当日の事です。」
「へぇー……前世ね、興味深いわ。ノマちゃんの言う吸血鬼、支配種だったかしら。化け物共の支配者、王族ってところなのかしらね?」
「支配者?王族?」
「ゼリグを追い詰めて、嬲りながらご機嫌な調子で言ったんでしょう?私は支配種たる存在だって。」
…………あ、言った。やっべどうしよう。正直に答えるべきか。
「あの、あの時ですね、私、興奮して、調子に乗ってしまっていて……」
「うんうん、それで?」
「つまり、その。私は人間を食い物にする吸血鬼様だぞー、支配者だぞーって。その場の勢いでですね、その……つまり…………勢いです。」
キティーは何も言わず、お茶を一口、口に含んだ。間が辛い。せめて何か言って欲しい。
「ねえ、ゼリグ。」
「なんだよ。」
「やっぱりこの子、ただの馬鹿だわ。」
「おう、わかってたつもりだったんだけどな。アタシが思ってた以上に馬鹿だったわ。」
泣くぞコラ。
「結局のところ、私達の要らぬ邪推で自爆したってところなのかしらね。はぁー……まさに骨折り損のくたびれ儲けってやつだわ。あ、ノマちゃん、その縄もう切っちゃっていいわよ。どうせいつでも千切れるんでしょ。」
「あ、それでは遠慮なく。」
ぶちぶちぶちっと手早く縄を引き千切ると、ベッドの上で四つん這いになってテーブルににじり寄った。寝台の端を椅子代わりにしてちょこんと座ると、キティーが私の分もお茶を淹れてくれる。あ、どーもどーも。
「とりあえず、よくわかったわ。ノマちゃんがただのお馬鹿だってことがね。何か悪意を持ってこの王都にやってきたわけでも無し。」
「だからってその馬鹿力はおっかねえけどな。」
あんまり馬鹿馬鹿言わないで欲しい。へこんじゃう。
「でもそうするとね、腑に落ちない事があるのよ。さっきの豹変、あれは何かしら?今のノマちゃんと比べると、とても正気であったとは思えないわね。」
先ほどまでの自分を思い出す。血に酔いしれ、人間を見下し、文字通りの化け物のように振舞う私。別に謎の人格に乗っ取られていたわけでは無い。あれは、あれをやったのは紛れもなく私であった。あの時の私にとって、あの振る舞いは至極当然の事であったのだ。
「私にも……よくわかりません。でも、あの時の事ははっきり覚えています。私は何かに操られたわけでは無く、自分の意思で、あの非道な行いをしたのです。」
目を伏せる。自分がいつ、化け物に豹変してしまうのかもわからぬのでは、とても人里で暮らせたものでは無いだろう。唇を噛んで俯いてしまった私に、ゼリグが声をかけてくれた。
「なあ、ノマ。お前さ、自分の事を血を吸う鬼だって言ってたよな。一昨日の夜に血の臭いをさせて帰ってきたけどよ、血を飲みに行ってたのか?誰かを襲ってさ。」
「あ……気づいていたんですね、ゼリグさん。」
「アタシの真横でごそごそと動き回ってりゃあな、気づきもするよ。」
「でも、別に血を飲みに行ったわけでも無いし、人を襲いに行ったわけでもありません。寝ていたら遠くから悲鳴が聞こえたもので、宿場の外へ確認しに行っていたんです。まあ、私が着いた時には、もう亡くなられておりましたが。」
「化け物だったか?」
「はい。」
ゼリグがぐいっと茶を呷る。手をつけていなかった茶はすっかり冷めてぬるくなっていたようで、顔を顰めて茶器を置いた。
「そうかい……まあ、それはいいや。そんでよ、お前、私に拾われてから今日までで、血を飲んだ事あるか?」
「この身体に生まれてから、今日まで血を飲んだことはありませんでした。先ほどお二人を襲って血を吸ったのが初めてです。」
「ずっとアタシの血を飲みたかったって言ってたよな?飲みたくなったのはいつ頃からだ?」
「一昨日の晩、宿場に戻ってきてからです。人が目の前で喰われていく様を見て、その異様な光景に中てられて、興奮したからだと思っていました。」
彼女はそのまま黙り込み、腕を組んで何事か考えだしてしまった。キティーも黙ったまま、何も言ってくれない。何か、私の行動におかしな点があっただろうか。不安げに見つめていると、ややあって彼女は再び口を開いた。
「……ノマ、酒に溺れちまった酒飲みってのはな、しばらく酒を飲んでないとおかしくなっちまうんだよ。」
「そうねー。あと他には、おクスリにどっぷりハマったヤク中とかねー。」
ええと、つまりそれってアレですか、アレだったんですか私。
「おまえさ、吸血鬼なんて名乗ってる癖に、さっぱり血を飲んでなかったもんだから、イライラして頭がぶっ飛んじまったんじゃねーか?」
なるほど、腑に落ちた。あの悪鬼のような姿が私の本性というわけでは無かったときて、ほっと胸を撫で下ろす。
私はただ、禁断症状でラリったあげく、女性に手をあげ暴力を振るっただけであったのだ。あれ、涙が。
「つまりノマちゃんは、定期的に女の子を襲って血を飲まないと、イラついて暴力を振るっちゃう野蛮な子なわけねぇ。うわーサイテー。」
テーブルにびたんと突っ伏した。やめて、泣いちゃう。いや、もう泣いてる。
「さってと、それじゃあまとめるわよー。」
そう言ってキティーがパシっと手を叩く。ちなみに私はといえば未だテーブルにへばりついたままであり、涙を流して猛省している真っ最中である。えぐえぐ。
「ノマちゃんは、かつて人間であり、人間としての記憶を持った、吸血鬼という化け物。まあ、前世がどういう人間であったのかは今は置いておきましょう。追い追い聞かせて頂戴な。」
「今はいいって、それでいいのか?」
「ゼリグ、ノマちゃんはね、こんな小さな女の子なのよ?それが化け物になってしまって、一人山の中に放り出されて。今はこんな馬鹿みたいな顔してるけど、その心はどれだけ苦しんだことか、わかるでしょう?」
「ああ……そうだな。馬鹿みたいな事ばっかしてるけど、こいつは十にもなるかどうかのガキなんだよな……心の整理がついて、自分から言ってくれるのを待ってやるのが大人ってもんか。」
だから二人してあんまり馬鹿馬鹿言わないで欲しい。涙が止まらないでは無いか。あと、その気遣いはありがたいのだが、本人の前で言わなくても良くないか。気まずい。
それにしても、二人にはまた妙な勘違いをさせておるようだ。私が元々この世界の住人であり、今の見た目のとおりの少女であって、それが突如、化け物の身になってしまい山に放り出されたのだと思っているらしい。
訂正しようかと思ったが、よく考えれば日本だの邪神だのの話をしてどうしろと言うのだ。二人に更なる不信感を与えるだけであるし、知ってもらったところでどうにかなるものでは無い。黙っておくのが吉であろう。別に、何言ってんだこいつ。みたいな白い目で見られるのが怖いわけでは無い。無いったら無い。
「話が逸れたわね。ノマちゃんは馬鹿みたいな再生能力と怪力を持ったとんでもない化け物だけども、積極的に人を傷つけようって意思は無いわ。定期的に血を飲ませないといけないけど、それは私達二人が受け持てばいいでしょう。」
「再生能力? なあキティー、こいつは白の神の信徒じゃ無いのか? アタシの目の前で癒しの奇跡を使って見せたぞ、こいつ。」
そう言ってゼリグが私の頭をこんこん小突く。こいつってゆーな。
「ノマちゃんからは、白の神の御力は感じないわね。純粋に、この子の能力だと思うわ。」
「神に仕えるものは神の信徒を知るってか。ところでその聖職者様が、ノマみたいな化け物の存在を見逃すなんざぁいいのかよ?」
言いながら、赤毛は私の頭を掴んでわしわしぐりぐりと弄り回し、引っ張られた私の首がボキリと良い音を立てて抗議した。
「私に隠れて夜な夜な人を喰らおうっていうなら話は別だけど、平和にただ暮らすだけってなら構わないわ。それにノマちゃんは可愛いし、それに可愛いしね。」
「そんなんで良いのかよ、おい。昨晩は、白の神に仕えるものとして~とかご高説を述べてた癖によ。」
「いいですかー、ゼリグ?その昔、黒の神はこうおっしゃいました。″汝の為したいように為すがよい、汝の望みこそ、汝の求めるべきもの。心の命ずるままに進むがよい。ただし自己責任でお願いします。″と。」
「いや……お前は白の神の信徒だろうが……まあ、お前がそれでいいってんならいいけどよ。」
うん、黒の神なんていうからやばそうな神様かと思ったが、格言は白の神よりまともだったわ。
と、血を飲ませるのくだりで思い出した。それよりなにより、確認せねばならない事があるのだ。
「お二人とも、宜しいでしょうか。私に血を飲ませるという点について、確認しなければならない事があります。」
赤茶と桃色、四つの目が私を見据える。ごくりと唾を飲み込んだ。
「吸血鬼の力には、吸血行為を行った相手の心と身体を支配し、己の眷属に変じさせてしまうというものがあります。私の力は大きく制限されているところがあるので、これが発動しているのかはわかりませんが、もしかしたら、お二人共に、私と同じ吸血鬼になってしまっている可能性があります。」
一息に言い切った。ゼリグもキティーも、何も言わない。
もし、二人が吸血鬼になってしまっていたらと考えると、恐ろしくてたまらない。私は、二人のこの先一生を滅茶苦茶にしてしまったやも知れぬのだ。
その一方で、別の私が頭の中で囁いた。化け物と化した、この身と共にあってくれる者の誕生を歓迎しろと。
「……それは、どうしたら確認できるのかしら?」
その一言で我に返った。
「吸血鬼には、いくつか特徴や弱点があります。すぐ確認出来るものとしては、犬歯が発達している、鏡に映らない、日光を忌み嫌う、等でしょうか。」
「ふーん、なるほどね。」
キティーが立ち上がって寝室の隅に向かうと、先ほどの乱痴気騒ぎを生き延びた化粧台を開け放った。
「……ま、とりあえず、大丈夫みたいね。」
「ああ、そうだな……ったく、冷や冷やさせやがる。」
大きな姿見の中には両腕を広げ、口をいーと開いた桃色の姿と、椅子に座って茶をすする赤毛の姿があった。その隣、ベッドの上には小さなへこみはあるものの、そこに居るはずの私の姿は映らない。
「あとは、日光を嫌う、だったな?」
今度はゼリグが立ち上がり、壁に嵌まった落とし戸を引き上げて開け放つ。既に日は傾き始めているものの、まだまだ太陽は燦々と輝いており、眩い光が室内を照らした。
「あったけえ、としか思えないな。こっちも問題無しか。」
「日光浴が出来ないなんて考えたくも無いわね。いやぁよかったよかった。ねえ? ノマちゃん?」
そう意地悪く笑ってこちらを向くキティーの視線の先で、お日様に焼かれた銀色の物体が、打ち上げられた魚みたいにびちびちと跳ねまわっていた。無論私である。チクショウメー!
「いやあ悪い悪い。でもまあ、あんだけ好き勝手にやられたんだ。ちょっとくらいはやり返させて貰わないとな。」
「そうねー。少しは溜飲が下がったかしらね。」
ひっくり返ってぜーぜーと喘ぐ私の後ろで、ようやくゼリグが落とし戸を閉めてくれた。キティーもニヤニヤとしながら寄ってくるが、反撃しようという気にもならぬ。
私は彼女ら二人に苦痛を与え、家屋を破壊し、未遂であったとはいえ、あわや人としての生すら奪うところであったのだ。この落とし前はつけねばならぬ。
ずるずると身を起こし、床に降りて二人の前までやってくると、そのまま彼女達の足元に跪いた。
「お、おい?なんだよノマ?」
「ノマちゃん?」
床に伏し、頭の前で手を揃え、額を床にこすりつけんとばかりに下げ伏せる。
「改めて、詫びさせてください。先ほどまでの私の非礼、とても頭を下げた程度で償いきれるものでは無いとわかっておりますが、私にはこれしか出来ることがありません。申し訳ございませんでした。」
「あー、もういいよ。気にすんな。腕はキティーのおかげで治ったし、ぶっ壊れたのもどうせキティーの家だしな。」
「おいこら。」
顔を伏せたままなので、二人の顔を見ることは叶わぬが、少なくともゼリグは私を許すという。
だが、良くない。それでは私の気が晴れぬのだ。私は、私が納得できる罰を受けることで、許された気になりたいのである。
「いえ、それでは私が、自分自身を許すことが出来ません。何でもします。どうか、私に罰をお与えください。」
「だから、もういいって。っていうか今すぐそれやめろ。絵面がやべえ。」
「は?」
絵面ってなんだ。表をあげると、ゼリグは顔を手のひらで覆って宙を仰ぎ見ておるし、キティーは何やら口の端から涎を垂らして息を荒げている。っていうか目つきがやばい。怖い。
何だと言うのだ。自分の姿を顧みた。全裸である。
以前にゼリグが用意してくれ、以来お世話になっていたダボついた旅装は、先ほどの攻防の中で彼女自身の最後の一撃を受けて見るも無残に灰と化していた。
つまるところ、今の私は全裸で足元に跪き、土下座をしながら罰を与えてくれと許しを請う、儚げな美少女様である。
あかん。絵面がやばいってレベルじゃない。
真っ赤になって立ち上がろうとしたが、キティーに肩を掴まれて押し留められる。
「あの! キティーさん! なにか服とか……!!」
「ねえ……ノマちゃん。なんでもするって、言ったよね?」
私の目の前で、桃色女の口が、三日月みたいに真っ赤に裂けた。
「みっぎゃああああああああああぁぁぁぁああっ!?!? 無理! むりむりむり無理だって!!! 壊れる!? こわれちゃうううっ!!?」
「ほらほら、罰を与えてほしいんでしょう? こーら! 暴れるんじゃないの、観念なさい。」
観念なんぞ出来るかボケェ!!! ベッドのうえでビッタンビッタン跳ねまわって抵抗するが、最早私は風前の灯である。いろんな意味で。
「ゼリグ! ゼリグぅぅ!! た、助けてぇ!たしゅけてぇぇえええ!!」
救いを求め、テーブルで茶をすするゼリグに向かって手を伸ばす。彼女はこちらをちらりと見やると、私の傍までやってきてしゃがみ込み、視線を合わせてくれた。
おお、やはり彼女は桃色とは違う。考えてみれば、勘違いとはいえ森の中で倒れていた私を助けてくれたのはゼリグであったのだ。彼女は私の味方、救いのヒーローなのである。ありがてぇ、ありがてぇ。
「ゼリグ! 助けて!!! 桃色が! あの淫ピが!!!」
ずりずりと這いずろうとしたが、桃色女に腰をがっちり抱え込まれていて動けない。だがゼリグは私の元へ来てくれた。必ずや、このドピンクを成敗し、私を助け出してくれるであろ……。
救いを求める私の手は、ゼリグにぺちんと叩かれはじかれた。
え。
「キティー、次替わってくれ。気にすんなとは言ったけどよ、危うく殺されかけたんだ。やっぱり、さっきのあれはムカついたわ。」
え。
「あら、あなたも乗り気なのね?意外だわ。」
「まーな。なあ、ノマ。アタシがさ、どんな思いで村を出てきたと思うよ?母さんと親父に、どんな顔して会えばいいと思う?」
「あ、うぁ……あ……ご、ごめんなさ……ごめんな……さ…………。」
「いいよ、許してやるよ。アタシに憂さ晴らしさせてくれたらな。」
「あ…………うぁ………………ぁ。」
二人がかりでそりゃあもう、朝まで酷い目に遭わされた。
ちなみに、その、なんだ。ゼリグのほうが乱暴だった。
ようやく主人公さんに腰を落ち着けさせる事が出来ました。




