治癒術師キティー
「さ、どうぞ座って座ってー。ごめんなさいねぇ。お姉さんすっかり散らかしちゃったわー。」
世紀末酒場で暴力シスターがごとごととテーブルを組み上げる。先ほど粉砕されたと思ったテーブルだったが、どうやら樽の上に木板を通しただけのものであったようだ。
テーブルは蘇ったが、先ほどテーブルと運命を共にした男は粉砕されたままである。痙攣を繰り返しているが大丈夫であろうか。元飛行男も白目を剥いたままであるし、さすがに傷ついた者を酒の肴にするような悪趣味さは持ち合わせていないのだ。
私が彼らの身を案じていることを目線で悟ったか、桃色暴力シスター改めキティーの奴めが私の側に寄ってくる。っていうか近い、近い。屈みこんで今にも私に頬ずりせんとばかりである。
「あらあら、あの連中が心配なの?んふふー、やぁさしぃんだー。」
「あの、せめて気付けをしてあげるべきです。強いお酒はありますか?」
「だいじょぉぶよー。お姉さん、これでも白の神に仕える神官なんだからぁ。まかせてちょうだい。」
言うが早いが、彼女がすっすと手を振るとその指先から白い光が舞い上がる。それはそのまま手のひらに合わせてくるくると宙を踊ったかと思うとぱっと分かれて、倒れた男達に吸い込まれていった。
おお、魔法だ。魔法があるとは聞いていたが、ついにお目にかかることが出来た。今のは回復魔法だろうか。
はたしてそれはそのとおりであったようで、光を浴びた男達の青痣が癒え、肌が赤みを取り戻していく。やっぱり放っておいたらまずかったんじゃないかあれ。まだうんうんと唸ってはいるが、とりあえずは問題無さそうだ。
「んっふふふー。すごいでしょう?これが白の神の癒しの奇跡よぉ。その昔、白の神はこうおっしゃいました。”癒しは素晴らしい。なぜならば、癒しが無ければお前を一回しか殺す事が出来ないが、癒しが有ればお前を何回でも殺す事が出来るからだ。”と。」
白の神と聞いて癒しの女神っぽいのをイメージしてたのだが、なんか思ってたのと違う。どんなアグレッシブな癒しの力だ。
微妙な顔をしている私を置いて、キティーは倒れたままのテーブル男にいそいそと近づいていくとこれまた倒れたままの元飛行男のほうへ蹴り飛ばす。ぐぇっと、カエルが潰れたような声が二重で響いた。
「ほらほらー、もう起き上がれるでしょう?わかったらさっさと出ていきやがれですぅ。」
「グッ……クッソこのアマ!覚えてやがれ!輪姦されるだけで済むなと思うなよクソがっ!!」
「ッハ!上等ですぅ!次に手ぇ出してきやがったらてめぇらの玉切り取って口の中にねじこんでやっからなぁ!覚悟しとけですよぉ!!」
ああ、本当にやるんだろうな、この女。なんせ死にかけたって先ほどの癒しの奇跡があるのだ。わめいていた男達もそれを察したのか、青い顔になると慌てて外に逃げだしていった。先ほどからの騒ぎに、さすがにぶち切れたおやっさんが手斧を投げつけようとしていた事もあるかもしれない。
そんな事を考えながら胡乱な目をする私の視界の端で、おやっさんが手斧を投げた。まじか。投げつけられたキティーはぱしっとそれを掴み取ると、振り向きもせずに後ろに向かって放り投げる。
野太い誰かの悲鳴ともに、見知らぬどなたかの酒が台無しになった。
「っち、仕留め損ねたか。わりぃな嬢ちゃん、騒がせちまってよ。まあ、ここじゃいつもの事だ。気にせんでくれ。」
「そぉですよぉ、こーんな可愛い女の子に流血沙汰を見せるところだったんですから、お詫びに酒の一杯でも奢れですぅ。」
もう帰っていいですかね。っていうか帰りたい。
「さってと、改めて自己紹介するわねー。私はキティー、傭兵やってまーす。ゼリグとはけっこう長い付き合いになるかしらねー。」
簡易なテーブルの上には、パン、じゃがベーコン、骨付き炙り肉が並んでいる。なんだかんだ、カタギの私に迷惑をかけたのを悪いと思ったか、おやっさんが奢ってくれたのだ。
とっくとっくと、私の酒杯にぶどう酒が注がれる。私、見た目10歳児なんだが。飲酒に制限は無いのだろうか。とはいえ、これまでだって宿場では薄めたぶどう酒を飲んでいたのだ。あまり気にしない事にする。というか飲み物がそれしか無かった。アルコールの殺菌作用万々歳である。
「んふふー。お酒平気?あなたの事も、お姉さんに教えてくれると嬉しいなー。」
「あ、はい。あの、私はノマと申しまして、ゼリグさんにご厄介になっております。」
「あいつの村の子?こんな可愛い子がいるのなら、もっと早く教えてくれればいいのにねー。」
「いえ、私はゼリグさんの村の出身ではありません。なんと言えば良いのか、私は山中で危ないところ、彼女に助けて頂いた口でして。」
キティーの質問に、答えれる範囲で答えていく。彼女は私の出生を割り出そうとしているようだが、特に隠し立てするような秘密も無いのだ。ちょっと吸血鬼なだけである。下手に取り繕ってもボロを出すだけであるので、わからない事は素直にわからないと答えておいた。
じゃがいもにちょびちょびと口をつける私の前で、キティーがぱかぱかと酒杯を空けていく。そういえばこの身体、酒は平気なのだろうか。前世では下戸であったゆえ、とんと酒には縁が無かった。しかしながら、洋酒をかろーんと傾けて一人酒を楽しむ様には、なんとも憧れたものである。
酒杯を引き寄せて、くぴりと口をつける。薄められていないぶどう酒は、美味より苦味が先に来た。ちょっと不味いかな?と思ったが、まあいいか。と思い直し、くぴくぴと飲み進める。
キティーは酔いが回ってきたのか、いつのまにか私への質問を止めて自分語りを始めていた。これがまたとんでもない。
聞くに、彼女は良家の生まれで、神学校というところを優秀な成績で卒業した才女なのだという。これが才女か。思わず半眼にならざるを得ない。
彼女は自分の事を傭兵だと言っていた。ゼリグの言だが、この世界の傭兵とは戦があれば出稼ぎにも出るがつまるところはその日暮らしの何でも屋であるらしい。到底才女が就く仕事には思えないが、その答えは、彼女自身がさも武勇伝であるかのように語ってくれた。
なんとこの女、自分の体を要求してきた教会のお偉いさんを殴り飛ばしたのだそうだ。さもありなん。出世したいのならわかっているねぐふふというやつだ。とんだ生臭坊主であるが、この女のことである。実際には殴り飛ばす程度では済まなかっただろう。自業自得ではあるが、若干同情しないでもない。
「咥えろ咥えろってうっせーんでぇ、自分のやつを口にねじ込んでやったんですよぉ!うへへざまぁみろですぅ!!」
いや、聞きたくないです。
で、結果として、彼女は出世の道を閉ざされるどころか神職としての立場さえ失い、実家に転がり込んだのだという。
両親は娘の貞操を心配するどころか、なぜそこで上層部に取り入らなかったのだと彼女を批難したそうだ。まあ両親にだって良家としての立場がある。キティーのやらかした事を思えばそうも言いたくなるだろう。同意は出来ないが理解は出来る。
で、その後は実家を勘当され、家名を失い、帰る家すら失って傭兵に身をやつし、今に至るというわけである。
「でもお父様も、なんだかんだ娘が可愛いんですねぇ。お金はいーっぱい持たせてくれましたよぉ。こうやって右手の親指から一本ずつへし折ってですねー、両手と両足の指がぜーんぶ無くなったら綺麗に治してあげたんですぅ。そしたら頼むから出て行ってくれって泣きながらですねー。」
いや、だから聞きたくないです。聞いてるだけで痛い。
「とはいえ、傭兵っていっても初めてのお仕事でしょぉ?どうやってお金を稼いだらいいのかよくわからなくってですねー、困ってた時に出会ったのがゼリグだったんですよぉ。」
キティーが骨付き肉に手を付ける。私は固いパンをぶどう酒で流し込み、それからこてんと首を倒した。
「先ほど、ゼリグさんとは長い付き合いだとおっしゃられてましたが、失礼ですが、お二人ともまだまだお若いですよね。どれくらい一緒にお仕事をされてるんですか?」
「んぅー、一年そこそこですかねー、二年は経ってないかなー。あ、それっぽっち?って目ぇしてますね。傭兵稼業なんてのはいつどこでくたばるかわかったもんじゃないんだから、これでも同業ではけっこう長いコンビなんですよぉ。」
わかってはいたが、やはりこの世界、ただ生きていくだけでも中々に大変であるらしい。私のような元日本人にとってはカルチャーショックの連続である。世知辛い。
「それでですねー。ついこのあいだまで、北方の蛮族共。デーモンの連中と小競り合いがあったんで出稼ぎにいったんですけどぉ、そこでゼリグったら敵将の首級を挙げたんですよぉ!まあ手柄は貴族のボンボンに売っぱらっちゃったんですけどぉ、おかげでがっぽり大儲けですぅ!!これで故郷に錦を飾るぞって高っかいお酒を買い込んで村へ帰っていったのがちょっと前なんですけどぉ、それがなぁんでこんな事になってんでしょうねーぇ?」
目の前の酔っ払いにおでこをつんつんつつかれる。いや、私に言われましても。それにしても、ゼリグはいかにも女傑といった感じではあったが、思っていた以上の猛者であったようだ。影の英雄では無いか。うーんかっこいいぞゼリグさん。
ゼリグの活躍を聞くことが出来、なんだか気分が良い。お酒もぱかぱかと進む。ちょっとぼーっとしてきた。
「ゼリグのやつ、稼いだお金、あなたを買うのに注ぎこんじゃったわけじゃないですよね?」
いや、それだけは無い。私は首をぷるぷると振り、しっかりと否定をしておいた。
「うにょははははー!ノーマちゃーん!そろそろおねーさんにぃ、ノマちゃんのお家がどこなのか教えてくれたっていいんじゃなーいでしゅかー?」
「りゃからー、わらひにもわかんないってー、さっきからもうしあげてましゅー。」
うにゅー、頭の中がくわんくわんする。やっぱり私はお酒に弱いままだったらしい。食事はとうに平らげてしまい、既に二人とも手酌である。だが悪い気分では無い。うーん、悪い酒だ。悪い酒だぞー。
「あづい。あづいれしゅー。ちょっと暖房効かせすぎれしゅよー。」
暑い。あっついのだ。だんぼー効きすぎー。だんぼーってなんだっけぇ。とりあえず暑いので脱ぎたい。厚手の旅装は旅には便利だが、こういう時には不便である。ぬーぎーにーくーいー。
「うひゅー!いいでひゅねー!ノーマちゃーん、おねーさんが手伝ってあげますよーぉ?」
目の前の桃色が手をわきわきとさせながら近づいてきたところで、酒場の入り口がばたんと開く。
「キティー!てめぇ結局ここに居やがったか!?ったく散々探し回らせやがって。」
おお、そこにおわすはゼリグ殿ではないか。ゼリグ殿もお酒飲みますか?
服を乱したまま、酒瓶をちゃぷちゃぷ振りつつにへらへら。彼女はなんだか怖い顔をして近づいてくると、私達のテーブルにばしんと手を置いた。
「っち、べろんべろんじゃねーか。おいキティ、こいつに妙な事してないだろうな?」
「そういうのはまぁだこれからよー。あんたこそ、どこでこんな上玉捕まえてきたのよぉ。さっさとこっちにも回しなさいよねー。」
「どこでって言われてもな、こっちが知りたいくらいだよ。それを相談したくてお前を探してたんだからな。っと、おやっさん!こっちも酒と、あと腸詰肉な!」
そう言って、赤毛の女は私の横にどかりと腰を降ろして座り込んだ。私の話題が出た気もするがいまいち頭に入ってこない。ふわふわするのだ。ふわふわである。
「ノマの奴は……もう駄目だなこりゃ。丁度いい、こいつに聴かせる話でも無いからな。部屋に放り込んでくるわ。」
呆れた顔をした彼女の腕が私に向かって伸びてきて、その手がすかりと空を切る。ちょうど彼女の腕とすれ違いに、私がごつんとテーブルに突っ伏したのだ。
おでこが天板を跳ね上げて、酒瓶と酒杯が宙を舞う。床に倒れこんでごろんと仰向けにひっくり返るとゼリグとキティーが慌てもせずに、それらを空中でぱしぱしとキャッチするのがよく見えた。
おー、すごい、見事なものだ。ぱちぱちぱち。
そしてそのまま視界がぐるんと回り、すっかり悪酔いしまった私はきゅうと、小さく声をあげながら伸びてしまったのであった。




