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「んじゃー、ですね! 私とゼリグが前衛です! マガグモは索敵お願いします!」
「おう!」
「……さく?」
「サタナチアさんは道案内!」
「んなのとっくに覚えてないぞっ!?」
「キティーは通ったとこ全部覚える!」
「無茶ぶりやめて?」
「おっしゃこれで完璧です! 目標十分で駆け抜けますよーっ!!!」
迷った。
暗くて狭くてそこそこ綺麗。そんな地下道が延々続き、曲がりくねったり下ったり、弧を描いたり登ったり、もくもくしたり、かぷかぷもする。ファッキュー神秘探検ツアー。右と左は岩と岩。上も同じの曲線状。下は概ね石灰質で、敷いた石材が傾斜を保ち、時々たわんで波打っている。歩きづらいがこの上ねえ。が、逆を言ったらばそこまでであり、天然自然が由来する。そんな理不尽は見られなかった。
具体的には浸水してて、そのまま海まで繋がってるとか。あるいは子供一人分、そんな程度の亀裂で誘い、進ませて詰まる黄泉路であるとか。はたまた硫黄と水素で満たし、低酸素血症狙い、とりあえず初手で殺しにくるとか。なんか、そんな大自然。ヒトが潜るのを想定しない、生きて帰らせるのも想定しない、そういう一般的秘境じゃない。つまりは明らか人工物で、果たしてコイツが当たりか否か。
「なー、ノマ。じっぷんってなぁ、鐘の鳴る何個分だ?」
「……一個鳴る半分の、そのまた半分のそれ以下ですかね。」
「おまえ無策で突っ込むなよ!?」
「ゼリグも乗り気じゃあったでしょうに!?」
真横で赤毛にキシャー! ってされて、私も回転しキシャー! って返す。右に直角九十度。そうと言われても全然困る、兎角、目印がねーのである。野良の生物は住み着かず、糞が堆積し泥にもならず、生態系が独自あるでもない。いや、そこはありがたい限りじゃあるが、その分だけ要は個性が無かった。どこを行っても似た様で、どこも似た様なT字に別れ、どこも似た様に合流をする。あと落盤。
ええい、言った傍からかい。ひょいと曲がって左を覗き、此処もそうかと顔をしかめた。崩落しまたも通路を塞ぐ、天井の厚い岩の板。近寄って押してみる。反対が動く感じは無い。大分先まで埋まっているな、正規の道筋は残るのかこれ? 一応、これも標じゃあるが……。どうにもだ。如何せん、数というヤツが多すぎた。両の指先が足りなくなって、十からの後は覚えてない。頑張ったって五十五まで。
でもなー、位置を覚えちゃいないしなー。岩盤と土砂の混合物。分厚く積もったその傍らで、ほっぺたを指でとんとんする。情報を相互連携できない。よって数えるそれ其の物に、あまり意味は見いだせなかった。まぁ、こっちはそもそも戦闘要員。襲撃に対す『壁』である。難解は全部キティーに投げよう。と、いう訳で振り向いて、縋り付くような上目を使う。顔面を指でお弾きされる。そこをどーにか。
「……まったく、この子は調子のいい。……で? クモ。」
「なんじゃ、気安いぞニンゲン。」
「アンタの糸は?」
「同じトコに戻ってきた。」
『やっぱり。』そうと発した法衣の娘、屈んで白を手に取って。もしゃもしゃっとした薄い玉。よくよくと見りゃあ蜘蛛糸であり、マガグモの敷いた目印である。いや、私そう『してる』って知らんけど。ほうれん草のホをください。途中で言ったが生返事した? そっか? うーん? 記憶にねえ。道の記憶と周囲の見張り、たぶんそっちで集中してた。あとは……、何と言ったもんやらね。気になるし。
巻いてくるくるマガグモの、手繰ってゆくそれをみんなで見る。そうとしてから首筋を反り、一人だけ上に視線を向けた。岩の曲線中央部。そこら辺りに点々として、下がる壊れた『電灯』の跡。残るは、口金のばかりなり。サタナチア嬢はそれを油燈と呼び、『んじゃあー、元は鉱山かここ?』と、さっきゼリグも返していたが、たぶんどちらとも違うのだろう。直にわかる。あえて、口には出さずにおく。
「……あ~、その~。ところで~、ですね? 目印を付けておったのならば、それで一周は知れたんじゃーと?」
「駄目じゃな。」
糸の端っこを向けられる。
「……なんです?」
「切られておる。」
「見られてますか。」
言って少々キョロキョロをして、しかめっ面で、肩をすくめた。こっちは蟲を見ないんだがね、潜伏されてたらわからんけども。一応キョロキョロもう一回。したら仕草のおんなじ娘、サタナチア嬢と目が合いまして、向けられるだいぶ怖じ気た顔が。む? ふーむ……。私の後ろ、隠れます? それを思って手招きをする。露骨、嫌なお顔が返る。なんやねん。ちびっこクリーチャーじゃご不満か。
触り心地には自信があるぞ? 軽く、ほっぺをぽよぽよした。そんなうちにも視線と一緒、嫌そうの顔が順繰り動き、私、ゼリグ、マガグモの、通り抜けをしてキティーで止まる。そこを一番マシだと見たか。山羊のツノの娘さん、後ろに入ろうとゴソゴソをして、逆に回り込んで背後を取られ。『なんだよ!? わたし死んだら死ぬんだよ!?』『こっちだってそうなんだけど?』はーい皆さん。お静かに。
今は、建設的な話をしましょう。頬っぺたはぽよぽよしつつ、休憩を兼ねて全隊停止。五人だが。……で、だ。どうすっか。その場にストン、腰を下ろした。襲撃の無いは幸いなれど、無ければ無いで結構困る。近づけてるんだかよくわからん。襲ってきたならば張り倒し、逃がし泳がせて追ったらよいが、伏したままこうも動かれてはな……。困る。私を見習え蟲使い。もっと脳筋になりなさい。
「……よし! それじゃあ皆さん宜しいですね? 先生、どうぞお願いします。」
ずびし。キティーにでこを弾かれる。
「そうね……。たぶん、吹き抜けみたいな構造をして……。中央、不自然な空間がある。そうだけど至る道が無い。……って、いうような感じ? かしら。」
「……それ、どっからの情報なので?」
「歩数と歩幅、下った距離。頭に地図を作りなさい。」
「無茶ぶりやめて?」
「やれって言ったのノマちゃんでしょうが。」
三発目のでこは回避した。頭いい人は違うわねぇ。傾げた首を引き戻しつつ、入ってるか知らん脳を動かす。じゃあ、そこの空間あたり? 道を隠してるか探せばよいな、やってみる価値ありまっせ。干したヤギの胃を取り出す。中の水を一口含む。皆さんも喉、大丈夫? はしたないながら回し飲み。気も回すそれをガブリと噛まれ、袋ごと蜘蛛に丸呑みされた。もっとくれ? うるせーボケ。
「ええい! ほんに育ちの悪い! それで? そこを当てとして! キティー、その辺の案内できます?」
「出来るわよ? すぐに発つんなら急かせるけれど。」
「ここから距離は?」
「すぐとなり。」
だ、そうであるらしい。背中を壁面に預けたままに、スゴイ・オツムの桃色髪が、自身の預け先をコンコンする。握った拳、甲の側。それに合わせて目配せが飛び、ゼリグも自身を預けた面、キティーのお向かいをコンコンした。『ふーん?』『わかるので?』『全然?』『駄目じゃん。』駄目じゃん。言行一致で突っ込みます。そこに手荷物カバンがどすり、ぶっつけられて待ってろと。垂れますぶぅ。
耳を当て、頬を当て、お胸も当たって変形をする、その様を後ろでじいと見る。ゼリグ、キティー、サタナチア嬢。壁の探りに三人割いて、私は周囲をキョロキョロ見やり、残る一匹は阿呆に割いた。さっきの水筒が詰まったらしい。呻くな二分で消化しろ? ちょうど口にしたそのくらい。変形をしてたお椀の一つ、山羊ツノ娘からお声があがる。なーんか響き、違和感が? やってみた価値ありますな!
「……ここ、かな? 人族、お前も叩いてみろ。ここだけ音の返り方、壁の造りが違う気がする。」
「んー? へーぇ? 言われりゃね。……蛮族の貴族にしちゃあ、中々どうして聡いねアンタ?」
「なんだ、南の下賎は遊ばんか? こういう探検で幼体の頃。」
「いーや? アタシ別にモグラじゃねーし、遊び行くんなら野山がいいね。」
洞窟探検と陽の下派。しょーもないことでバチるのやめて? そりゃあお互い戦争相手、敵対種族ではあるかもしれんが。とりあえずそこへ割り込みます。私も壁をペタペタとやり、『あー。』と理解の鳴き声をあげ、やってよいか? の同意を求む。キティーのよし! でドーン! といった。ぶっ飛んだ。右足一本重心集め、いわゆる振り子の要領パンチ、壁と一緒に向こうへ落ちる。落ちた。
やっべ先の足場がねえ!? 落下していく残骸たち。そこに混じって飛翔! をしつつ、慌てて壁面へ爪を刺す。岩盤が砕けガリガリと、削れて下ってガキン! 止まった。焦ったぜ。なんだこれ。ぷらり、ぷらりしつつ上下左右、見たらば巨大な縦穴である。上は暗く、下も暗い。頭上からは鋼の線、垂れ下がるそれが歪に溶けて、内壁に混じり固着している。……遥か、遠く下の方。岩の衝突の音がした。
「隠し扉? ……おーい、ノマ。どこまで落ちた?」
「落ちてません! そっちの真下で踏ん張ってます!」
「……隠す、っていうか封鎖よねぇ? 危険で立ち入り禁止というか。」
上で赤毛が顔を出す。それに続けてひょいひょいひょっ。人族、蛮族、化け物が見え、三者三様の視線が落ちた。『あー、マガグモ。お腹はよいので?』『溶かしたぞ?』『すげーなおい。』私も負けを認めよう。それはそれとして這い上がり、お邪魔しますよとお胸の下へ、ひょいっと、覗く改めて下。立ち入り禁止、なるほどな? いずれ、正規の順路では無かろうて。なんせ在るので抜け駆けサンが。
「んじゃー、マガグモ。糸で、向こうの壁にまで。それから先に下までいって、網張りぺぺー! っとお願いします。なんか、ほら。いい感じでね?」
「なんじゃ。なーんで、わしがやらねばならん。」
「私の水筒。」
「しゃーないのー。」
ぼそり、一言で威圧する。それにぶー垂れた答えが返り、蜘蛛の娘が一息吸って、ぷ! っと白糸を一本吐いた。注文のとおり反対へ。架かる細道を逆さに伝たい、八本の脚がするするとゆく。そうして、およそ半ばまで。今度はお尻の太長糸を、張った細道へすりすり擦り、垂れて下がって暗闇潜行。『どうですかねー?』覗き込み、お声がけまして待つ事しばし。とん! とん。糸の振動で返事がきた。
「……化け物にお任せねぇ。なーんていうかさ? ぞっとしねぇな。」
「いまさら裏切りゃしませんよ。んーじゃ、わたし先に行きますんで。」
「おう。『死んだ』らちょっと教えてくれよ。」
「あいよー。」
地獄みたいなやり取りをして、サタナチア嬢のドン引き見つつ、糸の細道をくいくいする。キティーは呆れが強めの目。それから真ん中太糸に沿い、ちょびっとばかりに生唾飲んで……。身を投げた。恐怖心のきの字も無いは、元人類として如何なものか? 自嘲、落下、真っ逆さま。どこまで落ちても円筒形。内壁はずっと岩盤であり、削って切断の跡地も過ぎる。……まぁ、自然孔では無いよねそりゃさ。
とはいえ外観気にするでなし、客への見世物じゃあなさそうだ。それを思って一瞬の後、ぼふん! 網に引っ掛かる。そのままてーん! と反動で跳ね、網の二段目三段目、それぞれへ掛かりぼてりと落ちた。うむ、平時だったらばご愛顧したい。地味楽しい。そそくさと横にどく。待っていた蜘蛛に礼を言う。それから彼女が数段をかけ、わざわざと張って傾斜も使い、避けていた『それ』をまじまじと。
小屋ほどもある鉄の箱。おそらく高所からの落下が見られ、曲がって歪にひしゃげている。その中にあって開口部には、格子であったろうモノの瓦礫が残り、かつての視認性を窺がわせた。ああ、物資の搬入用か? 何の気も無しにそう思う。一応中を覗き込み、興味でマガグモも後ろに続く。『ホトケさん』は……、居られんなぁ。矯めつ眇めつするうちに、降った後続受け身の音も。ご無事? おーけー。
「痛っつつつ……。まぁ、無茶でもやってみるもんねぇ。ちょっと、そっちは手足ついてる?」
「もげてたまるかぁ!!! もーっ! やだ! もーっ! 落ちた一生分! 二度と御免だっ!!!」
「いよ……っとお! はは! アタシはけっこう楽しかった。っと、んーでノマ。何してんだお前?」
「…………いえ? なにも。」
……大型貨物の昇降路。既に、電源は喪失済み。言ってどうにかなるわけで無し、不明瞭なことは黙っておいた。とまれ、そうであるならば。翻り、歩き出し、行き着いた壁をぺたぺたする。……上の封鎖と同じ向き。ここか? ここか。押し崩す。見えた通路に鳴らす鼻。『……迷いが無いのね?』『たまたまですよ。』嘘とちがうので本当です。怖い一言化かして逃げて、そのまま壁穴顔突っ込む。
右はよし。左もよし。崩落の無いの確認をして、酸素濃度もおそらく平気。たぶんよし。よいのでどうぞと右肘の先、作った平手でちょいちょいする。左の奥は……、資材置き場か? じゃ、右か。おっかなびっくりすろすろと出て、やはり破損した電灯の下、壁際に沿って前進一途。それな後ろをみんな追い、追った最後の蜘蛛めのヤツが、壁と天井を回って上に。真っ白い髪と言葉が垂れた。
「のう、のう、のう。ニンゲン。わしのぉ、糸は役に立ったか?」
「ええ、まぁ……。なかなかね?」
「くかか! ほうか、ほうか。ほうなら、あとで生き肝よこせ?」
「嫌。」
しょっぱいやり取り挟みつつ、ここまでと比べ一段広い、『放棄』されたであろう通路をゆく。壁に、付いた真っ黒い跡。……血液か? 鼻を動かした。更に進んで幾分か。お次で見えるは鉄塊の壁、空間を仕切る開口部。つまるところは扉であって、開く両面のその片方は、しかし、既に床上である。留め具が先に朽ちたらしい。ちょっとだけ足で除けてみる。他と比べて積もった埃、濃淡の差は一目瞭然。
……古いな。口の端っこヘの字曲げ、渋い面を抱えたままで、揃ってモソモソ仕切りをくぐった。破損した机が散乱している。それとそこから落ちたと見える、無線や印字機、の、ようなソレ。壁にも同じく機械が掛かり、一部脱落はしているものの、銀輪の列が主張を残す。でっかいと。あとは、記録媒体か何かだろうか? 薄い鋼板も噛んでいた。こんぴーたーとは多分違う。異質、そんな部屋の中。
走れないほどに狭くもないが、しかしここも崩落の憂き目に遭って、半分のほどは埋もれている。皆と顔を見合わせて、とりあえず入ってうろうろをして、生活の跡をコツンと蹴った。金属製のマグカップ。からん、ころん、転がって、散逸した紙のインクに当たる。劣化が進んでいて読み取れない。が、ほんの一部だけは解読できた。『19✕✕』。……視線の先、土砂の下。白骨化した、人間の腕。
「……ふーん? ぶっ壊れたカラクリか。クラキのやつなら弄れっか? 変な迷宮の変ちきだけど。」
「うん? 阿呆を言うな、ニンゲンモドキ。ここには神の力が無い。お主らの言う『メイキュウ』でなく、お主らの造ったまがい物じゃろ?」
「え? ……いや、おい。こっちを見るな! こっちをお前ら!? ここの存在は建国からで、どうと捻ったって迷宮だろが!? まがい言われたって知らんぞ私っ!?」
壁の奇怪の前の声。増える、背中に刺さる視線。私だってなんか言えるも無いが……。
「あー、そうですねぇ。過去には、時代がここまで進んだのもあったんじゃあと……。」
「ノマちゃん。」
「はい?」
「聞きたくないわ。」
「はい。」
顔は、こちらへ向けぬまま。否定と了解のやり取りのあと、あちらの手番で『ごめん。』が付いた。それっきり。物音を残し静かになる。まぁ、私だって口はヘの字のままだ、未来の終わりを見せつけられて、気なんぞ吐けようの訳もなし。なぁ、アンタもそうと思わんか? 言外のそれを視線に込めて、天井の蜘蛛と目が合って、興味無さそうな欠伸と一緒、降ってくるお腹まんまるの音。貴様。
畜生め。畜生だったわ。『で、ノマ。どうにも、此処も行方がないぞ?』『そうっすねー。』雑な返答真後ろに向け、もう少し部屋をぐるぐるする。千切れた配線を目で追って、塗って固めたベトンも追って、天井に近い穴も見て。……穴? 格子で四角く縁どられ、たぶん施設内の各所に続く、細い導管に繋がったそれ。不自然に縁がカタカタ揺れた。へえ? ほぅ。ふーん……?
「……ところでマガグモ。アレ、なんだと思います?」
「んー? なんじゃ。こないだ、わしに言うたでないか。ツーフーコーじゃろ? 外に繋がって此処まで延びて、狭いの方々巡らせモンの。」
「まぁ、排煙口かもは知れませんが。……さておきとまれ、『来ます』かね?』
「さておかれても、まぁの、『来る』じゃろ?」
視線。一人と一匹で『それ』へ向け、動きに釣られた残りの三も、やはり同様に意識を向ける。すぐに足音が二人分。カッカッカ! っと近寄ってきて、私の傍にぴったり付いた。『あの、動き辛いんですけども。』『初撃しのぐまでお願いね。』はい。キティーに裾を掴まれる。サタナチア嬢も同じく続き、一方でゼリグは警戒するも、今一つピンと来てない様子。あ、ごめん。してなかったわ報連相。
そうして、室内の音が止み、カタカタの音もいったん止んで……。
ごっかんっ!!!!! 大量の腕が飛び出した。天井に近い格子を破り、何処ぞより続く細管を抜け、私の首元へ殺到をする、手、手、手、手!!!
「へいっ!!! らっしゃあっ!!!!!」
めっごんっ!!!!! 開幕グーパン叩いて落とす、ノマちゃんがせねば誰がやる。……いよし! いっちょうやりますか。
掛かってこいや、バッド・ガールズ。




