蟲嵐
本で読んだことがある。ある種のバッタは変異を起こし、跳躍力の少ない代わり、翅の発達を得るというのだ。一般に個体密度がカギとなり、凶暴を増したその性格で、貪欲にエサを貪り食う。何万も、時においては何億も。遥か古代から変わらず今も、飢餓を引き起こす災禍の群れ。転じてアバドン。サタンを閉じ込める奈落の王。魔王の婆さまの御前において、洒落にしてもだ。頂けないね。
「初めまして、お流れさん。オウド・ゴギーだ。北のモノたちを纏めている。アニスとペグが、世話になったな。」
「……いえ、碌なおもてなしも出来ませんで。……しかし、今日のところは取り込み中です。申し訳ございませんが、日を改めて頂いても?」
「知っているさ。お構いなく。」
あぁ、そうかい。天窓を破るバッタの群れ、どさどさと床へ降り積もり。にじり寄らんとする私の足に、縋ってそれが邪魔立てをする。……仕掛けるか? いや、迂闊か。穏便はまだ捨てていない。先制をしては決定的で、しかし予防的という言い分はある。きりきりきり。一応だ。五指の爪だけは伸ばしておいた。……まぁ、どうであれ動き辛い。蟲使いの黒衣の女。の、背後が婆さまであるからにして。
爪の先端をカチカチ言わし、部屋の左右前後を見る。後方からは何も来ない。右の隣はサタナチア嬢、左隣はフレルティ嬢。お嬢さん方も動けぬようだ。むしろ今はそっちが良くて、前の婆さまの顔は窺い知れんが……。先に見せたあの豪胆。怯え、竦むようなタマでもあるまい。ならばよし。女のことだけ見ていればよい。別にいやらしいような意味では無い。卑らしきなりは、見せられてるが。
「話は視て、聞かせて貰った。そこの年食いが知るのだろう?『キカイジカケのカミ』とやら。そうなら死ぬ前のあないを貰おうっ!」
「わっぷ!? ……ええい! 短絡的です! 早とちりではっ!?」
「迷宮はヒトの宝と聞く! 便利が色々沸き出るゆえにな! なのにそれが『悍まし』ければ、そうじゃないモノの尻尾があるのさっ!」
「っちぃ! 可愛げの足りない子!」
一斉に蟲が舞い上がった。翅を振るわせるそれらの群れが、弧を描くように飛び回る。あまり聡いのは嫌われますよ! 言ってやったそれも羽音に消され、瞬きのうちに出来上がる壁。ああ、もう! 構えてたのにっ! 隔てられる私と女、分断をされる私と左右。とりあえず邪魔を五爪で裂く。硬い音。バキバキと鳴り、飛散する翅と外骨格と。すっかすかで食い出もねぇ、多少潰したって意味無いか!
さっき見た前後左右、加えて上までも覆って隠す、猛く鳴動す分厚いそれ。それが仕掛けたを敵だと見たか、一群を分けて私に向ける。あっという間に呑み込まれ。無数に取り付いたバッタの顎が、皮膚の表面と血肉を裂いた。ええい邪魔! 邪魔! 邪魔! 邪魔! 特に狙うは目と耳と口、さらには首の頸動脈。知性か本能かどうだか知らんが! 口内へ入る破廉恥千万、噛み潰し胴をべっ! と吐く。
味も状況も宜しくない。不味いしマズいな。蟲どもの群れに覆われすぎて、誰が何処なのか不明になった。消して飛ばすなら血液奪い、範囲無差別の全ぶっぱ。とはいえ邪魔だけを狙うも出来ず、居るであろう方の巻き込み必至、枯死となったでは惨事である。お嬢さん方も婆さまも、無論、例の黒衣の女も。指の先っぽをわきわきする。結果悩んで上半身、更に化かして左の半分。ゆけよ蝙蝠。群れと成せ。
「ちょっと! みなさん! 聞こえてますかっ!? 制圧しますんでとにかく耐えてっ!!!」
「貴様……! ……てっ! ……おばあ様をっ!」
「フレルティさん! 迂闊はダメっ!!!」
肉と、皮と、内臓と。コウモリに化けて爆ぜ散るそれが、取り囲む群れにぶつかり喰らい、増えて、喰って、また増える。幸いにして狭い空間だ。私からも視線は届き、ヒトに接触で止めたらよい。のに! そんな室内の陣取り途中、聞いた問答に堪らず叫んだ。触れたが死体じゃ勘弁です! ごりごりバキバキぐしゃり鳴り。それのさなかでも押し合いへし合い、蟲とコウモリが互いを砕く。
不意に、張り合いの圧が弱まった。勢いに乗って無理くりに押す、私の領域がどんどん増える。天井と床がようやくに見え、ヒトの形は見えんがしかし、そうであろうともこのままこれで……! 後ろ、私、背中側。ざんっ! と黒山が一閃裂けて、サタナチア嬢が縦に転がってくる。お腰に佩いた、剣を手に。意外とおヤりになりますねえ! 死にそうな顔の彼女を迎え、押し込んで更にこっちの域を……。
ぴたりと止まる。いや、待てよ? 肩で息をするお嬢さん。右に残した私の腕で、取ったそのお手を引っ張り上げて、調子では無しに勘が付く。……この手応えは無いんじゃないか? 振り向いて、見上げる宙の黒山だかり、残るその圧がにわかで引いた。あ。いかん! 出し抜かれた!? 天窓を目掛け蟲の群れ、殺到のそれが空へと抜けて、水をあけられる私と一人。他に残された影は無し。なんたる!
「やられたっ!? 上です飛びます! サタナチアさん!!!」
「はひ……、ぜひ……、ま、待て!? 何が……! どういう……!?」
「アイツ勝とうって気がないんですよ! 私を相手に! 無視を徹底で決め込む気ですっ!」
けったくそぉ! ガンの付け合いでケツ捲るとは! 当たりかハズレかまだわからんが、訳知り婆さまは攫われた。状況から言ってフレルティ嬢も、飛びついて共に連れ去られたか。ぐったりお嬢さんを背に担ぐ。コウモリの群れを収束させて、天窓へ向けた橋掛けにする。最後、部屋を一周見た。蟲とコウモリに切り裂かれ、元の荘厳は見る影も無し。弁償の文字も蹴りたいね。思い、今は足元を蹴る。
一回二回、手も使い。蹴り上げて橋を伝った先の、天窓を抜ける大屋根の上。お日様の下ぁ! 飛び出さなかった。大敵は見えず薄暗く、さりとて、それは雲では無い。雹のように煌めいて、その癖に揺れて光が漏れて、立ち籠める周囲異様の熱気。立ち上がる。見上げ、顔にどすん! と当たる、手の平のほどの大バッタ。つま先の上にもがいて落ちた。おいおいおい、全部かアレ? 1875西部じゃねーぞ。
呆然と、ずり落ちかけるお嬢さん。を、背の上におぶさり直し、頭のてっぺんにお胸が乗る。そのまま乗り出して下も見た。地上八階最上層、更によじ登った最頂部。だからよぅく見通せるのだ、歩いてきた街がどうなったかを。的屋ゴブリンの屋台群、大通りに面す砂岩の家、逃げ惑うヤギや半魚のヒト。木材に布に革製品と、狙うは『喰えそう』を手あたり次第。見過ごせるとは到底言えん……が!
「どーせ狙ってやってんでしょねぇ! あんの真っ黒虫女ぁ! こうなりゃ策ごと踏み潰しです! まずはいったんで飛び降りますよぉ!!!」
「わかるけど待って頂上だぞオイ!?」
「無理そうです!?」
「……っ! ざっけんな親友捨て置けっかよぉ!!!」
橋に使ったコウモリたちを、引っ張り上げて空へ突っ込ませる。それと同時に跳ね飛び別れ、二人して屋根を駆け下った。外の蟲たちも凶暴だ。しかし自然の範疇じゃある。オウド・ゴギーの黒衣の女、やつの眼界に無いからか? ともあれそれをさんざと見せて、放置できぬうちで先んじる。地下にあるらしき大迷宮へ、それで目的達成の気か。はっきりのトコ私もねえ! どうシタか何を知らんと言うに!
ガリガリと、靴の踵に削って取られ、飛んでいく屋根の洋瓦。真下はちょうど門前であり、任せたゼリグらの姿が見えた。どうもアチラも大混乱。デーモン兵達は倒れ伏し、それを覆うほどのバッタが集い、巻かれその内でギャーギャーしてる。それをつんざいて炸裂音! 上空へ向けて空気を裂いて、爆ぜて真っ赤で火球も生んで。どーん! 衝撃に蟲が砕け散り、免れたモノは炎を纏う。そりゃアカン。
人形娘らの焼夷弾! さらに火砲が数回叫び、巻き込んだモノを言葉のとおり、狂乱に暴れ狂わせる。蟲から蟲へ燃え移り、やがて瓦解したその一角は、都市に飛び込んで煙を上げた。家屋、草木、洗濯物。デーモン・お母さんの慌てる姿。延焼する! 延焼する! 冬じゃないのが幸いだけど!? 足の回転を速くする。耐え切れずそれで転げて落ちて、行きがけの駄賃火砲へ当たる。筒内爆発炎上した。
「うっわ馬鹿っ!!? 馬っ鹿おまえ!? なにしてんだ田舎バカ娘ぇ!!!」
「炎は駄目っ!!! やつら簡単にゃ燃え尽きません! 別の方策でへぶっはバッハ!!?」
「魔人っ! 迷宮は城の背面だ! 王墳の下っ! 埋門の先っ!!!」
「ふんなーっ!!! にゃっ!!! お墓荒らしぃ!? 気ぃ引けますねえっ!!!」
合体人形サソリのモード。の、損壊尻尾が焼け落ちる横、焦げて全損で墜落する。次いでお嬢さんも着陸を決め、踏まれ下敷きでメキョってなった。腰が。そりゃあ奇声で跳ね退けもする、退けて飛び起きて周囲を見る。欠員よし! 炎上よし! 明らかに死んだ死体も無くて、死にそうはキティーが診てくれている。さっき戦りあった兵たちの。ついでに城から増援も来て、今の混乱に拍車がターボ。
「辺境伯っ!!! 陛下の御身をどこへやったっ!? フレルティは!? このモノ達は!? この状況は!!? 説明しろっ!!!」
「見てのとおりで色々危機だ! ウェパル卿! そちらでバッタどもの対処を頼むっ! リーナ! バルバラ! 橋を渡すのと説明任せたっ!!!」
「おーいノマぁ! 呼んで出しやがったのお前かこりゃよ!? そうならさっさと引っ込めやがれ! きっしょくわりぃ!!!」
「ゼリグ、こういう跳ぶの苦手だもんねぇ……。とはいえ、もはやそんな程度じゃ無いか。そこ! 化け物! どぅせお仲間の仕業でしょう!? 術の弱点はさっさと吐く!」
「まぁなぁ。『どぅせ』って言やぁゴギーの業だが。破るったって知らんし困る。」
「んっきゃーっ!!? 燃える! 燃えちゃう! 誘爆する!? タスケテすぐ来テ急いでリーンっ!!?」
「焼くと酸味でけっこう美味いゾ。」
総員ガッチャン! 合流をして、言うが好き勝手乱れ飛ぶ。追ってきた守将たち。サタナチア嬢にゼリグにキティー。泥の化生はしかめっ面で、人形娘らはゴロゴロ回り、マガグモはなんかムシャってやがる。おのれ、節足動物め。ちなみに急で無茶振り食らい、オークとゴブリンも困惑の顔。はーいとりあえず再編です! フルートちゃん達もこっちへズシン! 降って、お呼びじゃねえ奴もなんか来た。
二足歩行。猿のような姿を持った、四本の腕の巨大なバッタ。『どちら様!?』『猩々バッタ!』『鍛え直し過ぎでしょうっ!』咄嗟に飛び出した誰何の声。水の化生が反射で返し、受けて変ちきが口から出る。若干遠い着地地点! 城の皆さんのすぐ傍であり、守将お姉さんへ四本腕が! 肉色をした鞭が飛ぶ。うちの三本を搦めて縛る。踏み込んでぇ! 残る一本はゼリグが突いた。花丸よし!
「メッシャアアアアアッッッ!!! バアアアアアッッッッッ!!!!?」
「よく出来ました! そのまま押さえてっ!」
「ムフー! お褒め頂けると思ったのでっ!!!」
「おう! 何がなんだかわっかんねーが、おまえ好きだろこーいうの! 煮るか焼くだかさっさと決めなぁ!!!」
こっちも踏み込んで突撃する。城の皆さんも迷ったらしい。迎撃すべきは危険なバッタか、それとも城内爆走をして、またも突っ込んでくる危険なアレか。たぶんのそれの間隙を突く。類人バッタへ激突する。無理な肩車へと収まった。『あなた! 言葉! わかりますっ!?』『ウバシャアアアアアッッッ!!!』強引に、腕の一本が無理くり動き、私の顔面を握って裂く。なんだ、獣か。
すまんが今日は忙しいんだ、死ぬしか無いんなら死んどくれ。取り付いた首の付け根の辺り、手刀を腕ごとで突き入れる。外骨格を砕き割り、肉と神経と臓腑を裂いて、嫌な感触に顔を顰めた。そのまま生命を強奪する。乾く肌、萎む肉、痩せ細ってゆく輪郭線。十二分に奪い取り、枯れ枝となったかつてのソレを、叩きつけ五体微塵とします。やっぱ気分よくないね。『いいノマちゃん』で居させてくれよ。
もげ落ちた四肢を蹴り飛ばし、周囲一帯をぞるりと見る。向けられた剣と畏怖の顔。へたり込む守将お姉さん。城の皆さんの怯えて竦む、その様に暗い愉悦を覚え、『ノマぁ! 調子乗ってんな次くるぞ次っ!』はい。身内方面に叱られた。気を向けてみりゃあアッチやコッチ、降ってくる同じ類人バッタ、普通・バッタも一緒で飛ぶ。……指揮官鬼? 群れの制御の中継点。決める、暫定、知らんけど!
「手分けしますっ! サタナチアさんとゼリグとキティー、あとはマガグモも私のほうへ! 残り皆さんはデカいのやってっ!!!」
「デカい! デカいの!? デカい……、トカゲっ!!?」
「そっちじゃのうて飛蝗じゃろうっ!!?」
鳥の娘がくるくる回り、バッタを薙ぎ払ってたゴリアテ君、銀のティラノへと突撃する。そこへ氷のツッコミが落ち、デカい氷塊でぶっ飛ばされた。すげー不安だけどお任せしますよ!? 実際にそれを口に出す。銀糸の髪をぎゅるんと伸ばし、来いと言った組をかっさらう。説明の時間惜しいんじゃ! 既に攫われて時間も経って、城の裏手が迷宮だっけ!? 急ぎますそこに『ノマ様!』おっとぉ!?
呼んで止めたのはフルートちゃん。『手勢を下さい』のその顔を目に、背に口を開けてゲロゲロ吐く。コウモリ狼シャケに熊、サメにウナギに持っていけーい! こっちの指揮の中継点。たぶんアッチと能力同じ、預けますもんで宜しくどーぞ。地上被害! 最小限! それを言い残し発車します。さっき掴んだ乗客たちが、喚くけどあとね忙しいんで! かっ飛ばす。その寸前。泥水の組と目が合った。
「……ま! アンタ方は好きに為さいな!」
「なんだ、手伝えと言わんのか?」
「脇を刺されても面倒ですんでっ!」
今度こそ背を向ける。『つべこべ言わんと手ぇ貸せおのれらーっ!』後方で、化生娘らの喧嘩が響き、ついでにナンカが爆発もした。どうも人形が爆ぜたらしい。じゃ! 此処はいい感じでお願いします! 皆さんで各自迎撃を! サタナチアさんは案内ね、って! ジタバタをせんと行きますよホラぁ! ごうごうと鳴るバッタの群れ。空からそれら一群が降り、覆って、砂の嵐が如く。邪魔立て無用!
腕の一振りをムカデに変えて、前の一群を引き裂いた。そのまま化かしてコウモリの群れ、バッタ空間を喰らって侵す。視界確保! 進出開始! 高速で足をぶん回す。沿ってお城の外壁回り、羽音に混じって反響をする、漏れて聞こえたドンパチの音。『ええっと!? とりあえず敵はアッチの方でぇ!』『来やがった! 行くぜぇリーナ!』『バルバラ説明こっちまだぁ!』多忙。お手数をお掛けします。
走る、止まる、現在地。確認、走る、前を裂く。果たしてこの先迷宮とやら、有無で言ったらば有るのだろう。が、しかし黒衣の女、ヤツの向かった確証は無く、半分のほどは博打であった。私、なれば一旦引く。身を隠すことを検討する。否。それでお前はどうとする? 戻ってくる場所は知られているに、むざむざと罠へ飛び込む気かと。妥当。キティーの手振りへ向けて、私もじぇすちゃあで返事する。
しかしも案山子、それでもで。人質連れて飛び込んだとて、迷宮の奥で袋のネズミ、やっこさんそれでどうする気か? 『機械仕掛けの神』とやら。よくもわからぬその曖昧に、賭けて窮鼠で抗うつもり? そんな都合の良い一発逆転……。笑えんな。それを無いだとも言い切れん。では、考えた上の勢い任せ。その心は? 分のあるほうへ決断した。支持しましょう。キティーがじぇすちゃあで返事した。
「お前ら無言でシャカシャカすんなよぉ!?」
「しょうがないでしょぅ周りがうるさ過ぎるんだから!」
「なんじゃいノマぁ! こんの有り様じゃゴギーが出たか? ほうならわしにも一発殺らせぇ!」
「魔人っ! 右だ! そこを右! っていうかとりあえず降ろせぇいったん!」
わかりあえるって尊いですよね。ゼリグ、キティー、蜘蛛とヤギ。乗客たちが順繰り叫び、そうと言われたって踏み場が無くて、重機したほうが速そうなので。私が。ノマちゃんラッセル車。石の畳が見えぬほど、横の城壁が見えぬほど。庭園の木々も当然覆い、うごめいて喚く蟲の群れ。緑を、樹皮を、仲間を喰う。喰われまいとする動きの波が、うねりを伴った前進となる。それで、暴れ、落ちて死ぬ。
中途半端に自然だね。つまり半分は不自然である、足りなくなった食糧求め、場所を変えようとする様子が無い。多分に何かの制御の下。それが何さと多分で言えば、多分にヤツらの親玉および、多分中継の猿バッタ。たぶん。まぁ、どうであれ変わらない。やる事といえば暴力一つ、さっき命じた手分けの通り。フルートちゃん達は平気かねぇ。呟いて城を見越した空で、なんか巨大なクラゲが浮いた。
半透明、水のやつ。太い触手をぐるぐる回し、叩いて群れの漸減をする。ありゃあ、たしか水の娘か。こっちに付いたとは意外だね。ボコられ半泣きの気がしなくも無い。それら触手の合間を縫って、獰猛に攻める類人バッタ、コウモリやシャケと激突する。霧の娘が飛び交って、鳥の娘が羽を撃ち、言うことを聞けとうちの子怒鳴り、下からドンパチの煙も伸びる。勢いでサメもタイフーン。カオス。
いやさ、こっちもカオスじゃあるがぁ! 蹴って飛ばしたバッタの群れと、外殻と羽と脚が舞う。王墳ってどこよ見えんぞなんも、有るのはバッタの直方体で、蟲蟲石蟲、蟲蟲蟲。真っ正面。余る勢いでぶち当たる。すっ転ぶ拍子石碑が見えた。あ、これ!?『遺産だぞ国の丁重にしろぉ!』そぅと言われましたって! 展開コウモリ押し広げ、ついでに対地でムカデも放ち、重点の周囲剥ぎ取りバッタ。
「いよっ……とぉ! ……ったく、きゅーにかっ攫いやがってよぅ。んーで? これが……。あ~、なにって言った?」
「ぜひゅ……! ぜい……! お、王墳だ! 人族! さっきそうって言っただろう!? いやまぁ碑だし、ここに御遺体が在るじゃあないけど!」
「……ねえ。『これ』、ほんとにお墓?」
ベリベリバキバキ除け喰らい、大体で家の一軒程度、こちらが空間を奪い取る。現れたのは石の舞台。その上に乗った石棺? 石室? まぁ、そんなようなモノ。上部には文字が刻まれており、不明瞭でいて読めないそれを、着地キティーが視線でなぞった。他の着地の皆さん方も、何? とぞろぞろ集まってくる。邪魔、とマガグモが引っぺがす。石の接地面のスキマから。ひっくり返って地響き遺産が!?
空気読め? 読んでるか。とりあえず先を急ぐのだから。『丁重にしろぉ丁重に! これだから価値のわからん化け物は!』サタナチア嬢はそりゃ怒るけど。『幼体の頃に私もやったがっ!』やったんかい。それはそれとして覗き込む。魔王城地下大迷宮。その入り口といえば聞こえは良いが、どっちかと言えば壕だなこれは。苔生して、生暖かい空気が流れ、濡れた岩肌が斜めに続く。暗い穴。
……防空壕? いや、そんなはずは。少しだけ頭を振る。ともあれまぁ、こんなところねぇ。子供の時分の探検気分、よくぞ潜ったもんである。ヤギの娘さんを横目で見つつ、反対へやって桃色も。何か言いたげなその横顔は、しかし、口を開かなかった。……まぁ、いいや。それよりも『当たり』だし。蟲の羽音が聞こえてくる。穴の壁面に反響をして、差し込む陽の光を目指し、上へ、上へと迫ってくる。
「サタナチアさん、この先は?」
「く、下った先が埋門だ。そこから地下道が曲がりくねって……。」
「つまり! 全部一直線じゃあないんですねっ!?」
「そうだと言った! 急に怒鳴るなっ!?」
皆を背にして前に出る。爪で左の手首を抉る。吹き上がって、赤が下へと零れた。そのまま赤は川となり、小さな小さな呼び水として、暗い坑内に導線を敷く。おびただしい蟲の姿が見えて……。じゃ、すまんがどいとくれ。死山血河。ぐいっと、赤を引き戻し、奔流に呑まれバッタと苔が、枯れ果てて黒い塵へと化けた。命が全部居なくなり、サタナチア嬢が一歩引き、キティーとゼリグの後ろの方に。
「派手にやるのぉ。くかか! 全部、それでやったらどうじゃ?」
「制御できません。最悪一帯が死に絶えますよ?」
「構わんが?」
「アンタ方も。」
「そりゃ困る。」
首をすくめて蜘蛛がひく。それを尻目に一歩を降りて、階の一段を静かに降りた。それじゃあまぁ、意気も揚々参りやしょうか。出来たら悠々来たかったがね。
ダンジョン・アタック開始である。




