重い大気の底を這う
空を見る。
……見なかった。ことにして前を見る。
「いやぁ~、皆さん。この度は~。本当に、お世話になりまして~。」
「此処から先、俺も知らん。金にならん、義理も無い。達者でゆけよ。銀色、ゼリグ。」
「おう。アンタも、ぽっくりなんか逝くんじゃねぇぞ? メックルマックルの爺さんよ。」
老ゴブリンがぴすぴすと言い、赤毛の友人と拳を合わせた。私はと言えば愛想笑い、やめる潮時を失って。なんとなく下げる頭と一緒、波風の立たぬ尻尾を振る。天気は晴れ。見送りの数もそこそこに。用立てて貰った幌馬車一つ、すし詰める予定の身内で二つ、三つ目でなんか魑魅魍魎。一堂会してのお別れである。ここは郊外の原っぱだけど。なお、辺境伯殿は三角座り。別に決して拉致では無い。
……さて。都合、アレから五日が経った。出発を。叶う事なればすぐにでも。そうと急かしたい私じゃあるが、残す諸々の始末や差配、放っておけなかった故の結果である。ずっとひたすら重機の代わり、瓦礫の撤去とかしてました。あとはこの先の案内に要る、サタナチア嬢の説得とかね。故事に倣って三顧の礼。そりゃあもう誠心誠意、モグラ、オオカミ、コウモリたちと。たぶん、百一顧くらいはした。
無論、申し訳の無い気持ちはある。そうでなくとも大変な折り、私の都合へと付き合わせるのだ。ただ、まぁ……。なんと言いますか今回の件、他人様からの視点で見れば……。不義理。そしるのを免れ得まい。なんせニンゲンが主食の子。詰んだ現状の打開の為と、それを大量で呼び込んだので。逆撫でた市井の情。考えてみれば禊を兼ねて、一時離れるも打つ手じゃあるよ? そうと心胆へ付け込んだ。
「ううぅ……。すまん、みんなぁ……。こんな舵取りの厳しい時に……。絶対な、支援取り付けて無事で戻ってくるから……!」
「はい! サタナチア様! 後のことは側近筆頭、このアガリアレプトにお任せください! というか実務へっぽこですし、お姉さま居ても今は邪魔ですからね!」
「くそぁ!!! そこは適任って言葉があんのっ!!!」
そんな私のお向かいの側、大量の積んだ手荷物横で、若い娘さん方がなんかわちゃわちゃする。まぁ、結局のところ決め手はこれだ。彼女自身にも利があった。どうせ向かいますは大陸北方、彼女らデーモンの本国である。よってこの先の治安維持、ひいては自己の保身の為に、助力を得ましょうってそういう訳で。ちょうど障害も消えましたから、物流を裂いた傀儡の泥が。やった当妖もしょっ引きます。
実際に私から……。いや、押し掛けて言うもなんではあるが、見ても結構な好機であった。キティー先生のお墨付き。これまた言うもなんではあるが、王国にとって最大戦力、攻め立てる矛は此処に居るのだ。つまるところこの機に乗じ、南方人族が逆侵攻。その、起こる可能性を排除が出来る。ついでで矛の流用もして、失陥迷宮の奪回とかね。金属資源の採取が出来ます。おーけい。腹は括ったらしい。
「つまり~、ですね。そこを支援の見返りとして、本国に示そうって魂胆でして。はい。」
「ふっふっふ、いーぃわねぇ。利権の匂いがぷんぷんするわ! 邪神! その資源の取引ね、未来に羽ばたく大商人! この、リーナヴォルスク様も一丁噛むわよ!」
「ごめんなー、邪神。うちのリーナが世話んなってよ。ごめんなー。」
「キミら結構に図太いですよね。」
『まぁ、いいんですが』と付け加え。金属の義手で上司を拾い、馬車へ乗り込んでいくオークとゴブリン、娘っ子共を横目で見送る。今は私兵で飯食う身ゆえ、サタナチア嬢へ従うらしい。野望とかちょっと駄々洩れだけど。ちなみにオークのバルバラ嬢、彼女の腕の修復権利、それも見返りとして売却済。しかし前払いは固辞されまして、武人ってのはそういうもんか。キティーにゃ土下座でお頼みました。
そうとするうちにアレやコレ。気付けばお隣のゼリグも消えて、積み荷の確認で後ろの方に。キティーが算盤を弾く横。ついでで余剰物資の検分の為、クラキさんの袖もざかざかされたり。その周辺で指示待ち気味に、人形娘らがぽけっと立つ。うちのフルートちゃんもぽけっと立つ。『これ持っとけ』と何か押し付けられる。うちの子だけちょっと私を見た。が、それだけ。何事か交わし運んでせっせ。
「おい。おい、銀色。間の抜けた面、どうしたお前。」
「うん? あ~、いえね? 良い傾向なんですが、寂しいなぁとも思いまして。……んで、御老人。私に何か? あ。俸給の件はアレですよアレ。王国がちゃんと支払いますんで。」
「銭の話、今はいい。それよりもあの、無テッポー。孫の身の上をよろしく頼む。お前強い。俺もアンシン。」
「……強い。言ったって化け物ですが?」
「お前、ちゃんと言葉通じる。話が出来る。ショーバイ出来る。なら、俺たちゴブリン気にしない。インスマス・ネイズと銭からお礼。選ぶ、お前どっちがいい?」
「是非、マヨで。」
力強く、ビシっと答えた。滞っていた民間流通、その回復の先駆けである。そういやぁ南下出来ますもんね、南北を跨ぐ北のゴブリン商人。とはいえ被害は洒落じゃあ利かず、立て直すまでに応援必須。よってこちら御老人、しばし商隊の再編を兼ね、指示役として此処へ留まるそうで。なんとも、顔の広い話である。伊達に年食っちゃいないというか、勘ぐるとなんか私がへこむ。暴力しか私出来んぞよ。
思えば例の大ワニの肉、アレの対応も彼がやってたな。私が郊外へ引き摺って行き、そこで若い衆を集め鯨の解体、そうであるが如く捌くのだ。なお動員の中に先日揉めた、自称『憂国の騎士』も混じっていた。『ナンデ我らが!』とぶつくさ言って、『若ぇもんがぷらぷらすんでね!』と蹴っ飛ばされる、そこはなんとなく覚えている。昨日お会いした時は既に串焼き屋さん。二本、買わさせて頂きました。
「あぁ。そういえばそちら商売ですが、お孫さんの見つけた商機。食い付かなくて、宜しいので?」
「別にいい。北、南、繋いでショーバイ。爺さんの爺さんの爺さんの、そのまた爺さんから続けてきた。だから、新しいコトよくわからん。よくわからんコト、若いもんがやったらいい。」
「老獪ですな? 草分けをさせて一枚噛む。」
「さぁてな。……それより銀色。これで最後、一個、教えろ。蜘蛛の女のヒト喰いのヤツ、アイツ、アレか? 『天蓋落とし』か?」
「テンガイ?」
「地面の上、釣り上げる。釣り上げて全部空から落とす。天蓋落とし。」
身振り、手振りで落とす真似。そこまでを見て『あー。』となって、次いで呼ぶように一言言われた。振り返る。原っぱのちょいと端の方、ぬもーんと立った袋のオバケ、それを指先でちょいちょいする。『化け物に詳しいダイダラさん』。マガグモはまぁ、あの辺かなあ。それの出っ張りと引っ込み具合、比べなんとなく当たりを付けて、呼び掛ける声もちょいちょいちょい。なーんか用向きだそうですよ?
私の知る限り接点無し。が、まぁ。年を重ねるが老いってわけで、過去になんかしらはあったのだろう。そうと思ってお手々を振る。すれば『なーんじゃーい』と答えが返り、袋のオバケがのそのそと来て、ぱかん!!! 金槌で頭を打たれた。は? 見れば御老人の握るそれ、飛び上がり振ってすとんと降りて、いや、何ごと? 爺様が背を向ける。驚いてその場動きを止める、我ら人外化生の一味。
「……気は済んだ。それじゃあ逃げる! じゃーな! 銀色っ!!!」
「……あ? あ? ……なんっじゃこらぁぁぁああっ!!? ふざけ……っ! こんチビ!? 八つ裂いて喰ろうてくれるっ!!!」
「ふひっ! ひっひひ! だっさ! マガグモだっさ! あーんなチビ、やられてやんの!」
「ぐきぃいい!!? ペグぅ! ぬかっしゃっ! 先でばら撒いてぬしゃあが先じゃあぁぁっ!!?」
「やめろ下さい落ち着いてっ!!?」
いかん、キレ過ぎて言語が崩壊している。すごい勢いでスタコラサッサ。逃げるゴブリンを引き千切らんと、追い縋り伸びる袋のオバケ、待てと引っ掴む真下の私。均衡を崩しどしゃん! といった。なんやねん。『あの~、お忙しいところ宜しいでしょうか。』なんやねん。震えた声。確か、サタナチア嬢の部下の子か。今はちょっとご多忙でして……、あっぶねっ!? 鋼線のような糸が頭を掠った。
「いやほらね!? 理由とかきっとありますからねっ!? んーっでそっちはなんですかほら! えーとアガリアレプトさんっ!?」
「は、はい! あの……、先日の騒ぎに乗じ、牢の罪人が逃げ出しまして……! そ、それがですね! あの、あんまりにも見つからない……、ので! つまり! あの、その~……。」
いや、別に取って食わんがな。最期のほうは尻すぼみ。あまり巻かないでゆるっと生えて、割と小さ目な山羊の角。を、向ける引き気味のデーモンさん。そんな彼女が私を見る。なのでこちらもドタンとバタン、それはいったんで脇へと置いて、この身を圧し潰すオバケを見た。ちょっとじゃま。どいて、どいて。あとなんか喋れって。
晴れ渡る、朝の空の下。返事の代わり、げっぷが聞こえた。
そんなお話もありまして。で、ここからが更に五日である。さらば魔都市、また会う日まで。なお先日の件の中身であるが、逃げ出した者は残らず消えて、逃げ出さなかった者は無事で残ったらしい。なんとも、皮肉な事である。いえ、何が起こったかは存じませんが。たぶん。ついでにゴブリン・お孫さんに聞き取りもして、蜘蛛の悪行が暴露もされたり。昔の話? おまえ王国でやったら転がすからな。
そんなこんなで日暮れ時。組んだ焚き火をぐるっと囲い、灰の中心をざかざかやって、今日のお夕飯を発掘する。麦と塩水の混ぜ団子。それを円形の平らに潰し、熱灰に入れて蒸し焼いたやつ。アッシュ・ケーキと言うんだそうで。ゴブリンにおける旅の伝統料理、めっちゃ炭火の匂いが濃い。噛み付いてみると麦々として、それでいてだいぶモチモチである。パンってよりかは餅ですねこれ。
ちなみに五日連食です。もうちょっとなんかオカズをくれよ、みんな慣れとるんかもしれへんけどさ。ジャムの瓶詰をこじ開ける。横からゼリグにかっ攫われる。なんか奪い合いが始まった。おのれ、欠食児童ども。仕様が無いので円から外れ、クラキさんのとこへ顔出しちょいと、乾煎りの横でじぃと待つ。カボチャの種。炒ったら潰す。お湯で煮出したら謎茶になった。どうも、ご相伴に預かりやす。
「ふーっ! ふーっ! ……いっやぁ、しかしですねぇ。シダ、ソテツ。草原を出てからだーいぶこっち、植生ってヤツも変わってきまして。遠くまで来たんだなあって言いますかこう~……、熱っづ!?」
「……そうね。私も、北の地は初めてだわ。地球なら南国って感じだけれど……。と、いうか。アンタ、そんなでも年上でしょう? そういう子供染みた真似、あんまり見せないでいて欲しいんだけど?」
「ははは、失敬。では、その年上から一つ質問です。貴方の放出した設計図。あ~、アレですよアレ、王国で職人に渡ったヤツ。空間転移の装置がどうたら。あんなのね、本当に実用が出来たんで?」
「ん~? そりゃあ、そのくらい出来たわよ? でもダメね。試したんだけど飛ばした物が、行く宛ての物とくっ付いちゃって。」
「いやいやいや、お気軽フィラデルフィア実験やめーやちょっと。」
そんなザ・フライな会話もしつつ、手元の謎お茶をくぴっと飲む。味は浅煎りのコーヒーに似て、複雑なコクが鼻へと抜けた。ふむ、転移で楽にとはいかんねちょっと。壁と混ざるのも勘弁である。ならば、次善で飛んではどうか。考えよう。茜色の沈む中、巨鳥のあやかしの背に乗ってゆく、呉越同舟でコクある旅を。酷があり過ぎて墜落した。どうも複雑が過ぎたらしい。くぴり。容易くは、吞めんわな。
クラキさんの起こす小さな火。頬杖を付いた彼女の前。残るモチモチをがぶりと噛んで、お茶で流し込んで胃の腑の底へ。何か、あったというわけでは無い。が、なんとなくそこで会話も途切れ、背後の喧騒が妙に響いた。所在なげ。目を向ける。樹皮らしい樹皮を持たない木。折り重なった根が樹幹を成して、重なってそれが森林を成す。そこの暗がりに浮かんでオバケ。ビクっとなった。お帰りなさい。
「だーめじゃ駄目じゃ! もぬけの殻じゃ! ゴギーめ、あやつ尻尾巻きおったぞ!」
「ああぁ!? おい、蜘蛛ぉ! ノマ様へのご報告、この私からと言っただろうが!? 眷属筆頭! この私こそっ! 何故にそうやって貴様が仕切る!?」
「あー、しんど。燃料切れそ。ナマモノがずっとうっさいし。リーン! ねー! ご飯あるー!?」
声を上げ、がさごそと木々の合間を縫って、オバケ、うちの子、合体サソリ。複雑の半分が姿を見せる。残りの半分? そこでジャムの争奪をしてますけども。お静かに。なお、そんな複雑別動隊。何をしてきたと申してみれば、北の化生たちの偵察である。『機械仕掛けの神』を巡って。泥の娘の言葉に曰く、未だ暗躍をする競合相手。その、根拠地に近く来ていたようで。目を凝らす。羽虫は、いない。
今日の暗躍はお休みらしい。ともあれだ。『いやぁ、とっくに逃げたんじゃ?』『やっかましゃ! 一発かまさんと気ぃが済まんわ!』と、いったような会話を残し、猪突していったのが今朝のこと。そこへ用心の為でフルートちゃん、それと面白半分で人形たち。付けて追いかけて一日経って、成果ございませんが現在である。くたびれだけが儲かった? 無駄じゃあないさ。きっと横やりの準備よ準備。
「まぁ、まぁ。まずは、お疲れ様でした。ささ、この通りお茶も入ってますんで。どうでしょうかね兎も角一杯。」
「……ちょっと、私が淹れたヤツなんだけど?」
「はは。いや~、まぁ。そこは、言葉の綾でして。……んで~、ですね? やはり、聞きますに空振りかぁ。つまるところ~、この先どこか。……横から、殴り付けようとしてらっしゃる?」
木彫りのお椀にカボ茶を注ぎ、なるべく底意地を悪く言う。無論、対象はジト目の女性。お向かいの。と、いったわけでは無しに、オバケのでっぱりに対してである。袋の端っこがもこっと揺れた。まぁ、一応の牽制だ。泥と水、二体がその意志を持たぬとしても、虫が筒抜けにするんでしょうし。動向とかね、そういうの。返事らしい返事は無し。いや、なんか揉めとるなこれ。内側が凄いモコモコしとる。
「不敬! 不敬! 不敬! アニスぅ! 御使いサマのお言葉ぞっ! 疾く! 疾く! 早う吐かんかっ!」
「えー。そぅ言われたってなぁ。こっちだって話……! 貰ってない、しぃ! どぅせ近く! カチ当たる! だろっ!? ふっぎゅえっ!!?」
「っし! ノマさま! ノマさまーっ! このとおり討ち取りました! さぁさ! このフルート吹きめにも、そのお優しきお褒めの言葉を……!」
なんか唐突に始まった、モグラ叩きめいたバチバチの末、出っ張りが一つスパン! と負けた。うちの子に。いや、とりあえず聞くんでな? 話は聞くんで静かにこうな? あ、違う怒ってない。怒ってるわけじゃ『おーい田舎娘! ジャムくれよジャム! リンゴのヤツ!』うるっせえ! 身綺麗にしてゆっくりお食べ! 袖の中から一本出す。出したそいつを放って投げる。人形の癖で腹ペコちゃんか。
……まぁ、他人様のことはとやかく言えんが。ともあれ、これで情報一つ。『いない』というそれが手に入った。いったんはそれで良しとしよう。したのでへにょるフルートちゃん。手ずからでお茶のお椀を渡し、次の揉め事を未然で防ぐ。他も、今んとこ動きは無いな? サソリは親分へすり寄っとるし。注いで、最後一杯分。袋のオバケへ渡そうとして、足りんなと思い『魔人。』なんよ?
「おや? サタナチアさん。どのようなご用でしょう? あ~、領内の? 例の迷宮のお話ならば、放棄されてたかそんなでですね。既に、見てきたっぽいと聞きますけども。」
「む? う、うむ。そうか……。さすが、化け物を統べる親玉だな……。ところでその……。なんだ、あの、袋のヤツ。前よりもだな……。微妙に、アイツ膨れてないか?」
「統べちゃあ別におりませんが。えぇと。……しかし、そうですねぇ。あちら、いわゆるダイダラさんの、マークツーっていうかそれもんでして。」
「いや、しかし明らかに二体分は……。」
「そこが、『ツー』なとこなんですよ。」
「マークは誰よ。」
先の争奪に勝ったらしい。今日は素面の山羊角彼女、イチジクの瓶を引っ提げて。今、呼ばれるのなら話題はこうか? 機先を制すつもりで話し、思ったとは違う返しをされて、そのまま、なんか会話がぐだった。うん、下手人を連れる引け目もあるし……。なお、最後はクラキさんからのツッコミである。私も知らん。とりあえずお茶、飲みますか? 生の種をバリバリ喰う、オバケの横で、そっと出し。
飲食をすると静かになる。まぁ、静かじゃない子らも一部にいるが、基本的には静かになる。そうやって、辺境伯殿を円へと交え、さっきまでのとは別個のそれで、もちもちバリバリくぴくぴと。『……で? それで、どうするんだ?』やっている内で声があがった。火に照らされる、山羊の角。たぶん、当初言いたかったのはコレかなぁ。今度は、さしてお邪魔もせずに、じっと語られる次を待つ。
「……いちおう、此処までは案内したがな。この先もう、一昼夜も行けば本国領だ。境界には要塞がある。私単独ならともかくな? 人族まして、化け物を連れるなどそうは出来んぞ。」
「う~ん。要塞……、ですか。そこを~、なんとかこぅですね、口八丁じゃあ通れませんかね?」
「無茶を言うな。守将のフレルティとは知己ではあるが……。アレも、気位の高い女でな。言葉を交わすのに足る力。それを、まずは示してやらねば。まともに向き合いはくれんだろうよ。」
「なるほど、なるほど。つまりは何故、王国はノマちゃんを恐れるのか。この際でそれを示してみろと。要するに……、まぁ、これはそういう事ね。」
唐突に声を掛けられる。サタナチア嬢が私を見る。明らか不穏なその物言いに、瞳孔が横へにゅーんと伸びた。いや、なんも私は言ってねえ。気付けばモチモチを片手に持って、悪い顔をする馴染みの友が。赤毛じゃない、桃色のほう。ゼリグなら既になんか、アレだ。塩漬けの豚の脂の刺身、それっぽいヤツの取り合いしとるし。オークの嬢ちゃんが余分で食べた? 仲いいねキミら何時とはなしに。
とはいえ、しかしながらである。なるべく平和的でゆきたい所存。平和的に接触をして、平和的にお宅を探し、ダイナミックお邪魔しますは慎ましく。そういうものに、私はなりたい。『人族! 貴様やはりこの機に乗じ、我々へ楔を打つ算段……!』『穿ち過ぎよ。将来を見ての狙いだなんて、ちょっとしか今は抱えてないわ。』あるんかい。まぁ、とりあえず従いますが。代わる妙案があるでもない。
あっちはあっちで喧々と。こっちはこっちで諤々と。女三人で姦しく、もっと集まればそりゃ煩い。しかも過半数が人外である。ずいぶん、賑やかになったもんだ。空を見る。日中に馬車をゴリゴリと引き、最外周で眠るゴリアテ君。の、いまはスヤスヤな尻尾の横。おかわりの種がカラカラ炒られ、焦げて香ばしく漂う前。山羊角と揺れる桃色髪の、諤々の組へいちおう聞く。
「ちょいと、ねぇ。そこのお二人さん。空の『アレ』。……本当に、何も見えません?」
「ええい魔人! 剣呑であればもう結構! こっちにも募る話があるっ!」
「分からず屋ねぇ。もっとね貴方、利用とか。こっちをしてやろうって気概は無いわけ? あー、ノマちゃん後で聞くから。」
「そうですか。……まぁ、なら。別にいいんですけど。」
間が悪い。その事にちょいと苦笑をしつつ、もう一度ふいと空を見る。
……見なかった、事にして前を見る。
夕焼けは、赤黒く裂けていた。




