指針
まず、最初に結論を述べよう。
草原の中の蛮族都市。その地下に怪しい神秘、それを思わせる跡は見つからなかった。いや、ちゃんと探しはしたのである。『嘘こけなんか隠しとるやろ? おおん!? ちょっと飛んでみ?』そんな勢いで滅多に矢鱈、辺境伯邸の地下貯蔵庫、そこを出発点として掘りまくった。四方八方、巨大モグラちゃん軍団で。結果地下水を引き当てて、地盤の局所的な沈下が起こり、無事に辺境伯邸は倒壊した。
大変申し訳ございません。そういえば予想はしてたんでした。大変、申し訳ございません。功を焦ってご迷惑をば……。そんなわけでして今現在。サタナチア嬢の別邸の中、宙吊りに遭ってぷらぷらである。顔面をぎゅっと鷲掴み。怒り心頭の家主様と、空いて転がる大量の瓶。お酒の力って凄いんですね、一周回って吹っ切れたらしい。なお本来の趣旨は今後、のぉ!? やっべ頚椎で破滅の音が。
「え~……、この度は深く陳謝を致しますと共に、重ね重ね、お詫びを申し上げさせて頂きたいと……。はい。そのような~、所存で。まぁ、はい。ございましてですね……?」
「うるっせえええっ!!! おい、魔人っ! 私のことがそんなに嫌いか!? ひっく! 嫌いなら嫌いってさっさと言えよっ!? わたしを! 低く! 見やがってっさぁっ!!?」
虎である。まごうこと無き大虎である。色々となんかマジで御免。なお現在の刻は暮れの鐘、五つぐらい鳴った日の入り時で、皆さんお集まりの頃合いでして。あんまジロジロと見ないで欲しい、私は一滴も飲んじゃいねえ。遊んでないですと首を振る。そうこうの内に打ち上げられる。天井で跳ねて床へ刺さった。頭から。少々の間左右に揺れて、そこからピーンと垂直立ちへ。腕組み鉄壁スカートさん。
「まぁ、まぁ、まぁ。ちょいと落ち着いてくださいな。ほら、不幸中の幸いと言いますか~、新しい水源もね? あのとおり得られたわけで、支持を持ち直すお役にゃなるかと。」
「……とりあえずさ? ノマちゃん、その頭抜いたらどう?」
「いえ。流石にですね、今の扱いは腹立ちまして。」
「お前ムカつくと床に刺さるのか。」
部屋の隅っこの王国組。そこからの声が背中へ当たり、返答の代わりぷるぷるする。なお辺境伯どのは聞いちゃあおらず、既に次の一本を開けていた。そんなわけでして応接間。衆国の組と蛮族組に、泥水の混じる化生組。揃って明日からはどうすんべぇと、並んだところでこのザマである。止めてくれるなフルートちゃん。ヒトの業。機嫌を損ねれば強情となる、古今東西を問わぬ常ですもので。
「さって! ですね、ともあれです。私の求めるくだんの『アレ』、この地に無いことは確かめました。そうとなりますと次なんですが、皆様……、え~。……なんかこう、それっぽいアレって無いですかね?」
「いや、ふわっふわ過ぎてわっかんないわよ! エセ邪神! そもそも地面を掘ったくらいで……。その、『機械仕掛けの神』だっけ? 銭になるの? なんないの? そこんとこちゃんと教えなさい!」
「そうねぇ……。私もそれ、乗っておこうかしら。一種懲罰での同行だけど、目的くらいは、ねぇ。せめて、教えてくれたっていいんじゃない?」
「此処よりもさらに北の地か……。ふむ、そうだな魔人。こういったモノはしらみ潰し、見ずともよい域を拡げるものだ。ならば、このまま順繰りでな? ヒト共の巣を壊すが良いな。」
駄目元で凄く無茶ぶりをする。三者三様で答えが返る。ゴブリン娘のリーナ嬢、元衆国のクラキさん、あとさっきまで敵の泥ん子さん。なんで乗り気なんすかね泥ん子さん。心臓ない割に元気なことで。まぁ、他の二人はわかるのだ。言の一人目は元商人で、復帰の種銭が欲しいらしい。二人目の言はごもっとも。それと比べれば後ろが読めず、図る距離感をどうしたものか。ぎしり、ちょっと左右に揺れた。
ちなみに下手人がもう一人。水の娘は泥ん子さんの、背へとくっ付いて陰の中。こっちを威嚇してむーむー唸り、囲むマガグモらの中へ埋もれている。特に閉じ込めるわけで無し、さりとて疎ましく隔たるで無し、自然な集団として混ざっていた。どっちが優位かはちょっと感じるけども。ともあれどうあれ。彼女ら化生は同胞であり、先日のアレで手打ちは済か。そうならあまり……、邪険にゃ出来んな。
「あ~、そちら。ちょっと宜しいでしょうか? 心臓の抉り子さん。」
「ブラック・アニスだ。」
「……デーモンの人もヒトなんですか?」
「む? ノマ、なぁにを言うか。化生にあらずばヒトはヒトじゃ。」
「山羊のヒト、猿のヒト、どれもヒトにはそう変わらんな。」
「ペンギンもじゃな。」
「どっから出たんですかそのペンギン。」
会話へと交ぜて良いモノか? そこに悩んで話を逸らし、蜘蛛と霧と氷が乗って、脱線が過ぎて転落した。ペンギンのくだり後で聞こう。とりあえずこれでお伺い。人族蛮族ほかの人、こそり顔色を探るにあたり、警戒を越える敵意は見えぬ。ふむ。ならば、切り込んで平気かな? ゴブリン娘とクラキさん。さしあたりちょいと手の平を見せ、無視はしてないを主張する。少し、お待ちして下さいましな。
「では、まぁ。戯れるはこれで置いとくにして、貴方……、妙に食い付きますね?」
「ふふは。当然だとも、魔人。そもそもな? 我々が求め探していたも、その『キカイノカミ』というヤツなのだ。ま、この私としては興味も無いが……。見つければ、ふふ。良い手土産となる。」
「手土産、ねぇ……。そちらのお仲間、犬のお面のあちらの方へ?」
「ん? なんだ貴様、ハリルを知るのか? あの奴は関係ない。どこか知らぬ外から来た……。まぁ、いずれ。我々の連れる友では無いな。」
口角を上げてほくそ笑む。よい情報を一つ得た。へぇ? ほう。ある意味で私の同類、外世界からの使者ハリル・ハリナ。その問題の彼女はつまり、知るを分かち合うような仲では無い、と。素っ気なくて乾いた関係。お付き合いというものは大変である、今の私には都合が良いが。なんせ、アレだ。加勢で呼ばれるは宜しくない。出来ればコソコソとゆきたい所存。身体の相性が最悪なので。
いや、別にいやらしいような意味では『そうじゃ! そうじゃ! そうじゃ! その犬面がやったんじゃろう!? アチキらの祭壇をっ!』『おうペグ、おんし一緒におったよなぁ? ワシらへ吹っ掛けてきよったあ奴、場所を吐かんと逆さで吊るすぞ。』『ふひ!? し、知らんってもうどっか行っちゃったしぃ!? せ、せっかくさぁ! 強い奴に乗ってたのにさ!?』そこ、ちょっと。お静かに。
にわか、騒がしくぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。揉めはじめ、ノマ様の話す最中だろと、フルートちゃんが混じりどかん! も鳴った。暴れんな。次いでじっとしているに飽いたかどうか。人形の娘やつらも混じり、揃う悪たれで屋敷に穴が。見なかった事にして背を向ける。お話の腰をくっつけ直し、向き直る先は待たせた疑問。何ぞやと? 『機械仕掛けの神』とはつまり。私も大分と曖昧だけど。
神々のご神託。世界の命運を操る設備。いわゆる、一つの、方便である。果たして実態は如何なるモノか。一応ね、以前に王城で話はした。しかし大分と誤魔化した。なんなら誤魔化しが重なり過ぎて、既になに喋ったかあやふやだったり。……流されるまま、たゆたう我が身。『神格』という長きに巻かれ、保身に走って詭弁を弄し、友を前にして嘘を吐く。いや、別に嘘では無い。私の良心がそう言った。
「え~……。それではね、お話を戻させて頂きまして。いえ、これは私の想像も入るのですが、『機械仕掛けの神』とはつまり、管理、清算の為の器具ではないかと。」
「ふぅん? 曖昧な言い方ね。で? アンタの想像のその管理、狙いの的はなんだってのよ。」
「……クラキさん。シミュレーション・ゲーム。お好きですか? 盤面が思うようにならない時。リセットボタンがあれば、どうしますか?」
「……嫌なら電源も落とすわね。どうしようってのよ? そんなもの。見つけて、それで。」
なんか取り合いになってますんで、横から分捕って制御下に。続けてそうと口走りかけ、剣呑を感じぱくりと閉じた。よくないな。なんと言いますか宜しくない。五色の神。この地の人々の信ずるそれに、弓を引きますと取られちゃ困る。どうして? その神の依頼だろう? 『白』のあの人にゃ背くじゃないか、王国で祭る主神のそれに。そこで、生きてきた二人の前で? そこで生きてきた二人の前で。
自問自答。ゼリグとキティー、若き我が友へ交互に向く。全部話すことは簡単だ。観劇の為のお芝居であり、つまらなくなれば『清算』される。この、世界は。演目は同じまま、何度も、何度も、何度も、何度も。おそらくは、修正を加え再演された。その果てに私が居る。それを突き付けてよいものだろうか? ……そもそもにして推測だ。あまり、知ったかぶりをしたくもない。私なりの、誠実である。
「どうしよう。と、言われますと~……。そう! お守りに行くんですよ! 悪い神様の魔の手が迫る、今はそんな危機なのです! そうでしょう? そんな物騒なモノ、悪用をされちゃ大変ですので。」
「……それが、事実だとしましょうか。今さらで言うのもなんだけどね、ノマちゃん。その権能を手に入れるのが、貴方自身の野心でないと。私は、どう信じたらよいのかしら?」
「……そりゃあまた、どういう意味で?」
「王城の地下、私も見たのよ? 破壊と創造のあの力、焦がれてしまったりはしないのかしらね。」
発言に詰まるクラキさん。その隙で横から出張る、キティーに痛いのをぐさりとされた。ああ、そういえばそうだった。あの時昂った感情の末、随分とお喋りをしてしまったな。あれから、話題には出していない。結局私は怖いのか。踏み込んで不和を生じる事が。『銭はー? ねぇ、銭はー?』ゴブリン娘の不平が零れ、オーク娘にぎゅむっとされて、空気読んでねと引っ込まされる。辺境伯殿もご一緒で。
「……まぁ。野心といえば、野心でしょうね。これは信じて頂くほか無いのですが……。その……。悪意がね? あるようなわけじゃ、ございませんよ?」
「知ってるわ。貴方は、それが出来るほど賢くない。」
「……そりゃ、どうも。」
「宜しい。じゃあ、そんなお馬鹿さんへ質問です。貴方は神を……。いえ、『この盤上の指し手の方』を、謀ろうだなんてつもりはあって?」
『見ようによっては。』言った。生唾をごくりと飲む。踏み込んできたか、そうきたか。烈なる反応は返らない。周りをこそこそと探ってみれば、感じる空気は困惑のそれ。何が、どこまで通じたか。『アレ』を見ていないこの場の方へ。しかしどうあれ、私は『謀る』と言ったのだ。確実に神は天地へ御座す、それが公然であるこの地において。脂汗。伝い、桃色が私を見た。
「おかしいとは思ったのよ。神の啓示、遺構の確保。それが本当の事実であれば、どうして貴方は。そんな、めくらで探すのかしら? ってね。」
「……頼まれたのは、本当ですよ? ただ、その~。……解放を願うあの方々が、場所を知らなかったというお話でして。」
「解放、ねぇ。『自ら』を謀れと? いったい何を自称したやら。貴方に、それを吹き込んだモノ。」
「黒の神。というか全部。白以外。」
『我らデーモンの主神にか!?』『おい! 赤の神に会ったのかよ!?』『混沌サマは!!?』みんな一斉に食い付いた。なんか喋れと揉みくちゃにされ、反動で左右びょんびょん揺れる。ごめん、混沌サマは居ないんだ。あとサタナチア嬢、お酒くさい。とかく、これで伝わったかな? 神々は一つ岩では無いと。互いの利の為の綱引きの、都合の良い側へ乗っかっただけ。あとは勝ち馬に化けるかどうか。
じぃと、キティーが睨んでいる。カリカリと爪を噛み、何を言ったやらと悩んだ風。一方で。ゼリグは……、なんか興味無さそうだな。どちらかと言えば即物的。手の届かない域の話であれば、考えるだけ仕方が無い、か。『で? そんで結局よ、こっからの先はどうすんだよ?』即物的な人が言う。『敵のバケモン。品切れってわけじゃ、ねーんだろう?』ごもっとも。二体、少なくとも逃げたしね。
「……まったく。……じゃあ、ノマちゃん。これだけ聞かせて。御柱の五のどれでも無い。その悪神とやら、狙いは何処に?」
「わかりません。」
「憶測でだって何かはあるでしょ?」
「いえ、そうだからこそと言いますか~。わからない事を知ったかで振る。そんな風で語っちゃそれは、誠実であると言いかねますので。」
「……そうね。こっちも、語られたくは無いわねぇ。『そんな恰好』で誠実を。」
無言で顔面をずぼりと抜いた。そのままぱったりと真横へ倒れ、そそくさとその場正座に直る。床が硬え。次いでひしめいた集団ごとに、どっ! と潰されて跳ね退けふんす! 後ろが天井につっかえた。覆い被さってきた巨鳥の娘、流石に質量でひしゃげたらしい。それはそれとして『こっから』だ。大陸北方。そちらさんの国の領域である。なんか無いんすかね泥酔伯さま。目線、桃色へ許しは乞うた。
「え~、そんではですね。そろそろ建設なお話を。ここからの先がどうだかですが……、サタナチアさーん! ほら水! 起きて!」
「……痛っ……つつつ。……なんだ、魔人。応える義理なんぞあると思うか? 貴様の如き、化け物になぞ。」
「義理も、義務もございません。ですがこの都市の恩人ですし? 渡世の仁義、見せて貰ったってバチにゃあならんと。
「…………幾つか、小規模な町がある。それを越えると直轄地だ。魔王様のな。」
「土地勘のある方は?」
「幼い頃は、暮らしていたが……。待て。」
細い両肩をがっ! と持つ。不味い事を言ったお顔をされる。『道の案内をお願いします!』なんで私がと悲鳴があがった。やむを得まい。超法規的措置である。神格の方の縄張り勝負、状況がどうか全然見えんし。最悪魔王様宅へカチコミだ。丸太を装備して伺う所存、土下座して最後どうにかしよう。とりあえず、これを指針にて。ぎゃーつくと揉める頭の上を、肥えた羽虫が一匹飛んだ。
蛾や、蝶のような類じゃない。ここ数日でよく見るそれで、人相の悪いカゲロウもどき。『と、いうわけでな、ゴギー。私たちは北へゆく。当たりが付いたなら落ち合おう。』待てやこら。泥の小娘の声掛けに、首を動かしてぐりんと回り、説明なさいなとじりじり迫る。それを大して悪びれもせず、視線だけ合わせいけしゃあしゃあ。半面。陰に潜んだ娘の方は、剣呑を避けてちゃぷんと隠れた。湿っぽい。
「……どちらさんで?」
「ん? ああ。ただの、私たちの頭のモノだ。気にするな。全部、筒抜けで伝えてある。」
「気にするわ。マガグモ、こいつふん縛って転がしましょう。」
「あん? 何を。そんなもん今更じゃ。ゴギーのあの奴は羽虫の化生、何処であろうと見聞きしおるわい。誘って、あとで潰せばええ。」
「知ってたんなら教えんかい! あーっ! もう! 兎に角! 明日からこれで行きますからね! 各自お手元のしおりをうわったっ!!?」
わたしゃ引率の先生かい。勢いで成った勝手なそれで、まくしたてる折にごぉぉぉん! と揺れた。突然の事にふらついて、尻餅をついて周りを見る。『あの子、信用できるのかしら?』『さぁね? 少なくとも、蜜を吸う側にゃあ置いてくれるさ。』赤毛と桃色の話し声。おかしい。あまりにも動じていない。むしろ私の有り様を見て、怪訝な顔すらも向けられていた。何が、起きた?
誰も、何も、言及しない。ヒトも、化生も、カラクリも。いや唯一、クラキさんだけは窓の外、日の暮れる空を眺めていた。茜差す逢魔が時。青と、白と、赤と、黒と。その空を、私も見る。
割れていた。まるで、『ナニカ』がぶつかったガラスのように。
どうにか投稿できました。




