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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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バッド・ガールズ

「う~ん……。大丈夫ですかねえ? アレ。なーんか大分アレなんですが。」


「ひひ。ワシら南のを舐めるでない。ま、なんなら別に、一緒で暴れたって構やぁせんぞ?」


「いや、残れゆーたん貴方じゃないすか。」



 北の草原の蛮族都市。そこの端っこの監視の塔で、攻め寄せる泥を迎撃すべく、討ち入った組を見送って。残る私はといえば窓の縁、背伸びしてそこへお手々を付いて、遠い荒事を眺めていた。ご一緒をするは妖蟲マガグモ。小器用に脚を小さく畳み、一歩引いた位置で不遜を言って、朝令暮改も平然と。まぁそうならばそうで大変結構。このままお任せをする所存である。わたくしノマちゃんは慎重なので。


 ちなみに何がアレなのと申してみれば、それら荒事の戦火にまみれ、めっちゃ暴れてんですよ巨体の竜。強いて言うならば亀に似る。しかしそれにしては甲羅が無くて、首も尻尾も異様に長く、前足は全体に比して短く細い。それが頭からクラゲを生やし、派手にドンパチ討ち入り組を、対地対空で以って叩いているのだ。吠え猛る声に爆炎の熱、空気を伝わってビリビリくる。ねーんですわよ演習場じゃ。



「しっかしまぁ……。ちょいと、ちょいとねぇクラキさん? 見てくださいよアレ、だーいぶブラキオじゃあございません?」


「ん? なによ、知らないわアンタ怪獣オタク? こっちはいま忙しーの、実測の邪魔しないで頂戴。」


「おっと、そりゃあ失礼をば。んじゃですねぇ、ところであの火、いったい何を積み込んだんで? あの子らに。」


「焼夷弾頭。余ってた分ありったけ。」


「頼むんで野火は勘弁ですよ。」



 両の腕をうーんとな、伸ばし親指と人差し指で、四角形を作り場面を切る。その中でまた爆発した。微妙に流れてくる油の匂い、持って上げられる双眼鏡。蜘蛛の反対で私の隣、人形使いもブツブツを言う。『思ったより効果薄いわねえ。』さいですか。焼いて尽くせば泥すら炭へ、本質を変える狙いがあるか? 見た目派手な特撮だけど。恐が付くタイプの竜、ポップコーンが欲しいトコ。見世物ならね。


 なおそんな窓際の後ろ側。ああでもない、こうでもない。卓上の駒をカツンと進め、言って交わす声が聞こえてくる。地図を挟んでお向かい二人、うちのキティーと蛮族領主、後者サタナチア嬢は半泣きで。そこへオークのバルバラ嬢、相方ゴブリンのリーナ嬢、それと近衛の蛮族娘らも集まっていた。すんげえこっちを警戒しつつ。でも心中の方はお察しします、広義でバケモンのお仲間だしさ。私とか。



「頑張ってくれてますかねぇ、フルートちゃんも。別に待機はいいんですが……。ん~、あのー! 声掛け失礼。キティー、このまま迎え撃って宜しいわけで?」


「うん? そりゃあ、アンタ。宜しいわけがないでしょう? でも先手はもう奪われてるし、待って構えるしか打つ手がないわ。用兵ができる駒もなし。せめてねぇ、そこの領主サマが街のほう、ちゃんと掌握してるんなら違ったけどね。」


「……ぐ! し、仕方がないだろう!? これでも今日まで頑張ってたんだ! そもそもなぁ、お前たちのせいじゃないか! 人族めっ! 親父殿を討ち取ったのも! ここの秩序を乱したのも!!!」


「攻め込んだ側が猛々しい……。年で昔の話でしょうに。そうねえ? そんなに嫌なら引き揚げましょうか? 別にこっちは義理すら無いの。ねぇ、ノマちゃん?」


「すんません。秒でギスらないで頂けません?」



 あぁ、もぉ。お腹痛い。どっちの言い分もごもっとも。それでもしかし、いま言うこっちゃねえだろう的なアレである。ついでで案内の老ゴブリンも、我関せず、隅っこで煙草吹かしてますし。そういえば曰く結界か、後ろのギクシャクも封じて欲しい。そんな犬猿を背中へと、感じちゃいつつも大蜘蛛娘、壁の一点を見やる彼女に気づく。高い位置。何にもない。今日からネコにでもなりました?



「……おう。おう、ノマよ。ありゃあ、なんじゃ? アレよアレ。横壁の上のほう、ちいさぁ穴が開いておるが。」


「ん~? あー。たぶんですけど通風孔。じゃ、無いですかねえ? 窓はほら、きっと塞いだりだってあるんでしょうし。」


「ほーん。ほうか、ほうか。で? ぬしの言うツーフーコー。ありゃああのまんま外まで延びて、貫いてココへ通じたもんか?」


「そりゃあ~、まあ? 風を通す穴なんですし、概ねはそうで宜しいもんかと。」


「ほうか、ほうか。ならば、そろそろで用心せい。『奴ら』既に窺っとるぞ。」



 不敵交じりでケヒケヒと、言われ『はい?』と小首を傾げ、途端真後ろで悲鳴が上がった。振り向いた先は無数の手。腕を掴まれたクラキさん。目を向けていた通風孔の、逆側の壁のおんなじそれへ、引き摺り込まんとして引っ張られ。宙吊りからの磔に。伸ばすこの手は届かずに。肩から左手が歪に捩じれ、軋みを伴って穴へと消える。不味い、完全に油断した。壁の導管を伝ってきたのか。


 生え伸びる手はおおよそ十。危機の彼女は白黒の目で、未だこの状況を吞めない様子。そこへ衆目が集まって。どよめいた中を銀糸の巨腕、編んだ髪の毛で以って追いすがらせる。吊って上げられて天井付近、強く圧し付けに遭う身体を掴み、思い切り力を込めようと。して、しかしやって良いものか躊躇した。下手を打ったなら身体が千切れる。さりとて日和っても結果は同じ。ええい、ままよ!


 死ぬところまではいかんだろう! そうと意気込んで引っ張る間際、なにやら金属のジャコン! な音が。お椀のくっ付いた光線銃。クラキさんの残った右手、袖から飛び出してバチバチと。回転と共に火花を発し、壊れた左手の付け根のほうへ、押し当てられて襲撃者ごと。『ざ……っけんじゃあないわよこのぉ!!!』そのまま焼き切れる音がした。断面は黒い油のよう。落ちるその身を銀糸で包む。



「うわっ!!? ったったった! ご無事でっ!?」


「……む、っかつく!!! 人間じゃないって……、もう……、思い出させやがってぇ!!!」


「えっとあの……! でも! アレですよアレ! 不幸中なのが幸いですし!?」


「落ち着け。ほれ、まんだそれだけで終わりでないぞ? 『腕』が来たんならお次は『歯』じゃて。」



 焦って慌てて慰めて。突如降って湧く多忙の中で、ちょいちょいと蜘蛛が足元を指す。なんすかね『は』ってお次は床で!? 煙を吹き出した通風孔。割いた注意は真下へ這わせ、走らせて卓の影へと進み、キティーとサタナチア嬢のおみ足へ。見て、途端、石材の床がバクっと裂けた。縁はぞろりと生えた牙。傾いた卓が沈んで呑まれ、彼女らの影を伴い消える。言葉も無い。余りにもこんな、あっけなく。


 無情にも閉じる石の顎。割れて砕ける木材の音、それを上書いた女の悲鳴。



「ふんっにゃあああっ!!! 辺境伯を、ナメんじゃねええぇっ!!! バルバラ! リーナぁ!!!」



 閉じきって終わるその寸前、ぶん回されて卓が生えてきた。木材と牙の僅かな隙間、そこへ鉄製の義手がすかさず嵌まり、オークな彼女が気合を入れる。肩の筋肉が盛り上がり、腱が千切れるを物ともせずに、咆哮と共にこじ開けられて。次いで細長い茶色筒、ゴブリン娘の投げ入れるそれ、ボン! と爆ぜたらしい煙があがった。その隙で首根っこ、キティーを掴み辺境伯が、煤塗れになって姿を見せる。



「タバコ筒! リーナ様の特製よ! 急いで早く、モタモタしないっ!!!」


「そ、そうは言っても限界でぇっ!? あーっ! 腕!? 腕が死ぬぅ!? 金は払ってんだ助けろお願いぃっ!!?」


「わっりぃけど俺もイカれちまったっ! 領主サマ! 足蹴で悪いが蹴っ飛ばすからー! ……よっ!? んおっ!!?」


「……ま、生きるも死ぬも道連れよ? ここまで来たんなら治してあげる。」



 バツの悪そうなキティーの声。調子を取り戻すオークの腕と、引っこ抜かれて吹っ飛ぶ二人。それに合わせて集まって、ゴブリンと近衛の娘っ子たち、泡を食いつつもどうにか受けた。その一連を見届けて、ようやく身体の強張りも解け、石床を伸ばす銀糸で叩く。手応えなし。既に引っ込んだその後か? 弱るクラキさんは背中へ担ぎ、急ぎバタバタと皆の元へ。蜘蛛ぉ! てーかちょっと気ぃ利かせぇ!



「マガグモっ!!! こーいったもんは早く言う! 知ってりゃ防げた奇襲でしょうにっ!!?」


「うっさいのぉ、ちょいと千切れたってくたばりゃせんわ。そもそもが別に義理すら無い。ワシら化生だってヒトなんぞにな。」


「ツベコベ言うんじゃあござーません! 私に味方でいて欲しいでしょうっ!?」 


「っち、まぁたコイツは面倒を……。ま、そういう事じゃ、ネリー、ジェニー。こやつ怒らすと面倒じゃてな、泣きを見る前でさっさと去ねい。」



 ガシャガシャと寄る蜘蛛の怪。私以外はズザリと下がり、それと並行し四方の壁の、狭い導管を抜けて生え伸びてきた。手。腕。無数のそれ。まるで呼びかけに応えたよう、十や二十じゃあ飽き足らず。群れを成してより合わさって、その奴が編まれ人へと化ける。髪は豊かで束ね上げ、二つ結びで長ぁく垂らし、赤白の派手な衣装を纏う、瞳の赤い、少女の姿。この娘が曰く北のモノ、か。


 派手を好むのは文化だろうか。そんなささいをふと思い、思う内にその子の真横、床が大口を開けてばくりと裂けた。縁はぞろりと生えた牙。そこから飛び出してくる球根モドキ、先端に生えて娘が一人。恰好は多少慎ましい。しかしどちらかと言えば華美であり、厳かな花と例える中で、歯列の鋭さがやたらと目立つ。ああ、キティーを襲ったのはこっちの子かな。気持ち、見る目も険しくなった。



「きゃ! きゃ! きゃ! 新顔になーんかぺこぺこしちゃってぇ、蜘蛛のヤツってばダッサダサっしょ!? ねー、ジェニーだってそう思うっしょ!?」


「けふん! けほん! ……んに。むずかしいの、わかんない。でも、ネリーがそう言うんなら……。そうかな? 思う。けほんっ。」


「……あー、よいですかちょいとダサグモさん。この子達ってばどちらの様で?」


「乗るなド阿呆。ロングアーム・ネリーとグリーントゥース・ジェニー。奴ら揃って一派よ北の、好きが狭いの厄介モンじゃぞ。」


「お勉強ですね今度ほうれんそうの。」



 言ってじとりと念押しし、『だってのー、ワシも狭いほうが好きじゃしのー。』そんな不平は右から左、背負うクラキさんをキティーの元へ。これで全員が一か所に。以って私に都合良し。次いで振り向いて両腕を上げ、自陣の皆さんは背中の後ろ、はい、ちゅうもーく! とばかり前に出た。期待と不安、値踏みと好奇。様々に目が私へと、刺さり内心の焦りが漏れる。さぁて、上手く来てくれるかな。



「はいはいはい! どうもどうも、お二方。わたくしノマと申しまして、南の新入り……。と、いうわけでも無いんですが、まぁそれ的ななんかそういうのです。はい。」


「あーん? こっちはネリーとジェニーっしょ? いま蜘蛛のヤツが言ったっしょ? てーか新顔の流れのヤツよー、獲物独り占めはダメっしょオマエ? こっちまだ腕一本、そっちまだそんなに『ある』し、せめて左右半分ずつっしょ?」


「食べません。いえ、吸血はちょっとしたいんですが、殺しってのはちょっと困るんです。なので後ろのは私の分。さっさとね? さっき蜘蛛さんが語ったように、泣きを見る前でお帰りなさいな。」


「へー? ふーん? オマエっさぁ、そーいうのすっげムカつくっしょ? 自分のが強いって、ネリー達のが下だって、そー思ってんのすっげビンビン来るしぃ?」


「そーですね、自信はだーいぶございます。で? 感じちゃってそれ、どうなさるおつもりで?」


「そりゃあ、とりあえず叩くっしょ? そんでほら、泣かせてやるにぃ、決まってるっしょぉっ!!!」



 掛かったな。見え見えの糸をちゃぽんと垂らし、煽りまくって敵意を向かせ、吐いた気炎へとアワセを入れる。そうやって釣れたネリー嬢、見せつけるように取り出した腕、一口を齧りその場へ捨てて。噛み口は黒い油のよう。別に美味しくは無かったらしい。なおその一方でもう一体、ジェニー嬢は何か言うでも無しに、お静かを続けジト目の様子。が、敵と認定はされたかな? 同調は今は大事よアナタ。


 さぁて、では、どう来るか? どんな一撃も華麗に食らう、それがこの私ノマちゃん流だ。避ける技量が無いとも言う。そうしてジリジリと睨み合い、背後の無事をちょっぴり気にし、瞬間で首を掴まれた。それを何? と思うや否や、引っ張り上げられて天井へ。後ろ頭を激しく叩き、長く伸びた手が視界に映る。お次は足首を握られて。今度は床、じゃ、無いなこれ。このまま頚椎をへし折る気か。


 見れば植物の這わす蔓のよう。腕の枝分かれする長ぁいそれが、ロング・アームのその名の通り、死角から回り襲ったようで。なぁるほど? 気管支が潰れ呼吸が止まる。だからって私ナメんじゃねーぞ。力任せで引き千切る。落下の勢いで真下の牙を、更に暴力で以って殴って飛ばす。大口を開けて大球根、上は目を見開いて少女のお顔。ジェニー嬢、追撃か。ずどん! 地響きを立てて壁に刺さった。



「んに……、痛い……。」


「ちょっと! ちょーっとオマエ、何するっしょ!? 首をへし折って齧るくらい、そんくらいちょーっとヤられておくっしょ!?」


「お断りっ! 死にますよふつー折ったら首は! 化生の人だってお嫌でしょうにっ!」


「そうじゃそうじゃ! 言ってやれい、ノマ! くっ付くまでゆうに半日かかるわ!」


「皆さん健康で何よりですねえっ!!!」


「ノマちゃんがそれ言うわけ?」



 着地はだん! と四つ足で、殺そうとされるその興奮に、妙な戯言を口走り。次いでよく知った声の呆れるそれに、いざ、弾かれて跳んで牙を剥く。迎え撃ちますは無数の手。枝分かれして幾重を囲い、見えぬ死角から四方に八方、伸びて巻き付いて封じ込めようっておつもりで? 関節が逆に捻られる。無理に伸ばされてミシミシを言う。しかし、相性が宜しくない。なんせ私ってば脳筋なので。


 巻き付いた腕をぐいと持ち、力任せで引っ張りながら、のっし、のっし。前に出る。それに合わせて『腕』の顔。余裕ぶったそれが真剣となり、歯を食いしばって踏ん張るそれへ。もう一歩踏む。悲鳴が漏れた。ふはは! 化生とはいえ小娘如き、ゴリラに勝てる道理はなかろ! 誰がゴリラだ。ともあれこれが力の差。そういうわけで、お願いなので。頼むよ。笑っているうちで退いとくれ。



「ぐ、にににににぃっ!!? こいつすっげ馬鹿力っしょ!? ちょーっとジェニー!? 早く! 早く! 寝てないでさっさ手伝うっしょ!!?」


「……んに、わかった。お腹もすいたし。……食べる。……食べて? 『ムジナモグライ』。」



 ひっくり返っていたまぁるいお尻、でかい球根の裏っかわ。それがゴロンと身体を起こし、現れる半目不満のお顔、勢いで床へ手を付いて。隆起して割れる石のそれ。姿を見せる長大な牙、トラバサミの如く形を作り。……さっきのアレか! 二列、這うようにして放たれた。片方はすぐに私の元へ、脚を食い千切りズタズタとして、半ばまで腹も噛まれて裂ける。それはいい。もう片方っ!!!


 割り砕く床を軌跡に残し、這い進む逸れた牙の罠。咄嗟で動こうも『腕』と『歯』が、執拗に絡み足枷を嵌め……、邪魔! 目で追ったそれが後ろを襲う。そして喰らわんと大口を、開け、きれず。網に絡まってばくんと閉じた。床の上、面でべったりと覆う蜘蛛の糸。マガグモめ既に仕掛けてあるか、ようやっとこれで気が利きますねぇ! 俄然気を良くし前を向く。仕掛けるにこれで忌憚は無しよ。



「くひ! 狭いのは好きと言うたじゃろう? 思い上がるなよ、ノマ。別に守られんでも勝手に生きるわ。ま、そこの義理の無いニンゲン共が、どうと思うとるかは知らんがな。」


「……嫌味かしら? 世も末ねぇ、化け物にこうも言われるだなんて。一応ね、アリガトウとは言っとくけれど?」


「ひひ。桃色の、だったら貴様らも少し義理を見せい。あんまりツベコベを言うとるとな、ほれ。ヤツは味方で無くなるらしいぞ?」


「まったく、是非も無いことを……。飛び物用意! ノマちゃんを援護なさいっ! 目眩ましになれば十分よ!!!」 


「か、勝手な指示を出すんじゃないっ!? 私の部下で……! だから、えーと!? にゃああ! つ、追認するっ!!!」 



 一つ、わだかまりが解けたらしい。ざわめいた後の金属音、次いで短弓の矢が次々に飛び、はね除ける手間をあちらへ強いる。そこへ光線と炎が混じり、焼け落ちて腕も幾つか減った。『いいところ取られたわねぇ。』それを言えるなら上々ですよ? わたくしも以って機嫌が良い。突き刺さる牙を引き摺って、破損と再生を繰り返しつつ、再びに歩む重たい一歩。ですからねホラ、ちょっとだけ。


 もう一歩踏む、手を伸ばす。ちょっとだけ喉を握らせてくれ、態度次第ではそこまでだから。たぶん半狂乱であるのだろう。飛び回る腕が爪を立て、突き伸びる牙が骨身を砕き、私を押し留めようと奮闘する。そうだ、そうだ。怖いでしょう? 怯えを見せろ、尻尾を巻け。不可逆な害を与える前に、殺したいとまで振り切る前に。私は『良い人』で居たいので。享楽が口を真横に裂いた。


 顔を覗かせる嗜虐心。それに身をゆだね小娘二人、追い立てて壁の際までへ。『歯』の方はそれでも意地か、あくまで抵抗を見せるその一方、とっくで『腕』は半泣きである。竦むがよいさ。いま、掴み上げて制圧を、してやろうとするその寸前。しかし外壁を破り邪魔するものが、室内を埋める怒涛のなんかが。何? 泥とティラノとゼリグと娘、黒服のなんか知らん人。何? 圧し潰される。考える前。



「ちょっ!? まっ!? ……ぶっはぁ!!! なんっですかこりゃあ!? ちょっと!? ゼリグっ!?」


「わっりいノマ!!! 連れてきちまった! こいつだこいつっ! 泥の親玉っ!!!」


「だからってこりゃあアカンでしょう!? 最悪ここが倒壊をして……っ!? 倒壊しそうっ!? アカンてちょっとぉっ!!?」



 さらに凄まじい衝撃が。建材と共にこんがらがって、ごちゃごちゃと中へ流れ込み。転がるティラノに轢かれて潰れ、次いでゼリグのでっかい尻も。ぎゃーす、ふぁっきゅー。此の上でなんか激突したねっ!? 裂けた外壁を急ぎ見る。首の長くてドラゴン的な、具体的に言うとブラキオ的な。なんかこう、それっぽい泥と目が合った。アカンですねこりゃあ全壊ですわ。黒い娘も跳ね起き吠える。



「くふふははっ!!! ちょーど良いところに居るじゃあないか! ネリー! ジェニー! すぐに手を貸せっ! この女少し厄介なのでなっ!!!」


「あわわわわっ!!? アニスぅ! 貸してほしいのはコッチっしょ!? こいつ! この銀色のヤツやべーっしょ!? はやくさっさと潰して……ちべたっ!!?」


「……なに? ……冷たい。寒いのは……、嫌い…………。そこ……!」


「ぬ! ばれてしもうたか。 銀色ぉ! 何をモタモタするか! この程度しゃんと気張ってみせいっ!!!」



 なんか『氷』も落ちてきた。『歯』の一撃をひらりと躱し、跳ねて寄ってきて発破を掛ける。なんでも退き損ねたそうでして? お忙しいですね皆さんホント! 建物も震え傾き右へ。そうはいかんと髪を打つ。化けて変じるは草木の蔦、這って巻き付いて支えを作り、この一時を持たす応急処置を。ただし貴様は逃がさん娘ぇ! 吠えた黒服に巻き付いて、さらに一本をムカデへ変じ。噛むぞ? がぶり。



「むぐぎ!? なん……っ!!? 蔦!? 蟲に!? 貴様ぁ!!! これは一体どういう真似だっ!? ちょっと興味沸いてきちゃうじゃないかっ!!!」 


「あとにしてくださいっ! 君を逃がしちゃあ厄介なんで! んーっでゼリグ! 外向きで崩しますっ! 引き摺ってでも全員早く! 塔の外っ!!!」


「お、おう!? なんかわっかんねーんだけど任せとけっ! で、そりゃあいいとしてお前はそれでっ!!?」


「ここで最後まで踏ん張りますっ!!!!!」



 脚を踏み締めて気合を入れる、ゴリアテ君を起こし押し返させる。ふんぎぎぎ、我ながら無茶をしたもんだ。もはや泥流と化した泥のそれ、最初に突っ込んだのとお後の竜と、合わせ圧し掛かり塔全体へ。天井が崩壊した。足元が崩れ歯抜けとなった。そこを縛って引っ張り上げる、髪とわたくしと努力と根性ぉ! もはや振り返る余裕は無い。任せます。信じます。脱出早う! いい感じでねっ!


 『マガグモよぅ! こっちはどうする!?』『決まっとるじゃろう退散じゃ! ノマぁ! 精々気張っとくれよ!』わかってるから早くして。『ふんにゃあああっ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!?』『黙って走る! 生きてりゃぁ治してあげるわよっ!』死んだら死ぬ組も早くして。そんな声も遠くへと、消えて残るは崩落の音、生き埋めで終わる最期の前。じゃあ、ね。初対面でなんか悪いんだけど。



「うわっ!? たっ!? ふぎゃ!!! えぇいオマエ銀色のヤツぅ! ここはいったんお預けっしょ!? すっげ癪だけど出直すっしょぉ!!?」


「……んに、ネリーがそう言ってる。アニス、こっち、私の手。掴んで早く……!?」


「そうもいかん! この蟲が邪魔をして……っ! くそ! 任せろと言った私の面子をっ!!!」



 一つ、これでお仕置きだ。泥のブラキオの頭が潰れ、空間が前へくずおれる。浮遊感。先陣であったティラノも前に、転がっていく先が真下へ化けた。壁は下、床は横。人生初の経験である、この味のわかる生者は居まい。私も中身が出そうです。『腕』と『歯』は既に姿を消して、見えぬ視界にただ轟音が。ああ、ちょっとやり過ぎた。死ぬところまでは行かんでくれよ、『泥』の彼女を捕まえて抱く。



 終わり際。こんな状況であり得んだろと、そこはまぁ承知じゃあるが……。羽虫が一匹、飛んだ気がした。






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