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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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王都の酒場は黄色い旗

「ほへー。これが王都ですか。いや、絶景かな絶景かな。」


「喧しい。はしゃぐな。」



 ようやっと見えた王都とやら。ろくに海外旅行なぞした事も無かったので、むせかえる程の異国情緒に思わず興奮してしまった。ゼリグの奴めに首根っこを掴まれて、子猫のようにぷらりと持ち上げられる。


 段々私の扱いが雑になっている気がする。今朝方も、昨夜の一件ですっかり気疲れしてしまい、まだ眠いとぐずる私はぽーんと蹴っとばされ、ころころと転がされて背負子にセットされるとそのまま搬出されてしまった。解せぬ。



 しかしまあ現金なもので、如何にも中世という立派な街並みを目にした途端、昨夜からの憂鬱はどこかへ行ってしまったようだ。いやまあ、中世の街並みなぞ映画かゲームでしか見たことが無いのだが、素人さんにはそれっぽければ満足なのである。


 視界の先には、宿場とは比べものにならぬような長大な石壁がそびえ立ち、見える限り、ぐるりと都市を囲っているようだった。見上げると、遠くに立派な尖塔が見える。教会だろうか。いや、王都というからには、あれこそ王城の天守閣やも知れぬ。


 正門と思しきどでかい門の前には大勢の人々が並んでおり、その横をひっきりなしに馬車やら荷車やらが出入りしている。居並ぶ人々の中には、すらりと背が高く、長い耳を尖らせた女性だの、髭モジャで背が低く、ずんぐりむっくりした体型の男性だの、果ては二足歩行のトカゲだのまでが混じっており、ここが異世界なのだということを改めて印象付けられた。



 ゼリグにぷらんぷらんと持ち上げられて、にゃーにゃー言いながら列に並ぶ。前に並んでいた、ゴーグルをかけた小男がくるりと振り向き、私とゼリグを交互に見た。



「傭兵ゼリグ、綺麗な猫を連れているな。売り物なら買うぞ。」


「悪いね。あいにくとまだその予定はねーんだわ。仕入れなら他を当たってくんな。」



 また売却されかけたようだ。白昼堂々、商談を持ちかけられるとは、この国では人身売買は違法では無いのだろうか。ふっ、美し過ぎるこの身がいけないという事か。前髪をふわさとかきあげてポーズを決めるが、ぷらぷらと足が地についておらぬので、いまいち様にならぬ。



「そうか。他に売るもの買うもの、あるか?」


「矢尻を何本か駄目にしちまったな。買い換えたいところなんだが。」


「今は持ち合わせ、無い。店の連中に話を通しておいてやる。」


「悪いね、あんがとよ。」



 丁度会話が途切れたので、首をにゅーんと伸ばし、彼は宿場に居たあのゴブリンかと耳打ちする。小声で一言、違うと言われた。うーむ、見分け方がとんと解らぬ。



 雑談に興じる内に、意外にするする列は進んで行く。ゼリグがちゃらりと、何か金属の板のようなものを門兵に見せると、あっさりと門をくぐることが出来た。こんなんで良いのだろうか。


 人買いゴブリンとの別れ際、彼に向かって手を振っておく。彼は私にひらひらと手を振り返すと、ゼリグに向き直って苦言を発した。



「傭兵ゼリグ、戻ってきたならキティーの奴、何とかしろ。昨日も酒場で暴れてた。」



 言うだけ言うと、大きな背負い袋をゆらゆらと揺らしながら、ゴブリンは雑踏の中に消えていく。ゼリグの顔色を窺うと、彼女は苦虫を噛み潰したような、なんとも渋い顔をしていた。




 ゼリグと二人、大通りを歩く。両脇には大きな宿が立ち並び、門から入ってきた馬車が直接、宿の入口に乗り付けては人が出入りしていく。なるほど、あれらの宿は、さしずめ王都の顔といったところだろうか。まあ、さすがに女二人の貧乏旅だ、あのような高級そうな旅籠に泊まるのは望むべくも無いが、今までの安宿よりは、幾分かマシな宿が期待できそうである。


 私はすっかり観光気分であった。浮かれていたのだ。おのぼりさんらしく、あちらこちらを眺めては感嘆の声をあげ、あれはなんだとゼリグに質問を飛ばしては、腕をひっぱられてずるずると引きずられる。だがそんな浮ついた気分も、道が狭くなり、人通りが少なくなり、明らかになんかやばい感じの裏通りに入っていくに至って、すっかり萎んでしまった。え、道あってるのこれ。


 右にくねり左にくねり、酔っ払いが喧嘩する横をすり抜けて着いた先は酒場であった。真昼間から酒でも飲む気だろうか。軒先からは棒っきれが突き出しており、その先端では黄色い旗が風に揺れていた。背伸びして旗を指さし、隣の酒飲みに顔を向ける。



「なんでしょうか?あれ。」


「あん?ああ、営業許可証だよ。」



 ほーんなるほど。周りはスラム同然であるが、意外とどうして、ちゃんと規則の類は守られているようだ。感心感心。



「ま、偽造だけどな。」



 だめじゃねーか。ゼリグはそう言うなり、私を置いてさっさと酒場に入っていってしまった。こんな治安の悪そうな場所に子供を置き去りにしないで欲しい、攫われたらどうするつもりだ。まあ力づくで逃げ出すけども。


 彼女に続いて酒場に入ると、スキンヘッドで厳つい顔のおっさんが、モップで床をごーしごーしと掃除していた。まだ営業時間外であるらしい。ていうか客が入ってきたのに目もくれないぞ、このおっさん。



「おやっさん、二人だ。空いてるかい?」



 おやっさんは返事もせずに、親指で階段のほうを指すと顎をしゃくってみせた。行っても良いのだろうか。ゼリグがのしのしと階段へ向かっていくので、後ろをちょこまかと追いかける。おやっさんの横を通り抜けて二階に上がると、どうやら二階は宿になっているらしかった。今日はここで宿泊するようだ。っていうかおやっさん、ごしごし擦ってた床の汚れ、血痕じゃないですか?




 部屋に入って荷物を下ろし、薄汚れた寝台の上でぐでんと横になる。王都観光が諦めきれず、ゼリグに案内をお願いしようかと思ったのだが、アタシは人を探してくるからここで待ってろ。と、ぴしゃっと言い残して、彼女はさっさと出て行ってしまった。


 寝台の上でごろんごろんと転げまわる。暇である。考えてみればこの世界に来てからというもの、ゼリグの家で目覚めてから、ずっと彼女と一緒にいたのだ。一人になるなど久しぶりであった。


 こうして暇になってしまうと、考える時間が出来てしまう。今まで考えないようにしていたことを考えてしまう。



 ゼリグは私をどうするつもりなのだろうか。



 そもそも、なぜ私を助けたのかがわからない。彼女の村は素人目に見ても貧しく、食糧事情に余裕など無さそうであった。彼女自身も栄養状態に問題は無さそうであるが、懐事情に余裕など無いであろうことは、この数日、寝食を共にした事で十二分に察することが出来た。


 彼女達が私を助けてくれたのは、ただの慈善であろうか。自分たちの食い扶持も怪しいのに?だが、手っ取り早く納得できる理由がある。


 私をこの王都で、競りにでもかけて売り払う事だ。


 自慢では無いが、この身はかなりの美少女である。当然だ。私がそのように造ったのだから。宿場で出会ったゴブリンも、絶対売れると太鼓判を押していた。私を高く売り払い、そのお金で食料を買い込んで村へ戻り、冬を越す為の蓄えとする。実に筋が通っている。


 と、すれば、ゼリグが探しに行ったのは人買いであろうか。これまで何度か、私を売らないかと持ち掛けられたが、彼女は全て断っている。それも、この王都の闇オークション的なもので私を競りにかけて、なるべく高く売り払う為だったのでは無かろうか。


 寝台の上をごろんごろんと転げまわる。嫌な想像を払拭することが出来ない。転がり転がって、端からどさりと落ちた。



 天井を眺めながら考える。もしゼリグが私を売り払う気ならば、私はその時どうしたら良いのだろうか。平静で居られる気がしなかった。


 わずか数日の旅程とはいえ、語り合い、寝食を共にした仲なのだ。まあ、私が一方的にしゃべくっていた気もするが。私には、彼女の身を害する事は考えられなかった。



 考えた末、大人しく売られてやる事にした。そうすれば、ゼリグには多額の金銭が転がり込んで生活の助けになるし、私は売り飛ばされた後で、頃合いを見て適当に逃げれば良い。


 では、その先は?


 勝手の解からぬ世界で、死なぬ身とはいえ一人放り出されて生きていく。ちょいと前までは隠遁生活などと粋がっていたのだが、一度人肌のぬくもりを思い出してしまうと、それから離れることはなんとも耐え難いものがあった。


 逃げ出したからといってゼリグの元に戻るわけにもいかぬ。きっと彼女に迷惑を及ぼす事だろう。まあ、自分を売り飛ばした相手をこんなに気にかけてやることも、おかしい話なのだが。


 何のかんのと言って結局のところ、私はただ、寂しいのだろう。彼女と離れたくないのだ。一人には慣れているつもりであったというに、いざ、その時が来てみればこのざまである。この感情が恋慕であるのかと問われれば、それは違う気がした。己の寂しさを埋める為に、彼女に依存しているのだ。なんとも女々しい事よ。



 気が付けば涙を流していた。私はこんなにも、情緒不安定だっただろうか。きっとこの若い体に引っ張られているに違いない。人買いから逃げ出した後はどこへ行こうか。マガグモのところにでも転がり込もうか。きっと、嫌な顔をして帰れ帰れと言う事だろう。


 半泣きになった褐色肌の少女を目に浮かべながら、意地の悪い笑みを浮かべていたが、そのうちに眠気に襲われ、昼間だというのにうとうとと眠り込んでしまった。




 日の光が顔に当たって目が覚めた。涎をこすりながらむっくと身を起こす。あんまり熱くないな、この光。


 窓から外を見ると既に日は沈み始めており、血の色のような夕焼けの中、街はその薄暗さを増していた。逢魔が時というやつである。


 ゼリグの奴はまだ戻っておらぬらしい。そろそろ腹も空いてきた。くぅと鳴き声をあげる腹の虫をなだめつつ、再びごろごろとしていたが、人間、昼間からそうは眠れぬもので、すっかり目が冴えてしまっている。まあ私、吸血鬼なんだけども。


 下の酒場は営業が始まっているのか、賑やかな喧噪と共に、なんとも美味しそうな匂いが漂ってきおる。


 待っていろとは言われたが、一階に下りるくらいは構わんだろう。外見を活かして何かおねだりすれば、この空腹を鎮める程度には食い物にありつけるやもしれぬ。


 寝起きのぼやけた頭できぃこと扉を押して廊下に出ると、私はとてとてと階段を下っていった。




 血しぶきと共に男が宙を舞う。酒瓶も舞う。怒号が飛び交い、おやっさんが怒鳴り声をあげる。空飛ぶ男はテーブルに落下して酒とつまみをぶちまけると、酒を台無しにされた客が毒づきながら、空飛んだ男を蹴り飛ばした。


 うおおおお、なんだこの酒場。地の果てか。


 白目を剥いた元飛行男が、鼻血を吹きながら私の足元に転がってくる。うわ、ばっちい。



「んっふふふふふー。ざまあみろですぅ。これに懲りたら次から絡む相手はよく見るんですねー。」



 荒事には場違いな、甘ったるい女の声が響いた。視線を向けると、桃色の髪をふわふわと揺らした、胸のでかい長身の女が拳を振りぬいたまま突っ立っている。髪と同じ桃色の瞳はすこし垂れ気味で、おっとりした印象を与えるのにやってる事はとんだバーサーカーだ。


 白を基調とした高そうな衣服には、殴り飛ばした男の返り血が飛んでしまっていた。っていうかこれ、神官服に見える。十字架とかついてるし。宵の口にもならない時間から、シスターが酒場で飲んだくれて暴力沙汰かい。残念ながら王都も世紀末だったようだ。この世界、どこへ行ってもこんなんなのだろうか。



「キティー!てめぇ!いい加減にしやがれ!!何回うちをぶっ壊すつもりだ!お前のその無駄にでけぇ胸とケツのせいで馬鹿な男が寄ってきやがんだよ!さっさと出ていきやがれ!!」


「うっせーーですぅ!ハゲェ!!こちとら客ですよぅ!?だいたいねえ!娼館でお気にの子が身受けされちまって欲求不満でイライラしてるってぇのにぃ!こいつらがヘラヘラと私にコナかけてくるのが悪いんですよぅ!なぁにが俺らが慰めてやるよですかこの粗チン野郎がぁ!!」



 桃色女が手にした酒瓶が、テーブルに張り付いて血を流す男に振り下ろされる。どうやら犠牲者はもう一人いたようだ。テーブルごと粉砕された男は、そのまま呻き声もあげずに床に沈んだ。ああ、おやっさんの掃除の手間がまた増える。


 おやっさんが中指を立てて怒鳴り立てる。桃色女も親指を喉元で下に突き立ててわめき立てる。うおお、怖え。目を付けられないうちに退散するとしよう。



「ッハ!出て行って欲しかったらですねぇ!そこらで上物の立ちんぼでも捕まえてこいってんで・・・んぅ?」



 あ、やべ。目があった。


 桃色女がすたすたと近づいてくる。間近で見るとでかい。胸もでかいが背もでかい、ゼリグも女性にしては中々の長身だが、この暴力シスターは180cm近くあるんじゃなかろうか。


 逃げる間もなく、両脇を抱えられて抱きしめられた。



「あっは!居るじゃないですかぁ上物! あなた新人さん? 一晩いくらかしら?」



 どうして良いかわからず固まってしまう。ふわふわの髪の毛と優し気な目元は如何にも女性らしい印象を与えているのに、私には獲物を捕らえた爬虫類にしか見えない。



「キティー、そいつは飯盛女じゃねーよ。ゼリグの連れだ。手ぇ出すんじゃねーぞ。」



 おやっさんが助け舟を出してくれた。ありがてぇ。ありがてぇ。



「んぅー?へぇー?ゼリグのねえ?っち!あいつ、どぉこでこんな上物捕まえてきたんでしょうねー。」



 その場にすとんと降ろされ、手を差し伸べられる。



「ごめんなさいねぇ。びっくりさせちゃったかしら?私はキティーっていうの。ゼリグの傭兵仲間でぇ、あの子とは親友なのよぉ。私とも仲良くしてくれたら、お姉さん嬉しいなー。」



 果たしてこの手を握っても良いものだろうか。助けを求めておやっさんへ視線を送るが、すっと視線を逸らされた。どうやら生贄に差し出されたらしい。


 ええい、女は度胸だ。この桃色女がゼリグの友人だと言うのなら、彼女が帰ってくればなんとかなるだろう。


 私の小さなお手々が、差し伸べられたキティーの手をきゅっと握る。



「うんうん、握手握手。これでお姉さんとも友達だよねー。」



 笑顔なのだが、目が笑ってない。キティーがペロリと舌なめずりするのを見てしまい、思わず背筋に寒気が走った。


 ああ、喰われそうになるってこんな気持ちなのか。マガグモには悪いことをした。今度会う機会があったら謝っておこう。



 若干白目を剥きながら、私のお手々はぶんぶんと、桃色暴力シスターに振り回されるのであった。



キティーさんのイメージは某FFTの白魔っぽい感じです。

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