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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
138/151

ドクター・キャトル

 故郷の村では年に一度、麦を収穫した祝いをする。それに合わせて稼ぎを狙い、巡遊詩人たちが歌いに来るのだ。アタシはその歌が好きだった。駄賃を握って飴玉を買い、過去の英雄の話をせがみ、ガキの時分から毎年毎年。特に好きだったのが魔女と英雄、竜を従えた建国の騎士、その活躍を謳う冒険譚。今でこそ眉唾モンだ。しかし、それはそれとしてカッコいい。憧れる。アタシだってやってみたい。



「……そうだろ? だから……。今日の、アタシはぁ! 竜騎士っ! ゼリグっ!!!」


「ティラノですけどー?」



 銀色の竜がド派手に吠えて、ノマの無粋が彼方へ消える。意味わかんねぇんだけど多分無粋。それはそれとしてゴリアテ号。銀色娘の一部が化けた、いま復活の巨大なトカゲ、なんで床の一部も抜けた。落ちて、割れて、大咆哮。壁も崩れて外気が当たり、街の防柵が視界に入る。悪いね蛮族領主サマ。払いは王国へツケといてくれ、泡ぁ吹いちまってる場合じゃねぇぞ? 泥の連中め迫ってやがる。


 勢いよく蹴って石の床。扉をぶち破って鱗の肌で、荒く外枠をガリガリ削り、一気に外へ転がり出る。そのまま弾みで家だの柵だの、振るう尻尾が余勢で壊し、その度に群衆が悲鳴で沸いた。いやすまん。冗談で済ます場合じゃないが、なんか言おうにも豆粒である。逃げ足はえーな蛮族市民。ともあれ此処が最縁部。すぐ目の前は茂った青で、獲物を振るえば手の届く距離。さぁて冒険といこうじゃねえの。



「待てい! 待てい! 待てい! ニンゲンっ!!! ノマ様のご関心、ぬしが得ようったってそうはいかんぞっ! 一番の槍はアチキのもんじゃっ!!!」


「ひひひっ! 頭でっかちのブラック・アニス! まずは貴様よっ! 祭壇のオトシマエ、このヤマヂチが付けさせてやるでなぁっ!!!」


「……堪らんな。まーたこんな争い事か。しかし、マガグモの頼みもある。先に行くぞ、ニンゲン女。せいぜい露くらい払ってやろう。」



 化け物の吠える声。不意に届いた背後のそれに、思わず身を固くして槍の先端、身を守る術を向けたくなる。けれどもすぐに影は落ち、そんなアタシを見返しもせず、金色の巨躯が頭上を過ぎた。首を落とした巨鳥の断面、そこへ半身を生やす人喰い女、かつて悪夢そのものであった凶鳥槍羽根。続けて霧と冷気が走り、同じでこちらを追い越してゆく。ああ、今は味方なんだよなぁ。多分ノマの居る間だけ。


 まさか人喰いに背ぇ預けるたぁ、ぞっとしねえ。背後を取られて文字通り、周りだってそれは似通ったもの、なんせ化け物と竜である。ただでさえ泥を食い止めようと、誰も彼もが防柵を立て、そこを安全な内から襲われたのだ。襲ってねえけど。よって人影はすっからかん、暴れて回るにゃあ好都合。そうと考えてアタシも吠えて、既に取り付いていた第一陣、柵ごと遠慮なくぶっ飛ばす。爽~快。



「ぐぐぐ! おのれぃ、ゼリグっ! 貴様上手くやりおって! モノども続けぇ! ヤツよりもたんと手柄を挙げて、ノマ様にお褒め頂くのだっ!!!」


「別にモノじゃないけどさぁ? ボクらも一応リンの手前、はいはーい、手伝ってやりますよ、っとぉ!」



 次いで頭巾の笛吹き女、そして衆国の人形娘。声音を左右でそいつらがあげ、クマだ鹿だのオオカミだのと、連れて押し退けるように後から後から。ノマが増援を寄越したか。なんか下でドスドス当たり、その度に竜もグラグラするし。あ、一匹踏みやがった。ゴリアテも腹が立ったらしい。おまけでまーた衆国の奴、くっ付いて生えてサソリの背かよ、ヒトっぽさがなんか死ぬほど足りねえ。フルートも。


 とはいえまぁ、他人様を言えた義理じゃあなくて、ヒトじゃねえってのはそれはそれ。飛び掛かっていく連中の尻、それを追って手の内を締め、遅れてアタシらも土を蹴る。前に居やがんのはのっぺらぼう、うじゃうじゃと沸いた人型の泥、そして砕かれた人の骨。死人を掘り起こして核にする? なんともね、タチの悪い呪術じゃあるが、こうとなっちゃあお互い様よ。切った、張った、祟んじゃねぇぞ。



 槍の穂先をぶん回す。切り飛ばし、蹴り飛ばし、突っ込んで群れを切り裂きながら、ひたすらに圧を押し付ける。千や二千のどころじゃねえし、殺して死なねえ厄介共で、このまま点で押し返すってのはちぃっと無理か。先に柵ごとぶっ飛ばされて、前を行った連中にもひき潰されて、それでもなお動く泥の破片。それをノマの獣達が押さえ付け、あっちやこっち、陣取り合戦は一進一退。このままじゃあな。


 不利か、どうも。長引かせるのはやはり不味い。泥の迫るのは此処だけでなく、塔で見下ろした限り都市の全周。いずれ何処かで決壊をする。そうとあってしまっては困るのだ。別に蛮族に立てる義理なぞ無いが、しかしアタシは約束した。恰好付けて、助けてやると。よって果たさなきゃあ女が廃る、狙いは親玉のそっ首一つ。日の暮れる茜を背負い、竜の背を叩き発破を掛けて、奥へ、奥へ、敵陣深く。


 不意に右手で炎があがった。赤い色が光って見えて、ズン! と殴ってくる横合いの音、爆ぜ回る土が煙へ化ける。草原の青も宙へと舞い、引き剥がされてなお八つ裂きにされ、薙いで暴れて触手だ羽根だ。うおい、アイツら怪獣かよ。ノマだったら言うなバケモンだけど、この分じゃあっちが大将か? それを考える尻の下、揺れるゴリアテに流されて跳ね、仰向いた視野へ映って鴉。丁度いい、銀色か。



「おーいノマぁっ! さっさと叩かねえと後が不味い! 見えてんならちゃっと教えてくれよ! 遠く陣取って偉そうなヤツっ!!!」


「グエッ! グエッ! グエッ! ケーーーンッ!!!」



 聞いて届けたかいないのか。鳴いて叫んでぐるぐる回り、こっちだとばかり飛んでくソイツ。たぶんで承知はくれたらしい。それに尻の下も『ガオンッ!』と応じ、跳ねだした首を慌てて掴む。あっちの喧騒はまた別か? 踏み込んだ毎に乗る速度。鼻先はぴんと真っ正面で、泥の邪魔立ては歯牙にも掛けず、そのまま顔面でカチ上げて。不格好にデカイ獣の泥。牛だか山羊だか。割れて角先が宙へ飛ぶ。


 縋りつく泥を圧し潰した。崩れ落ちる骨を踏み潰した。かつて生きていたモノが雪崩を打って、こちらへ来いと言わんばかりに。それを竜の図体で叩いてのめし、乗り上げ踏み越え先導を追う。進む行き先は足蹴で教え、竜騎士舐めんなナンマンダブよ! 言っとけとノマに言われたもんで。段々と圧が強くなる。押して返そうとする力が増して、死者の指先がアタシへ届き、それでも強引で突き破った。先。



「おや? まあ。もーぅアッサリと此処まで来た? ……生きてる匂いの無い女と竜。ふぅん? ちょっと興味沸いちゃうなぁ。」



 それっぽいヤツが居やがった。ひしゃげた帽子にくたびれた服、灰色の髪を腰まで垂らし、白と黒とでまだらの意匠。そんな女が泥山の、いや、竜を模した泥土の上で、妙に飄々としたツラをこちらへ向ける。寄り掛かるのは背中の帆。そこから前後して尻尾と首が、長く緩やかな弧線を描き、吊って下げられるのはトカゲの頭。……うちのゴリアテよりでっけえなあ。うぉい下で『きゅ~ん』て鳴くな。



「……いちおうな、ちぃっとばかり聞いておくがさ? よう、バケモン。アンタが泥の親玉かい?」


「生きていないのに生きている? あるいはそうと見えるだけ? ……私の術のそれでは無いな。何処だ? お前たちの命の根源。」


「寝てんのか? 泣いて謝るかくたばるか、どっちか選べっつってんだよ。」


「もちろんだ。言わずともわかっている。さ、お前たちの中を見せてくれ。」



 『は?』すげぇ、自然で声が出た。それに合わせて泥竜が吠え、距離を詰めてきて頭突きをかます。衝撃。ゴリアテの首が沈み込み、次いで抵抗に身を仰け反って、逆に頚椎を狙い喰らって返す。アタシはと言えば空の上。吹っ飛ばされてぐるんと回り、荒れ狂う背に手足を付いて。やっべぇな? コイツ会話らしいもんが通じねえ。が、化け物ってなぁこういうもんか。ノマを通じてか毒され過ぎた。


 すぐさまに上げて戻す視界。銀色の鳥が落ちてくる。下へ寄り過ぎたせいか両断されて、そうと掻き破ったヤツも来た。背を首を伝いこちらの竜へ、十指を長いかぎ爪へ変え、太い血管を狙い左右に薙ぐ。あげく足場は乱闘中。揺れて暴れて咆哮もして、んでもさばけないっつぅ程度じゃねえ。なんせ人外はお互い様、槍の柄で以って両手を掬い、がら空きの胴へ蹴りをぶち込む。こひゅっと、細い声がした。



「っこふ! けふ! ……ううむ、やはりこうなるか。ヒトだか化生だか知らん顔だが、どうにもなぁ……。こういった真似は性に合わん。」


「へっへ、そいつぁどぅも。こっちとしても別によぅ、相手しに来たってワケじゃあねーんだよな、お前らの。……泥と一緒に尻尾を巻きな、他の連中はもーっと酷だぜ?」


「まったくだ。実に奇遇だ。そもそもな? このブラック・アニスの再生術に、こんな役振りなどと遺憾であるのだ。ゴギーの発想は確かによい。しかし……、いや、不快とまでは、言わんのだがな?」


「……もう一回だけ言っといてやる。退くか、退かねえか、どっちか選びな。」


「ふはっ! そぅ言ってくれるな生者のモドキ。ここで会ったのも何かの縁。生命の何故、その根源について私の言詞を……!」


「知らねえ、よっ!!!」



 やぁっぱ駄目だ、こんにゃろう。黙れと穂先を白黒女、その舌先へ向けて一気で飛ぶ。鱗を蹴って、二度三度。すればヤツも下あごを引き、さらに押し込んだ分を器用に下がった。互いに対面向き合ったまま、槍を突き付けて追い追われ。そのまま小走りでがっぷり四つ、喰らい合って唸る頭を渡り、不意の衝撃に体が泳ぐ。噛んで砕かれる硬い音。最後一押しは掴んで取られ、逆に捕まって目線が合った。



「まぁ、聞け。モドキ。知識を深めるに損は無い。ゴギーもペグも薄情でな、私は語りたくて仕方が無いのだ。」


「……付き合ってやる謂われはねーな。なんならお人形遊びのついでで一つ、亡者相手にでも話しちゃどうだい?」


「そうもいかん。そうと出来ないから困っているのだ。いかに術で復元しても、命らしきソレは帰ってこない。もっと精巧に作り込み、生き血を移し替えたとて結果は同じ。ならば、命とは何処にあるのか。」


「あー、そうかい。テメエがよ、クッソ迷惑ってのはよくわかった。出来たらここでくたばっときな。」


「……いーいなぁ。そういったトコ、実にいい。肉の人形と泥のソレ、何が違うのか是非とも見たい。」



 粘つく視線。身震いをして、思わず『ドコをだよっ!?』と叫んで返す。次いで槍を手放して、釣り合った力の相手を欠いた、白黒を目掛け肩をぶつけた。足の左右で重心を変え、その場で踏み込んだぶちかまし。それに二人してもんどりを打ち、引っ掛かった帆に動きを止める。泥の背中から生え伸びて、あっちこっち裂けるオンボロの下、喉へ押し当てる真っ赤な刃。返せってんだ相棒なんでよ。


 押して倒されて緩んだ手。そっから獲物を取り上げて手に、さぁて、で、どうすっか。殺して死ぬかがまず問題で、殺して死んだらがまた問題。力尽くってのも不得意だしな、理不尽じゃあちょっとノマには勝てねえ。聞くにコイツにも仲間がいる。情じゃあない。下手に殺すのが悪手となって、怨み持たれるのが厄介なのだ。現に袋入りだったあの連中も、縁のこだわりが大分強い。力を加え、あと一押し。



「……ふふっ。なんだ、どうした? やらんのか。」


「いいや? ……そうだな。竜ってホントに居やがんだなぁって、なんとなくそう思ってよ。眉唾モンだと思ってた。それが今じゃあ御山の泥で、バチが当たんぜ墓暴きはよ。」


「ははは。探求の成果と呼べぃ、浅学め。地の底には亡者がいる。竜も獣も樹木もヒトも、累々と伏して眠っているのだ。大地が丸ごとで滅びた跡、そこに隠れる命の起源。ふっふ。気をそそられたなら何時でも言えよ? 私も決して狭量じゃない。」


「きょーみねー。寝るとこ着るもん飯のタネ、なんか役に立つもんで語ってくんな。」


「……お前もっ! ゴギーと同じ事を言うっ!!!」



 狭量じゃねーかバカヤロー。わけわかんねーとこで逆鱗に触れ、足元の泥がぐじゃりと崩れた。支えを失って崩す姿勢。浮遊感と共に視界が回り、咄嗟で白いモノをハッシと掴む。あばらかコレ。白黒女め、逃げやがったな。てめぇにも土を噛ませてやる。べっと吐き出して泥のダマ、身体は思い切り振り子のように、いったんゴリアテの側で仕切って直し。って。いやちょっとこれ、やっべぇな?


 泥が、濁流となって動いている。勢いを付けて肩から上、丁度よじ登って見下ろした中、渦巻いてかさを増していた。周囲一帯に居た泥人形、それを取り込んで膨れているのか。既に頚椎を噛み砕かれて、芯を失って崩れる竜。それが偽りの血肉を纏い、形無いままに猛進する。ええいくそっ! 踏ん張れゴリアテ! 尻尾振っちまってる場合じゃねえぞ、まぁだ勝って終わりじゃねえっ!!!



「ふふはっ! 『キカイノカミ』がなんだか知らんが、これもゴギーの頼みでな! ヤツにいい顔はさせて貰うぞぉっ! この私にも面子があるっ!!!」


「ざっっけんじゃねえっ! 白黒女! こっちの体面考えてみろっ!!!」


「知らんっ!!! 欲しくばおもねって私へなびけぇっ!!!」



 たぶん泥土の向こう側、そこら辺から哄笑が飛び、押し負けた分の景色がズレる。もはや竜のそれでは無い。骨も背びれも牙さえ無しに、デカいナメクジとなって圧し進む泥。混ざる死体もガチャガチャ言う。アタシはといえば呑まれる前に、飛んで移ってゴリアテの背へ、ぐぅっ!? っとそのまんま力で負けた。向かうは後方ノマの居る塔。わっりぃこんな口ばっかでさ、そっち戻るんで頼むぜオイっ!


 道中の泥も手当たり次第、呑んで膨れて膨れて呑んで。此処へ全部集まった? そいつぁある意味で都合がいいや、お役に立ったぜと言い訳できる。そんな冗談を腹へと下し、這い上がる泥は蹴落とし剥がし、一人と一匹で出来得る限り、抵抗を。それも虚しくあがきとなって……。



 轟音。壁面を破り、激突した。






大分と遅くなってしまいました。

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