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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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マインドフルネス

「ん~。駄目ですねぇ、これ。ぐるっとみっちり囲まれてます。まったく、何処からこんなに沸いて出たやら。」



 両の目を閉じたノマが言う。窓の外では薄暗い空、それに混じった一羽の鴉。三本の足、銀色の羽、宙を一回りする遠い影。それが見る間に近づいてきて、飛び込んで『ぐえ』と大仰に鳴き、横の銀髪を目掛けばさりと止まった。かくんと揺れる、チビ頭。次いでめり込むベキベキの音、羽毛と髪は絡んで混ざり、血の色を宿す瞳が開く。もう、アタシが言えた義理じゃあない。でも思った。バケモンめ。



「まぁ、そうでも皆さんのろまなもんで、外壁に取り付かれるまではもう少し‥…。ん? 何ですゼリグ? 私の顔へ、何かご用で?」


「……いや? ああ、なんでもねぇさ。」


「可愛いが過ぎて感動しました?」


「おう。蹴っ飛ばしたらよく飛ぶしな。」



 ニタっと笑って小首を傾げ、それを言葉の肘で打つ。切れ目を増した三日月の口、クヒッと笑う血の化け物。次いでそのまま踵を返し、短い手足をハシゴへと掛け、『じゃ、報告してきます』。告げて、銀色の髪がひょいっと消えた。残されたのはアタシと一人、燃える赤髪の蛮族女。たしか、バルバラとか言ったっけか? 静かになる。真下でデカイ物音が鳴る。落ちるなよ、バカ。



「……なぁ、おい。人族女。」


「あん? なんだよ急に。蛮族女。」


「お前も、やっぱバケモンか? 前にも会ったよな? なんで生きてる?」



 監視塔の最上階。草原に生える不自然な都市、その東端で伸びたのっぽの中。なんだか唐突に喧嘩を売られた。なんだよオイ、今は殺り合ってる場合じゃねぇぞ? 外の様子見えてんのか? 人、獣、あるいは竜。様々にモノへ姿を似せて、遠く見渡せる緑の中で、蠢き近づいてくる泥の群れ。まぁ、別に怖くは無い。殺せないのが厄介なだけ、こっちだって別に死なねえし。そこまで考えて、低く笑う。


 わりぃ、そうだな。アタシも、おんなじようにバケモンだ。くつ、くつ、と鳴らす喉。向けられる目は胡乱を増して、金属の音がチキリと鳴る。落ち着けよ。正気だ正気、狂うほど出来が良くもねえ。おつむの端っこをとんとん叩き、石材の壁へ背を預ける。髪をかき上げて見栄も切ろう。ああ、ノマの奴ってこういう気持ち? 死を失い、対等を失って、代わって得たのが下卑た優越。おっかねぇな。



「……王国を攻めた時だ。右肩だったな? 一騎打ちに割って入って、俺の全力をまともに受けた。肺まで叩き潰されて……、そのお前がよ、なんで此処に居んだって聞いてんだよ。」


「吠えんなって。ダチが優秀な治癒士なんだ。あとはまぁ、半分くらいヒトじゃなかった。あん時にはもう、多分だけどさ。なんなら口利きもしてやろうか? 腕、不便だろ? そんなんじゃあさ。」


「俺もバケモンにしようってか? 御免だね。連れが欲しいんなら他を当たんな。」


「ばーか。履き違えんなよ。そっちじゃねー。」



 んべっ。と舌を出すような物言いをして、腰の物入れを漁り煙草を出す。紙巻きのさらに一等品。うちの王女様に呑むか? と聞かれ、恩寵で少し貰ったやつ。それを咥えて火石と火金、共に取り出してカチン! と打った。舌の先、触れる煙を転がしてから、指先で弾きもう一本。弧線を描いてくるくる回る、そいつを両腕の無い女が咥え、口で先端をぴこぴこさせる。『火』。へいへいっと。



「……ん。っち、いいの吸ってんなぁ。で? 誤魔化しは無しだ。その成り立てのバケモン様が、なーんで俺たちに手を貸そうって?」


「ガキの頃にさ、お袋から教わらなかったか? 困った人がいたら助けましょう。そんだけだよ。」


「茶化すんじゃねえ。切った張ったの敵同士だ。親切を貰う義理なぞねぇよ。」


「ま、そう言ってくれんなって。貰えるもんは貰っておきな。アタシもノマも、そう出来るだけの『余裕』はある。」



 石の壁から背を離す。ぷぅ、とくゆる紫煙を吐く。それから赤い短剣を抜き、刃を順手でひゅらりと見せた。一歩、下がる女の足。向けられる目は険しくなって、貼り付いた笑みも取れないままで、『おいっ!?』。構わずにブヅリと切る。首に通った太い管。弾力のあって引っ掛けやすい、血の巡ったアタシのそれ。おびただしい、しかし圧の無い赤がどぷりと溢れ、ぞるりぞるりと帰ってくる。


 『なあ、アンタにはどう見えた?』『気狂いだな。』『手厳しいね。』そうと交わして手の平を首、なぞる指先を流してさらり。もう、傷は塞がっていた。自分で思ったよりかだいぶ早い。前にノマの腕を喰らったからか? まぁいいや。別に大して痛くもねぇ。別にこれで死ぬでもねぇ。アタシは依然アタシのままで、誰に操られたわけでもない。誰のせいにも出来やしないさ。この性根はアタシのもんだ。



「死んだらさぁ、死んじまうだろう? でも、死なねぇってなると違うんだよな。自分のことに必死じゃ無くなる。別にこんくらいって感じというか……。だからまぁ、ほら。別にいい。」


「……ふん。そうやってよう、いちいちと大仰な真似、そっくりだよ。あの邪神モドキのクソガキ様と。」


「そう言ってくれんなよ、地味に傷付く。ついでであのガキンチョ様さ、年もけっこう上なんだよな。これで生きるの二回目らしいし。」


「おいおい本気かぁ? 世も末だね。」


「窓の外。んなもん見りゃあわかんだろうよ。」



 人差し指をちょいと曲げ、口もひん曲げ腕組みをして、泥の死者どもを指してやる。それがお気に召したかどうか。『そーぉなんだよなー。』と声音があがり、それで互いに言葉が済んだ。金属の腕をキキリと鳴らし、宙を仰ぎ見る大女。まぁ、納得はしてくれたか? とりあえずアタシは敵じゃあない。敵に回らない理由もある。あるいはそうと言葉で通じ、互いにこうあれた事で満足したか。ふむ。


 に、してもなぁ。ノマの奴にそっくりか。ぞっとしない話じゃあるね。噛んだ煙草が上を向き、きゅっと結んだ唇の先、燃え尽きた灰がぽろりと落ちる。アイツはどうにも子供っぽい。言うこと為すこと逐一それで、しかし今でなら理由もわかる。舐めて、見下しているからだ。他人を自身の同等とせず、一歩引いた場所でお道化てやがる。本人は否定するのだろう。アタシだって否定したい。でもなー。



「……ぃよし! わかった。そんなら、俺だって『別にいい』。お前らがバケモンだろうと気狂いだろうと、敵じゃあねーってんなら万々歳だ。だからよぅ、裏切んなよ? 人族女。」


「二度も三度も言わせんな、アタシらにそんな理由はねー。ってーかその腕はどうすんだよ? さっきの答え、聞いてねーぞ。」



 パンっ! と叩こうとしたらしい。持ち上げて交わす両の腕、代わりに鳴ったのはガチン! の音で、耳に障るそれがこちらへ届く。見た目まるでカマキリのよう、回転で振るう金属柱。そこへじーっと目をやって、目の前のヤツもガショガショ応え、そして同じようにアタシを見た。んだよおい。



「んじゃあ、そうだなあ。これを極めたらそん時頼むわ。」



 いや、別にいいけどさ? アンタも大概変人だよな。






「さて、と。それじゃあさっさと決めちゃいましょうか。こうなった以上攻めると守る、誰を動かしてどう配すか。」


「おい、こら、桃色人族。雇い主は私だぞ? 一番偉いのも私なんだ。そこをどうしてお前が仕切る、っていうか、もうちょっとこう、ほら。あるだろなんか!?」


「存じ上げません。使える駒はこちらの手札、領主様には碌になし。それとも何か? 貴方の近衛たかだか十名、望んで死地へ突っ込ませると?」


「「「ここでお守り致しますっ! サタナチアさま! ここでっ!!!」」」



 一本吸って階下へ降りて、途端喧騒にわっと押される。卓の上には広げた地図と、じゃらり置かれた遊戯の駒。そこから右にキティーとノマ、左に蛮族領主が陣取っていて、ゴブリンもぴょいと顔を出していた。メックルマックルの爺さんの孫、妙にふてぶてしいチビ女。続けてドスっとアタシの後ろ、飛んで降りてきたヤツもそちらへ付いて、覗き込んだ顔がこっちに向く。なんだよその微妙なツラ。


 まぁ、んでも丁度いい頃合いか。めんどくせえ前置きはあらかた済んで、今から本題というところらしい。他の連中も左右に分かれ、陣営でなんとなくまとまってるし。右の壁際にフルートが、衆国女と人形娘、袋のバケモンもそっちの側で、途中に挟まって煙草と爺さん。そんでそっから逆側を向き、ぎゃいぎゃい言って集う蛮族兵に、踏み込んで一歩引かれるアタシ。案外悪くない気分じゃあるね。



「よっ、と。邪魔するぜぇ、ノマ。っていうかよう、お前が地面をへっこませたの。アレをさぁ、ド派手にやっちまやぁ終わりじゃねえの?」


「うわ、っとと。おかえりなさい。でも、ちょ~っとそいつは無理ですねえ。地烈陣は地面の下、そこをごっそり掘るわけなんで、下手すりゃ街ごとおじゃんになります。」


「んじゃあ~、アレだ。前にアリ共をなぎ倒したヤツ。お前アレ、飛び込んでぐるっとぶっ放して帰って来いよ。」


「アカンでーす。屍山血河も無差別なんで、雑なブッパは全員死にます。っていうか既に、ホトケさんの人にゃあ効かないですね。引き摺りだそうにも血が無いもんで。」


「っち。んだよ、使えねーなー、お前。」


「うるへー、ボケー。」



 そのまま歩いてツカツカとやり、卓の空いていた椅子にドッカと掛ける。そこで一網打尽を語ってみたが、そう美味い話ってのは無いらしい。仕方が無いので銀色のチビ、指で役立たずの頬をぶにぶにする。したら返しが脇腹の下、邪魔っけに肘がぐりぐり刺さった。中々どうして気分がいい。この怪物に対しこの距離感、アタシは許されているのである。鼻歌交じりで両足を組み、少しそれで得意になった。



「……ともあれじゃ。やってしまうんならさっさとせえ。あれだけの数と揃った動き、ブラック・アニスの奴めは近いぞ。」


「あら? 言い切るのねえ、オバケさん? たしか泥の親玉を知ってるようで、話してない事の一つもあって?」


「そんなもん仰山あるわい、テケリリの泥女。先にやり合った赤泥どもは、たかが埋めてあった仕掛けに過ぎん。近づいた者を勝手で襲う、そうでものぅ、直で操ったらば話は別よ。」


「……嫌な言い方するわねアンタ。……ま、いいわ。つまり、遠隔自動操縦ってことでしょう? それをマニュアルに切り替えた。それなら本体は近くが道理、叩いてしまえばそれで仕舞い、と。」


「たぶん、それでだいたい合っとる。使っとる語はさっぱりわからん。」


「故郷の言葉よ。ふふ、名前で呼ぶんなら教えてあげる。」



 袋のバケモンのお仲間語り、そこへ意外にも乗って衆国女。頭の後ろから聞こえたそれに、首を巡らせてそっちを見る。図太くなったなぁあのネエちゃん。元からだった気がしなくもない。ついでにフルートの奴も唇を噛み、すげー目でこっち睨んでやがるし。前は不敬と叫んだろうが、今は妬ましいほうが凌いだようで。アタシとノマの話である。それとキティーも横目でジト目、んじゃぁあと一回だけな。



「そのぶにぶにをやめなさい。ゼリグ、今のこっちは大真面目なの。……で、とりあえずまぁ、そこのフクロを頼ればだけど。親を潰せばバラけて終わり、そうなら外はノマちゃんかしら?」


「待て、待て、桃色の。おう、ノマ。わしらにな、サルとヤギのすることはよくわからん。わからんがしかし、勝ちと負けはどっちじゃこれは? 『何』をどうされてこっちの負けじゃ?」


「ん? そりゃあ~、アレですよアレ。外壁を突破されたなら……。いや、違うな。『ここ』を潰して落とされたなら。でしょうかね?」


「ほうか。ほうならばこの場がぬしじゃ、残って備えい。雑魚は他に任せたらええ。」



 言われて『んん~?』とノマが鳴く。意味深な。つまり、泥を退かしても終わりじゃねーって? そうと思った視界の端、ボロの袋がズルリと落ちて、なんかぞろぞろと沸いて出た。半身が蜘蛛の異様な女、首から上が女の鷲。人の形を写した霧に、冷気を纏う白いチビ。まぁ、そんなこったろうと思ったよ。以前出くわした全部が全部、みっちり中に詰まってやがる。なんか焚かれる煙も増えた。仕方なし。



「くひひ! 喧嘩を吹っ掛けたオトシマエじゃ。どうせペグの奴も来とるじゃろう、狭いが得意なモノもおる。よって、わしも一緒で残ってやるゆえ……。おう、ぬしら外で好きにせい。」


「ヒャヒャヒャ! ようやく! ようやく! ようやくじゃ! 北の連中めぇ! 祭壇をボロッカスにしおってからに、アチキが目にもの見せてやろうぞっ!」


「ひゅひ~ひひひぃ! 噛み付かれたんなら倍返しよ! 我ら南の面目もある! 泣きを見せるまではもう一発じゃっ!」


「あの~、ちょっと。盛り上がってるとこすんません。ちゃ~んとぶっ壊すのは敵だけですよ? 壁とか家とか家畜とか、サルとかヤギとかそれ系の人、そういうの今日は駄目ですからね?」


「面倒じゃの。明日なら良いか? 銀色の。」


「あしたあさっても禁止ですっ!!!」



 化け物どもがギィギィと、鳴いた声に混ざる嘲り声に、ノマの奴が一刺しする。気安いなあ。アイツら相手、あぁもぶつかって行けるのには感心するよ。……覚えた嫉妬はどちらにか。わからないがまぁ、あとで首筋は噛んでやろう。今夜か明日か、いま決めた。それは兎も角ここまで決まり、そうとなったならトントン拍子、あとの振り分けも大体察せる。アタシはまぁ、外かなあ。行こうか相棒。


 『そうねぇ。それじゃ、うちの子達も外へ回すわ。』『フルート、貴方も外で親玉探しを。』『領主様、俺とリーナはどっちへ向けるよ?』『そこは護衛で絶対残ってっ!?』衆国女と銀色娘、蛮族女と蛮族領主。みんな好き勝手にぽんぽんを言い、『一人ずつ喋りなさいっ!』受けてキティーががーっと吠える。それを横目で相棒を抜き、赤い長槍へ化けさせ肩に……。ああ、そうだ。



「ノマ、ゴリアテを出してくれよ。死んじまったのとは違うんだろう? 前の鉄火場じゃあやり損ねたが、アイツとなら派手に突破が出来る。」


「お。いい発想ですね、ゼリグ。出せるっちゃあ出せますよ? 小型連中を一気に抜いて、ブラックなんちゃらへ一点突破。うん。いいと思います。」


「だろう? それにいいトコは、ソレだけってわけじゃあねーんだよなぁ。」



 槍の石突きをギャリンと立てて、にぃと笑うを怪訝へ向ける。わりぃなぁ、ガキの頃からの夢なんだ。守護竜ゴリアテ。うちの姫さん直々名付け、英雄の名を冠した竜。一番大事なのは最後のとこで、もっと大事なのは乗るってところ。わかるか? ノマ。わっかんねえかなぁこーいうコトさ。



「竜の騎士。だってさほら、そういうのすげー、カッコいいよな?」






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