トコロ変われどヒトはヒト
魔都リンボ。王国北方の山岳を越え、広がる草原をまたもや北へ、行って、行って、行き着いた先の小さな都市。まぁたこの野っぱらが果てないもんで、遥か東にまでずいっと続き、大陸東端をすら臨むらしい。そんな中にあって最も狭く、南北を繋ぐ行き来の回廊、土地が再びに肥える玄関口。そこを塞いでお役目を持つ、北の民たるデーモン達の、支配する域の最南端で。つまりはなんか、そんなである。
元は恐らく軍事の拠点、それも極めて小規模なもの。が、長い年月を経て発展した? キティー先生の見解である。聞いてなんとなく『ほーん』を言う。なんせ痩せっぽちの草原地帯、草くらいしか進出できず、食べるものだって草しかない。牛馬の類ならそれでもよくて、牛馬に頼るならそれでもよいが、しかしここは都市なのだ。遊牧ではなく定住社会、いわゆるひとつのデーモン農家。言霊の圧が強い。
再度つまって要するに。自給で自足ははなから捨てて、輸送を受けること前提であり、それは北の本国が頼りである。防衛の為の前線基地。三度つまってそういう立地、対人族を見たが故だろう。仮に野を越え山を越え、王国から北へ侵攻を掛け、進路を最短で取ったとする。するとこの場所で引っ掛かる。周囲一帯草ばっか、略奪もとい補給は出来ず、いずれじり貧の限界点。理には一応適ってますが。
一つ、納得のゆかぬ部分があった。王国における歴史において、北へ攻め込んだ事実が無い。無論見越して予防的。そういった判断はあるのだろう。しかし重視されるかは疑問であって、投資されるかもそちらに同じ、発展の何故があるかといえば……。びみょー。ちなみにそれを政争がゆえ、キティー先生はばさりと切った。有りもしない脅威を煽り、自身に価値有りと吹聴する。愚か者が居たのだろうと。
思わず振り返ったもんである。いえね? あんた。その愚か者の娘か孫よ? サタナチアちゃん居たらどうすんの? 聞いていて横で冷や冷やした。本来お目付けのはずの彼女であるが、どうも見え透いたままの敵意がアレで、ノマちゃん的には心配なのだ。デーモンの民と王国民。かつて攻めた側、攻められた側。ぶっ殺したりぶっ殺されたり。……やむを得まい。そうと言うのは、簡単だけど。
そもそもである。『私』ならではの視点でいえば、これはある意味で必然だった。軍の展開が容易な地形、その癖に物資は調達できず、敵から奪わねば飢えるだけ。先に触れたとおりであって、さぞや『見世物』となれただろう。しかし『今回』の盤面において、そのような事態は起こらなかった。だから結果的に愚かとなった。ただ、それだけの話である。幸か、不幸かはわからない。
「え~、つまりですね? わたくし的にはあのワニさん。あれを担いで突っ込んでって、城門ぶち破りながら脅すような真似、ちょーっと控えさせて頂ければと。はい。なるべく。」
「やめろおい。邪神、いや、えーっとノマだっけか。サタナチアには恩があるんだ。立場を失くしちまった俺らをさ、雇って飯を食わせてくれた。ここで迷惑はかけたかねえ。」
「そうよ! それに大物デーモンに取り入るってね、あの時の目標は果たせたの。アンタに邪魔されてこんなんだけど! 未来の復活大商人、このリーナ様はこっからなのよ? 邪魔だなんてしないで欲しいわ。」
そんな都市へと何食わぬ顔、お邪魔致しますは羊の車、それと同道の大小五。私とゼリグ、老ゴブリン。あとは見覚えのある蛮族コンビ、傭兵バルバラとリーナである。敬称略。他はとりあえずお外で待機、ちょっと刃物沙汰は不安なところ、非常がとても心配です。まぁ、たぶんでも平気かな? 牽制しあって一周回り、逆に和やかでいるやもしれぬ。そうしてくれ。刺激されると不味い子いるし。
「おーいノマ。一応聞いときてーんだけどさ、控えなかったらどうすんだお前?」
「ん~。『王国からの応援です! お肉あげます! 私こんくらい強いです! 怖えだろオラァ!? ちょっと滞在させて頂きますが、ツベコベ抜かすんじゃねーですよっ!?』みたいな?」
「くっくっく。馬鹿みてー。ま、アタシとしちゃあ見たいけどな。蛮族どもが逃げ惑うサマ。」
剣呑なことを言う。そんな割にはご機嫌であり、横からジトっとした目を向けられつつも、若きわが友は遊山に興じ。干した煉瓦で組んだ家。長い木材は貴重なゆえか、町並みは低くのっぺりと。人の通りもまばらであって、世辞にも活気とは言えないながら、しかし公然と言える秩序はあった。物資の困窮に痩せ細り、それでも耐えて踏み止まって、逆を言うなれば非常に危うい。ぎりぎりかなぁ、うん。
ちなみに先の発言は冗談で、しかし必要とあればそうでは無しに、実行へ移す構えはあった。そもそもキティーの想定がそれである。今後の平和的共存よりも、衝撃と畏怖で以って有利を取る。うちの王女様の意向もあるか? タカ派同士で気が合うらしい。ともあれ納得はしておきたい。それは『仕方が無い』にせよで、実態というものは見ておきたかった。まぁ、私の我侭だ。お付き合いには感謝である。
「言ってくれたな? 傭兵ゼリグ。悪たれ口。無礼、軽口、悪い癖。」
「おっとわりぃ。そうは言ってもアンタは別さ、メックルマックルの爺さんよ。なんならついでで軽口ひとつ、名物ってやつも教えてくれよ?」
「……馬の乳の酒がある。よーく乾かしたチーズもいい。オーク、コボルド、草原の民、そういったもの売りに来る。売ってその金で金属買う。」
「あ~。そっか、なーるほど? それをあの泥が邪魔しやがって、露店の一つも出やしねーってか。ちぇっ、土産話の足しにもなんねー。」
ぶー。と頭上で毒づかれ、合わせて見渡せば言葉のとおり、街の目抜きはがらんのどう。つまり先に述べたまんまであって、知ってたと一つコクリとやった。聞くに金属は北方産、とある迷宮からの賜物であり、そこそこ流通もありましたとか? 当の迷宮の失陥まで。サタナチアちゃんの愚痴である。その上でこんな現状とあり、泣きっ面に蜂もいいところ。悲しいね。需要だけがただ、取り残されて。
そう、需要だけはあるのである。当然だ。ここは補給を前提とした成り立ちを持ち、いまは商取引がそれに代わっていた。それが、全部吹っ飛んだ。ゆえに残されたままの旺盛は、時に私達の前へふらりと立って、『オイ、ゴブリン。なんでもいい。売れる物は、何かないのか?』と、大仰に声を上げるのだ。物々しくも詰まった切羽、それを見上げて日除けの帽子、潜んだ影で小首をひねる。
一般通過、デーモンさん。頭はヤギの頭骨に似て、皮膚の表面は硬質感。しかし金属のようなそれでは無しに、サイの皮膚なんか似るやもしれぬ。強いて言うならば外骨格? サタナチア嬢や取り巻きさん、彼女らのそれと全然違う、まさに風情が異形の情緒。通りすがりでも見てました。聞けばなんでも雄種と雌種、貴種とそれ以外でも違うらしい。隣のリーナ嬢が教えてくれた。ぶっきらぼう。
とはいえ売れる物なんぞ当然無い。あるのはオヤツの炒り豆くらい、これで宜しければハイどーぞ。ぐっと背伸びで小袋一つ、手渡して返る微妙なお顔。意外と雰囲気でよくわかる。なんやねん。私もゼリグも人族奴隷、商品の内と見られていたか? そんな分際に施しなどと。まぁ、うん。わかるにゃわかる。そして言葉には乗せないあたり、彼も存外に『ヒト』なのだ。やーね、そういうの嫌いになれぬ。
「……ん? お? ふーむ、ふむ? んーでまぁ、そちらさんは宜しいにして、……バルバラさん?」
「っち。なんだよ邪神? 別に俺たちの仕込みじゃない。言ったろう? サタナチアには恩がある。」
「まーた私を邪神という。……では。親睦は今後課題としても、こちら剣呑はどちらのサマで?」
「ワレワレはぁ! この街を真に憂うぅ! 騎士である! よってゴブリン! 貴殿らの荷をぉ徴発するっ!!!」
嫌いになれそうなヤツも出た。今お相手の方とデーモン違い、急に飛び出してきた別である。物陰、横道、路地の裏。最初の『ん?』で行く手を塞ぎ、次の『お?』で退路を断って、『ふむ』を言い終えて羊の車、ぐるり取り囲む黒ずくめ。数はざっと見て十くらい。なおこちらに向かって刃物を向けて、がなり立てるのが行く手のお方。なに? 暴徒化の第一歩? これは下見して正解だったか。
扇動者。頭はヤギの頭骨似、一層ねじくれた角が二本。纏うはボロの外套であり、下の装備も揃っておらず、数人を除き腰も引け。武装一般デーモンさん。平易な言葉では民間人。荒事に慣れぬ感じがある。『ふん! ダっさ。騎士だなんて自称よ自称。』リーナ嬢の悪態も聞き、チラと目をやってから反対の側、一般通過さんと視線が合う。『……イヤ、知らねえよオレっ!?』うん、わかった。
「行動力だけのバカどもよ! 元は自警団気取りでね、サタナチアの言うこと為すこと、ぜーんぶケチを付けてたの! それがここに来てもーっと大変なのに、好き勝手始めてくれちゃってさ!」
「ふーむなるほど? それは~、宜しくありませんね?」
「ナニを言うっ!? 貴殿らは何もわかっておらん! 今は団結の時なのだ! 大事の前に小事は捨て、共に分かち合い、支え合うべきなのである!」
「うーむ、うむ。それも~、大切なことですね?」
「お前どっちの味方だよ。」
ゼリグにぴしっと頭を突かれ、ついででオヤツをもう一袋、目の前の彼へポイっとな。『ウム、ご協力感謝する!』素直か。ちょっと評価が微妙に上がった。しかし差し引きで赤字も赤字、寄ってたかって刃物を振るい、脅される今に代わりは無い。じり、じりと押し込まれ、後ろ頭が羊のお腹、ごわごわの毛にモフンと当たる。やるべきか、やらざるべきか。うーんどうする? 後の目的で考えるとなぁ。
「あ~あ、めんどくせぇ。ノマ、いいからやっちまおうぜ? こういう手合いと揉めたんならよ、暴力で解決が一番なのさ。」
「……ま、これも不幸な事故か。仕方ねえ、付き合うぜ人族女。こっちもいい加減気分がわりい。領主サマには……、まぁ、なんだ。俺のほうから謝っとくさ。」
「だーめーよっ! バルバラ! 殺しちゃあ後が面倒だわ。両手両足叩き割って、転がしてやる程度で済ましておかなきゃ。」
「は~い、野蛮人ども。お静かに。」
血を見る前に両腕を上げ、大きく振りながら一歩を踏む。理念には共感しよう。しかし独善的なのは宜しくない。合意を得ないのも宜しくない。まして先に述べたと同じ、余剰の積み荷なんぞ勿論無くて、有るのは今後消費する用のご飯である。でもまぁたぶん、それを寄越せと言うのだろうな。それと荷引きの大羊も。袖の先をじっと見る。クラキさんに借りたクラインの壺、はみ出るワニの、尻尾の先。
「すみませんねぇお騒がせして。一つだけ、ちょっとご質問を。分かち合うとは仰いますが、こちらは何か……、頂けますので?」
「ワレワレは持たざる者、よって施しを受ける権利がある。そして貴殿らの喜捨もまた、この難局を乗り切るに必要な、誇り高き行為であるのだ。どうか、聞き入れて頂きたい。」
「剣を突き付けたままで、それを仰る? 頂きたいも何もないでしょう? もう少しこう、ほら、アレですアレ。取引というものの姿勢をですねー……、うわっ、ひゃっ!?」
「エエイ! 人族ごとき! いつまで出しゃばるっ! 用があるのは飼い主だ! 後ろのゴブリン! どうせ老い先短かろう? 花を持たせると言っとるのだよっ!!!」
あちらも面倒になったらしい。踏み込む剣先が頭を掠め、はらり銀糸が一房落ちる。しかし私は冷静だ。なんせ今ので一線を越え、後ろの野蛮人どもが刃物を抜いた。どないしよう。ここは私も『バルバラ! リーナ! 不味い事になった! すぐに監視塔へ上がってくれっ!』いや、なんか領主サマちゃんも来てますし? 成果無しでは戻るにちょっと、そう言って外に居らっしゃった気が。
「すみませーん! ちょーっとこっちも揉めちゃってましてぇ! なーんかうちの子たちが、そっちの方でもご迷惑をーっ?」
「泥人形だ! すごい数が押し寄せてるっ! 妖術師! お前も来いっ! 約束のとおり役に立てっ!!!」
「前金とかーっ! そーいうのまだなーんもですよーっ?」
「私が生きてたらモノを言えっ! 好きなだけあとで払ってやるさっ!!!」
そういう事になったらしい。街の真ん中目抜きの通り、サタナチア嬢含む十数騎。騎馬のまんまでパカラって来て、騎馬のまんまでパカラってゆき、それをみんなして見送った。状況に急変有り。泥の人形は北の化け物、その一体の仕業と聞いたが……。単なるエモノへの圧力で無し、何か明確な目的が? 私の排除。そうでなかったら、嬉しいけどね。正直対処はぶっつけ本番、お犬様の不在を願う。
「あー! もうっ! バルバラさんっ!? 何がもうなんやらですが、監視塔ってのはどちらの方へ!?」
「外周部だっ! こっからなら東が近い! 邪神ようっ! これがお前の不義理じゃねーって、心の底から祈ってるぜっ!」
「待テイっ、貴殿らっ! 名ばかりの役立たず、あの二代目の雇われ者かっ!? ならばワレワレに助けを出せっ! その義務があるはずだっ!」
「シカリ! 事態の変化は急を要する! ワレワレは常にこの街を想ってきた! 優先されるべき権利があるっ!」
「ココは種族のしがらみを捨て、貴殿も憂国の騎士となろうっ!?」
「うるっせえぇええええっ!!! 都合ばっかっ! ツベコベ抜かすなっ!!!」
事が解決の前に矢継ぎ早。アレもコレもと折り重なって、実に私としては遺憾である。しかし私は冷静だ。だって私は冷静なので、冷静にワニをぶっぱした。袖の中からずもも! と放り、大木のごとく垂直に。それがゆらりと重力に負け、ぶっ倒れ派手に吹き飛ばす。大体電車一両分。ヒレな手足の巨大ワニ。急な敵襲に動揺をして、言いたい放題恥知らずめが、冷静に灸を据えてやろう。
「さようなら物理法則さんっ!!!」
「きゃああぁっ!!? 尻尾!? ウロコがっ!? アンタ! 野蛮人はどっちの方よっ!?」
「大丈夫です冷静ですっ! なんせモサでジュラシックですっ!」
「っち、興奮しやがるとすーぐコレだ。」
『落ち着けバカっ!』、と赤毛の声。そのままぽーんと蹴っ飛ばされて、雑に空中で掴まれた。無論騒ぎも当然のこと、急な地響きに家々が開き、ヤギの頭骨が顔を出す。すいませんカっとなりました。憂国の騎士も残らずノビて、遠目ではワッセワッセと騎馬組を追い、駆け込むキティー達の姿も見える。そしてそのまま小脇へと、抱かれ動き出す最後の間際、またも目の合う一般の方。どうも、ご迷惑を。
「……オイ、人族。とりあえず敵じゃネーんだろう? ならこの水竜よ、オレたちの側で貰っていいか?」
「どうぞ、お役立てください。お肉と皮と、あとはとりあえず防壁にでも。」
「ダッタラ道に蓋すんな! 女房のケツがつかえちまうぜ! 差し引きで金は払わねーぞっ!」
怒られた。しかし温度感はそこそこであり、洒落を効かせる余裕もある。避難するのか戦うのか、今日の命か明日の飯か、人族になんか頼るのか? こんな見た目お子様ごとき、いや竜を仕留められるヤツらの腕だ、魔術師であればやるやもしれん。あっちでもこっちでも、飛び出してきた人々の中、見聞きが様々に伝播する。トコロ変われどヒトはヒト。別に精神が怪物で無し、そうである限り嫌いづらい。
そんな渦中を一同で駆け、先に走り去ったお馬の残滓、蹴られ舞い散った埃を追う。相手の規模は? こちらの駒は? 侵入の際の対策は? 脇に抱えられ後ろ向き。ざっと思い浮かぶ確認事が、喧騒に打たれ霧散し果てた。まぁ、まずは見渡してみないとか。こうして居合わせたのも何かの縁。見知った以上はお助けしよう、元はニンゲンの誼が故に。回る車のごろごろ車輪。跳ねる、真下の小さな石。
それを被って驚いたのか、妙に大きな羽虫が一匹。風を掴んでふわりと発って、遠く消え去ったのがなんとなく……、気になった。




