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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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赤泥の死者

 地面から泥が沸いて出た。最初は腕、次いで肩、頭と胴がそれらへ続き、重い刃物を引き摺っている。ヨタヨタと揺れ、フラフラとよろけ、上がるおもてには顔が無い。部位を形作るのはいずれも土。それが粘性を帯びて水音を立て、べちゃ、べちゃ、とこちらを向くのだ。今の私はノマである。だから、多分に怖くはない。怖くはないのだがしかし、何故か強烈な嫌悪はあった。人間モドキ、醜怪な。


 それがざぁっとおよそ百。こちらを取り囲んで見渡す限り、おぼつきなくも近づいてくる。友好的。は、無理か、ちょっと。めっちゃ刀剣とか振り上げてるし。びちゃり。ずる。びちゃり。ずる。それに押し込まれて一段狭く、私達の輪も小さくなった。さっき突然突っ込んできて、今は半泣きの女性も一緒である。あと部下達っぽい人に知ってる顔と、既に斬り込んできた知ってる顔。なんすかねこれ。



「……あの、地面に住んでたヒトたちです?」


「さぁ? ちょっと前例は見ないわね。クラキ、アンタは?」


「呼吸、体温の検知無し。動体反応ならあるわよホラ。」


「いや、そりゃあ見たらわかるんですけど……。で、その~。どします割り振り?」



 私、キティー、クラキさん。それから私と一周回り、ずるり、狼の群れを出す。誰が、誰を、制圧するか。さじの加減はどうなのか? その辺りどうも自信が無くて、唇の先をぷにぷに触った。最初の一撃がこちらで良いか? 考える間にさっさとやるか? それよか死合ってる奴らどうするよ。要は勝ち方の問題であり、負けは毛頭考えない。が、それはそれとしてクンクンはする。『甘く』はない、か。



「ま! まてまてまて待ってくれ! 降伏! 降参! バルバラも退け! え~と銀色の妖術師どの! なんか抵抗とかしないんでほらぁっ!!?」


「はい。はい? あ、いえ、いつ勝負したんだかわかりませんが……。その、どちら様で?」



 犬の面をした危険な彼女、強敵はどうも不在らしい。そうと受け取った直後でずざり、『ダイダラさん』の真横を潜り、必死に飛び込んでくる女性が一人。くるんと巻いた雄羊の角、装飾ぎらぎら立派な鎧、なんか蛮族の偉い人? 知らんうちに敵対をして、知らんうちにこちらが勝って、知らんけど負けを認めたらしい。知らんけど。たぶん、アレか。私を一番の温和と見たか。自尊心的にいい感じ。



「南部辺境伯、サタナチアだっ! お前たちの手柄になる! 偉いぞ! 偉いんだからほらそのなんだ、『アイツら』もう引っ込めてくれっ!!!」


「『アイツら』っても色々居ますが?」


「と、とりあえず泥のやつ!」


「あ、うちの管轄じゃないんでそっち。」


「へ?」



 懇願の為に下馬してすがる、ぴし、っと固まった女性の手。それを掴んで引っ張りこんで、狼の群れにもふんとやる。次いでゴブリンの爺さま及び、なんか揉めまくっている知ってる顔と、そこらへんも担ぎもふんとやった。『ぎゃー!?』って聞こえたが気にしない。これで非戦闘員は全部かな? あとは羊と馬さん確保、騎馬の一隊は自衛でどうぞ、そこで修羅ってる奴もこっちゃ来い。



「ちょーっとゼリグ、オークの人ぉ! 誤解でーす! 不幸な事故です! だからチャンバラってんな周りを見んかいっ!!!」


「やめろってんならアッチに言いなぁっ! っと!? あっぶねちきしょ! 虫かよお前っ!!?」


「っちい! 邪神っ! 惑わすなぁっ!!! 今さらお前に、何の信頼が出来るってんだっ!!!」


「ド正論っ!!? ごもっともですが話はあとでっ!!!」



 欠けた上腕そのまた先の、肘を通り越した前腕部。そこらがまるっと金属であり、骨組みの先で刃が回る。かざ車。それを思わせるソレが長柄で止まり、節は先端でカクンと折れて、受けたゼリグの左を薙いだ。そのままか。私を破壊して失った腕、正直見ていても痛々しい。後でキティーに頼んでみるか? それを餌にして釣ってもいい。わたくしちょびっと不器用なのだ、無駄で注意は割きたくない。


 とはいえ割かぬも進むは同じ、事態はわたくしなおざりであり、集う外縁で轟音を生む。接敵したか、派手に始めたな? 仕掛けたはどうもフルートちゃん。肉色の鞭がびゅんびゅん飛んで、草原の青が土ごと抉れ、『切られましたっ! ノマさま! ノマさまーっ!!! ぶち殺しますっ!!!』とか聞こえてくる。すごい嬉しそうに言うね、キミね、『待て』も出来ましたしね。でもちょっと加減して?



「ともあれ! このとおり観念なさいっ! 既にお友達は手の内です! もふり殺せるんですよいつでもアナタっ!!!」


「くそっ、卑怯者……! わーったよっ!!! 煮ようが焼こうが好きにしやがれ! ったく!!!」


「いや、もふって殺すてなんだよお前。」



 慣れぬ脅迫上がった語尾。どっかと座って胡坐を組んで、燃える赤髪の彼女が屈す。よぅし気を逸らすなら今のうち。ついででうちの赤髪も言葉で刺すが、頬を染めるどころでは無いのである。現にあっちでもどがん! ばがん! 呑まれて交戦へ入ったらしく、声はクラキさんとこの三人娘、すんごいわかりやすくギャーギャーしてた。聞き付ける感じ不利か? これは。熱も電撃も冴えないらしい。



「こんのぉっ! こいつら生きてないのか!? 田舎娘ぇ! ぼさっとすんなっ! 対物はお前得意だろっ!!?」


「あーんもうっ! ミーシャ様は向かないんだよぉぶっ壊すとか! こっち! こっち! にょろにょろ女! 早くこっちのもギャーっ!? 射線がっ!!?」


「あはー! 焼いて死なないのすっごいムカつくーっ! っとぉ!? そっち行ったよ袋のオバケ! リンに通したら絶交だかんねっ!!!」



 相も当たりは無作法で、しかし連携はちゃんと求めるあたり、あの子達なりに気安いらしい。私としてもフルートちゃん、それに『ダイダラさん』の人外組で、横に繋がっているは嬉しいものだ。一人巻き添えでふっ飛んだけど。そんなうちにあって声出しどおり、浸み渡る泥がズルズルと来て、浴びた蜘蛛糸にべちょりとされる。破壊しない? 麻袋に開く真っ黒の穴、見上げてなんとなく目が合った。



「マガ……! いえ、『ダイダラさん』。あのヒトらもしやご存じなんで?」


「はんっ! ブラック・アニスの泥人形じゃ、腹立つのぉ! いちいち小器用で仕掛けてきよる。」


「お人形さん真っ黒アニス?」


「戯れるな阿呆。ペグの阿呆とおんなじ仲間、北の連中の一体よ。ほれ。きゃつら幾らでも再生するぞ、都度で相手するなんぞ無駄ムダ無駄よ。」


「ふーむ? じゃ、確認でちょっと殴ってきます。」



 言うが早いが踏み込みざしゅり、草を掻き分け野をぶっ飛ばし、群がる泥達の一部へ突っ込む。自陣の防御と蛮族さん、推定それっぽい衆の見張りはゼリグ、それと狼の群れでお任せですよ。不足なら足すわパンダとか。実に、我ながら短慮である。しかしそうしたいだけの理由はあって、人でひしめいた中は避けたくなった。ハリル・ハリナが怖いのだ。北の連中仲間の一人、位置を掴まれた恐れがある。


 杞憂であったなら別によい。しかし目的は最早で同じ、排除へ乗り出すも無いではあるまい。機械仕掛けの神とやら。黒ヤギさん、影の女悪魔、北のモノ。巡り巡ってこちらの狙い、彼女へ伝わった率は十分にある。嫌ですねぇ。聞くに犬面は悪魔の手下、『私』の邪魔立てはしないで欲しい。邪魔なので。なんせ、アレだ。首尾の次第じゃまとめて消える、私より『上』の全部が全部。唇が歪んできた。


 そうなのだ。ただ、巻き込まれた立場である。ただ、利用される立場である。しかし世界のご都合のこの一件、一枚噛むに足る旨味はあって、ある面で見ればぼた餅だった。私が新しい『指し手』になる。嘘では無い。平和と安寧を確かに願う、黒ヤギさんと語る途中で沸いた、多少の高潔は嘘では無い。それでも結局は凡人なのだ、なんの気兼ねなく支配を楽しむ。心の泥濘。そういった欲がドロドロする。



 で、我が身の俗物はまぁそれとして、今は目の前のドロである。マッド・ゴーレム? 『E』を削れば、ってのはないか、別に。とりあえずお得意銀糸の髪を、蔦にして編んで全力パンチ。でかいお手々で以って粉砕する。狙いは腕。武器を持ったとこ。無生物っぽいが一応ね。そうして手前の一体が欠け、なにか細長いものが抉れて飛んだ。骨? 白い。人間のソレ。赤い液体は流れ出ない。


 一瞬だけ躊躇した。しかし殺到をされてがすん! ごすん! 頭のてっぺん、立て続けに落ちる刃物のそれに、堪らなくなって左右を薙ぐ。上腕骨、鎖骨、肋骨、脊椎の一部、形を保ったまま頭蓋骨。全て飛び散ってバラバラになり、それでも再びに泥は蠢きだして、歪な人型となって集結する。人骨はどうも核では無い? あくまで本体は泥で、土か。気に入らん。ホトケさんに向かい無礼なヤツめ。



「たしかに、お相手するだけ無駄ですねこりゃ。それに性にも合いません。死者には哀悼を持つべきですので。」


「ならばどうする? ひひひ、どの道おぬしではどうにも出来まい。ほぅれ這いつくばって頼んでみせい。固めて封ずる。わしらならちょいと容易いもんじゃ。」


「ありがとうございます。ですが、私の土下座はお高いもので。要はぜーんぶ仕舞って隔離、そうと出来たなら宜しいのでしょう?」



 一歩二歩、飛び退いて三歩、ずざっとな。戻って迎えたは軽口であり、私も気安さで以って言葉を返す。実はけっこう嬉しかった。実感があったのだ。関係は未だ繊細なれど、心は開いて貰えていると。それに頷いてうむうむしつつ、足元を狙い銀の手どすん。土中深くまで影を打ち込む。すぐに振動は遠くへと、渡って大暴れのフルートちゃんと、ギャースカ鳴いた三人を超え、外縁の端でビシリと鳴った。


 土は土に、灰は灰に。生き物であれば何でも御座れ、獣を生み出せる私の力、こういう搦め手だって出来るのだ。真なる力押し馬鹿では無い。たぶん。きっと。ざっと。一周辺りを見る。蛮族兵たちは戸惑い怯え、その上役はもふもふの中、他はゼリグが見てくれてるか? 目が合った。大丈夫かよ? とその目が言って、任せなさい! と手振りで返す。女の前だ。たまには伊達で、いこうじゃないの。



 ぱちんっ! 一発鳴らす指。名付けて必殺。



「地烈陣。」



 大地が割れた。裂けて、砕けて、悲鳴を上げる。手前は浅く、遠くは深く。円を描くように一帯全て、滑る地表が濁流となり、大量の土砂を崩落させる。再生も何も関係ない。泥の死者、石、草、茶色い根。地上に有った物ことごとく、全て呑まれて圧し潰されて、やがて質量で埋まり見えなくなった。まぁ、私なりの土葬である。別に念仏が上手いわけでも無し、墓も無し。すまんがね。


 ばらり、ばらり。最後の土くれが斜面を下る。土煙だけがもぅもぅ残る。南無阿弥陀仏。それを唱えて二十六、土砂を掻き分けた双手が生えて、異形の獣たちが姿を見せた。巨大な手、巨大な爪。見える範囲に眼球は無く、鼻は尖って突き出しており、鋭く生え揃った牙がある。それが揃って雄叫びを上げ、自分達の成した勝利に酔うのだ。『きゅ! きゅ! きゅー!』そう、巨大モグラちゃん軍団である。


 なお彼らには次の任務があって、早急にざぶんと戻って貰った。さっき巻き込まれてどんがらどんがら、落っこちていったフルートちゃんと、カラクリ三人娘の救出である。うん、ごめん。正直マジですまんかった、決して安くはない土下座をしよう。大まかにグラム三百円、牛脂も付ける、なんつってな。そうと思って両目を細め、しばし……、緊張の糸を解く。これ以上は何も出ない、か。



「ま、ともあれね。ざーっとこんなもんですかねぇ。仮にアレらが不滅としても、当分は上がってこれんでしょうし。」


「……おーいおい。さっすがノマちゃん様々ってか? 無茶苦茶やるなぁお前よぅ。」


「はっはっは! そーでしょうそーでしょう。ゼリグ! 私ちょっとした様々でしょう?」


「で、此処からどうやって出んだ? アタシらよ。」


「……なんか、根性とかでお願いします。」



 誇って褒められ天狗になって、それからすんっと目を逸らす。土砂まみれ。地表と土壌がひっくり返り、辺り一帯ズタボロである。とりあえず車は通れんな。羊と馬たちにしても大分きつい、最悪わたしらで背負っていくか。白い目もたんと三人分。ゼリグ、キティー、クラキさん。『袋のオバケ』はつまんなそうで、他からはなんか畏怖した顔で、下っ腹も不意でごすりとされる。ぬ? 巻いた雄羊の角。



「ぎ、銀色の妖術師! いやえーとノマちゃん様!? 三倍! いや四倍だす! 私ならキミを評価する! だからコッチ付いてほら! ね? おねーちゃんのとこで働かないっ!!?」



 雄羊の角、わりと美人さん、たぶん蛮族の偉い人。なんかもう必死であった、もふもふ防御円も脱出したし。私は強い。見た目お子様で与しやすい。そーか、そーか。価値というものを認められ、懇願をされてへりくだられる。自尊心的にいい感じ。でも、ちょっと、ごめんなさいね?



 上の人とおしてください。






塩対応。

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