北部探訪と心の肖像
「んー、あー、そのー、アレです。……キティー! さんはホラ、北方のデーモン国家、行った事とかお有りになるので?」
「ノマちゃん? そんなわけないでしょう。開けた国交だってまともにないの、あっちで人族なんて奴隷くらいよ。」
「あ、はい。そりゃあー、まぁ? あははは、はひ。」
気まずいわね……。空は何処までも青く抜け、たゆたう雲の下では同じ、青が何処までも広がります。草本の青と空の青、似て非なるそれは二層を成して、彼方で濃緑を内に挟んでいました。東で流れゆくは歩みと逆で、王国を目指す静かな河川。多分、同じ水系でしょうか? なんとなくそれを考えます。先日の会議から十日の余り、否応も無い事態の果て。それが、つまりはこの光景で。不本意ですね。
ごろんごろんと回る車輪。布で拵えた大きな屋根。それらをくっ付けた台車を曳いて、黒い大羊がのそのそと。それを真横にお尻の影で、北への遠征お宝探し、その言い出しっぺの頬を引っ張ります。もっちりしました。ですが、腑には落ちません。納得は出来ないままでいます。独断専行が少々過ぎる。勝手に決めて、勝手に動き、勝手に私たちを巻き込んで。それでこの子は当然とでも?
衆国から戻り幾ばくか。炊き出しをやって人夫を集め、ノマちゃんを盾に開墾をする。そこまではまぁ、よかったのです。何ら過不足はありません。彼女は私たちの期待に応え、そして、程なくしてそれを裏切りました。化け物との接触です。ただの害獣、本来この子が責任を持って撃退すべき、人族蛮族共通の敵。それと折り合う? 事情が変わった? 今度は北? この! もっともっちりさせなさい。
かつてこの子は奴らのはぐれ、あの白い大ガエルを討ち取りました。オークと争った際は成り行きですが、槍羽根にぶつかって退けました。だからです。彼女は無条件に味方であると、『こちら』の側に立っているのだと、私は信じて、安心をして、なのに……。失望ですね。彼女の中にある『私たち』と、私たちのそれは等しくない。本意ではありません。けれども心が、離れてしまった気がしました。
「行けども行けども変わんねえなぁ。おーい、メックルマックルの爺さんよ。こりゃあ何時までこの調子だ?」
「もっと堪え性、持て。傭兵ゼリグ。あとお日様が昇る、二回だ、二回。」
「うへぇ、マジかよかったりい。ったくそんならアレよ、クラキのねえちゃん。アンタ鉄の怪馬でびゅーって出来ねえ? あったろホラすんげぇ速えーの。」
「っち、馴れ馴れしいな……。アレは貴様が壊しただろうが。っておい、なにを……、きゃあっ!? そ、袖に手を突っ込むなぁっ!!?」
『機械仕掛けの神』とやら、それを探すが託宣である。五色の神から頼まれました。だから北の蛮族さんところお邪魔します! それを言い張る彼女をどつき、別に一人でも! と言われもっかいどつき、『待て』をして同行の顔触れも決め……。本当、あの後は大変でした。少なくとも私とゼリグ、その二人だけは当然来る。そうと思われなかったのも不愉快です。逆でもちょっとアレですけども。
ともあれまぁ、心の難しいはさておきましょう。憂さは寝室で晴らせます。よりを戻して話も戻し、ノマちゃん不在下の危険も込みで、選んで集まった末がこの有様で。正直すごく、やかましい。しかも人外が九割です。悪友はどっちで数えましょう? 彼女は未だ、『こちら』でしょうか? 銀色の髪のあの子に引かれ、『あちら』へ行ったりはしないのでしょうか? 聞きたくは、ありません。
さておけなかったのもさておくとして、その代表を務めるはいったん私。傭兵キティーだか貴族キルエリッヒだか、近頃すっかり曖昧な当人です。そこへゼリグを引っ張りこんで、魔人フルートを勘定に入れ、衆国から来たクラキの一家、『化け物に詳しいダイダラさん』。とりあえず王国の危険な分子、そういうのは全部ぶち込みました。あとは道案内でメックルマックル。王国ゴブリンの彼も一緒です。
蛮族でありつつも商人であり、北と南を渡って歩く。だから任せてしまうに適任じゃねえ? とは、推した悪友の言い分でした。彼自身もこの機を活かし、消息を絶った孫娘ちゃんを尋ねるそうで。まぁ、別に良いでしょう。可愛かったならなお良しです。そんな一同で王国を発ち、先に述べたよう日付も経って、変わり映えのない野っぱらをゆく。どうしても、思案に暮れてしまいます。もっちりしつつ。
ちなみにクラキの連れている三人娘、それとフルートの奴は天井の上、お日様を浴びて干されていました。『そーらーはつでん』がなんとかかんとか。よくわからない概念です。少なくとも真似でぬくぬくしてる、アイツには関係が無いと思うんですが。なんとなく、ああやって『ノマちゃんの為』から離れ、自分の為の振る舞いをする。それが増えてきたような気もします。これも一つの成長でしょうか。
ちなみのついでで『ダイダラさん』。アレは羊車からすこぉし離れ、付かず離れずでのそのそしてます。曰く、『ヒトと慣れ合うなんぞ御免』だそうで、少しは正体を隠す努力をなさい。まったく、何故にノマちゃんはあんな奴らと……。面白くありません。東に疫病を使う脅威が在って、故に交渉の役の排除は出来ない。そこに理解は示しましょう。ですが、こうも肩入れすることはないでしょうに。
実を言えば以前に少し、そこへ踏み込んでみた事がありました。どうして私たちを、人族の側を優遇しないか。意地の悪い質問です。返ってきたものは困った顔と、『外からやってきて、外の常識を振り回したくない。』という傲慢でしたが。なんであれ、ちゃんと会話が為せるのならば、無下に扱える理由は無い。それがあの子の見解であり、そして堪らない程に私にとって、壁を感じさせる一言でした。
「だるい! しんどい! 飽きた! 飽きた! 空を行ったならひとっ飛びじゃろに、なーんでそれをさせてくれんっ!?」
「やぁかましい! どっち向かったもんかもわからんじゃろが! それに、ノマは付いてこいと言うとったでな、お前はこのまんま歩きゃあええっ!」
「だったら足! 自分で歩けっ! アチキに乗っかって楽すんなっ! 羽毛が糸で粘っこいんじゃああああっ!!! 巣ぅ!? 張んなっ!!?」
「……ねぇ、ノマちゃん。いいのかしらアレ放っておいて。なんかすごい変形してるんだけど、布の下。」
「いやー、ま~、その~、ははは。……お手は触れないようにお願いしま~す。ふひゃい。」
邪魔を、されました。これでもけっこう繊細なのです。心に愛憎の入り混じる。そこへ水を差す奇声を流し、笑って誤魔化そうとしたほっぺを摘まむ、指先をちょっとだけ捻ります。それからもちもちへ移行して、後はぽよぽよしたり、むにってみたり。嫌がったりはされません。どちらかと言えば目を細め、彼女は無抵抗に、嬉しそうにそれを受け入れるだけ。本当ですよ? 多分ですがまぁ、八割くらい。
若い女に触れられる。昂りをもたらすそれを嫌とは言わぬ。勿論、そういった面もあるのでしょう。この子の前世は男性ですので。ですがこうしている今も感じる中に、目立つ好色があんまり無い。どちらかと言えば、そうですね。肌の触れ合うを互いに許す、その距離感がこそ充実である。なんとなくそれを嗅ぎ当てます。んーむ、支配しづらい子。もうちょっとね、色で釣れたなら楽なんですが。
かつて人間は背中を合わせ、二つの頭、二つの胴、四本の手足を持っていた。と、昔々から言われています。だから完全へ戻ろうとして、失われた半身を求めるのだと。男と女。さて、ノマちゃんのそれはどっちでしょうか? 私はきっと女です。ゼリグはちょっとわかりません。男女どうこうは関係無しに、ただ強い奴を嬲って遊ぶ、それが好きなだけという感じもします。まぁ、対象はコレですけども。
「……えーとその~。キティー、怒ってます? あの、やっぱり。」
「なんで? そう思うのかしら。」
「表情、ずっと硬いですから。私がぽんぽんとモノを決めて、それで矢面にも立たされて。そういうのがやっぱりその……。しこり、っていうか、なんていうか。残すのは、良くないなって。」
「……わかってるんなら自重なさい。それと、言葉が一つ足りてないわね?」
「身勝手でした。申し訳ございません。」
「『なんでもします。』は?」
「そいつはちょっと。」
頬っぺぐりぐりのさなかにあって、両手指先をすりすりしつつ、そぅっとお出しされるもしょもしょ話。そこで強張りをずいっと突かれ、向けていた目もすいっと逸らし、なんとなく謝罪を要求します。言ってみるならば儀式でしょう。間へ横たわるナニカを排し、現状を過去の記憶へ変える、それに必要な心の整理。ついでに欲張ってもみましたが、これはちょっと、ダメですね。次の機会を伺いましょう。
ちなみに『矢面に立たされた』。これは大変であった出掛けの事で、まぁすったもんだがあったのです。まずその第一はドロシア様で、『今度こそ成果を出すぞ!』と行く気満々であったそのお背中を、兄と王太子様とメルで羽交い絞め。どうにか思い留まって頂きました。もう鉄火場は十分です。いい加減ご自愛下さい。ご自愛しろ。というその圧力を、分が悪いなぁと見られたようで。物理的にも。
で、それがあった故の代表代理、私が仰せつかってのその第二。ここで『平民に堕ちた出戻り風情、それが顔役だなんぞ厚顔無恥』と、一部貴族から随分と叩かれまして、とても悲しくなりまして。悲しいので『じゃあお前代表な。』と一番声がでかいのを取っ捕まえて、引き摺って行く途中で逃げられました。逃げられたのでこうなります。別に、取って食わせようって訳じゃあございませんのに。多分。
最後についでの第三として、マッドハット侯爵家のルミアン君。あの子だけは『じゃあ自分が!』と精一杯ぴょんぴょんをして、無事に取り押さえられました。お慌てでしたねぇ侯爵様も、功名に目が眩んだようです。北方蛮族と交渉を持ち、領地通行の権をきちんと得る。仮に成功をしたらのお話ですが、きっと前例の無い実績でしょう。けれど少年は未だに未熟、ここはおねーさんにお任せなさいな。
「あ~、でもねぇ。ちゃーんとお仕事任せたり、そういう出来る子になった頃は大きくなって、『男』になっちゃってるんでしょうね~。せっかく女の子みたいで可愛いのに。」
「ちょっと何言ってるかわかりませんが、とりあえず警察の人呼んどきますね。」
「何よそのケーサツって。ほ~ら、もっと喋りなさいよ。」
天頂にあった陽の光。西へと徐々に傾いてゆき、空に茜色を差し始め。潰す時間はお話の下、河の奥行きも段々太り、チキューの思い出とやらに『ふーん。』を言う。いえ、興味深くは非常にあります。ですがそうなっている何故が不明というか、理屈がすっぽ抜けでわかりませんし。キンダイカ? サンギョーカ? もだないぜーしょん? 単語にばっかり頼ってないで、それを具体的に説明なさい。
遠く水の下で揺れる魚影。すぐ胸の下の真っ赤な瞳。共に泳いでゆらゆらばしゃり。跳ねました。『……あーいうの見てるとさぁ、お刺身が食べたくなるのよねー。』次いで発せられるクラキの声。そこへこれ幸いとノマちゃんが向き、ゼリグはいつの間にか御者台ですし、なんか屋根からもずり落ちてるし。フルートとかが。自由ですよね、アンタ達。まぁ、言えた義理じゃあございませんけど。
「いや~、川魚ナマは不味いでしょう? 陸の寄生虫は悪さをしますよ?」
「……ふふふ。十五年前に聞きたかったわね、それ。」
「やっちまいましたかー。」
……まったく。これから完全な敵地へ向かい、何処かもわからない遺跡を探す。だというのに呑気なことで。正直その神託がまず胡乱げです。しかしかといって聞く耳持たず、端から否定できる性分も無し。だって、そうでしょう? 事実神々は存在し、そして私の治癒術のように、異能の顕現がそれを裏付けている。そうである以上仕方なく、お魚も再度飛沫をあげて、陸へ揚がってのそのそとして。魚?
「あのー、すいません。魚ですか? アレ。」
「ン? ああ。ユーステノプテロンな、銀色。」
「……魚ですか?」
「ユーステノプテロンだ。」
「はい。」
「何なのよその会話。」
背負った鞄をくいくいしつつ、聞いたノマちゃんにゴブリン答え、そこへ思わずにして口を出す。なんとも気の抜ける会話です。けれど変転は唐突で。回る車輪が突然止まり、屋根の上からはボトリと落ちて、荷駄羊にはどこか怯えの色が。異臭。真っ黒い蠅の雲。ああ、いつ見ても嫌ですね。かつて動物であったモノ、それからヒトの形をしていたモノが、遠く前方に併せて五。こっちと同型の台車もか。
「ジグ・マック!!? 北の商隊っ!? 全然顔見せない、思ってたっ!!!」
「爺さん! 騎馬兵もだっ!!! 西の方角に十数騎っ!!!」
「ゼリグ! 旗見ろっ! サタナチア!!! 悪魔辺境伯! どうなってるっ!!?」
「知らねーよあとで聞いといてくれっ! そいつにさぁっ!!! おいノマ! きょろきょろしてねえでこっち来いっ!」
にわかに、慌ただしくなってきました。まぁ殺される心配はしていません。むしろ心配はその逆です。ゼリグ、ノマちゃん、あと他の。争いは目的じゃあ無いんですから、くれぐれも自重するように。それと、ダイダラはもっと引っ込みなさい。興味深々で前くんな。こら、やめて、近づかな……、っひ。
「お。なんじゃ、馳走か。振る舞いか?」
ひっぱたきました。我ながらやるものです。
文章量の割に難産でした。




