北で蠢くモノの都合
「ふひっ! ひーひひひぃ! そぅいぅわけでぇ! このワタシ、ペグ・パウラー様こそが新しい親分だぁっ! どーよゴギー、思い知ったかっ!!!」
「……ああ。まぁ、うん。好きにしろよ。」
私はオウド・ゴギーを名乗っている。羽虫の妖蟲の変化であって、北へ縄張りを持つ化生の者の、元締めをやっている娘であった。さっきまでは。なんか今は違うらしい。打ち棄てられた砦の奥、ねぐらに使っていた空間の中、阿呆がそうであると騒ぐのだ。まぁいつもの発作であって、それ自体どうというものでは無い。事実周りからの拍手もまばら、『今年一回目かー。』という声すらある。
だからまぁ、それ自体は別に良いのだ。上か下かで区別をつけて、序列というものに妙な執着をする、ペグの普段からの悪癖である。そのうちまたへこんでしぼむだろう。しかし事今回に限って言えば、連れてきた後ろ盾がまた厄介であった。曰く、『自称』混沌サマの使い。曰く、『自称』とがった時間からの使者。正直胡散臭い事この上ない。とはいえ蔑ろとは勿論ゆかず、好きをそれなりにさせていた。
「……で、結果増長してコレなんだがな? 何か申し開きの一つもあるか、ハリル・ハリナ。」
「支持を求められて応えただけだ。私が首を挿げ替えたわけではない。」
「おかげでこじらせた阿呆が重篤だろが。」
いけしゃあしゃあ。真横でまさにそういった様、それを見せつけるよそ者へ向け、あらん限りで以ってじとりと睨む。この流れ者の御使いサマめ、仮面で顔すら見せん癖して。相変わらずよくわからん。出会った何処も定かで無しに、興奮するペグに紹介されて、かれこれとうに星は一周巡る。それでもである、奇怪なヤツだ。よもやにまさか、本当で遣わされたというわけでもあるまい。
『迷宮を探す手伝いが欲しい。』確か初顔合わせでの言葉はそれで、一同揃って首を傾げた。『迷宮』ってなんだ? 何故に手なんぞ貸さねばならん、よそ者に。で、聞けば神の時代に生まれし遺構、財の湧き出ずる洞がそうとか。別にピカピカに興味はない。しかし心当たりは幾つかあって、勝手にしろと教えてやった。まぁペグだけは既に、この頃から付いて回っていたらしいが。野心だけは無駄にある。
そもそもにして、この自称『御使い』の目当ては何か? 今でこそ其処に注意は向くが、当時は折悪しく多忙であった。喰っても喰ってもヒト共は増え、森は少しずつ切り開かれる。その有り様に焦っていたのだ。星の巡りの百周前、此処は何処までも続く狩場であった。十が五回経った頃、減った外縁に誰かが気付いた。さらに十の五回が経って、知らぬ間に粗野な砦が建った。だから全部、殺してやった。
私たちは子を為さない。過去に死んだ事こそないが、射られ突かれたのなら傷も負う。心臓を一つ潰されるとか、首が半分千切れるだとか、流石にそういうのはちょっと嫌なのだ。長く伏せるような羽目になってしまう。そうするうちに連中は増え、隠れてまた木を切り倒し、『サクモツ』とやらを植えていく。増えて、老いて、また増えて。徐々に侵される縄張りを目に、長く続いた腐心があった。
結果から言うと、ヤツの労力は実らなかった。ペグと一緒に方々周り、悉くハズレを引いたらしい。何が当たりかは知らないけども。で、次は東へ向かうと言い、別れて清々をしたと思っていたら、またもや顔を出して今度は南、『オーコク』の案内をしろとかなんとか。『オーコク』ってなんだ? 何故に手なんぞ貸さねばならん、よそ者に。しかも方角がまた厄介であり、南の連中と揉めても困る。
揉めるならアイツ独りでさせろ、無駄に鼻を突っ込むな。だから私は念押したのだ。またしても乗り気なペグの阿呆、その耳を引っ張ってやって小言を言って、お前余計なことするんじゃねえぞと。それをやったのがたぶん裏目に出た。却って反発を招き同行をされ、果ては盛大な喧嘩の挙句、御使いサマのお役に立った! と得意満面言うのである。一応一発張り倒した。そんなのがあって今日まで至る。
「そもそもな、貴様が報酬に望みを聞くと、そんな事を言うのが悪い。だから『親分にして』だなんて言い出すのだ。そこの阿呆が。」
「あほーじゃない! もうワタシのほうが上なんだぞ! 偉いんだからな! 不敬者っ!」
「オウド・ゴギー、無駄を何度も言わせるな。私は何の強制もせず、ただ認めると述べたに過ぎん。異論は貴公らで話せばよい。」
「無責任を……。混沌サマの威を借るモノが、言うか? それを。」
「ふけーって言った! 言ったのにぃ!? 聞ーけーよーっ!!! 聞ーいーてーっ!!!」
吠えてぴぃぴぃ地団太踏んで、掴んで揺すってガクガクされる。そのせいでアイツの姿もぶれた。面を被った御使い女、やはりどうしても気に入らない。さも親切のようなそぶりはするが、本質としては興味が無いのだ。私たち北の化生、まして手を貸してやったペグにすらも。だからこの阿呆の味方をせずに、一歩離した物言いをする。『仲間』という感じがしない。そこが自分でも妙に癪に障った。
根底にあるのは不信である。私は面倒臭いヤツなのだ、ヘンテコなヤツは気にならないが、『仲間』でないヤツは信用ならない。やはり、『騙り』か? 御使いなどと嘘八百、そら言で以って取り入り騙し、手助けを得る『だけ』が目的だろうか? この際だ、その騙りで友好の為、興味を引きたかったのであれば別に良い。しかし、『利用するだけ』をするのは駄目だ、線引きというヤツに許されない。
南の連中はマガグモはじめ、混沌サマの熱心な信徒である。しかしこちらは居るだか居ないか、それはまぁ知らないけども、拝んでもあんまご利益無いよね。と、いう程度には冷めていた。だから北と南に別れたのだが。ちなみにペグも『神』では無しに、『権威』を拝んでいるあたり同類である。南との不和に変わりは無い。蔑ろにはせず妄信もせず、そんな感じでふわふわなのだ。私たち北の信仰は。
だからコイツの『御使い』名乗り、それ其の物にまぁどうとは言わぬ。騙る目的次第である。そしてその目的は今日まで見るに、こちらへ溶け込もうというようなモノでは無い。ならば結論として、さっさと出て行って欲しいのが本音であった。図に乗ったペグが降りてこない。それにヒト共への間引きの策、ようやくと転がったばかりのそれへ、口を出されてもアレだ、困る。宝探しならお好きでどうぞ。
「……『これで当ては全部が外れ、用が済んだならさっさと去ね。』随分とまぁ、嫌われたな。東ではそこそこに好かれたのだが。」
「ふーん、なんだ。顔色くらいは読めるんじゃないか。そうなら一つ、アンタも振る舞いを変えちゃあどうだい? 『仲間』なら歓迎するよ。」
「生憎とそうもいかん。私には責務があるし、それに何よりも生まれが違う。お前たちの祖は曲がったモノで、私は不浄なる尖ったモノだ。真に交わるは決してない。」
「そーいうトコが嫌いなんだよ。もったい振って会話をしない、同じ化生の同士だろうに。」
顔も心も向かって合わず、初対面からずぅっとそう。それが不意にこちらを覗き、少しだけ『顔』を見せられた。そんな気がした。すぐに閉ざされてしまったが。惜しいなあ。確かにコイツは毛色が違い、訳の分からない事も色々言う。それでも互いに似た『モノ』同士、ひっかける歯牙は無いでも無いのに。結局、最後までよそ者か。羽交い絞めたペグのモガモガを聞く、中でなんとなくそう思う。
「で? それがわかっていて長居はすまい、見送りくらいなら欲しけりゃやるぞ?」
「無用だ。手間はかけさせん。……とはいえ、こうも当てが無いのはな。オウド・ゴギー、貴公らの時間の中に、『機械仕掛けの神』という言葉は無いか? いずこかの迷宮に在る、外なる神の遺した遺物。その確保こそが使命、なのだが。」
「言い方が回りくどい。それに、私たちの神は混沌サマだ、『キカイ』なんぞという神など知らん。何のご利益があるだか知らんが、物好きめ。」
「ふむ、ご利益とは言い得て妙だな。我が主の言葉によれば、それは『好きに世界を操る権能』、あるいは、『星へ書き換えを施す術』。で、あるらしい。ともあれ結構、知らぬならどうとは言わん。世話になったな。」
「…………へぇ~。迷宮のどっかにね。……ああ、まぁ、頑張りなよ。なんなら次は、大地の外あたり探しちゃどうだい? 端っこの水を渡ってみてさ。」
『言われずともそうしてみるさ。』遠く果てまでも追いやる言葉、それを受けての声音が返り、どろりと青黒い煙が滲む。腐り落ちた果実の匂い、ヤツの身に纏う甘いそれ。実に迷惑なことにぶち撒けられて……。そして、ハリル・ハリナは何処かへ消えた。周りの仲間がそうするように、一応私も手を振ってやる。世界を操れるキカイの神、これは面白い話を聞いた。『み、御使いサマぁ!』うっさいペグ。
去った権威の名残を惜しみ、口を尖らせてこちらを見つつ、乗っかった図からいそいそと。今はその様に興味は無い。さて、さて。さてさてさて。『キカイの神』とは果たして何か? 『確保』と言うからは神像か? いいね、欲しい。御神体に相応しい。なんせものすごいご利益なのだ、きっと混沌サマ所縁の品。いや、『そうで無かったとしてもそうすればいい』、その方がだって都合がいい。
南の神像はまやかしであり、私達こそが正当である。そうとマガグモらへ主張が出来る。それにペグが言うにはハリルの奴め、祭壇を壊す不敬をやって、言うに事欠いて『骨折り損』と? つまり、かつて崇めたそれは『キカイ』じゃない。神罰を下す力も無い。ならばもっと良い混沌サマを、価値を認められたアイツのソレを、『新しい本物』としてお迎えしよう。実利があるなんて素敵じゃないか。
「やぁれやれ、ようやく去ったか。んでぇ? どうするゴギー? この際でついでに探してみるか? なぁんか凄いらしいキカイのカミサマ。」
「ああ、そっちにも興味が湧いてきた。アニス、泥人形をもっとたくさん増やせ、ヒト共の巣を暴いてやる。」
「別にそれはいいけどさぁ、ホントに『確保』しちゃったらどうするアイツ? ぜぇったい文句付けに戻って来るって。ペグの蜂蜜を賭けてもいいね。」
「そん時はまぁ、交渉次第さ。それに『世界を操れる』のもホントであれば、案外にコッチの勝ちかもしれんぞ? 蜂蜜はペグの半分でどうだ?」
「ふざっけんなこら自分の賭けろよーっ!!!」
迷宮は既に全てを探し、未探索はもはや大地に無い。それは一応の事実である。『知っている』という言葉が抜けるが。実を言うとねぐらの地下、そこにもヤツのお目当ての一つはあって、家探しはとうに済んでいた。湧いて出たのは『イフク』? 『ボーシ』? 『ヨロイ』に『カブト』? とりあえずなんか着飾るモノ。それは仲間内で大いに流行り、今も組み合わせを追求している。話が逸れた。
ともあれその上に砦が建って、そうやってヒトは独占した。きっと隠そうとしたのだろう。ピカピカじゃなくても欲しいらしい。たまたま攻めなかったなら今でもそうで、それをハリルの奴はわかっていない。役に立つモノは欲しいのだ、役に立たなくたって欲しいのだ。きっとおんなじは他にもあって、連中はそれを隠している。『マオージョー』、『カイタクトシ』。砦がでっかいほど如何にも怪しい。
欲があるから行動をして、積み重なったそれは結果となって、『現状』として世に浮き出る。勿論ねぐらのこの迷宮は、自称御使いにだって伝えていた。けれどアイツはその原因に、原因となった心の機微に、からきし興味が無かったらしい。まるで異界から来たオバケのように。だから、こうして出し抜かれるのだ。悪いねハリル、だってお前は『仲間』じゃない。そうとあったならちょっと違ったけどさ。
「うぎぎぎぎ! こいつら、まるで聞いてないっ! ネリー! ジェニー! 親分めいれいっ! ゴギーもアニスもばーんっ!!! ってやってよっ!」
「んー? あー、いやさーそれよか。ちょおっと見てよー、このフリフリ。今朝掘り出したんだけどすっげ良くなーい?」
「んに。おわった? お腹すいたから、おわったんならごはん、食べる。」
「ひゃひい!? だ、だめだめだめぇ! 蜂蜜ならやんないぞっ!!?」
怒ったペグが水塊と化し、ざぶんと詰め寄ってギャアギャア騒ぐ。なんかそういう距離感である、本当で嫌がられるような事はしない。許してもらえる心の線は、ちゃんとその辺りわかっているのだ。だから、ペグは『仲間』である。ハリルに付いていったってよかったものを、当たり前のように『こちら』へ残った。それはとても気分が良いし、ずっとこのままで私は居たい。
ヒト共は全部家畜にしよう。星の巡りの百週前の、かつての縄張りを取り戻すのだ。それに本物の御神体を手にしたならば、マガグモたちだってこっちへ来るやも。元は嫌い合っていたわけでも無い。もう一度上手く付き合えたなら、一緒になれてそれは素敵なことだ。とてもとても満足出来る。そんな都合の良い未来の絵図、夢想するそれにちょびっと浸り、少しだけ牙と笑みが零れる。
『今』はなんとなくで在るんじゃない。求めなかったなら崩れてしまう。私の都合、ハリルの都合、ヒト共のそれ、まだ見ぬ誰か。当然『私の』が最優先だ、譲ってなんかやれないね。それでたくさん満足を得て、それでたくさんいい気になって、それで、それで。……どうしようかな? 楽しみだ。きひ、ひひひ、ひひひひひ!
「……ぐすん。えぐ。……聞いてー。」
あ、あ。やり過ぎた。ごめん。
新しい敵勢力




