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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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続・王国秘密会議の秘密

「え~。と、いう訳でですね、王太子様。ちょっと北へ行くことになりました。」


「……すまない、ノマ君。状況を説明して貰えるか?」



 時は昼過ぎ場所は王城、最奥における会議の間。この私、王太子ヘンゼル・インペレ・ハートクィンと妹との間における、王国の方向性を問う秘密の会合、そこでの唐突な一幕である。何がどうしてそうなった。いや、勿論のこと承知はしている。まずは頭で結論を述べ、身構えさせてから理由を語る、それでこそ話術の常道足ると。しかしそれでもその、なんだ、アレだ。もう少し心の準備が欲しい。


 なにせ今日に至るまでがまず宜しくないし、なんなら今この瞬間も宜しくない。割合簡素な照明の下、『もう決めましたんで』という顔で少女は座り、並ぶ飼い主も困惑の顔。手綱を取り損なったな妹め。なおその妹、王女ドロシアは頭を抱え、子飼いの部下達も同様である。メルカーバ嬢とキルエリッヒ嬢、配された傭兵の女もか。そしてその要因は言動にあり、何よりも列席者の一人に有った。いや人か?


 身の丈は大人二人ほど、横幅も相応にあるその体格を、大きな布切れで覆う異様な女。漏れるくぐもった声がそうなのだから、たぶん女で良いのだろう。自信は無い。で、それの目の前には料理が並び、生えてくる何本もの腕がそれを鷲掴んでは、下へ引っ込んでいって喰らうのだ。布の中、汚らしい音でビチャビチャと。正直叩き出してやりたい気分であるが……。誰だよこんなの連れ込んだヤツ。


 しかしとはいえその一方で、本能は警鐘と呼ぶべきを鳴らしていた。アレは間違いなく危険なモノで、迂闊で触っては身を滅ぼす。誰だよこんなの連れ込んだヤツ。対するこちらはドーマウス伯、我が友ファーグナーと手勢が少々。抗するに不足は明らかであり、出来て時間稼ぎが精々か。……脱出口、この部屋は何処だったかな。そうと真横へ視線が泳ぎ、何故か我が友とかち合う目。気が合うな、おい。



「のう、のう、ノマ。美味いのぉ、コレ。」


「うん? あぁ、そうでしょうそうでしょう。お肉ってのはね、ちゃ~んと調理したほうが美味しいんです。」


「そうか。そうなら次は、わしはコレを『人』で食いたい。」


「それを控えろとゆーとるですよ。」



 ひそひそと、秘め事の体にしては大きな声。我々へわざと聞かせているのか? あくまでも『そうではない』。それを前提としつつ周囲へ知らせ、触れてくれるなと受け入れさせる。それが彼女の狙いだろうか? 私の評価でのノマ君はまぁ、受ける印象ほどに馬鹿では無い。と、いうかこれが全くの無為無策であったのならば、最悪ここで諸共に死体の山だ。頼むからそうと思わせてくれ。


 そもそもである。化け物どもと交渉したい、先日ノマ君の言いだしたその提案に、私は心底反対の立場をとった。喰われる側としての嫌悪感、妙に意欲的な妹を案じる思い、現実性を欠いた東の脅威。そのいずれもが後押しをして、無力にもそれは退けられて、で、結果がこれか。彼女はやはり、我々の全面的な味方にあらず、連中の肩をも持とうとしている。……祈るしかないか、善性に。癪だがね。



「で、えぇと、すみません。話の腰、折ってしまいましたね。」


「……いや、構わんよ。それに出来るならその……、そちらの布ですっぽりと覆った御仁、紹介して貰えるとね、私も助かる。」


「はい。こちら私の友人でして、え~、『化け物に詳しいダイダラさん』です。」


「……もう一度言って貰えるかな?」


「『化け物に詳しいダイダラさん』です。」



 そうか、詳しいのなら仕方がないな。舐めてんのか。立場らしからぬ発言を、どうにか呑み込んで堪えてぐっと、一つだけ深く息を吐く。落ち着け私、そういうのは妹の気質だろうが。そうこうするうちに話は進み、『人間はこうやって挨拶をするものです』と、両者握手を交わそうという運びとなった。要らぬお節介だ、ノマ君よ。というか間近で見ると歪と言うか、中でゴソゴソとなんか動いてやがる。


 『おいマガグモ! こりゃあなんじゃ、何すりゃよい!?』『誰でもよい! とりあえず手ぇだせ! 手!』『手ってなんじゃ! 足しか無い!』そんな会話がもごもごと、頭上で聞こえて飛び出してくる、三本の腕と鳥の足。すれば私も一笑に付し、ぐいと引き寄せた友のその手をとって、腕の一本と固く契りをさせた。絹を裂くような男の悲鳴、それが途端に真横であがる。よし、すごく落ち着いた。



「さて、では簡潔に説明させて頂きますと、わたくし神託を受けまして。神の権能を狙いし悪魔、それに先んじて遺構を制し、貴様こそが継承をせよ。神はそのように仰せです。」


「……言いたいことは色々ある。本当にな。が、まずはこれを聞いておこう。……すると、どうなる?」


「推測ですが、……世界から五色の神のご加護が消えます。そして私が新しい神、ないしはそれに相当するモノになるのでは、と。」


「ここが地獄か。」



 心底で、絞り出すように腹から出た。なんだ貴様その方便は、簒奪者となるはお前じゃないか。が、しかし私の目が確かであれば、彼女に悪へ染まりきれるような度胸は無いし、悪巧みの出来る頭も無い。蔑ろにされる率は低いと見るが……。第一である。否定する為のその材料、それが自身の感情のみとあっては如何にも弱く、安易に罵っては軽率か。このまま情報を引き出さねばな。



「そうじゃ! そうじゃ! その『アクマ』とやらの手先がな、不敬にも混沌サマを騙りよった! 誅罰をせねば気がすまんっ!!!」


「ちょっと、ノマちゃん? 私そこまでは聞いてないわ、神々を冒涜しようだなんて。」


「いや、違うんですよ頼まれ事で! 言える範囲では話しますから! だからちょっとキティー首絞めんのヤっきゅいえっ!?」


「あー、諸君。静粛に、静粛に。」



 にわかに騒がしくなった場を収め、数度鳴らした手の平を置き、掴んだ胃薬を一つガリリと噛む。北へ向かうとなれば蛮族領だ、奴らと接触をするは避けられまい。とはいえ現実は非情なもので、我々にノマ君を阻害する術があるわけでなし、出来て説得が精々である。それも出奔をされる危険も込みで。と、くれば何かが動かんとするこの只中を、如何で立ち回って実利を得るか。……ふむ、どうにもな。


 差し当たっては過程である。交渉をするは確かに為され、それはとんでもない形で結実した。今まさに進行中で。宜しくない。しかし不利を飲ませたという風には見えず、かといって逆であるという様でも無し。強いて言うならば棚上げか? 好い加減でそれを話して欲しい。やや苛ついたそれが声音へと、乗ったを察して彼女が慌て、口をつく変に上擦った声。御し易いねキミそういうとこさ。



 で、以下に纏めて彼女の曰く、『言える範囲』の要点とやら。正直果てしなく胡散臭い。



 一つ、交渉は頓挫した。互いの妥協点を見出す前に、第三勢力の強襲を受けたからである。


 二つ、仕掛けてきたのは北の化け物。この地のモノとは帰属を異とし、しかも邪神の使いなる者を担いでいる。


 三つ、それらはノマ君によって退けられて、しかし神の祭壇が一つ犠牲となった。化け物の祀る邪悪のそれ。世に言う『這いよる混沌』である。


 四つ、その接触が契機となって、彼女は為すべきを啓示に受けた。世界を蝕まんとする悪魔を排し、神々をより高みとせよ。押し上げる為の基底となれ、と。



「……つまりですね。混沌サマと五色の神は、別に敵対してるってわけじゃあないんですよ。同じ創造の神の一員であり、そして同じように『この地』へ縛られてしまっている。そのくびきを解きに行こうというのです。この私が。」


「くひひ。乗ってやるぞ、ノマ。それで混沌サマの望みを叶え、わしらに喧嘩を売った奴ばらをもな、手先諸共でぶっ叩くのじゃ! まずは話はそれからよ!」



 ……やはり果てしなく胡散臭い。さて、嘘の線引きは果たして何処だ? 事前にドロシアと通じた限り、要点二つ目までの裏付けはある。次いでダイダラとやらの気勢を見るに、忌諱に触れられたのもまぁそうなのだろう。問題は四つ目だ。彼女は臨席の者すべてに向かい、『聞かれても良い』ように話している。しかし感じ取れる裏は悪意でなしに、人をおもんばかる配慮に近い。全く要らぬ世話焼きを。


 これは難しい判断である。メルカーバ嬢の身体強化、キルエリッヒ嬢の治癒能力、そして何よりもノマ君自身。異能を振るう者はみな一様に、『神の存在』を口にする。私もお目通り願った事こそないが、その実在は信じていた。『そうではない』とする保証が無い。思い返すのは城の地下、妹と同じ名を持った女の死体。そんな超常からの啓示とあれば、顧みないのはあまりに危険だ。


 神々は天上へ去ろうと望み、それは信仰の徒にとって受け入れ難い。話を信じるという前提ならば、ここに実益の面で矛盾があった。教義、信条によって裏打ちされた、現行の秩序が崩れてしまう。しかし今後起きるであろう次第によって、事がそんな程度で済むのかどうか。私は悩んだ。悩む私のその眼前で、少女の美しい髪もくりくり回る。おいやめろ。そういう自信無さげな仕草をするな、不安が増す。



 回る不安と銀糸の髪。胃を押さえつつも我が友へ向き、次いで疲れた妹の顔色も見る。よし、決めた。王国として支持はしない。かといって邪魔建てはせず、監視に供周りを付けて報告させる。これで行こう。実質的な黙認である、ノマ君もそれで嫌とは言うまい。腰掛ける席の下、そうと符丁を片手で送り、返る友からのそれも私に同じ。まぁ、考えるは皆同じだろうさ。打てる手はそうありもしない。



「……わかった。そうとあったのでは留め立て無用か。しかし私としては、だ。それは到底看過できるようなものでは無いし、かといって君と仲違いもしたくはない。今更ね。故に、監視の目は付けさせてもらう。……宜しいかな?」


「はい、不足ありません。いえ、本当はもっと、罵られるかもと思っていました。最悪で此処を、去らねばならぬまであるやもと。」


「脅しかね? 悪いが君を、他国へやれるような余裕は無い。そういった真似は控えて貰おう。」



 本音と巧言が半分ずつ。内心綱を渡るような思いであって、しかし返された満更でもないという彼女の顔に、僅かではあるが愁眉を開く。今に充足が得られるならば、実益はさほど求めない。手駒として扱いやすい、愚直な手合いなのは幸いか。ドロシアからも口出しは無し。事を上手く運ぼうとする自信はあって、結果無力を味わったのが響いたらしい。ふむ。あとで何か贈っておくか、兄として。



「では、諸君。異論も無いようであるし、次にそれを前置きとした話へ移ろう。『遺構を制する』とはどういう事だ? ノマ君。私には何か、聖域のようなものを連想させるが。」


「ええ。そのとおり言わば聖域です。人の迷宮と呼ぶ不思議のうちの、ここより北方いずこかの中。そこへ鎮座する神の権能、『機械仕掛けの神』をこの手へ。繰り返しですが、まぁ、そういう事で。」


「……北は我が国とも因縁深い、蛮族デーモン共の支配する領域だ。君の言う迷宮探索。で、その具体的立案は?」


「……あの、上に城とか砦とか、そういうの建ってるんじゃないかと思いますんで、……『お邪魔』して調べさせて貰おうかと。」


「許可を出すまで外出禁止だ。監視に外交の出来る者も追加する。」



 危なかった。こいつ絶対やらかす気だぞ、あとで謝ればいいとか思ってやがる。これだから国一つ潰せるヤツは! やっぱ関わり合いになりたくねえ。そうと一言頭に浮かび、しかし吐けるでもなく黙って飲む。どうあれである。知らぬところで物事が起き、存ぜぬうちに決着が付き、否応も無く結果の巻き添えを食う。それを見過ごせたものでは無い。首尾は見届けて報せを得ねば。


 少々ばかり強まった語気。それにピクリと反応したか、あるいは出立が遅れるを告げたが故か、ダイダラとやらも左右に揺れる。ノマ君の連れる傭兵女、同じく連れられた頭巾の魔人、なんか衆国からきた娘ども。最近はやたらと人外が増え、それにのさばられる機会も増えた。化外の者め、先の話にあった『悪魔』もそれか? 今後の身の振り方もある、得られるのなら何か知見は欲しい。



「……まったく。それで? たしか競う相手が在るとも言ったね? 神々のそのご意思へ反し、権能を狙う不遜の輩。初耳ではあるがまぁ……、荒事だ。遅れを取るような事も無いとは思うが。」


「あ、いえ。その『悪魔』なんですがどうも、神々と同格らしくて。ですから張り合えるようなモノではちょっと……。あ。で、でもですね、そちらは押さえ込んで貰ってますので、実際に相対するのはもっとこう、『御使い』をやっている的な感じの人で。はい。」


「……その、なんだ。問題は無いのかね? そんな存在と敵対をして。」


「たぶん問題しかございません。」



 言ったな、こいつ。全力で目が泳いでやがる、国の命運で博打を打てと? 常であれば保険を掛けて、損は最小とする局面である。敵側の将と接触を持ち、事がどのように転ぼうともだ。出来るのならそれをしたい。しかしこの件でその当てはなく、妹にも軟弱のそしりを受ける。まして啓示を反故にせよなどと言えようはずが! 胃がつらい。これが王に為らんとする者の業であるのか。


 現実逃避が目にチラついて、例のアレの揺れも大きくなる。肉を食い尽くして退屈らしい、もうそろそろで潮時か。仔細を聞き出すは未だに尽きず、しかし考えてもみればこれは『厚意』であった。怪物ノマ。在るのは彼女と神々の都合であって、そこに我々の意思は介在しない。本来ならば。にも関わらず彼女は話し、納得を得ようとしてくれている。つまりは『義理』だ、『義務』ではない。


 結局のところ我々はただ、翻弄されるしか無いのである。それを思うと虚しくなった。『なー、あれちょっとヤバくねえ?』『勝てそう?』『だ、駄目そう。』『今月死ぬ当番だれからだっけ?』壁際へ立ってひそひそ話す、ドロシア配下の騎士たちの声、それが虚しさへ拍車を掛ける。俺も色々と諦めたい。それが出来れば苦労は無くて、出来ないからこその権力である。もう一度殺されたくもない。



「兄上! その監視の任、私が就くぞ! このまま能の無いを晒しておけるかっ!!!」


「なりませんっ! 先日もどれだけの無茶を通されたと! キリー、貴方も姫様をお留めなさい!」


「ああ、はい。まぁ、保証は出来かねますね、お身体の具合はちょっと。」


「ええいノマ! つまらん話はもう仕舞いじゃ! さっさと天誅を下しにゆくぞ、早うせんかっ!」


「すまん、ヘンゼル。まだ胃薬の残りはあるか?」



 地下へ残されていた未来の記録、三十年後の遠い過去。そこで死んでいた私は諦めたのか。俄然一変する空気の中で、そんなことをぼんやり思う。ここで負けたなら果たしてどうなる? 今の我々もまた、祝福を失って滅びるのか? そして勝ったのなら果たしてどうなる? それでもノマ君は『彼女』のままで、好意を持ち続けてくれるのか?


 不安は尽きず、尽きぬ不安は灼熱となって我が身を焼いて、なんか喉元も酸っぱくなる。求めているのだ。我が友とそして自身の腹が、安穏をもたらしてくれる奇跡の技を。手を伸ばす。懐の薬包入れ。神の恩寵、神の天祐、神々の無償の愛。それを求めて蓋を開け、箱を掴み間違えたのにようやく気付く。






 たぶん中身は最初から、空であった。






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