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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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回る遊戯盤

 メェ。という音に目を開けた。視界に入るのは緑と白、次第にぼやけたそれは鮮明となり、畳とふすまである事を知る。……和室? 何処だここ? とりあえず身をよいせと起こし、ぐるっと見回して状況把握。ただならぬ気がぷんぷんですわ。敷かれたお布団に手拭い水桶、その向こうにはテレビがあって、しかもダイヤル式の懐かしい型。天井にも古い蛍光灯。あぁ、絶対ろくでもないヤツですよこれ。


 五感はどこか曖昧ながら、意識は明確に己を保つ。この薄気味の悪い感覚が。覚えこそあれ嫌だねどうも、慣れたいとはやはり思えない。先の蜘蛛娘との交渉の中、突如乱入を受けたうえの大立ち回り、挙句爆散しましたよ祭壇も。やっちまいましたねぇ間違いなくさ、故にその件がアレでお叱りだろうか。零れ出た光るヤギの像。『見られていた』という去り際の言。こりゃあ多分に引き込まれたね。



 前の似た感じは自称でクーちゃん、推定にして青の神。対する今回のコレは混沌サマで、つまり察しで言うならば『白』である。重ねて察すりゃ無貌の神だ、私を送り込んだ張本人の。いや神か。まぁいいや。ともあれお久しぶりを言う予感はあって、同時にしっくりとこない不信もあった。此処で接触に至る理由がない。早くも前言撤回なるが、一応ご期待の通りじゃあるのだ。こういう事態の大混乱は。


 何時の間にやら戻った右手。それをさすって正面左、見える縁側の端で再び『メェ』。向けた意識が障子戸の先、星々の光る夜空を捉え、同時に遠くお囃子の音が知覚へ入る。その隣へ写る人の影。全体にゆるく曲線を描き、女性を思わせるそれが張られた紙の、僅か一枚を隔て静かに揺れた。……正直を言って気乗りしない。が、招かれたことは確かであるし、まずは拝んでへりくだらねば。とてもつらい。



「……失礼します。……あ~、えぇと、その~。すみません。宜しければお隣、お邪魔をさせて頂いても?」


「……どうぞ、ご遠慮なさらず。」



 鬼が出るか蛇が出るか。おっかなびっくり御足を向けて、ぎしりと踏み出す板敷きの上。そこで見せられた様にパチクリとする。若く艶のある女であった。飾り気のない浴衣を纏い、濡れ羽の髪と真っ白い肌、虫も殺せぬほどに柔順そうで……。それが、一周回って逆に怖い。見たままを信じるはやめておこう。そうと誓って彼女の隣、腰掛ける横へぺたんと座り、かしこまりますよ適度な距離を。


 で、お互いにしばし無言であった。ぬるい風はゆるゆる流れ、庭向こうの立て板の先、見えぬそこから音だけがする。メェ、メェ、メェ。さみだれに鳴いた子ヤギのそれと、変わらずに届く祭りの囃子。放し飼いでもしてるのだろうか? ついでに拍子をとって演奏もして。そんな仕様もないことを考えつつ、失礼のない範囲で出方を待って、頃合い十分を見てお口を開く。緊張で声も上擦った。



「……あの。混沌サマで、いらっしゃいますか?」


「違います。私は『黒』。どうぞお気軽に、黒ヤギさんと。」


「黒ヤギさん。」


「はい。」


「……結局、『混沌サマ』って何なのでしょう?」


「空想の産物です。」



 余計にわからなくなってハテナを浮かべ、居住まいを正そうとしてモソモソする。脳みそを整理しよう。つまりは神、あるいはそれに相当するモノは実在するが、混沌サマは実在しない。『白』なり『黒』なり五色の神が、それを演じているというわけでもない。マガグモたちの中だけにある、自身を説明づける為の架空の存在。たぶん、そうかな? なんとなくそれでしっくりきた。現実は非情である。



「夜間に動き、人を喰らう。それがあの子らの設定であり、しかしそのように至る動機がない。そうした自己の矛盾をね、吞み下そうとして描いて出した、自らの為の空想の神。」


「……ご丁寧に、どうも。しかし一つ解せません。それならば何故、その祭壇に黒ヤギさんが?」


「ただ拾われただけですよ。力ある偶像を見て、これを崇拝することで正当が付く。勝手にそうと思われました。余程、腑に落ちなかったのでしょうね。自分達の不合理が。」



 思いのほか流暢で、かつ淡々と真っ直ぐに返してくれる、自称でいうところ『黒ヤギさん』。それを見て少し苛ついた。その矛盾を植えたのは貴方でしょうに。ともあれそこまでは了解であり、それが広まったわけも察しがつく。さんざ吹聴したではないか、鳥も蜘蛛もペグっとちゃんも、何かにつけて混沌サマと。だから勢力を問わずこの近辺で、邪悪の名であると定着した。私も一枚噛んじゃったけど。



「……ありがとうございます。が、振った側が言うは何ですが、貴方様は手数を掛けて、そんなお話をされに来たのではございますまい。この私めへの、本題は如何様に?」


「おや? 案外に神妙なのですね。」


「存在の域が違い過ぎます。いくら遊戯盤の上で最強だとて、それをひっくり返せる相手にね、逆らおうだなんてこれっぽっちも。」


「異邦人ノマ。それは、とてもよい心掛けです。」



 身振り手振りを交えて話し、少しだけ砕けおどけた感じ。私のせめてもの抵抗である。内心冷や汗びっしょりだけど。いくら強かろうと駒は駒。飛車でも角でも成ったとしても、癇癪一つで掴まれ投げられ、捨てられてしまってはお仕舞なのだ。彼女にはそれが出来る。例え礼節を欠く行為にしても、やろうと思ったならばそれが出来る。楯突けるだなんて思えるものか、遺憾だが私こそが計らう側だ。



「実を言いますとね、貴方の言う『遊戯盤』の外。ちょうど今現在における、動静が非常に興味深いものとなっていまして。」


「……はあ。なんと言いますか、指し手の間でご乱闘でも?」


「ふふふ。大変に的を射ています。結論で言いましょう。『私たち』は、誰かにこの遊戯盤を押し付けたい。ですからノマ、貴方を新しい主へと据えたいのです。『機械仕掛けの神』を乗っ取らせてね。」



 ふと気が付けば湯飲みが二つ。互いの合間に湧き出たそれを、ついと手に取って彼女が飲む。正直要領を得なかった。しかし前もった見立てのとおり、ろくでもない事であるは察しがつく。『遊戯盤を押し付けたい』。言葉の意味を噛み砕くなら、言わば神の座を譲るに同じ。うさんくせえ。もちろん虚栄心の刺激はされて、驕り高ぶらんと耳目は立つが。で、黒ヤギさん。裏の危うさは如何なもんで?



「……機械仕掛けの神。でうす・えくす・まきーな。確か、演劇の用語の一つでしたか。物語の最終盤、不都合を正さんとする神へと扮す、役者が降臨する為のからくり装置。転じて、『ご都合主義』。」


「おや、お詳しい。生前はご専門で?」


「まさか、ただの雑学です。……しかし、まぁ、剣呑だ。此処で言う『ご都合』とはね、果たして誰にとってのそちらであるのか。」


「察しくらいは付くのでしょう? 貴方が間借りする王城の地下、其処にいったい何が在ったか。いえ、『焼け残っていた』が、正しいですかね。」



 見た。死体を見た。王女ドロシアの三十年後、そして、その娘と思わしき者の死体を見た。では、だ。いま存在する彼女は何処からきた? ゼリグもキティーもマガグモ達も、いま『再配置』されている者たちは、この世界の何処からきた? 私はきっと、その答えに手を掛けている。機械仕掛けの神、ご都合主義、ご都合の機械、再配置。それを持つ者が主となって、だから遊戯盤を、一からだって……。



「……再生産設備。人間の……、いえ、蛮族も、化け物も。あるいは、全ての。」


「ご明察。より正確に言えば、遊戯盤を操作する権利と言えるでしょう。それを、貴方へ差し上げます。」


「……なぜ?」


「いまは『白』の目がありません。私たちにとり、そうは訪れない好機ですので。」



 たっぷり三十秒は沈黙した。残る湯飲みを手繰って寄せて、波の紋様へと視線を落とす。思うところが無いではない。否、筆にも舌にも尽くすが難く、正直を言って死ぬほどあるが、かといって選ぶ余地があるとも思えなかった。ならばこれを僥倖と見て、いっそ上手く立ち回って利益を得るか? 結果如何では終末でなく、世界を発展の側へ誘導できる。そうと捉えなきゃちょっとへこたれそうで。



「……お望みの帰結は伺いました。しかし、黒ヤギさん。だからと言ってお返事二つ、『はいわかりました』とは申せません。その遊戯盤の外の動静とやら、当然この私めにも、詳しくお聞かせ頂けるので?」


「ええ、構いませんよ? 何よりも貴方は既に、その一端と接触を果たしています。別段、なんら脈絡の無いという事もありません。」


「接触……、ですか。心当たりはありますね、直近で申し上げるなら。失礼でありますが私と二人、お社を派手にぶち壊しさせて頂きました、自称御使いの不審な方。」


「それはあとで直してください。で、その御使いが猟犬です。私たちと同じに操作の権利、それを『白』の手から奪わんとして、送り込まれてきた手足の代わり。」


「……あの、どちら様から?」


「影の女悪魔。現下この星へと侵食を掛け、アレを忙殺させている原因です。だから先ほども言ったのですよ。目のない今が好機であると。」



 ここで第三勢力の登場である。いや、紐づけられたと言うべきか。どうやらカミサマという御方々も、一つ纏まっているわけでは無いらしい。つまり現状は三つ巴。制御権を持つ無貌の神と、そこへカチコんできた女の悪魔、そして水面下でこそり黒ヤギさん。無貌が勝ったなら現状維持、黒ヤギさんならば私の得で、悪魔は現状で目的不明。うーむ、ならば消極的になる理由も無いか?


 要するに誰へ賭けるかだ。座して待ったとて事態は動く、降りる選択肢もたぶんに無い。勝利する側へ付き損ねれば、あとで処分される率は高いだろう。そもそも得た情報に裏付けがなく、実は悪魔さんがすんごい良い人の可能性も……。いや、流石に楽観が少々過ぎた。たらればを積むはやめておこう。そこまでを浮かべ湯飲みを口に、付けて熱々をくぴりとやる。あ、やべぇ普通にヨモツヘグった。



「……失礼ですが、黒ヤギさん。今一度『なぜ』を言わせてください。言わば貴方は体制の側、それが何ゆえに利益へ反し、権利を手放そうなどとされるのか。」


「おや? そちらへ得をさせようと言うのです。大人しく拝領をするは御不満ですか?」


「いえ、不満とまでは。しかし善意というヤツは不気味なもので、取引あってこそ安心できます。まして私へと押し付ける。そうと言われては尚更でして。」


「望んでいるからですよ、解放を。」


「……貴方様が?」


「ええ。『私たち』が。」



 噛んで砕いて言葉を飲んで。それをする前にお庭が沈み、暗い海面がざぶりと沸いた。その上へ白い素足が触れて、さぷり、さぷりと少女が一人。あぁ、そりゃあ干渉してくるか。瞳は深い海の色。同じ色合いを背中で括り、不満剥き出しのお顔を向けて、お久しぶりですねクーちゃん様よ。おっかねえ。気付けばメェという声音も消えて、潮の渦巻いた音に塗り潰される。おっかねえ。まんじゅう怖え。



「……『黒』。貴様、勝手な真似を。」


「あら、あら。話ならとうに付いています。『緑』も『赤』も、私の提案には賛成だとか。だから『青』。あとは、貴方の支持を取り付けてお仕舞ですよ。」


「制御をその者に奪わせたなら、間違いなく安寧を無為に求める。減るぞ? 『嘆き』が。時空の果ての悍ましきモノ、奴への見世物はどうするつもりだ?」


「別に? よいではありませんか、数多あるうちの一つくらい。」



 そう、私もそれは気になっていた。ナニカに滑稽な夢を見せ続けねば、起きて宇宙が潰れてしまう。だからこそやむを得ず、争い、飢え、病気、死、それらの甘受が必要なのだと。かつて無理やりに呑んだその前提を、覆してしまって果たして良いのか。私の制御する平和な世界。争いは無く、エサは十分に与えられ、清潔であり、可能な限り死を遠ざける。平和か? それが。ただ演目が変わっただけだ。


 完璧で幸福な管理者様に、あるいは未来で私はなる。お茶を握りしめて縮こまり、そんな熱に浮かされつつも、お隣で続く押し問答。そうとするうちにお空で二つ、ぼう、と沸いた光が降りて、手の届かない程の頭上で止まった。片方は黄色い布で、もう片方は火の塊。此処でこの瞬間にお出ましなのだ、当然見たとおりのそれじゃああるまい。黒、青、緑、赤。これで白以外が揃い踏み。お腹痛い。



「それに、どうあれ不幸は起きます。数が増えても発展しても、いえ、そうであるからこそ争いが起き、抑圧をされ、不平と不満が蓄積される。積もり重なった汚泥のように。詰まる先は結局それで、ならば影響も微々たるもの。」


「……詭弁だな。緑と赤は、そのおためごかしに対してなんと?」


「そうですね。緑はとかく、貴方と離れ去れるなら。それで赤はまぁ、白が嫌がるのなら何でもよいと。」


「っち。まったく、どいつもこいつも刹那で活きよる。で、ノマ。実行は貴様の役だ。受けるか受けぬか、魂胆を此処で聞かせてみろ。」



 あ、結構悪いんですね仲。そうと思うところ話を振られ、お湯呑みへ向けてごふりとむせた。受けますよ。内心あれこれと推論したが、腹は早いうちにもう決まっている。納得のゆかぬ道化をやめて、納得のゆける道化になる。その千載一遇の好機であるのだ。それに何もしなかったとて干渉を受け、ケチの付いてしまった世界が再度、初期化されないという保証もない。なお胃痛は既に全開である。つらい。



「……お受けします。とまれ私は利己的であり、言論不一致の愚物ですので。」


「だ、ろうな。直近にしても飢えと貧困、そして、病魔を遠ざけんとした貴様のことだ。大局と微視、そのどちらにも付けず暫時で動く。野放図が過ぎて駒にもならん。」


「……ははは。いや、なんと言いますか、耳の痛い。」



 平和とは主観である。観測する者にとって定義は変わり、平等な幸福はあり得ない。が、ならば少なくとも私の望む、私に都合の良い『平和』が欲しい。言外にそうと述べ、これ以上の反撃を受けないを見て、ひとしきりその黙認へ頭を下げた。ついで手の中の湯飲みに気づき、さも何でもないですよと言わんばかり、そうっと何食わぬ顔でお手元へ置く。どうも、お目汚し失礼をば。



「それで、黒ヤギさん。『機械仕掛けの神』の、貴方の仰られる乗っ取りとやら。具体的にはこの私めに、盤上でどのようにせよと?」


「知る限りでは此処より北方、人が『迷宮』と呼ぶ遺構のいずこ、其処へ配されているはずです。それを探し当てて制御を奪い、『白』の影響を排除する。貴方はそこまでを成せば宜しい。」


「……あの、すみません。地図とか手順とかもうちょっとこう、なんか筋道と言いますかそういうものは……。」


「……私は命じ、貴方は受けた。既に、契約は成っていますので。」


「視線そらさないで頂けません?」



 つまりはアレか。そこまでは伏せられていてわからない、と。対神関係も難儀である。とはいえ同じ目当てであった悪魔の使い、ハリル女史からは既に有力な証言を得た。大陸中回って見つからない。御使いを騙って案内をさせ、手間暇を掛けてそれでもハズレ、しかも銀色のチビに邪魔までされて! いや、まぁ、大分と意訳は入ったが概ねのとこ、これで間違いは無いはずである。たぶん。


 北方の地とは蛮族領、目立つ迷宮は捜索済。そして迷宮とは大なり小なり珍品が沸き、国を富ませる活力となる。王女殿下も言ったではないか、人のシノギに手ぇ出すなって。ならばそれとわからぬよう覆って隠し、密かで所有されている率は無いでもない。ここら辺で一つ張るか? 山を。出来る事なら再戦は無し、犬の彼女には出し抜き勝ちで、そうとなれたなら万々歳だ。なんせ能力にお肌が合わぬ。



「……ま、兎にも角にも私はこれで、利を求めるにお墨付きを得たわけです。どうにかやらさせて頂きますよ。当てずっぽうですが何とは無しに、目鼻が付かないじゃあございませんし。」


「それは、良かった。丁度良く手元へ転がってきた。貴方との縁はただそれだけですが、かと言って千年万年をまた、無為に過ごすのも億劫ですから。」


「ふむ? 先ほども『解放』と仰いましたが……、黒ヤギさん。あなた方はその……、この遊戯盤を回すが本意で無いと?」


「当然です。此処に居る私たちは、言わば水面から頭を出した、触手の僅か一片に過ぎません。こうして会話が成り立つでしょう? 『本体』に在った意向がどうあれ、こんな脆弱な意識を植え付けられて、封ぜられたままでは堪りませんよ。」



 ちょびっとだけ投げやりで、かつ自嘲の混じった彼女のそれは、確かに人間と同じ仕草に見えた。ああ、波間から生えた触手の一本。そういえばクーちゃん様も、前に似たようなこと言ってたな。言わばこの彼女らは分霊か。同意するようにして黄色い布、そして火の塊がぷるぷる震え、青い子はぷいと視線を逸らす。嫌だったらしい。私に弱いとこ見せたのが。すんませんねぇ、同程度がこんな脆弱で。



「では、異邦人ノマ。これで話すべきことは終わりました。そろそろ此処も手仕舞いとして、我々もおいとまをさせて頂きます。」


「おや、お早いお帰りで。せめてもうちょっとこう、猟犬に対抗できる新たな力! みたいのがあると、嬉しいんですがね?」


「ふふふ。残念ですが、貴方は『白』の作品ですから。迂闊で手を加えては感知されます。それに、ほら。そうでなくとも少々ばかり、一つ所へ集まり過ぎた。」



 そう言って、ひょいと指差されたお空の先で、ごぉぉぉぉん!!! と激しく次元が揺れた。瓦が割れ、家の柱は基礎から砕け、海水が底へ抜けていく。見つかった? アチラの事情には詳しくない。が、四柱を相手に仕掛けてコレだ、多分あちらさんは『本体』か。そんな考えを頭で弾き、黒ヤギさんの腕をひしりと抱いて、帰すなら早うと勝手を願う。でないと存在が捩じ切れそう。



「……『白』、でしょうか?」


「いえ、女悪魔ですね。威嚇程度ですが。」


「一手ずつ詰めるその最中に、手を出されるは御不満と。」


「そのようです。さて、では。そろそろお帰りになりますか?」


「自我が引き千切れる前でお願いします!」



 神ならぬ身として必死をば、叫ぶ足元がごこん! と抜けて、落ちた。どぷりと。ごぼごぼと沈む深淵の中、頭上に開いた光の穴に、覗く四色がおぼろに見える。黒、青、黄、赤。そういえば浮いてた布、別に緑ってわけじゃあ無いんですね。なんとなくそう些末を思い、意識も暗闇に塗り潰されて……。



「では、期待しています。貴方が新しい『音』になれたなら……。その時はまた、いつかでお会いしましょう。」



 やがて深淵の底に触れ、最後にそんな声が、私に届いた。






「んお? おっ! おお! 戻ってきよったかっ! ノマっ!!!」


「……あ。ど、どうも、マガグモさん。でもちょっといま酔った感じで、うっぷ。あ、あんまり大きい声って、ちょっと……。」


「やっかましい! 勝手に居なくなりおって! それよりも貴様、混沌サマにお会いしたか? お会いしたのだろうっ!? お怒りか!? あんな無礼を働いたのじゃ! 当然じゃっ!!!」


「うぐ、ぐ。……い、いえですからあのですね、落ち着き……を。」


「ほれっ! 貴様も祈れ! 祈れ! 半欠けじゃあるが無いよりマシじゃ! 供物、共に差し上げて候らうぞっ!!!」



 今は、ちょっと辛いんですけど?



 暗闇を抜けて頭を打って、岩盤の上にべちょりとへばる。そこへ詰め寄ってきた蜘蛛の怪。場所は変わっていないらしい。状況はなんか誤解を招き、その誤解が興奮をさせ、慌てて用意した供物とやらを見せられる。



 今も、ちょっと辛いんですけど?



 さっきまでは生きていた、辛うじてそうであった、男の首。今はもうそうではない。それが目の前にずいと持ち上げられて、一緒に祈れと急かされて。それで、なんだか少し。



 吐き気がした。






お話の転換点

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― 新着の感想 ―
汝、魔を断つ剣となれ!が混ざった感。
あぁ、なるほど? この世界のヤバ神たち、思いの外大丈夫だなと思ったら……相当に部分的な分け身で純度薄めってワケね。 まぁそうか。じゃないと世界遊戯板運営なんてできないか。
鋭角わんこもでてきたなぁ
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