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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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天秤

「……ふーんむ此処で、行き止まり、と。……大きい木ですねえ。ほら、ドロシア様。見てくださいアレ。熊の冬眠だって出来そうですよ?」


「……洞をくだれと言っていたな。おいノマ、私のぴったりと前に付け。迂闊で離れてはくれるなよ。」



 降りてくる夜の垂れ衣。それを押しのける青白い火を、追って黙々と早小一時間。歩き通して見上げる先は、数人掛かりでも抱けぬ巨木であって、黒い空にぞわぞわと枝が啼いている。その重く、暗く、圧し掛かるざわめきの下、目を抜きん出て引いた樹洞の内を、私は指差したままに軽く『あいよ』を述べた。ついぞさっきの雪ん子曰く、本拠地は鬼火の示す先。それにしちゃあ見た目ちょいと狭い。


 なんせこれからの手重い話、くっ付いた小熊みたいになってあれこれを言う、それでは非情に場違いである。でもちょいと絵面的には捨てがたい。そんな妄想を頭へ乗せて、肩にも預けられた体重を乗せ、抜き足差し足でゆく大穴の縁。手を掛けて眉もぴくりと上がる。指先に岩の感触が? いったん足を止めて外壁を撫で、樹皮であるよなと確認しつつ、もう一度内をさわさわと。冷たくて硬いなんだこれ。



「……石張り? いえ、だからどうこうは申しませんが……。しかしまぁ、わざわざこんな樹洞の内に?」


「ふむ……。迷宮だな、これは。父上から聞いたことがある。奇異なる品を様々産じ、時に国をも富ませる活力となる、世に表れた神の戯れ。領内で発見の報は無かったはずだが……。っち、ダボが。化け物どもめ、人のシノギに手ぇ出しおって。」


「すんません。もうちょっと女の子らしくしてもろて。」



 『ここを活用できたらなー。外貨がなー。』世知の辛さが頭上で響き、それを乗っけたままに身を乗り出して、苔むした岩の四方を覗く。城の石垣がまぁ近いかな? 概ねはどれも長方形、組み合わさったそれの合間を濡らし、濃い緑色が顔を出している。生き物ってやっぱ根性あるね、シダまで生えちゃってもさついてるし。それら旺盛をむんずとな、踏んで目の向く真っ暗い穴、お次が下りで階段か。


 そこへにじりとあんよを進め、階下から昇る暖気へ触れて、なんとなく住み着いた由を知る。憩いを求むるは化生も同じ、さしづめ氷河期のホラアナグマか。いや、野獣と同列にしては叱られるかな。思い立ったそれにくつくつと、笑って早速に足の一歩を下ろし、次いできゅうっと締まる回された腕。流石に緊張してらっしゃるか。でも手を繋ぐくらいで宜しいすかね、なんかもつれて転がりそうで。



 ともあれ歪な大小の石、それの噛み合った陰影の底。目指すそちらへランタン掲げ、ほぼほぼ暗黒に沈んだ中を、お手々繋いでしとやかに二人降りてゆく。目を惑わすはぽわぽわ光る、金緑色の柔らかなそれ。コケだかキノコだかは存じません。しかしそうである以上水気はあって、証拠にどこぞの尖部から零れたそれが、岩を不規則で叩く音がした。そんな中をそろりとな、歩み最後までの段を踏む。


 で、降りた先がまた蜘蛛の巣だらけ、それで済ませるにゃあ異様にでかく、糸の一本が筆ほどもある。もしかしなくともこれマガグモか。見渡せる限り上下左右、空間も広がって踏み外す足の恐れも無いが、こうもはびこられては邪魔で仕方がない。しかしおそらくは鳴子の代わり、そうと察すれば話は早く、まずは縦糸を一つみょーんとやった。どつかれた。大丈夫、大丈夫だからお姫様落ち着いて。



『……ノマか? 言いつけのとおり二人で来たな。その動きの細いのが頭目か。』


「どーも、お久しぶりですマガグモさん。ええ。後ろが私の付いている上役の方。それにしても何というか、こんなんでわかるんですか?」


『空気の震えが教えてくれる、其処はわしの手の上じゃてな。ま、とりあえずそこを真っ直ぐ来い。タルヒの妄言に付き合ってやる。』


「結構ね、私はその妄言に真剣ですよ?」



 声音へ少しばかり混ぜる棘。それきり四方八方の震えも止んで、うんともすんとも言わなくなった。ちょっと軽率だったかな。なおその間も髪をぎゅうぎゅう引っ張られたが、最後にはそれも止まったあたり、後ろの彼女さんの腹も決まったらしい。うん、すいませんやはり軽率だった。迂闊で巻き込まれては死ぬものね。それを思ってはふりと吐いて、すんと匂いが鼻に付く。新鮮で香る、血液のそれ。


 次いで『ノマ? おい! どうした!?』の非難の声を、詫びで片付けて右手へ曲がり、再度浅はかを以ってずかずかと。たぶん想像の通りだろう。しかし一応は確と見ておきたくて、繋いだ腕を引っ張ったまま、乾く舌の根すら無しに足を向けた。石で囲われた通路の内の、さらに蜘蛛糸で分けた歩廊を渡り、真っ白い仕切りを避けた奥。何が在るのかの予想は出来て、そしてそれは、果たして在った。



 岩肌を糸で取り巻いた、狭い部屋を成す空間の中、人間の形をした肉が置かれている。両の腕は肘から先、両脚は膝からが無く、先端は固く縛り上げられていた。頬の肉はごっそりと欠け、頭蓋の一部が露出している。ほかは二の腕と腿の内、太い血管を避けて脇の腹。ああ、柔らかいところから食ったのか。それでも辛うじてであるが生きている。浅くではあるが呼吸をしている。その傍で塗れた、白い鞠。


 では、だ。目の前のこの男。近く死に至るのであろう彼を、私は救い出すべきであろうか? 無論人倫というものに照らしたうえで、それをしてやりたいという希求はある。しかしその一方で冷めた部分、私の中の冷酷無比は、それを為すことへの合理的理由を見いだせなかった。なにせこの度の訪問の訳、それは今後のお付き合いにあたり、互いが妥協をする為であるからにして。


 これはおそらく貯蔵庫だ。捕らまえた者を死なせぬように、少しずつ削り食してゆく。たぶん数日は持つのだろう。故にその解放は交渉相手、彼女ら化生に損失を与え、心証を害する要因となる。それだけの価値が果たしてあるか? 自業自得とも言えるこの男に。……いや、わかってはいる。いくら何でもだからといって、こうまでをされる謂われは無い。それは私だってわかっているが……、しかし……。



「……ええぃ急かすな! まったく、急に脇道になんぞ逸れよって。」


「ドロシア様。すみません、いえ、その……。途中までを食われた方が。あ、いえですが、まだ息はしておりまして……。」


「……ふむ。そうか。で、身なりはどうだ? 貴族であったか?」


「はい? あ、いえ。残された衣服を見るに、大方で言って貧民かと。」


「そうか。ならばよい。さっさと行くぞ、早うせい。」



 ……『ならばよい』? ならばよいとはどういう意味だ、この女。聞いて握る手へ力がこもり、歩き出そうとする彼女の腕を、ぐいと引き張ってやろうかとふと思う。あるいは安易な追従をせず、不平を叩きつけてやるべきか。そこまでを考えて、……けれども結局は引かれるがまま、私はのろのろとその背を追った。遺憾ではあるが感情の面以外において、自身を肯定する術がない。


 たぶんである。だからたぶん、帰するところ私にとって、……その程度だった。






「……怒気が漏れているぞ、ノマ。ふふ、やめてくれ。こんなところで放り出されでもしたら、怖くて股ぐらを濡らしてしまう。」


「……御冗談を。」



 来た道を戻りもう一度、右手へ曲がって本道の中、先導をしつつ黙々とゆく。したら後ろから声がした。腕の強張りが伝わったかと、意図をして少し緊張を解く。別に怒ってなんかいませんが? ただちょっと、少し……、非常に不愉快なだけである。閉じたまなこをこじ開けられて、自身の醜悪と向き合うことが。誰かに非があるとは求めない。それを私の矜持は許しはしない。



「ふん。そうやって腹を立てるくらいであれば、最初から救ってやっておれば良かったな? あの日盗みを働いた悪漢どもを、貴様は探し出そうともしなかった。半ばこうなるを黙認したのだ。それを今更になってとやかく言うな。」


「……鞠、見えていらしたのですね。貴方も耳のお聡いことで。」


「潜在する労働力の掘り起こし。それを用いての国土開発。アレらは私の肝いりだ、耳と目くらいは配してある。そこへ唾を吐きおった連中なぞに、わざわざ目を掛けてやる義理も無い。」


「だから、こうして黙っているのではありませんか。それにしても狭量な……、それでいて無遠慮です。口へ出してしまわれるなど。」


「私には私の立場がある。感情もある。言葉に表さねば伝わるまいよ。それに今、私にとって何よりも恐ろしいのは……。ノマ、貴様からの不理解なのでな。」



 振り向かぬことで抵抗し、次いで僅かばかりに視線を向ける。だから先の発言は飲み込めと? ……いや、流石にこう言っては姑息が過ぎるか。そも、見捨てるを選んだのは私である。よってこの自己嫌悪は私のモノで、不都合の責を誰かへ求め、転嫁して気を晴らすべきモノでは無い。ついぞさっきも己で吐いた、私の矜持が許しはしないと。で、なければ私の価値が落ちてしまう。……虫唾が走るな。



「……仰られることは承知しました。が、一つ聞かせて頂きたい。アレが貴族であったならば、殿下は如何されましたか? あるいは同じ貧民であったとして、事前に悪感情を持たぬ誰かであれば?」


「その者の価値による。そしてその勘定には救わぬことで、貴様から向けられる情緒も入る。故に、私は構わんと言ったのだ。貴様とて同じだろう? 価値の見積もり方は違うだろうがな。」


「降参です。ぐうの音もでませんね。まったく以って道徳を欠き、それでいて人間的だ。……これ以上はやめときましょう。お互いに墓穴を掘りそうです。」


「なんだ、私は言い負かす自信があるぞ?」


「だからやめようって言ってんですけど?」



 最後に一つ軽口を、挟み互いの間に張り詰めたそれが、どうにかこうにかで霧散した。そのまま頭上を覆う蜘蛛糸の下、さらに幾らかの歩みを進め、ようやっと『らしい』広間へ出る。中央には嵩張った円卓が、周囲にもやはり嵩張って物が積まれ、すっかりと壁沿いを埋めて天井までも。なんだこれ。椅子に鏡台お洒落なナニカ、土の詰め込まれた洋服箪笥。その中に混じって彼女も居た。


 白い髪と褐色の肌、そこへ塗り付けられた泥の紋。へその下あたりからが大顎となり、巨大な蜘蛛の胴体へと繋がっている。足はまだらで瞳は二つ、その上に光る単眼六つ。輝いた金でぎらぎらと。そんな少女が御足をば、畳み器用に向かいへ座して、たいそう胡乱に視線で睨めた。妖蟲マガグモ。先の記憶が脳裏をかすめ、知った仲ながらも息を飲む。明確な立場の違い、最早なおざりになど出来まいて。



「……改めて、お久しぶりですマガグモさん。何とは無しにね、言うをそびれてしまってましたが、こちらまで戻ってらしたんですねぇ。皆さん。」


「……結局な、一時東国までも逃れてみたが、其処でもぬしと鉢合わせじゃ。よってこの際腹を据えた。祭壇も放ってはおけんしな。」


「左様で。……あー、ところで此処。なんとも妙にごちゃついておりますけれど、お片付けなど出来ないほうで?」


「茶化すな、ノマ。いちいち其処かしこから湧き出すのでな、運んで使えそうなものは使っておる。だから、その、なんじゃ。……それだけじゃ。」



 ……ぎこちない。理屈と感情がない交ぜになり、互いに話題が明後日へ飛ぶ。人肉を喰らう化け物め。そこの時点で思考を止めて、忌み嫌えたのならばどんなに楽か。お付き合いというモノは難儀である。で、そのままに目をうろうろと、させるうちにぺしぺしと卓が叩かれ始め、促されたと見て揃って掛けた。引っ張られた。何? もっと詰めろって? 離れたら盾に使いづらい? ええいこの姫様が。


 ともあれそれはさて置くとして、互いに主義主張は異なるわけで、なんならお姫様とすら本音は違う。それがわかるだけになんともな。まずドロシアは化け物を排除したい。これは人間側の総意であるが、その戦力は私が頼り、故に無理強いは選び辛い。はずである。下手を打って王国に対し、私が叛意を持つは避けたいだろう。増して排除そのものが孕む危険も出来た。よって譲歩が免れ得ない。たぶん。


 対するマガグモは不満剥き出し。卓の端っこをゴリゴリ削り、なんか爪の先端がめり込んでいる。頼むからちょっと落ち着いて? とはいえ彼女らの主観において、人間はあとからやってきて増えた回虫である。それになんで先住の者が折れねばならん。と、拒否を示されるのも当然だろう。かといって私という異物は排斥できず、このままではジワジワと圧されるばかり。そりゃあ面白かろうはずも無い。


 そんなご厄介者のこの私。優柔不断で八方美人、みんな仲良うして欲しいなあ、なんて無責任を言う。何故って私だけは安全だから。気にならない。むしろ雪ん子のもたらした情報により、嫌でも妥協已む無しの事態となって、内心ほくそ笑んだくらいである。みんなみんな、『私』の為だ。私が気分良くなれるよう邁進したい。私が許すことの出来る範囲において。……客観的に見るとへこむなコレ。



「さて、ご挨拶だ。私はドロシア。ドロシア・インペレ・ハートクィン。隣の扱い辛い銀色とは、実に緊密で良い関係を築いている。……言わんとする事がわかるか? 化け物。」


「……サル共めが。ちょいと手足をもいだくらいで死による癖に、阿呆の威を借りて吠えるか。貴様。」


「ははは! 会釈も返さんとは礼儀を知らん。第一その阿呆はこちらの側だ、そんな風に罵ってはホラ、その阿呆からの評価を下げるぞ?」


「阿呆は阿呆じゃ! なぁにが悪いっ!」


「張っ倒しますよアンタら。」



 わかってはいたが喧嘩腰。互いの印象は最悪であり、それでも共通の話題は飛び出、何故だか私へと当たって跳ねた。緩衝材かいわたしゃコラ。いや、まぁ吞み込めんでは無いのである。双方ともに本意は拒絶、しかし擦り合わせは必須なわけで、ならば挙げる槍玉は別で欲しい。時に引けぬ事だって起きるだろう。その際直でやり合っていては加熱に過ぎる。呑めるけどちょっとプルプルしそう。



「ふふふ。まぁ、そう言うなノマ。ちょっとした茶目っ気だ。……では、な。マガグモとやら、単刀直入でいかせて貰う。大地を我々へ譲って渡せ。自治領くらいならば認めてやるぞ?」


「……いちいちと癪に障る。お断りじゃあ! 頭目よ! 言うに事欠いて狩られる側が、ワシらへ施しを寄越すと言うかっ!? 虫唾が走るわ図に乗りよってっ!」


「ふん、わからん奴め。狩られる側は疾うにそちらだ。貴様らはそうと出来ない理由によって、もはや生かされている立場に過ぎん。それを生の感情剥き出しで……。もっとな貴様、なんか、アレだ。……建設的な抗弁の一つも無いのか?」


「知らんわ阿呆っ! おいノマ! もうちっと話のわかるのを連れてこいっ! こいつ真っ正面から吹っ掛けよったぞっ!!!」



 あ、いかん不味い方向へ傾いた。しかも全速力で一瞬である、王族の身分が裏目に出たか。王女様的には圧力を掛け、そこから折衷案をという狙いだろう。しかし今日のお相手は百戦錬磨、そんな貴族ではなしに勝手で気まま、これまでやってこれた物の怪ちゃん。言葉の裏なんてのは察してくれず、ぶち撒けた手前引くにも引けず、なんか助けろとばかりこっちを見る。さっき呑み込んだ分別返して?


 で、そんな有様になったマガグモの前、吹っ掛けた側の王女も横目、どうにか口添えをしろとチラチラと。いや、先に煽り散らしたのはアンタでしょうが、いま脳みそブン回すから、ちょっと待ってて緩衝材。などと支離も滅裂で微妙に焦り、冷や汗も出たところで空気が割れた。唐突に、文字通り。何? 空間が裂けて大穴が空き、甘くむせ返るそれが周囲を満たす。まるで、腐り落ちた果実のような……。



「ひゅひ! ひ! ひひっ! と、到着でございますハリル様! こ、こ、此処! 此処が南の連中の根拠地でしてっ! わ、ワタシ、御役に立ったのはワタシですからぁっ!」


「……ふむ? ご苦労、ペグ・パウラー。貴公の名は覚えておこう。」


「ご、ご、ご贔屓に! いひひ、ひ!」



 甲高く、やたら耳に障る少女の声と、凛と張った女の声。この場全員が思わずにして、目を奪われてしまったその空間に。いつぞやに見た、真っ白い犬のお面が在った。






いつもより遅くなってしまいました。

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