首脳怪談
「正直なぁ……、気に食わん。何故に王女たるこの私が、化け物なんぞと口を利いてやらねばならんのだ。なぁ?」
「ひぃーい、ひひひひぃ。同感じゃぁ、サルどもの頭領よ。さ、気に食わんならさっさと去ねぃ。疾く去ね。すぐ去ね。でなくば穿って殺しゅうまいぞ。」
「あ、いえ。でももぅ口は利いてくださってるじゃ……、あ、はい。すんません。」
あれから意外にもトントンと、話は進んで約束の晩、新月のたぶん丑三つ時。カンテラの火をゆらゆら揺らし、森の奥まった開けた場所で、わたくし板に挟まって過ごすノマちゃんである。いやまーそんな睨みなさんな。とはいえ実際のところ無理やり気味で、武力と発言力の高さを活かし、ごり押した部分が無いでは無い。要は感情の問題なのだ、しまったね。私も整うを待たず少々急いた。
西の横綱は王女様。そこへメルカーバさんと麾下、護衛隊の四人が続き、私を経由した三人も足す。ゼリグ、キティー、フルートちゃん。少数精鋭といえば聞こえは良い。が、実際のところ内密であり、まずはこの一件を秘め隠したい、そんな狙いあってのお話である。ほらぁみんな不満そう。なんせ相手は人食い共で、誅殺も出来ぬ長きの恐れ、事実それが背景としてあるのだから。ただし私の娘一名除く。
一方の東は親分不在、代わって出張るのは蠢く霧で、かつて一戦交えましたヤマヂチさん。次いで居心地悪げに大鷲の怪、イツマデちゃんがそわそわと立ち、事の発端はその足元で涼しいお顔。ちょっと根回し足りてませんねぇ雪ん子ちゃん。ま、これはこれで已む無しである。あちらはあちらで人間風情、そうと見下していた下賎を前に、無理に引き摺りだされて面白かろうはずは無い。およよ。
「……なぁんじゃ、その目は。張り合う気かぁ? サル共めっ! ちょーど良いわ流れ者ぉ! 我こそが最強だとな! 貴様にも今度こそ知らしめむっぎゅげっ!!?」
「あー……。おい、銀色よ。マガグモへ話は通してある。お前と、お前の担ぎ上げる頭目とな、その二人だけでこの場を通れ。」
「へい。あ、いえ。あの、それは結構なんですがね、タルヒさん。いいんですかソレ。顔面凍って吹っ飛びましたが、思いっきり。」
頭を失ってジタバタと、する霧の化け物をお互い見上げ、聞くは『構わん。』の平坦な声。冷やっこいなぁ雪だけに。で、それが彼女らの折り合いとして、こちらのそれはどう付けようか。状況が改めて悩ましい。とりあえずここまでは連れ出した。東国に潜む災禍を語り、他山の石とする了承を得た。ただし俯瞰的視点からの了承である。微視的には『今』にそぐわない。
ようは分断されてしまうのだ。私と王女様二人だけ、本来の護衛役は取り残されて、それを許容できるか否かである。そして渋りたいはあちらも同じ、本当は招きたくなんぞ無いのだろう。縁もゆかりもない見知らぬ輩、それを大切な懐へと。とりあえず唇をぷるぷる触り、なんとはなしに左右を見る。メルカーバさんは忌避を隠そうとせず、キティーは何やら思案の様子、ゼリグはそれら判断待ちか。
では、だ。実際のところ要求の裏、こちらを陥れんとする意図はあるのか? おそらく無い。やるのなら正面から来るだろうし、あの子らは人ほどにさかしくない。どちらかと言えば残された側、むしろここでの暴発が心配である。主に霧とフルートちゃんの。……置いてきた方がよかったかなぁ。いや、でも任せたい戦力ではあるんよな、わたし不在下では一番だろうし。だから立つな立つな、座ってろ。
「……ふん、化け物め。メル、キルエリッヒ。構わん、私見を述べよ。」
「……言語道断でありますかと。わたくしの立場から申し上げて、御身がこれ以上危険に晒されること、到底看過を致しかねます。」
「左に同じ。と、いきたいですが正直なところ、判断の材料が足りませんね。……ノマちゃん? 貴方から見てどうかしら? ここにいる奴らの信用のほど。」
「もうちょっと言葉からトゲ抜きません?」
くるぅり回って話題を振られ、なんか後押しをしろと催促される。そうと言われても急にはな? ん~、あ~、そぅねえまずは。雪妖はこの接触を望んだ手前、まず仕掛けてくることは無いだろう。凶鳥は今日に至るまでの経緯があって、私とフルートちゃんを大の苦手としている。と、くればやはり危なっかしいのは残りであるが、これも先に見たとおり身内が抑え。こんなもんでまぁどうですかね?
それを語って同意を求め、ご機嫌もソワソワと窺ったのち、最後にご納得くださいを顔に書く。私とタルヒ嬢の独断専行。とはいえあちらから歩み寄って貰えたあたり、これは非情に得難い機会、是非とも成果は挙げておきたいところである。いやマジで。起こり得る危機への備えと同時、知己との決定的な亀裂を避ける、そこがどうしても惜しいのだ。そういうわけなんでお願いします。主に私の平穏が為。
「……身勝手だこと。ゼリグ、貴方たしか先日の件で、連中と接点持ったんでしょ? どうだったのよ、実際のとこ。」
「いや、接点っつってもなぁ。碌に会話なんて交わしちゃねーよ。んでもまぁ、意外とな。こいつら普通に喋るんだな、って。それはちょっと、……思ったかな。」
「……おい。おい、もこもこ。私には聞かんのか? なぁ。」
「アンっタ化け物の同類でしょうが。むしろ見定めてる最中だっての。」
しかっつめらしい会話の流れ。そこへ入ろうとしてしっしとやられ、『むぅ。』と呻くうちの子がこっちを見る。ごめんそんな犬みたいな目ぇせんといて。ともあれキティーの熟考の末、答えまして曰く是非も無し。無論彼女らにとって不倶戴天。根絶やし最良時点が駆逐、なれど私が乗り気でない。更にそこへきて敵対排除、それそのものに見過ごせぬ危険があると、伝え聞いてしまっては断腸だろう。
流石にアレだ、嫌われたかな? アンタどっちの味方なの。声に出さずとも視線は感じ、胃の下のほうがキリキリする。多分である。私が本当に王国へ入れ込むならば、化け物は八つ裂きにするが妥当である。そのうえで一人東へ向かい、後顧の憂いをも抹殺する。逆らうならば皆殺しだ。危険なものも皆殺しだ。目障りは全て消し去るが良く、それでこそ『世界』の理に適う。……それでもなぁ。
「……やはりな、そうなるか。……ま、よかろ! ここが私の虎の穴だ、ゆくぞ! ノマっ! 供をせいっ!!! 兄上に無理を言ってきた手前、実績は出してみせねばなっ!」
「はいっ! 頑張りましょう! 王女様! 王太子様の胃の為にもっ!」
「……おいたわしやヘンゼル様。」
信頼八割懐疑が二割。そんな眼差しへ哀れが混じり、メルカーバさんがそっと目元を拭う。すんませんホントご迷惑おかけします。それを動きでペコペコと、伝え無事の帰還も約束をして、次いで言い含める出掛けの注意。くれぐれも軽率で仕掛けぬよう。確かに戦力の優位はある。うちの喧嘩腰な子は言わずもがなで、いまやゼリグも結構なもの、しかし霧を断ち切れとなれば分が悪い。
凍らせてしまうか炎で散らすか。後者は野火による焼死一直線で、前者はそこな雪ん子の支援を要す。なればやはり結論は同じであろう。みんな大人しく仲良うしとってなー。いま大切なことは拮抗であり、弱みを見せるのも良いわけでなく、つまり遺書を黙々と書くなんぞ論外なのだ。いいですね? 変な覚悟決めんでください護衛の四人娘さん方よ。ほらぁ上司とその上がすんごい見てる。
「…‥うぅ。のう、のう、のう、怒ったりなんぞしておらんか? 化身サマ。東のくんだりまでアチキら揃い、出て行って祭壇もしばし放ってしもた。それがこんなおめおめと……、戻ってきてこのバチ当たりがと、化身サマは激しておらんか?」
「いえ、ですから別に……。あー、いや、やめときましょう。何ということもありませんよ、イツマデさん。だからまぁ、そういうことで。……ここは通らせて頂きます。宜しいですね? ヤマヂチさんも。」
「……かっ! かひ! かひっ! ……くぅ~! 勝手にせいっ! ど~せマガグモは受けると言うた! なれば為したいをするがぁよいわっ!!!」
「と、いうことで決まりだ、銀色。鬼火どもがあないをする。ついて歩いて回って下り、洞の奥底のそのまた下。……どうか、善き申し合わせをな。」
「ええ。お互いにとって。」
ようやっと、かつ一応は。口の上での合意はとれて、種々に絡みつく視線の狭間、さぁて参りませうと足を出す。そこへ私のお手々をがっちり掴み、彼女ら化生の目を避けるようにして、縮まる王女様がおっかなびっくりで後ろに続いた。頭上には青白い炎が一つ。それがボッボッボッ! と点いて行列を為し、さながら祭りの提灯のような様相を以って、夜のまっ暗い森に往路を示す。雰囲気あるなぁ。
……肝試しとはまぁ言うまい。ともあれ第一の関門は無事突破。正直ここで早くもご破算となる、その可能性だって十分にあり、後を考えれば話にならぬ。そりゃあ手汗だってもうビッチョリですわ、後ろの娘さんだって同じかな? 繋いだ手からは震えが少し。それと一緒に雫が伝い、二人混じり合ったそれが一滴落ちる。怖いのだろう。当然か。彼女にしてみれば私が頼り、もはや自力では抗えぬ。
煌煌と照らす怪しい火。星の瞬いた光の霞む、その中を二人てくてくとゆく。少し強張りも解けてきた。しかしやたら左右へと振られるこれは、こちらに道を掴ませたくないが故か、あるいは単なる嫌がらせか。……大丈夫かな。それを思ってなんとなく、見上げた隣の真っ青な目と、揺らめき落ち着きのない視線が絡む。めっちゃチラチラこっち見るやん。いや、敢えて口には出さないけどさ。
「……なぁ、ノマ。その、なんだ。病を操る東の化生、そんなにまで危険な輩か? アカツブとやら。」
「赤い粒。剥がれた皮からも移る感染力。私はまぁ門外ですが……、名は体を表すというのであれば、おそらくは疱瘡かと。もちろん危険極まります。かつて私の故郷でも三割五分、およそ百と五十万をも骸にしたと、ものの本ではそう読みました。」
「……博識だな。ぞっとせん。仮にそやつが争いに負け、こちらの地へ流れたとして、だ。身を寄せようとした妹分が、既に我らの拡張によって討たれていた。すれば落とし処すら失くした上で、敵対をするは自明である。そうであったなぁ貴様の言い分。……気に入らん。」
「多分ですね、それでも私ならば勝てるでしょう。が、それと国家の存亡はまた別であり、初動を許せばもうお仕舞いです。これも私の前世……、ああ、別の大陸でのお話ですが、人が百分の四しか残らなかったとも……。」
「ええいもうよいっ! わかったから言うな! 気が滅入るわっ!!!」
『くそう! 極東で通商の流れが変わったからな、何かあったとは思っておったら…‥っ!』しばしである。そんな感じがぶちぶち続き、それからなんとなくふっと会話が切れた。肥えた土を踏み締める音。それとフクロウの声音だけが空気を伝い、夜の静寂の中へ彩りを足す。うむ、なんと言いますか間が持てん。得意の軽口も場違いであり、そぐう言い回しも意識の底よ。ちょっとだけ軽く唇を噛む。
「……ふむ。そうだな、良い機会だ。この際で一つモノを聞くが、ノマ。何故に貴様は私に従う?」
「はい? いえ、あの、お給料貰ってますし? すみません。ちょっとご質問の意図、私には図りかねます。」
不意の一言に頭をば、上げて手を引く彼女との目線を合わせ、どちらともなく止める足。……安心の為だろうか? この私が裏切らない。あくまでドロシア様の味方であって、それを前提にした言動を組む。それをしたいが為の確証か。耳聞こえの良いヨイショの言葉、あるいは偽らざる私の本音、いま求められているはどっちかな? 私だったなら後者が欲しい。遠くで蛙もゲコっと鳴いた。
「キルエリッヒと傭兵女……、たしか、ゼリグとか言ったか。あの二人はわかりやすい。お前の付いた側に合わせておけば、自身も勝ち馬に乗れるからな。だが、貴様自身はどうにも読めん。何故にこうまで従順になる? この私を弑逆せしめ、自身が支配者になろうとは思わんのか?」
「嫌ですよ面倒くさい。権力には責任が伴います。だーれが好き好んでですね、そんな貧乏くじ引きたいもんですか。私はこうして下っ端をやり、それでいて尊重はされる立場で以って、無責任に口だけ挟む。そんな程度がお似合いですよ。」
「……恐ろしく利己的だな、貴様。……くっくくく。それも、貧乏くじとまで言ってくれたか。」
「分は弁えておりますので。それに百人千人手足のように、他人様を扱える才もございません。以上、飾り立てのない私の中身、こんなもんでまぁ如何でしょうか?」
少々ばかり露悪的。しかし紛うこと無き本心であり、言うだけを言ってムフーっと吐いて、心臓もキュっと縮こまる。自分自身の言葉に酔う。興奮のあまり要らん事までさんざと語る、昔から治せない悪癖である。お手持ちの倫理がとてもつらい。とはいえ持ちつ持たれつがこの世の常で、無償の善意など眉唾であり、利害の天秤あってこそ信用に足る。長いお付き合いとはそういうものだ。だから察して?
「……貴様のいう前世の世界、余程に平和であったようだな。力無き者は奪われるまま、故に権威権勢の力を欲す。そんな世の常から外れようとは。」
「生まれ落ちた場所が良かったのです。弱者なりとも明日の食事、明日の命、それが保証されていて娯楽もある。裕福であったと思いますよ? なんせ贅沢にもね、『足るを知る』だなんて言えました。」
「……そうか。私もな、この国をそのように育ててみたい。だからノマ、貴様が下っ端を気取るというのなら……、どうか、要らぬ口を挟んでくれるなよ? 私がこの先、何を為さんとしようともな。」
細く細く引き絞られた、狂熱を帯びる冷たい目。矛盾でありつつも確かなそれが、青い眼光で以って私を見る。怖いな……。飾ることなく素直に思う。やはり鉄火肌では勝てそうに無く、育んできた飢渇が違う。でも、まぁ、しかし。意地は張らせて頂きましょう。
「……確約は致しかねます。」
「くくく。そぅ言ってくれるなよ? 確かに貴様は怪物だろう。だが私もまた、国家という名の怪物なのでな。」
珍しくノマ視点が続きます。




