雪妖タルヒ
悲しい……。悲しい……。この世は、悲しい……。
「ねぇ~、ゼリグ。ちょっとそぅだとは思いませんか? めっちゃソローでアンニュイなんすわ。」
「うるせー。別にそう珍しい話でもねーよ、諦めていい加減受け入れやがれ。」
更に幾度か日付を跨ぎ、都市の城壁その郊外。炊き出しを餌に人手を集め、集めた人手を現金で釣り、森を切り開いての開墾である。今日はそちらでの用心棒。なんせ日雇い即日払い、親方王室とあって集客もよく、手に職の無い者でまぁ賑々しい。あるところでは博打をば、興じる荒くれの横で子ヤギが鳴いて、寄ってきた引き売りの声に混ざりメェメェと。カオス。
「おや、私は助けようとしてくれたのに?」
「生きてりゃそりゃあ目は掛けるさ。でもな、死んじまったならもうそこまでよ、諦めるっきゃ他に道はねえ。っと。ほらぁそこ! 喧嘩してんじゃねぇよ散れ散れぇ!!!」
そんな隅っこでへちょりと潰れ、隣の赤毛へ泣き言ほろり、ちょっと皮肉を効かせるのも忘れない。そこへ返された非情な言葉、まぁごもっともとお口を噤み、そのままわたくし放ったらかしよ。尻を見送るしかただ出来ぬ。なおその向かう先はフルートちゃん、およびクラキさん家の三人娘、なんか切り株ぶん回してギャーギャーと。あぶねぇ。ゼリグの顔面にぶち当たった。あぶねぇ。
多分に使い減りしない労働力、それと扱われる事に不満を漏らす、からくりっ娘共へガブリといった。そんなトコだろうかうちの子が。『ノマ様のお考えに逆らう気か!』それがすぐ傍で聞こえるようで、挙句大乱闘の大ごとであり、仲が宜しいようで大変結構。なんだかんだでフルートちゃん。最近は独自の交友も持ち出したようで、それが創造者として嬉しくもあり、ちょびっとだけ寂しくもある。
「なぁなぁ、金持ちの嬢ちゃんよ。あそこで喧嘩してんなぁ友達かい? 頭巾のねぇちゃんに赤毛のねぇちゃんの膝、どてっぱらへモロ入ったぜ。」
「いえー、ちょっと知らない人ですねー。あ、そうだところで引き売りさん。お芋一個おいくらですか? 小さめのやつ。」
「銅貨一枚。まいどぉ。うちのは今朝方パン屋の釜で、ついでに突っ込ませて貰ったもんでね。まぁだ焼きたてホッカホカさ。」
煙管を吹かす焼き芋屋、他人の振りして誤魔化しつつも、ひょいっと差し出す銅貨二枚。片方は自分で頂く用で、もう片方はなんとなくのお供え用。なんかタケノコの皮みたいなやつ、そいつを端っこピリっと裂いて、熱々を二つ包んで貰う。どうも、お手間おかけします。さぁて辺りはどないなもんじゃ? 土地を切り開く明け透けな様、化生のあの子らには慚愧に堪えぬ。多分にそうだと私は踏むが。
化け物は夜に人を喰う。が、昼の目撃もあるにはあって、日光で焼けてしまうとかでは無いらしい。彼女らの奉じる混沌の神、それに定められた決まりが故か、それともお日様は嫌いなだけか。いずれにしても私と同じ、動こうと思えば動けるわけで、ならば警戒に越した事は無いだろう。でもなぁ、実際襲ってきちゃったらどうするか。とりあえず泣かしてお帰り願う、それで済んでくれるなら世話も無い。
右を見る。既に集会場と化した城門横で、何やら職人が集まって騒いでいる。左を見る。掘り起こされた根っこを退けて、先日捕らえられた悪漢たちが、黙々と労働へ勤しむ姿。ちなみに誰に話しかけても『オレ、ハタラク。オレ、メシクウ。』としか返ってこない。王国の闇は深い。なお視界の更に隅のほう、炊き出しに合わせ場所の選定をして貰っていた、荒事組はなんか見なかったものとする。
見ないと決めましたのでどつきあい、そこからぷいっと視線を逸らし、ついでに右手を覗いてひょい。こっちはこっちで丁々発止、おっちゃん一同雁首揃え、図面を肴に激論である。はいはいちょっとーごめんなさいよー。そんないかつい腕の下、割って入って背伸びを一つ、論争の的をご拝見。すれば見えたのは冷蔵庫、次いで空間跳躍装置の小さな文字で、そりゃあ二度見も華麗に決まる。場違い感。
いやぁちょっとコレどっから出たよ? 少し不思議がはかどり過ぎじゃ? そうと思って話をば、振って返された答えに曰く、犯人はうちの王女らしい。異能者クラキがご加護をなくし、失ってしまったカガクの技を、見事再現した者へ褒美を取らす。そんな感じの無茶振りである。無茶振りにしてもこれは酷い。そんなわけでして雁首へ、向けて前者を入念に推し、振るう熱弁にも力をこめる。いやマジで。
「ひ。」
こっちなら多分ギリ行けるって、後者はアレだ、からくり娘が猫型になるまでちょっと無理。そうと一席得意にぶって、さなかに聞こえた少女の声音、思わずにしてバッと向き直る。すわ、悲鳴か? しかし今一つ影がない。平坦で抑揚もなく、周りのおっちゃんらも動じぬ様で、つられ強張った身もゆるゆると。それはいい。が、今度は聞いた覚えが気になるもんで、ちょいと切り上げますよご多弁は。
「ふ、み、よ、い、む、な。や、ここのー、たり。たりふるべ。」
「え。……あの? なーんで普通に居らっしゃいますかね? いえ、ちょっと。タルヒさん?」
「ゆ、ら、ゆ、ら。 ……なんじゃ、銀色の。せっかくの余興じゃ。しみったれとらんで私も混ぜぇ。」
そんじゃ機会があればまた今度。そんな社交の辞令を告げて、おっちゃん連中といそいそ別れ、やって来ましたは端の端。なんか妙に幼い子でわちゃわちゃと、する中でまたあっちやこっち、白く高そうな鞠がてんつく跳ねる。居ましたよそこに化け物が。聞くにひんがし氷の乙女、この土地における流れ者。過日は一時の同行もした、ちんちくりんの雪女ちゃんである。めっちゃ堂々と居るやんアンタ。
兄貴分ないし姉貴分。それらに付いてきたお子様たちが、留守を預かっての家畜の番。そんなトコですかねぇこの近辺は、木々に繋がれたヤギもメェと鳴く。で、そんなペンギンのコロニーもどき、それを掻き分けていそいそ進み、向かうは妙に馴染んだ場違いの傍。歌に手鞠というのがまた『らしい』。しかもそれらは手近な子らの、手元でも白くキラキラとして、もしやアレ蜘蛛糸製か? 意外と弾む。
「……あー。その、なんですか。アレですよアレ。いまね、思いっきり昼間でしてね? だからそのぉ、神様の教えとかなんか、それ的なやつっていいんですかね?」
「知らん。私はひんがしから流れた身じゃ。別にマガグモ共を否定はせんが、かといってこの地で縛られる謂われも無い。」
「さいですかー。」
踏み固められた土のうえ、てんつくてんてん手鞠が跳ねる、その傍らへしゃがみ呆と見る。子供らの中へするりと入り、打ち解けたのちに騙して喰らう。そんな腹積もりでもあるのだろうか? 私だったならわざわざするか? 森へいざなってからの神隠し。……いや、うん、流石に迂遠か。何よりも既に機は逸した。好機は私の来る前であり、望むならとうに済ませたはずだ。ならば別に気は張らずとも?
「……割と、普通だったんですかね? ひんがしではこういう関係。」
「化生と、人のか?」
「んです。良ければお話伺っても?」
まずは対話の取っ掛かり。転がってきた鞠をひょいっと拾い、怖じ怖じと覗くちんまい娘、知らぬその顔へ向けぽーんとな。それと合わせるようにして話題も投げた。さぁてどう出る雪華の怪? 人を立てれば化生が立たぬ、そんな現状の打開をするに、一助を得られたなら大変嬉しい。それに野次馬根性をだばだば足して、向けたお水の答えに曰く、『よい土地であった』とな? これは手応えありますよ。
「ひんがしではな、我らは崇め奉られたものであった。恐れ、敬い、どうか何もしてくれるなと、贄を奉じられて自尊を満たし、ときに十の心臓をあざけたものじゃ。」
「すいませんちょっと気のせいでした。あ。いえ。続きをどうぞ。」
「……ま、よかろ。しかしそれもかつての話、いつしか潮目も変わってな。ミヤコでチンゼイの奴めが気炎を吐いて、悪鬼討つべしとのたまいおった。それからはもう修羅道よ。」
あるいは東の極地において、人と化け物にはこの地と違う、蜜月の日々があったのでは。そんな期待は微塵と砕け、風に巻かれて何処かへ散った。なんか状況がより酷い。つまりはさんざ絞ってむしった挙句、乱を起こされて死屍累々と。自業自得と言いたくもなる。言いませんけどね殊更ね。所詮わたくし外様の身、此処であげつらったとて無意味であるし、価値観を振りかざすのも気が引ける。
「チンゼイは恐ろしい男じゃ。奴の引く弓は千里を駆けて、山をも穿って吹き飛ばしよる。互いに無窮と血で血を洗い、ついに我らの仲間も倒れ、五体を封じられてしもうてな。要石で土中に縫われては手も出せん。」
「ふむ。聞くに、そちらの方は人の将ですか。で、それを恐れた貴方は逃げて、ながれ流れて此方の地へと?」
「……否定はせん。しかし、真に恐ろしかったのはそれからよ。それで逆上をしたアカツブの奴、病を見境もなくばら撒きおった。辻は捨てられた死体であふれ、剥がれ落ちた人皮がまた病を呼ぶ。そんな先に何があるのじゃ? ……私にはそれがちぃともわからん。」
「……病。……アカツブ?」
「アカツブヒメ。かつて仰いだ頭目にして、呪いと病を操る化生。……姉上と呼んだ仲でもあった。もはや、何もかもは昔日じゃがな。」
ずぅんと重く空気が淀み、それを読まないヤギめが寄って、私の足元をはむはむする。病の化生、赤い粒。目下対岸の火事ではあるが、一応報告は回しておくか。私も防疫となれば手に余る。に、してもところ変われば酷いもんで、比べれば此処はまだしもマシか。だから居着いたのかねこの子もさ? 答えてくれる者は誰もなし。代わりに足元の奴がメェ~と鳴いて、私の袖もはむはむした。やめんかコラ。
「……怖くなったのじゃ。アカツブも皆も変わってしもうた。喰らいもせんのに殺して殺し、集落を焼いて狂喜に耽る。九分九厘がそうして死んだ。が、それでもお互いの矛は収まらん。もはやひたすらに互いが憎く、何処へ行こうとも諍い事よ。それがな、恐ろしゅうて恐ろしゅうて仕様がない。」
「……折れましたか。お察ししますよ、心中のほど。」
「ふん、ぬかせ。……あ~、……じゃからなぁ。……此処はよい地じゃ。我ら化生に対しての畏れがある。土地のモノ共も抜けてはおるが、在りしを思えるよい連中じゃ。……同じ轍は踏みとうない。」
同感ですよ、私もね。そうと答えてシッシと払う、ケダモノが足をゴスゴス頭突く。おのれこの畜生が。そして畜生は私も同じ、彼女にはとんだ厄介者で、だからこそのこの接触か。そうと勘ぐるもやむを得まい。第二のチンゼイになりつつある。人の畏れを置き惑わせて、強い淘汰圧の先鋒となる。彼女はそれをこそ恐れているのだ。そしてその嗅覚は確かであって、事実潮流の只中である。今、ここが。
私としてはハト派であるし、みんな仲良くして頂きたい。それに万が一にでもそのアカツブとやら、お出ましになった際の手札と窓を、確保しておきたいという打算もある。お、これは交渉の材料に使えるな? 王国の得る利益を見せて、妥協を探る為の場を設ける。これならばそうも悪くは無い。私に打ち勝つは容易でないが、属する集団であれば多分に易い。かくも恐ろしきは病魔の業よ。
「ん。タルヒさん、そちらの思惑は承知しました。正直ね、私としても、貴方の持つ伝手は大変惜しい。起こり得る危機へ向けた備えとなります。宜しければまた近いうち、仲立ちをさせて頂いても?」
「……頼む。かつてあった別れの際に、アカツブは失望の色を浮かべておった。じゃが、引き留められもせんかったよ。語る舌さえもわからんままで……。みんな、私も。あんな思いはもう御免じゃ。」
……つまり、だ。少なくとも出奔の時点において、その病魔の怪は健在か。既に討たれていたのなら気楽なものを。それが浮かんだかぶりを振って、なるべく冷徹は隅へと追う。やめておこう。内心の不義は態度に出る。気が付けば随分と日も高くなり、高い城壁の歩廊を越えて、昼時を告げる鐘の音。ま、そろそろいったん戻るとしますか。収穫は既に十分得たし、あまりぶらついていても世評に響く。
と、腰を上げようとしたその矢先、再びに袖をくいくい引かれ、不意に目の合ったべそかきの顔。ん、どうしたねさっきのちみっ子よ。見れば持っていた鞠は何処かへ失せて、代わりに誰ぞおねぇさんとお手々を繋ぎ、しかもパッケさんじゃないですか先日ぶりで。御免なさいですか失せ物の? と、言えるような感じじゃないな。顔へこしらえた真っ黒な痣、ただの喧嘩であればどうとは言わんが……。
「……ごめん。ぴかぴかの玉、取られちゃった……。意地の悪いヤツ。……駄目だって、嫌だって言ったんだけど……。」
「あ~、やっぱりですか……。で、その意地悪な奴、らしいのは居ませんがどちらの方へ?」
「……森の中。逃げちゃった、もう。……ごめん。」
やはり今一つ覇気がない。先日のアレでお辛いところ、こうも狼藉を受けては已む無しである。それでもなぁ。多分にいまの孤児たちのまとめ役、その彼女が頭を下げた、それに追随して下がるちっちゃなお顔。なんか言うてよお隣さん。私たち一緒で見られてますぜ、別に関係無いだなんて言わないけども、どないしますの蜘蛛糸の玉。ぴりっとしない感じ微妙に困る。……で、まぁ、森か。
『へっへ、じょうもんだなぁこりゃ!』『さっさと売っぱらって酒にしようぜ!』耳を澄ませば空気に乗って、振るえ運ばれてくる男の声。若いな。木々にぶつかった音の雑多な反射、そのせいでどうにも位置取りが掴めないが、正味二人か三人か。悪目立ちする前にさっさと逃げる、その発想はまぁ支持しよう。あとは適当に追っ手を撒いて、故買にでも流せば日銭が入る。そんなとこだろうて大方な。
「……ではな、銀色。私はもうゆく。近く、新月の晩にでもまた会おう。」
「……宜しいので? あ、いえ。落ち合うのは別にいいんですが、なんかこう色々と。」
「構わんよ。あんなものただの生糸に過ぎん。マガグモを絞れば無限に出る。」
「普通に激怒とかされそうですが?」
そんなやり取りをして埃を払う、雪妖が鞠をひょいっと投げた。彼女に残っていた手持ちの分、それが幼子の手へとぽすりと落ちて、見届けたのちに踵が返る。『お優しいこと。』『貴様とて家畜は可愛かろ?』さいですか。そうして木々の合間へと、消える姿を見送りくるり、私も下げていたお芋を渡す。んじゃあまたね、パッケちゃん。せっかくなんでコイツもどうぞ、ちみっ子と二人食べなんし。
さんざ騒いで悲しい目。ゼリグ達は相変わらずで、近場では煮炊きの煙が上がり、なんか無許可っぽい店が粥を売る。ああ、あとで私も食べようかな。焼き芋はさっき手放しちゃって、お供えも何か買っとかないと。それから説得の文言も。とりあえずキティーへ相談するか、押し当てじゃあるが嫌とは言うまい。
お帽子のつばをくいっと下げて、お日様に対し背中も向けて、目を背けるようにしてその場を去る。鞠を奪った青年たちが、その日街へ戻ってきたのかは、……私は知らない。




