王国秘密会議の秘密
「んー? どしたのノマちゃん。さっきからずーっと上の空で。」
「んあ。あー、いえね、その。ちょっと悲しい見聞きをしまして。なんというかこう、ままなりませんねぇ世の中って。」
時は気だるく昼下がり。王城最奥会議の部屋で、豪華絢爛な照明見上げ、思案の空虚にぼへりと浸る。それがらしくは無かったらしい。横の桃色に何をと問われ、答えて先日の件が脳裏に浮かび、気が衰えてシュンとへこんだ。届かぬ思い、事実そこに有る過酷の姿、肥えて太った蟲の群れ。何かしてあげるべきなのだろう。心はそうと陳情するが、じゃあ具体案は? とおつむが返す。冷血漢め。
「……ご飯、たくさん買えますかねえ? あのでっかい照明売っぱらったら。」
「まぁ、そうねぇ。それに引っ張られて物価も上がり、市場の混乱がおまけに付くけど。」
「ですよねー。」
はふーんと思わず出る溜息。椅子にお尻だけでなく背中も預け、顎は引いて軽く俯き加減、鼻を通る息が再びふしゅー。まぁわかってた話であった。金を積んだって小麦は増えぬ、王国には農地が足りないのだ。よって不足は輸入が頼り、金銀流出覚悟のうえで、衆国商人へと尻尾を振る。如何せんどうも世知辛い。おまけにそいつも過日で途絶え、残るは互いの無い無い尽くし、世知の辛みが少々過ぎる。
つまりはアレだ。お手元にある資料に曰く、南方蛮族の侵攻により、衆国は輸入する側へ転落した。もちろん王国にだって余力は無い。が、復興支援という名分を得た、各個の利益追求に歯止めは出来ず、経済活動は今日も元気に野放しである。神の見えざる手は強い。とはいえ困ったときはお互い様。事実救われる人は多分に在って、それを一概に悪とは言えず、道の舗装だって善意でされる。地獄への。
辛いなー。とても辛い。一応将来への見通しは有り、諸々ぶん捕った利権がそれで、ただし芽吹くまでには時間が掛かる。黒字倒産待ったなし。なんせアチラさんの再起を待って、将来生まれ得るだろう実りなもんで、どうしても直近の対策は要る。そんなわけでして今日の集い。王国の舵をどちらへ切るか、その方針足るものを確定すべく、こっそり秘密会議をというわけなのだ。私正直場違いじゃない?
深く腰掛ける隣にキティー。向かいにはその兄であるドーマウス伯、ファーグナー氏が友人にして支持先である、王太子ヘンゼル様と話す姿が見える。さらにその後ろには隠密メイド、ドーマウス家のシャリイ嬢が護衛に控え、じぃと見張ったその正面。そこな壁際にフルートちゃんが、次いで神妙な顔でゼリグが並び、何故かクラキさんも端っこに。重要参考人か何かだろうか。場が荒れぬ事を切に願う。
「……遅いですね、ドロシア様。まぁ時間は取ってありますけども。」
「メルが警護で付いてるはずよ。万が一、という事は無いでしょう。ねぇ? クラキ。余計な手回しが無ければだけど?」
「すんませんちょっと。のっけで溝掘るのやめてもろて。」
ピンクの頭がちらりと後ろ、向いてその先の虜囚を煽り、それが盛大にガン無視される。胃が痛てぇ。いや別に、だ。キャッキャウフフしろとは流石に言わん。でももうちょっとこう、なんか、仲良くして頂きたいところである。心情板挟みの私としては。キティーの義憤、クラキさんの悲嘆、私はそのどちらにも理解を示し、そしてどちらにも良い顔をしたいのだ。肩入れってのは苦手なもので。
私が自分へ同調しない。キティーの苛立ちはそこにもある。でもなぁ、せめて謝罪でもしてくれたらなあ。衆国での人的被害、クラキさんの介入は消極的で、かつ要因としても間接的。しかし明確に殺意はあって、動機も極めて独善的だ。よって罪悪感から身を守る為、自己の正当化は必須である。難しいかな、それを否定する行為は出来ないだろう。人の心は鋼に非ず、鎧を纏った硝子に過ぎぬ。私とか。
ちなみに他の様子といえば、ゼリグは明らかに壁を一枚隔て、フルートちゃんは興味が無さげ、男性陣は一瞥して警戒気味。シャリイ嬢に至っては半眼である。割と微妙に圧が凄い。そんな感じでオロオロと、内心するうちに扉が開き、ようやく待ち人が姿を見せた。流れるような黄金の髪、残ってしまった目の上の傷。ヘーイ王女っ! ちょっとこの空気なんとかしてよ。お願いします。
「すまんな、兄上。少々待たせた。少しばかり、『私』に花を供えてきてな。」
「……そうか。後で私も参っておこう。では、諸君! これより内密の議を始める。我が国の将来の為、どうか忌憚のない意見が欲しい。」
「ああ、頼むぞ? 出来るのなら兄上で無く、私の派閥が得するのがいい。」
さて、ようやくにして本題である。王女殿下が上座へ掛けて、メルカーバ嬢が隣に続き、護衛四人組が扉を塞ぐ。それを合図にこの場を仕切り、王太子様が開始を告げて、早速に駆け引きが始まった。あかんやん。入れてないやん本題に。あえて非の有る言葉を放ち、否定させることで動きを縛る。牽制としては悪くない。忌憚さん死んだけど。……ええと、その、しょうがないちっと呼び水やるか。
「あの~、はい。ヘンゼル様。今日は今後の大方針を、という事で伺ったのですが、宜しいのでしょうか? こんな密室で。その、少人数ですし?」
「あ、ああ。それはだね、ノマ君。私とドロシアが、同じ方向を向く姿。それを派閥の者達に見せたいのだよ。今更本気で争おうというつもりも無いが、だからこそ意見の対立をな、下に見せてしまうのは少々まずい。無論、細部は正式な場で詰めるがね。……納得して貰えたかな?」
「はい。ありがとうございます。それともう一つ。そのような重要な場に、国王が不在で宜しいので? ブタさ……、いえ。ヘンゼル様の支持者である、マッドハット侯も同じくですが。」
押して黙った空気の中で、浮かぶとりあえずの疑問を振る。たぶん当たり障りは無いだろう。そうと思っての仕事であるが、これが蛇をつついたらしく、浮かぶ苦渋がお顔を噛んだ。王太子様、すんません。潰しちゃいましたか藪の虫。
「……順に答えよう。まぁ、安心されたのだろうな。父は私の立太子以降、政治への意欲を失われてしまわれた。おまけに、かつて裏を牛耳っていたあの老人。その接近を許してしまい、今ではすっかりと茶の湯の虜だ。先日など司教猊下までが一緒になって、黄金の茶室を作るんだとか勝手な予算を……。」
「それやって滅んだ御家を知ってますんで、ぜひ自重するようお伝えください。」
おまえ利休か弾正かどっちだよ。そんな内なる声を聞き流しつつ、返された『あとで詳しく』の言葉へ向けて、とりあえずこくりと頷いておく。サーイェッサー。なおブタさんは腰を悪くされたとかで、当分は自宅で療養らしい。なんかお脳の裏っかわ。知った顔の猫耳ちゃんが、四人で笑顔で中指立てて、ニャハハと笑ってスイっと消えた。あ、うん、はい。しょうがないね? なにがだよ。
「ふん、御託はもう結構だ。そろそろ誰ぞ、意見のある者はおらんのか? 実りの有るな。」
「いやいやいや、ちょっとこのお姫さんは誰のせいだと……。ま、よござんす。それでは前提の一環として、引き続きとなってしまいますが、わたくしノマより共有をさせて頂きます。実はですねー、ちょいとお手紙何通か頂きまして。」
「……待て。それは国内の友人からか?」
「いいえ、国外の勢力から。全部。」
ごそごそちっちゃな懐漁り、ぽんっと放った初手爆弾。いちおうキティーへは伺い立てて、ここで周知しろとのお達しである。大丈夫かなぁ、ほんとになぁ。なんせ切り札へかけられた粉、当然の事それを看過は出来ず、反応は周囲強烈至極。具体的に言うと顔が怖い。万が一にでも私が靡き、出奔でもすれば大事なのだ。伝わってくるそれで飯がうめぇ。嫌な奴ですねほんとにコイツ。
「えぇとまずは一通二通。南方蛮族ソシアルところ、第四軍団からのお便りです。中をかいつまんで申しますと、王国とも人間とも仲良くしない。でもお前とは怖いから仲良くするよ?」
「燃やせ。」
「次、南部で新しく領主になられた、衆国のカーマッケン氏より届いております。こちらは引き抜きのお誘いですね。三食おやつ、昼寝付き。」
「やぶけ。」
「最後はんーと、元獣人王という御方から。衆国の南部切り取りに興味ない?」
「追ってこの私から指示を出そう。」
「やめろぉ! いまは内政に専念させろっ!!! 聞けっ! おい! ドロシアぁっ!!!」
王太子様の悲鳴が上がり、王女殿下からは寄越せと言われ、双方チラ見してからひょいと仕舞う。うん。とりあえず棚上げですね、わかります。まぁドロシア様だって多分本気じゃない。先日の事後処理だって渦中の最中、このうえ手を伸ばすなんぞ愚策である。だよな? 多分。自信もない。ついでにキティーの根回しのほど、アンタ微妙に足りんなさては? メルカーバさんがそっち睨んでますよ?
「っち。まぁよかろう。に、しても衆国はともかくとして、蛮族どもめ。いったいどの筋で送り付けたやら。」
「察するにですねぇ、どうもゴブリンの旅商に託したようで。それがぐーっとこう北上をして、王国の商会を伝い頂きました。ゴブリンの。」
「……人族でもない卑賎の者に、国を大手で歩かれるか。忌々しい。迂闊で叩き出せんあたり余計にな。」
「流通の一端、担って貰っちゃってますからねー。一人で身軽に何処でもお届け。あ、でも税は払ってるそうですよ? 他より高いって愚痴ってました。」
なんでも売るしなんでも買う。覆面をして鞄を背負う、ずんぐりむっくり達の姿を浮かべ、知らず苦笑してさもありなん。まぁ怪しいよねえあの人たち。私も売られかけました。思い出すのは宿場の様子、かがり火の下の麦粥の味、めっちゃ石みたいに硬いパン。そんなちょっとした情緒に浸り、懐かしいですねとゼリグを向いて、目線で愛想も無く返される。偉いさんの話に巻き込むなって? はい。
「ノマ。奴らから取っているのは税では無い、ショバ代だ。そこを勘違いされては少々困るな。」
「え。いやちょっと、まんまヤクザの仕事じゃないすか。」
「やっかましゃっ! ええか! 王族っちゅーのはなぁ! てっぺん獲ったヤクザを言うんじゃっ!!! のー! 兄上っ!!!」
「すまん、ファーグナー。胃薬をくれ。」
「丸薬散薬、飲み薬とあるぞ。」
「どれでもいい。」
王女殿下が一席ぶって、王太子様が無言で水を飲み下し、シャリイ嬢がそっとそれを補充する。お代わりの準備が既に早い。そしてそれを見てかくつくつ笑い、ようやくに腰を上げる性悪ピンク。はーい収拾お願いします。基本長い物には巻かれるタチで、適材適所が好物であり、身の程も知る私である。なのでお利口さんへ手綱を渡し、建設的ななんかをなんか、こういい感じで注文したい。ふわっふわ。
「では、両殿下。僭越ながら続けさせて頂きます。まずここまでにおいてヘンゼル様は、外征について明確に反対の意を示されました。次にそこに居るノマちゃんからは、あくまでも王国へ与する旨、その言質を取れております。」
「あの、解釈がちょっと恣意的では? ふみょぉっ!?」
思わず要らんことを口に出し、もちもちほっぺをみょーんとされる。解せぬ。
「失礼。これによって引き続き、我が国は攻撃能力を保証されます。しかしながら略奪による、事態の短期的解決は出来ないでしょう。殿下のご意向もございますが……、何よりも、『この子』から支持を失いかねない。そのような危険は慎むべきかと。」
「ふむ……。宜しい。実にもっともだな、キルエリッヒ君。ではそれを踏まえたうえで、君ならばどのように絵を描くかね?」
「土地を積極的に開発します。森を開き、根を掘り起こし、広く畑として人を置く。この過程において必然的に、化け物との衝突が発生します。が、そこはノマちゃんへ対処願いましょう。心優しいこの子であれば、きっと引き受けて貰えるはずです。ねぇ?」
待てと挟まる暇さえ無しに、きっぱりと言われかち合う目。踏み絵か、これは。やられたな。最初の愚痴を逆手に取って、あえて議論の段階飛ばし、こちらからの異議を封殺する。正直ちょっとどころでなく乗り気でないが、かといって建設へ繋ぐ言も無い。しかも『対処』と濁したあたり、私が容赦したいのも織り込み済みで。ああ、そういえば衆国の一件で知られていたな。マガグモ達と持つ奇妙な縁。
「……沈黙は是と受け取るわ。さて、これは長期的な展望です。よって当分の間、備蓄で凌がざるを得ないでしょう。また必要な人足も相当であり、その掘り起こしが必須となります。具体的には貧民街の、死蔵されたままの労働力。それを用いるべきと進言します。」
「ほう? 人間を資源と見るか。あのアリ共を手本とする気か? キルエリッヒ。」
「多少なりとは。殿下。蛮人の行いとはいえ、学ぶべきところは多うございましたので。」
「待ちたまえ。」
悪い顔をした女が二人。そこへ王太子様が待ったをかけて、私の両脇の下へ諸手が入り、ひょいっと運ばれ待ったの側へ。あ、お世話様ですシャリイ嬢。なおこれによって暴力という、天秤の傾いた側が明確となり、形勢は一気にヘンゼル様有利となった。知らんけど。
「衆国南部を見舞った惨禍、私も詳報は一読している。民を使い潰し肉までも、と言うようなつもりであれば……。悪いが貢献して貰うことになるぞ? 地下牢の賑わいにな。」
「御心配には及びません。まずは炊き出しにより人を集め、そこから適切に割り振ります。孤児、浪人、無宿者。悪人もそれなりに集まるでしょうが、まぁ、『処理』を施せば使えましょう。」
「……悪人ときたか。では君の言う『悪人』とは、どのような者であるかこの場で聞いても?」
「己にとっての邪魔者へ、張り付けてこれは殴ってもよいと、周囲へ対し呼びかける。その為の札でございますね。」
得意気でそうズパリと言って、こちらの顔を見る怖い人。まぁ同意はしますけども私もさ。それから少しの沈黙があり、それを了承と見た王女の手振りによって、権利ノマちゃんは元鞘へ。メルカーバさんに持たれ宙ぶらりん。攻勢有利もあちらへ移り、天秤が再度役目を果たす。これを王国の相互確証破壊という。私がいま考えました。
「……両殿下、共に異論は無いとお見受けします。では、クラキ。本件の実施に際し、貴方の持つカラクリを供出なさい。その袖の下、色々と役立てる物もあるのでしょう?」
「わざわざ呼ばれて何かと思えば……。悪いけれどね、私からもう加護は去ったわ。完成の像が見えないの。便利に使おうってんならお門違いね。」
「あら、そう。じゃああの部屋の有様は?」
「溜め込んだ在庫の品よ。」
私に出せる対案は無く、王族双方にそれは同じであって、よって他の者もそれに追随する。と、思った矢先に範囲外。その唯一の当人へと話題が振られ、見えざる火花もパチリと鳴った。やめてこんなお腹の時に、不穏が伝播してきゅ~って来るの。でも、まぁ、決まりかな。出せる対案が無いのと同時、積極的反対の理由も無い。どの道いつかはやらねばならぬ、そうで無ければじり貧だろう。国的に。
……それにしてもこう、もうちょっとなぁ? そんな考えでぐるりと頭、巡らせてめいめいに見るお顔。うーん取り成しはまぁ期待出来ないか。その義務が別にあるでは無いし、何なら片割れに対しては義理すら無い。当てが外れたって顔してるしさ、義理のある方の実兄殿も。あとはついでにフルートちゃん、殺気に当てられて興奮しない。別にそういう流れじゃない。ステイ、ステイ。
「宜し! 結構だ。貴様の献策、このドロシア・インペレ・ハートクィンの名で裁可を出そう。子細は追って詰めるがよい。」
「……御意に。ああ、それと殿下。失礼ですが、少々お目汚しをさせて頂いても?」
「許す。」
許されちゃったかー。パンっ! と手を打ち鳴らし、姫が強引で話を切って、これで一安心かと思いきや。隣で動いて歩みゆく影、護衛四人組が飲む息の音、ガゴっ!!! っと響いた殴打の険。しかも平手では無くグーである。胃が。次いで僅かにたたらが踏まれ、受けた義理の無い側がぐっと向き直り、やった義理の有る側をねめつける。胃が。なおお姫様からは拍手が鳴った。ド畜生。
「ケジメよ。まさか、嫌だなんて言わないでしょうね?」
「……いいえ。踏ん切りをつけるには良い機会だわ。これでもう、遠慮は要らないってわけよねえ? 少なくとも貴方相手には。」
「上等。」
「あ、すいません伯爵様。私にもちょっと胃薬ください。至急。」
あかんです。竜虎相うってキシャーと吠える、その現実を避けてヨジヨジ迫り、ピョンとお向かいの席へ顔を出す。すれば置かれるお水と薬、行き交って絡む視線と視線、熱い連帯感が優しく芽吹く。おお、心の友よ。ちなみに伯爵ならびに王太子様、両名と通じ合うその傍らで、メイドは桃色の雄姿にお熱である。いいんですかこっちほったらかしで。お水も主人の手ずからですが。
王女殿下は見咎めず、故に動くに動けないメルカーバ嬢と、じゃあいいやという顔のゼリグの奴。あんた方そんな薄情な。うちの子もなんか小首を傾げ、一方で護衛隊組は蒼白であり、感じ取るザ・親近感。いや、正直を言ってこの陣容、わざわざ戦力を集めたあたり、ドロシア様の示威ではあったのだろう。結果その目論見は無事果たされて、しかし多分に過程が絶対違う。お腹痛い。
そんなもう仁義なき……。いや、割とあるかな仁義のほどは。ともあれ重圧の中でお水を片手、男と元男揃って三人並び、仲良くゴクリと一口飲んだ。……のであった。にっが。
胃痛で始まる新たな章。




