【閑話】血薔薇騎士団 白百合隊
銀の燭台に火を灯し、蝋で固められた硝子の瓶の、口をとろとろとじっくり炙る。そのうちに封が溶け、流れだすそれをお皿で受けて、剥き出しになった栓をポンっ! と抜いた。中はみっちりと豚の脂、それにまみれた肉と豆。そいつを匙で一杯掬い、パンに塗り付けて再び炙り、程よく蕩けたのを見てお口の中へ。んー、やっぱり塩気は大分きつい。が、酒の肴なら悪くない。
「あーっ! ちょっと! コイン! アンタ勝手に始めてないでよっ!!!」
「カ、カップ、声大きいって。だ、団長にバレたら大目玉だし。」
「ならさっさと前に行ってくださいな、ソードさん。わたくしつっかえちゃって入れませんわ。」
「あ、あ。バトン。む、無理やり押すのやめて。お、お腹痛くなっちゃうから。」
次いで酒杯を片手で掴み、もう片方を酒瓶にまで届かせようと、横着に伸びをしたところで邪魔が入った。部屋の扉を乱暴に開け、上り込んでくるのは我が同僚、血薔薇騎士団白百合隊の面々である。任務は王女殿下様の身辺警護。立ち位置はその王女様の最側近の、メルカーバ様のそのまた旗下の、便利に使いやすい手駒にあたる。ええ、おかげで今回ひでー目に遭いましたとも。ド畜生。
ちなみに真っ先に声を上げて、ツカツカと詰め寄ってきたのが隊員カップ、一番チビで狂暴な奴。その後ろでオロオロと、でかい図体をして情けないのが隊員ソード、一番ノッポで控えめな奴。それから更にその後ろ。箱入りっぽい喋りと顔で、ガスガスと蹴りを入れるのが隊員バトン、一番移り気で胸もでかい。いずれも王女派貴族の令嬢であり、だからこその役職である。別名ドロシアさま係。
「そしてこの私こそがその筆頭っ! 一番顔が良くて一番清楚! 嫁入り先も募集中っ! コイン隊長様であるっ!!!」
「うるっせぇのよド田舎生まれの芋貴族っ! 訳わかんないこと言ってないで、いいからさっさと奥まで詰める! 座れないじゃないっ!」
「あの、あの、カップ。それ、み、みんな同じだから。こっちにも刺さっちゃう。」
「はいは~い。いいから始めますよぉゴロツキ共。生きて帰れておめでとうの会。いぇ~い。」
言われて卓の反対へヨジヨジ移り、何故だか仕切りやがるバトンに併せ、一同からっぽの酒杯を掲げ声を出す。正直早すぎるのだが仕方がない。音頭をとられたのならば『うぇ~い』と返す、これが我が隊の鉄則だ。なお定めたのはドロシア様で、盛り上がりが悪いと不機嫌になる。私たち下っ端はとてもツライ。ついでに盛り上がり過ぎても不機嫌になる。クリームパイ顔面事件はやり過ぎだった。
そんな下っ端が自室に会し、ちょろまかした瓶詰めと麦酒の山で、一杯ひっかけんとするその理由。それは今ほど発せられた言葉のとおり、欠員も無しにどんぱちを終え、東から帰投出来た事へのお祝いである。やったぜ私ら。なんせいざとなれば高貴な方を、この背に庇って斬られて死ぬ。そこまで含めてのお仕事なのだ。よって喜びもひとしおであり、くじの引き直しだってやらずに済む。死ぬ順番の。
「ったくドロシア様もさぁ、もうちょっとお淑やかになって欲しいのよねー。お姫様なのよお姫様? なーんで自分でカチコミに行っちゃうのよ。あ、ちょっとソード。そっちのお酒の瓶とって。」
「う、うん。えっと、えっと……、はい、これ。それで、あの、でもさ。あの化け物みたいな聖女も居るし、きっと好機だと思ったんじゃないかなって、その、思っちゃうんだけど。わたし。」
「『みたい』、じゃなくて化け物ですわよ。あんな娘。教会に擁立されてもいない癖に、聖女を名乗るだなんておこがましい。どこで見つけたのか知りませんけど、大方アレの差し金でしょうね。キルエリッヒの。」
お酒の席は愚痴の席。のっけから好き放題に言うカップに向かい、ソードが微妙にずれた物言いをつけ、最後にバトンが火を投げ込む。それはあっという間に燃え広がって、『なによ出戻りの癖に!』『お城に変なのばっか連れてくるし!』『男はべらせていい気なもんね!』と、駆け付けの肴をこんがり焼いた。まぁ実際のところあの傭兵、麗人であって男じゃないが、それはそれとしてムカつくのだ。
キルエリッヒ・ドーマウス。今はただのキティーを名乗る、神学校時代からの天敵である。それが社交界から追放されて、清々と出来た我が世の春。は、いつの間にやら終わりを迎え、気が付けば殿下に渡りをつけた、奴の返り咲く冬の時代が訪れていた。そりゃあなんというか腹は立つ。散れよ、冬だし。おまけに妙な連中を連れて派閥を作り、うちの団長とも友好的。飲まなきゃやってらんないね。
「あー。口に出したらむかっ腹だわ、余計にさ。ねぇねぇアイツ、またあの頃みたいに呼び出してやって、それで引っ叩いてやりましょうよ。」
「や、や、やめようよぅ。神学生の時だってそれをやって、前歯全部折られそうになったんだし。メルカーバ様が割って入ってくれなかったら、ぜ、絶対私たち死んでたって。」
「まぁそれでご縁が出来て、こうして引っ張り上げて貰えたんです。人生ってわからないもんですわよね。ねぇ? さっきから食べてばっかりのコインさん。」
「んー? あぁ、熱っづ!?」
特等席で野次馬をする、昔馴染みの姦しさ。そこから急につつかれて反応を、返そうとした口に脂が垂れて、不意打ちでじゅっと舌を焼いた。地味にツライ、身構えていない時の熱々は。そんな心持ちで麦酒を注ぎ、呷る私をちょびっとばかし、訝し気に見る目がぐるりと囲む。どうやら大抵において口やかましい、私がだんまりであるのが気になるらしい。いや、ほら、だって、そー言ってもさぁ。
「っぷはぁ。んだよ? そりゃあ私だって気に入らねぇさ。今までお仕えしてきたってのにさ、その私達を差し置いといて、新参ばっかしが重用されんだ。やってられますかっつーの。」
「その割には大人しいじゃあありませんの。いつもならもっと、お猿さんみたいに吠えます癖に。」
「うっせ。お前らにだってわかってんだろ? キルエリッヒは気に入らねー。それが連れてきた奴らも気に入らねー。でもその連中が居なかったらさ、私らみんな東で死んでた。多分な、団長も姫様も。」
「……で、で、でもさ。それなら最初からドロシア様も、出兵の決断なんてしなかったんじゃ?」
「そんときゃあ死ぬのが延びるだけよ。一年先か十年先か。わかんねーけどこの国が、アリに飲まれるその時までさ。」
正直わかっちゃいるのである。わかっちゃいるのだが認めづらい。自分達がなんらお役に立てず、ただ状況の変化に流されるまま、右往左往としたあの現実を。キルエリッヒに傭兵女、それと頭巾を被った変な奴。あいつらは明確に役割を持ち、団長やドロシア様からも期待をされて、事実その通りに仕事をした。そりゃあ殿下の覚えだってめでたくなるさ。頼っても貰えなかった、私達とは違うのだから。
そしてその極めつけが聖女である。いや、バトンの言うとおりバケモンか、ありゃ。うちの団長だって半端じゃないが、それでも一線ってもんの手前にゃ居る。敵陣の一角を粉砕し、単独で戦線を裂いて王手をかける、そんな明らかな人外とは違うのだ。そうしてお相手の将は首を獲られ、多分に御役目を果たせなかった近衛も死んだ。それが私達の立場であれば? 敵に回すなんざ死んでも御免だ。
「は~ぁあ。ツライよな~、弱いって。これでもさ、腕っぷしは上の方なんだぜ? 私たち。それが北の一件じゃあ護衛で残り、済んだかと思えばアイツ等がのさばりだして、あれよあれよと蚊帳の外さ。な~の~に。こうして愚痴るくらいしか出来やしねぇ。」
「……それでも、それでもやっぱり気に入らないよ、私。ドロシア様が居て、団長が居て、それで私達が居たあの席なのに、今はアイツらが盗っちゃってる。そりゃあ、だって、しょうがないのかもしれないけれど……。」
「そ、それに、それに。さ! あ、あの聖女、悪い噂がたくさんあるよね? し、知ってる? その、若い娘が呼び出されて、それで襲われて、ち、血を飲まれちゃうっての。」
「王城の七不思議、怪奇吸血聖女ですわね。ええ、勿論知ってますとも。お城勤めで口さがない、使用人や女官といった連中の中じゃ、すっかりとお話の種になってますし。あぁ、実に嘆かわしいこと。」
「喜んでそこに首突っ込んで、一日中くっちゃべってたアンタが言うか。」
湿気って重くなってきた場の空気。それを変えたかったかあせあせとソードが話題を振って、次いで乗っかるバトンがぷぅと膨らまし、パチン! と我慢出来ずにカップが割る。ちょっと元気も出たらしい。無論怪談とくればお喋りの華、私もがっつりと仕入れちゃあるが、割と笑えない話だったので茶化しづらい。こいつらわかってるんだろうかそこんとこ。明日は我が身を地で行ってんだけど。
しかし世の中は無常なもんで、見えている明日は具体的。聞くところによればまず第一に、見目の良い娘が王女殿下に呼びつけられる。何か粗相でもしてしまったか、もしやお暇でも出されたり? と、次いで突然のそれに怯えるうちに、下るのは処女を問う無礼な下知。そうして固まっている隙に扉が閉まり、騎士団長様が逃げ場を塞ぎ、最後に酒杯を手にした少女がドン! 目に浮かぶあたり非常に困る。
で、そんな困っちゃう感じのこの噂、当然十人が聞けば十色を返し、ご意見表明も種々雑多。中でも主流は以下三つで、曰くこれは殿下の名誉を貶める、悪しき風説であるとの憤慨派。曰く、あのおかしな娘ならやりかねないし、殿下も脅されているのでは? とする肯定派。そして残る一つが片手を上げて、私それヤられたんですけどっ!!? と叫ぶぴょんぴょん派。笑えないのも当然だろう。あと字面。
「……血を吸う、ねえ。まぁ死なねぇんならちょっとくらい……、とは、思わないでもねーけどさ。ほら、この瓶詰。東で世話んなったこれだって、あのガキの入れ知恵だって話だろ? あとは、あー、あれ。王国かるた。」
「トランプよ、トランプ。殿下ってば新しいもの好きなんだから、ちゃんと呼ばないと気を損ねるわ。携帯性が良くて手軽に遊べ、こういう席なんかにもうってつけ。どう? いっちょダイフゴーでも。」
「あ。じゃ、じゃあ私配るね、カップ。……えっと、えっと、それで、あの、ね? つ、続きになっちゃうんだけど、やっぱり下命を拝したら、さ。わ、私たちも、差し出さないと駄目なのかなって。その、えっと、アイツに血を。」
「正直わたくしは御免ですわね。食事を与えられ、お遊びで緊張をほぐされて、そして外敵からも守ってもらえる。だから代わりに血を飲ませろと? そんなものまるで、家畜小屋の豚さんじゃあありませんの。おぞましい。」
「いやぁおい、いくら何でもひねくれ過ぎだろ。お前。」
眼前で発せられる辛辣さ。それに同意する内心から目を背けつつ、配られる札をひょいひょい拾い、ざっと出来上がった手に目を通す。遊びに参加する札は五十四。以前のかるたでは一人二百四十枚もあったもんで、大分とお求めやすい数字じゃある。ちなみに手番の開始時において、山札二百枚以上の指定を満たし、上がり役を作った者が勝ち。ぶっちゃけすんげぇめんどくさい。
そんなわけでごっそりと、空けた卓の中心の場に、親の私から出すのは金貨の三。次にカップから聖杯の六、バトンからは王笏の七が置かれ、続けて宝剣の八がぺいっと出される。んだよソード、強気だな? ともあれ流し切りが完全に入った事で、出来た更地にどんな強烈な役が出るか。集まる注目。ひりつく空気。その中を運ばれてくる、軽く叩かれた扉の音。一同揃ってびくりと跳ねる。あ、やっべ。
「だ、だ、団長かな? あ。はい、これ。階段で。」
「五枚階段とかえっぐいわね……。まぁ、でも違うんじゃない? メルカーバ様も普段からさ、息抜きは大事だって仰ってるし。こうやってコソコソやってる分には、ん~……、お目こぼしを、してくれると、思うんだけど。駄目ね、通しで。」
「わたくしも通しますわ。ふふ。でもだとしたら、皆さん。居るのはこわ~いお化けさんかもしれませんよ? だってつい今しがたまで、怪談なんてしてたんですもの。畳みかけるのは定番です。」
「おっかねぇこと言うんじゃねーって。っと、はいはいは~い! 今すぐ出ますよしっつけぇな。」
控えめではあるが長々と、続けられる伺いの音は、どうにも気が急いていて品が無い。ってこたぁ団長の仕業とは違ってくるし、ましてドロシア様でも無ぇなこりゃ。誰だよ俗物。とはいえ捨て置くってわけにもいかねえもんで、席を離れて面倒ながら、ひょいと見せてやった顔の先。そこに居たのは銀糸の髪と、紅い瞳を持った美少女様で、思わぬ拝謁にちょっと真顔になっちゃいそう。うふふ。
「ごめんくださ~い。こちらの酒杯にですねぇ、そのぉ、献血のご協力をお願いしたいのですが~。」
「あ、すんませんウチそういうのやってないんで。」
即座で以って全力に、閉める扉にがっつりと足が挟み込まれ、派手にぶつかってガン! と鳴る。ちっきしょ足癖悪りぃな聖女さんよぉ! それでも構わずにギリギリ引くが、如何せん相手はバケモンとあり、やっこさん狼狽えもしやがらねえ。一人じゃ駄目だ。今こそ強大な敵に立ち向かう為、私達の力を結集して…‥、っておいやめろ。お前ら辞世の句なんて詠んでんじゃねえ。あきらめんなよっ!?
「まままっ! そう仰らず! そう仰らずに! ほらね! 東の一件でね! ここんとこちっとも飲めてなかったもんで、今ちょっとヤバいんですよっ!? ですからちょびっとだけ! ほんとちょびっとだけで構いませんのでっ!!!」
「うっせぇ心の準備ってもんがあんだよバーカっ!!! だいたいキルエリッヒの奴はどうしたんだよっ!? お前ら仲良しなんだから貰ってこいよ! そっちでさぁ!」
「皆さん事後処理があって忙しいんですよっ! メルカーバさんも! それにドロシア様も体調が悪いってんで、飲みたいんならこっちで頼めって!!!」
「悪かったなぁ! 重宝頂けずに暇してて……って、おい、お前いま何つった? 伏せっておらせるなんて聞いてねえぞっ!?」
聞き捨てのならぬ不穏な吐露。その事に今度は即座で押して、開いた隙間から入り込もうと、前のめっていた少女が隣を抜けた。どうやら平衡を欠いたらしい。急に抗われなくなって勢いがつき、べちょりと倒れ込んでくる彼女を前に、すかさず仲間たちも腰に手を。やめとけやめとけ、死人が出るぞ。まぁどっちが死ぬとは言わねーけどな、へへへ、泣きそう。いやそれよりも今は殿下の事だ。
「ふおぉう……。は、鼻打った。あ、いえ、それでですね。別にご病気でいらっしゃるとか、そういうわけじゃあないんですけども。はい。」
「んだよ、はっきりしねぇな。なんせ殿下の玉体なんだ、『もしも』があっちゃあ国の大事。蚊帳の外だなんて言いっこ無しだぜ?」
「あ~……、その、あれですよ、あれ。はい。え~と、その~……、ですね。え~……、お、女の子の日です。」
何故だか異様にそわそわとして、居心地悪そうにする少女の言。それを受けて覚悟を胸に、張った肩肘がだらんと萎える。なんだ月のモンか、驚かせやがって。しかしドロシア様のはけっこう重く、間が悪いとそれはそれは、ご狂暴になりあそばされているのである。よってなんというか腑には落ちた。そりゃあまぁ別口を頼ってくるか、正直勘弁してほしーんだけども。なぁ?
「あ。それとですね、一つ口を挟ませて頂きますと、別になおざりにされているっていう訳では無い。そう思いますよ? 皆さん方は。ドロシア様もメルカーバさんも、懇意にしている馴染みの部下に、ゆっくりと休息を取らせてやりたい。そういうね、計らいが故のお話かと。」
「へっ。そいつはどーも、ありがた過ぎて涙が出らあ。んじゃあお言葉も身に染みたとこで、お帰りはあちらだぜ? お土産はちょっとやんねぇけどな。」
「い~え~。本当に申し訳ないのですが、おみやを頂けねば帰れませんで。ほらね、さっきも申し上げたでございましょう? いまね、ちょっと、我慢がね? きひ。ひひひ、ひ。」
荒げた息。真っ赤な舌。じわりじわりと詰まる距離。これぞ怪談の主役を張った、奇っ怪なりし吸血聖女、その本領発揮でございます。皆様拍手でお迎えくださいド畜生。さぁてどうする? どうするよ私。たぶん殺されはしないだろう。その証明は何人も知っているし、後からおかしくなったという奴もいない。要は尊厳の問題だ。腹を括って家畜になるか、人としての誇りを保つか。保ちてぇなー。
「……ちょっと。ちょっと! コイン! どうすんのよアレ!? 出口とられちゃったわよ!? 背後にさぁっ!」
「ぜ、ぜ、全員でさ。い、一斉に、走り抜けるってのはどうかな? 誰が捕まっても、う、恨みっことかは無しで。」
「ふふ。いいですわねそれ、乗りましょう。大丈夫。今までだって、何とかなってきたんですもの。賭けちゃってもいいくらいですわ。皆さんの魂を。」
「待てっ! 待て待て待てって! この私にいい考えがあるっ! あと賭けるなら自分のなっ!!!」
代表として一歩を踏み、皆を庇うようにして前へ出でて、荒ぶる聖女様と対峙する。正直怖いとは思わない。少しチクっとするのを我慢すりゃあ、痛いのもそこでお仕舞いらしいし。でも嫌だ。私達が首を垂れ、仕えるに相応しいお方であると、別に認めてやったわけじゃあねぇ。だからヤダ。尊厳だの誇りだのはうわべであって、結局のところ本音はそこだ。自分でも今わかった。ムカつくんだよ、ガキ。
「とりあえずなっ! お前らがさき突っ込んで、こいつが腹一杯になった隙に私が逃げるっ!!! それでどぅげっふぉあっ!!?」
しかし現実は非情である。ムカつくからって意地を張り、それでどうにかなってくれるんなら苦労は無い。そんなわけで自信満々ヤケクソを言い、飛んできた三本の足に蹴り倒されて、哀れ生贄にされる不幸な私。やめろ守ってきた純潔がぁ! それでも眼前には迫る牙。覆い被さるようにして身体は倒れ、んがっと開いた口にがぶりとやられ、首筋に甘く痺れが走る。うーあ。なにさこの感じ超怖い。
逃れようとして暴れる手足。逃すまいとする小さな手足。それを眼前にする怯えた目。それらドッタバタの一投足が、さっき掛けていた卓へと当たり、開けっ放しの瓶をコテンと倒す。そして。
そして、中に入っていた豚の脂。供される為の『家畜』のそれが、頭上の縁でちょっとばかし波打ったあと、端っこを越えてとろりと垂れた。保ちたかったなー。
主要人物では無いモブ達から、ノマはどう思われているのかとかそういうお話。




