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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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ノマが残した爪痕 その①

「我が国南部への壊滅的打撃! 対王国における力関係の悪化! そして何よりもこの神聖なる都において、化け物の跳梁を許した事! これら失策は外務、ならびに軍務における怠慢であり、それを招いた卿らの責任は重大ですぞっ!」


「意義有りっ! 我ら外務局は南方蛮族との相打ちを狙い、敢えて王国の化け物共の召致に踏み切ったのです! そしてこの判断が妥当であった事は、南部奪還という成果によって証明済! よって責を負うべきは初期防衛の失敗と、クラキリンという造反者を招いた軍務局にあると主張しますっ!」


「若造がっ! 戦場も知らん癖に何を言うかっ! そもそもにして弱小国なんぞに頼らずともな、勝ちの目は最初から十二分にあったのだ! それが証拠に帰還した我が国の勇者たちは、いまだ継戦能力というものを保っておる! 故に負う責は我らには無く、余計な手回しをした貴殿らにこそあるべきよっ!」


「卿は此度の戦には出ておらぬではありませんかっ! それに希望的な観測なんぞでは無く、発生した事実をこそ重視して頂きたい! 蛮族は去り! そしてこの都は化け物に蹂躙された! どうされるおつもりですかこの状況をっ!?」


「その化け物を招き入れたのが貴様らだろうがっ! 語るに落ちるわっ!!!」



 会議は踊る、されど進まず。そう思いながら砂糖壺を開け、空っぽのそれを覗き込んで顔を顰める。相も変らぬ物資の不足。この私、財務卿が一子であるカーマッケン・バローレ・フットマンに、甘くもないままで茶を飲めと? 忌々しい。仕方も無しに一口含み、舌で転がしてみれば鼻へと抜ける、芳醇な香りと渋み。歯に悪いからと甘いものを、中々許してくれなかったママンの事を思い出す。帰りてえ。


 首都を揺るがした化け物騒ぎ。クラキリン女史の謎の失踪。そして帰還した将兵達によって報告された、南の爆発と蛮族軍の全面撤退。それら報告を医務室へ閉じ込められたままに受け、数日ぶりでやっと解放されたかと思えばこれである。右を見ても左を見ても、交わされる言葉はひたすらに同じ、責任、責任、責任の声。本当にくだらない。今大事なのは今後であって、もはや過ぎた話などよいだろうに。


 と、声高に言いたいところではあったりするが、それはそれでこれはこれ。誰しもが納得のいく有力者という、生贄によって感情の落とし所を作ることは、議論に欠かすべからざる儀式であるのだ。そして実際のところ、そうと考えるのはこの場全員がおそらく同じ。とはいえ迂闊な口外は藪蛇であり、けしからんと満場一致で『有力者』にされてしまう事は必定である。故に易々とは動けない。



 胸の内でつばきを吐いて、渋い蒸し茶をまた一口。さぁて外務軍務と順に槍玉へ挙げ、そろそろお次は我らが財務か。無論今回の一件において、私たちの組織そのものに瑕疵は無い。むしろ戦費の工面において讃えて欲しいくらいであるが、それでも厄介なことに隙というものは存在するのだ。王国の聖女を名乗ったノマなる怪物。その彼女と僅かながら、私が親交を持ってしまっていた事である。


 聖女ノマは化け物であり、そして同じ化け物を使役する力を有していた。王国は彼女を介して我々の知らぬうちに、連中を御する術を得ていたのだ。そんな要人との友誼があって、何故にもっと上手く立ち回れなかったか。おそらく席を取り巻いたお偉方は、これからそうと責め立ててくるに違いない。誰がどう考えたって詭弁であるが、要は責が押し付けられるならば何でもよいのだ。私もよくやる。


 大仰に茶器を置き、わざとらしい咳払いで以って、財務卿たる隣の父へと合図を送る。先に攻め込むが問題ないか? 無言で発せられたその問いは、父の家伝の手振りによって了承されて、私も一つ息を飲んで襟を正した。クラキリンの不審な行動。申請の無い地下施設。加えてそこから現れた泥の怪物と、軍務を責める手札は数多くある。こちとら危うく死にかけたのだ、舐めんじゃねぇぜジジイ共。



「失礼っ! 若輩の発言をお許し頂きたい! 確かに我が国は窮地の中、一度は政治中枢の退避をすら勘案しました! ですがそれも既に過去の話! もはや蛮族は退けられ、突如として現れた怪物もまた、王国の手によって打ち倒されているのです! よって論ずるべきはそれを成した聖女殿と、如何様にして良好な関係を築いていくか! その一点に尽きるのでは無いでしょうかっ!?」


「カーマッケン君! 君はあんな化け物をだね、まだ聖人であるなどと言うつもりかね!? 何よりも責任の所在も判らぬうちに、議論を次の段階へ進めようとはどういう事か!? 跡継ぎたる君がそんな資質では、御父上の任命責任を問わざるを得ませんなっ!」


「責を問いたいのであればどうぞ軍務に! あの女がこうして姿を眩ませた以上、叩いて出る埃が無いとは言わせませんぞ! それと私は卿の言う、『化け物』との面識というものを有しております! もしも聖女ノマとの繋がりを捨て、我々と王国との関係が今以上の不利ともなれば、それを為した者の責任をこそ……っ!」


「あの~すいません。お呼びになられました?」



 鼻息も荒く果敢に攻め、そして勢いそのままで思い切りつんのめる。この場において明らかに不釣り合いな、鈴を転がすが如き少女の声。しかし私は知っている。それが我々全員でも抗しようの無い、途方もない怪物の声音であると。そんな彼女が何故此処へ? そこまでを考えて周囲を見やり、全員が目を逸らした事に失望する。あれだけ息巻いておいてこの有様か。おい、親父まで目を背けんな。


 これがどこぞの令嬢の興味本位であったのならば、まだお笑い草で済ませも出来た。だが此処は我が国政治の中枢であり、加えて侵入者との彼我の戦力差は絶望的。よってこの行為そのものが恫喝であり、対応には非常な慎重さが求められる事で間違いない。なおそんな彼女には二重三重に鎖が巻かれ、入っちゃいかんと警護兵達の手によって引っ張られている。さよなら慎重。



「……ごほん。あ~、よろしいかな? ノマ君。君が正規の手続きを経ず、こうして入り込んできた事は大変な外交的無礼にあたる。なにせほら、王国の代表とも言える立場の者が、他国の要人に対し無作法を働いているわけだ。それがわからないような君でも無かろう?」


「ええ、勿論存じております。しかしその……、わたくし本当に心苦しいのですが、今日は無礼を働けと言われて来たものでして。ですからその、この場で空気を読むつもりはございません。」


「……つまるところこの行動は、君の意向では無く王女殿下のご意思であると。なるほど。ならば殿下では無く貴方様自身のお慈悲にすがり、ここからの巻き返しを図る機会はある。そう、期待をさせて頂いても? 恐れ敬われるべき聖女閣下。」


「くふ。相変わらずね、心をくすぐるのがお上手であらせられる。ですがご心配なく、私は納得の出来ぬ暴力は嫌いなのです。ですからね、政治の対立はどうぞ平和的に、政治で決着をつけて頂きたい。あ、それで本題に入りますと、この度は手紙を預かって参ったもので。偉い人の。」



 無礼極まる不遜な笑み。どうも。と苦々しくそれへ返事を告げて、慇懃に差し伸べられた手から文を受け取る。くるり返せばその封蝋は、間違えようもなく王女のもの。ふん。これ程の示威を見せつけながら、何が平和的だ馬鹿馬鹿しい。暗闘暗殺なんでもござれ、時に暴力へ訴えるまでが政治である。それを知りながら敢えて口の端へ掛け、より大きな暴力をちらつかせる。これが王国のやり方か。


 初めて出会った夜会であれば、彼女へそれを解せない純真さの期待も出来た。君は騙されている。取り巻く人々は悪者であり、君をいいように利用しているのだと、そう言い包めてやろうとも思えたのだ。しかしそれは幻想であり、実際はこうして丁々発止を演ずるとおり、こいつに子供らしさなんぞ皆無に等しい。でなければ出てくるまい。こんな自らの優位を確信し、他者を侮蔑するような邪悪な顔は。


 じっとりと濡れた手の内に、握る文へと再びに視線を落とし、それを父の手元へ静かに動かす。返答は無い。私を信頼してくれているのだろうか。それとも眼前で驕る化け物を前に、萎縮してしまったとでも言うのだろうか。奴らが大暴れした都の内区、そこへ妻子を住まわせる者は多くいた。怖い。恐ろしい。助けてあなた。そう懇願されたのはきっと、我が家だけの話じゃあるまい。



「ご覧の通りに我が主、ドロシア王女殿下からの文となります。中を検められないので?」


「……やんごとなき御方の書ともなれば、開封にもそれ相応の手順がいる。わざわざ手間をかけさせた事は恐縮だが、この返答はまた後日とさせて頂きたい。協議の上でね。」


「返答など求めてはおりません。それに有無を言わせずその場で読ませ、どちらが優位であるのかを思い知らせろと言われております。」


「……我々の要求など、その一切を聞く気は無いと?」


「さて? 私に政治的判断は不得手ですので。ですのでそこのあたりはそれこそ後日、偉い様同士で話を為さって頂ければと。はい。」



 見下されている。強く感じ取ったそれに臍を噛み、力を籠めすぎた指の先で、書状の片隅がくしゃりと潰れた。彼女は我々を見下している。いや、人間を見下しているのだろう。なにせ化け物であるのだから。なんら姑息さに頼るでもなく、正面玄関から堂々と入ってきて、ただ歩くだけのそれを止められない。おぉ、神よ。何故に貴方様はこの我々へ、斯様な理不尽をお与えになるのでしょうか。


 蛮族に鏖殺されて骸と化すか、王国に頼って家畜へ堕ちるか。いずれにせよ最初から、命運などは尽きていたのだ。そんな心持ちで封を切り、それと同時に新たな鎖が投げつけられて、少女の頭にゴガンと当たる。『くっそこのガキびくともしねぇ!?』『おい! そこのメイドの姉ちゃんも手伝ってくれ!』『え? なんですかこれお祭りですか?』おう、今いい感じで浸ってんだよ邪魔すんな。


 兵が増え、兵では無い者もどんどん増えて、拍子をつける為の呼び子も鳴る。その喧騒に耐えて目を走らせ、記されていたほぼ追い剥ぎなその内容に、知らず目頭をぐりぐり揉んだ。まずは無理難題を吹っ掛けてみせ、そこからの譲歩によって望みを通す。これまで我が方の得意であったそのやり口を、こうもなぞってみせるとはおのれ王国、意趣返しか。うう、来期予算を修正せねば。



「……ノマ君。これは君を含めた王国の、その、総意であると受け取っても宜しいのかな?」


「ええ、その通りです。鉱物資源ならびに、農作物輸入に関する優遇措置。それから砂糖利権の譲渡や諸々。これでも苦労したんですよ? 乞われて加勢に来ておきながら、あっさり使い潰されそうになったあげく、そちらの裏切りによって怪我までして。そのドロシア様の鬱憤をね、宥めて諫めて現実的な、そちらの案にまで落とし込むのは。」


「……それはなんとも、要らぬ苦労を掛けさせてしまったようだ。私個人としては詫びさせて頂くよ。そしてその言い様。最後の接触を果たしたであろう君が、そうと断言するならばやはり、あの女は?」


「蛮族と通じていました。クラキリンさんのその真意、私にも分かりはしませんでしたけどね。最後は邪法に頼って生んだ怪物に、自らも飲まれてお亡くなりに。」



 僅かに顔つきの硬さが増し、言葉の中へこれまでに交わっていた、身振り手振りがパタリと止んだ。なんともわかりやすい嘘の顕れ。そこを追求するべきか僅かに悩み、しかし時期尚早と踏んで矛を収める。どの道あの女の背信はあり、それが王国の者からの不興を買った。ならばほとぼりも冷めぬ直後において、むざむざと寝た子を起こしはすまい。出来れば当分のあいだ寝ていて欲しい。百年くらい。



「ああ、そうそう。一応申し上げておきますと、王国でもそちらの物資不足は存じております。よってこれは将来に渡っての話であって、飢餓輸出をさせるつもりはございません。何よりもね、体制に崩壊されてしまうような真似は、こちらにとっても困るのですよ。ほら、難民とか。」


「……どうも、お気遣い痛み入る。ならば我が方も精一杯の抵抗で以って、その好意へ応じさせて頂くとしよう。将来に渡っての話の為にね。」


「おや? 意外と強気ですね、カーマッケンさん。この私を目の前にしておきながら。」


「『偉い様同士』で話し合え。そう口にしたのは君だろう? ノマ君。そして自身がそう述べてしまった以上、君は『偉い様』の勘定には入ってこない。故にこの圧力は回避が可能だ。」



 揚げ足取りをはっきりと述べ、受けた少女の驕った笑みに、浮かぶ愉悦が静かに消えた。次いで机の下の親父の足が、私のつま先をガッスンガッスンと三度踏む。これは我が家の家伝で『おい馬鹿やめろ、挑発すんな。』の表明であり、三度繰り返すのは『超焦ってんだけどっ!?』を意味している。しかし私は顧みない。ここで引き下がっては男の名折れ、隙へ付け入らずしてなんとする。


 次第に張り詰めてゆく空気を前に、いずれの老人方もその顔を凍り付かせ、即座に行動を開始できるよう構えてみせる。間違いなく気を害した。それが証拠に彼女の足は、背後の綱引きを歯牙にも掛けずして一歩を進み、我々へ恐怖を押し付けてくるのである。怯えろ、竦め、唯々諾々と従えと。常に己の優位を望み、自尊心を肥え太らせる最強娘。よって彼女を縛れるものは、自身の尊大さに他ならない。



「……ねぇ、お若いの。年寄りにね、気に入られる態度というものも重要ですよ?」


「それは失敬。しかし貴方様も、王国には使われて『やって』いる身であるとお見受けします。ならばその寛容さ、どうか我々の如き矮小な者どもにも、隔てなく向けて頂ければと。」


「彼女らにはそれなりに恩義があります。それと同じ扱いを求められたとて、図々しいとしか思えませんな。」


「それでは閣下。その図々しい虫の羽音が煩わしいと、みっともなく癇癪を起こされるおつもりで? この場で私達を皆殺しに出来るような、既に圧倒的たる上位の方が。」



 人と虫けらほどの力の差。その事実がある以上泥沼であり、言い返せば言い返すだけ、彼女は自らの品位を落としてゆく。それが狙いだ。あとは投げつけたこの鎖の束が、こいつの子供らしさの欠落部位へ、無事に引っ掛かってくれるのを祈るのみ。頼む、頼む、引き下がってくれ、大人だろう? 私だってまだ死にたくない。次の瞬間に首がすっ飛んでいるなんぞ御免である。おい頬っぺた膨らませんな。



「……癇癪を起こすかもしれませんよ? だってそうでしょう。気分の良い時に、虫の羽音だなんて最悪ですから。」


「それが自身の仰った、納得の出来る暴力なのであればどうぞ自由に。ですがそれを振るう貴方の姿、どうぞご想像の上、客観的に見て頂ければとも存じております。」


「……減らない口だ。ま、宜しいでしょう。用事はもう済みました。何よりもこれ以上、私のメッキが剥がれてしまっては困りますので。」


「思ったよりはご無理を為されて?」


「多少は。」



 ぷぅと膨らませた右の頬。そこから抜ける空気の音を、わざとらしくも漏らしてみせて、悪鬼はペコリと頭を下げる。どうにかこうにか勝ったらしい。少なくとも我が国の復興へ向け、対等な交渉を可能とする為の下地は出来た。しかしその為に払った犠牲は多く、具体的には肌着と礼服が台無しである。これほど冷や汗をかいたのは妻に、浮気を詰め寄られた時以来であろう。まだ婚約の段階だけど。


 そんな私をじぃと見て、ちょっとだけ嬉しそうにニヤリと笑い、そそくさと去っていく彼女の姿。その背後ではもはや意地の、綱引き大会がいまだ継続されてはいるが、甲斐無く引き摺られていくのみである。『おぁー。』と情けなく声を上げる、数えて五十人ほどの男女の群れ。それを見送って汗を拭い、私も情けなくなりたいのを必死で堪えた。家に帰ってからにしよう。まだジジイ共の眼前なので。



「……じゅ、寿命が縮んだかと思ったぞ。おい息子よ、大丈夫なんだろうな? もし今からでも心を違えて、あいつが戻ってくるような事でもあれば……。」


「いえ、まあ、どうにかなるとは思いますよ、父上。なにせ彼女、随分と偉ぶっておりましたから。最初から最後までずぅっとね、……辛そうに胃を押さえたままで。」






衆国編 人間関係清算編

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― 新着の感想 ―
[一言] これは胃キリ系主人公。
[良い点]  シリアスとコメディの緩急。
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