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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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クラキリン

 ドカン! と背後で音が響いた。狭い通路の只中に、入口の側から圧縮された空気が吹き込んできて、巻き上げられた埃が喉に張り付く。けほり。なんともまぁ、派手にやってくださっているようで何よりだ。そしてなればこそ、私も自らの役目を急ぎ果たそう。そんな思いで咳き込みつつも、後背をちょっとだけジトリと睨み、そして再びに足元の血糊を追う。


 嗜虐と心配が半分ずつ。目的不明の牙剝く彼女、果たしてお体のほどは無事であろうか。なにせ敵視されている事は間違いないが、こうもいきなりでは戸惑いのほうがまさってしまう。人を嫌い憎むにしても、相応に理由というものは必要なのだ。よって現状では憂慮が強く、お前は敵だと真っ二つの線引きをして、関係を定めてしまうには抵抗があった。単に優柔不断であるとも言う。ふへ。


 彼女とゼリグ達の間において、戦端が開かれた何故はわからない。しかし私同様に一足飛びで、四日の道のりであった距離を渡り、ドンパチと洒落こんでいたくらいである。あの妙な乗り物で変事を起こし、挙句このような傷痍を負う。それだけの何かはあったのだろう。よって何もかもは不透明で、信じられるといえばこうして辿る、黒く引き摺られた足跡のみ。実にね、見上げた根性でありますことよ。



 幸いにも処置の心得はあったらしく、追って駆けるにつれて次第次第、道しるべは細く点々としたものになっていく。そしてそれはある曲がり角において終わりを迎え、正面に立ち塞がった石の壁のそのまた下を、くぐったかのようにして途切れていた。ふむ、隠し扉の類であるかな? かといって押したところでウンとは言わず、引いてみたとてスンとも言わぬ。ええいくそぅ面倒臭いわ。


 急がば回れとは至言であるが、一線を越えた焦りにはもっと良い手立てがある。腰を落とし、顎を引いて拳を握り、此れにご用意を致しますは魔法の合鍵。どんな扉だって開けれる不思議なそれを、全力でたたき込んで風穴を開け、そのまま美少女一名勢い余って反対側へ。ふはははは! 急がば制圧前進ただあるのみよ! ってやべぇこのさき下りの階段じゃん。


 どうやら隠れ家は隠れ家らしく、大分と地下にこさえてあったらしい。そのせいで螺旋の階段も深くて長く、歯の根も合わないほどにガタガタ言って、私はどこまでも転がり落ちていく。物理的に。そしてようやくに見えた奈落の底を、塞いでいた趣のある扉を破り、ついに辿り着きました秘密のお部屋。その一角で相対したは、壁にぶち当たる阿呆が一人と期待の通り、息を潜める彼女であった。



「……どーも。直接お会いするのは数日ぶりですかね。何か、弁解の余地があるならば伺いますが?」


「……くそ、モンスターめ。良いわよ、私の首が欲しいんでしょう? ほら、遠慮せず獲りにいらっしゃいな。もっともそれが、どんな結末を貴方に見せるかは知らないけどね。」



 方々に工具の類が散らばり置かれ、組み立て待ちと思しき部品達が、これまた乱雑に積まれる部屋の奥。その中にあって件の彼女、衆国のクラキリン女史は力なく座り込み、その背をぐったりと壁に預けていた。殺せ殺せと吠える割に、なんとも引き攣った悲壮なお顔だ。もはや逃げる場も無いというに、隅に身を押し付けてこの私から、少しでも遠ざかろうとするその姿。それこそが偽らざる本音だろう。



「そうですね。ま、ひっぱたくくらいの事はして差し上げます。ですからそう、自棄は起こさないようにして頂けますと……助かるのですがね?」


「……なによ? そんな風に下手に出て、私を騙そうっていう腹積もり? ……乗らないわよ。……乗るもんですか! 私は貴方を殺したの! ならばその貴方がね! 私を同じ様にしてやりたいって、そう思わない道理が無いわっ!」


「あ~、もう。おやめなさい、おやめなさい。そうやってね、すぐに殺すだの殺せだのと、剣呑に走るのはおやめなさいな。そもそもですねぇ、私は別に、貴方に対して怒ったり恨んだりなんてしておりません。どちらかといえば……そう、呆気にとられていると言うべきでしょうね。」



 すぐさまに取り押さえ、無力化をして頭上でなおも戦っている、知己の安全を確保したい。そうと逸る心を抑え、踏み込み過ぎない距離を保ち、なるべく寄り添ってあげようという態度を見せる。どうせならば正座もしようか。いやしかし、それでは何かあった際の初動に欠ける。次いでそこまでを考えて、どっちつかずに揺れた足が、挙動不審をぴくぴく示した。


 身を守る術を出し尽くし、事ここに至ってそれでも握る、彼女に残された最後の手札。それは南方の地におけるあの爆発を、此処でいま再びに引き起こしてやろうかという、捨て身のはったりに他ならない。その手札に彼女自身、気づいていないという阿呆はあるまい。なにせその実が可能であれ不可能であれ、『かもしれない』と匂わせるだけで、こちらを縛ることが出来るのだから。


 それを苦し紛れのほら吹きであると、こちらにそうと断じられる手段は無い。で、ある以上強硬は鳴りを潜め、懐柔策に出ざるを得ないのが実情であった。そして何より恐ろしいのは、私が彼女を買い被っていた場合である。この手札は交渉を有利にする為のものであって、使わない事にこそ価値が有る。それを正しく認識できず、捨て鉢になられでもしたら堪らない。死なば諸共は御免である。



「そもそもですね、考えても御覧なさい。私は蛮族に抗するという求めに応じ、あなた方の助けとなるべくして来たのです。遥々とね。それをいざ達成してみれば、妙な難癖をつけられたあげく爆殺されて、その一方的な敵視の末がこの有様。よって腑に落ちる説明をね、まずはして頂けてこそ道理でしょう?」


「……ふん、子供の見てくれをして口の回る。気持ち悪いのよ! モンスターっ! 子供なら子供らしく、蝶々でも追い駆けていればいいじゃない! ……なんでよ。なんで今更、アンタみたいなのが……。私の十五年を返して頂戴っ!!!」


「それです、私の不審はそこにもあります。私のような存在はね、その時と場合に応じ、様々に呼称をされてきました。化け物、怪物、化生、もののけ。でもね、その『モンスター』という異質な呼び名、それだけはされた事が無いんですよ。ねぇ、クラキリンさん。聞き慣れない貴方の言葉、いったいその出処はどちらにあるので?」



 自動人形。通信機。高性能爆薬。無人偵察機。そしてコンピュータ・ゲームにちょいと親しんできた者であれば、おそらく馴染み深いであろうその言葉。最近はピコピコでは無くソーシャルだったか。いずれにしても邪推であって、別に裏を取ったというわけでも無い。しかし事実この世界に私は居り、ならば己と似た境遇の者が、他に居てはならぬという法もあるまい。



「……くふ。ふ、ふふふふふ。ねえ、王国の聖女さん。貴方はね、実はこの世界が造り物で、本当の世界は別にあるんだって言ったら信じるかしら? 嘘なのよ、嘘。本当は何もかもが。」


「……拝聴しましょう。どのようなお話であれ、それを聞かずして否定する事は出来ません。私も決して出来たおつむではありませんが、その程度の分別はあるつもりです。」


「……かふっ、けほっ。……あらあら。お堅い肩書をして、随分と物分かりがよろしい事で。その耳触りの良い言葉で以って、貴方は国の内にまで潜ったわけね。死者を虐げる悪鬼の癖に。」



 ヒューヒューと荒い息を吐く彼女の言。そこに得られる要領は見出せないが、しかし詭弁と切って捨てるには尚早である。例えこの推測が正しかろうと、私が経てきた過程のままを、彼女に当てはめる事の出来る謂われは無いのだ。双方に与えられ、そして正しいのだと信ずる見聞には差異がある。まずはそこをつまびらかとしない限り、この滑稽な噛み合わなさは解消できまい。


 と、くれば今の不安定な彼女に対し、如何様にしてそれを突きつけるのか。わたくしこれで口下手で、喧嘩を売るのは得意なものの、交渉事は不得手であるのだ。よって先に仕掛けた迂遠な問いに、こうして乗って頂けたのは実に僥倖。あとはこの渡りに船を、転覆させることなく向こう岸へ、漕ぎ着けてみせるだけでよい。いやいやいやどうやってだよ。簡単に言ってくれるなノマちゃんさんよぉ。



「……病院って、知ってるかしら? こっちで言うならお布施も無しに、誰でも治癒の術士から加護を得られる。まあ、そんなような所があってね。本当の私はそこで寝てるの。」


「……なんともまぁ、合点のいかぬ事を仰られる。それではね、今ここに居る貴方は何なのです? 今も目に映るこの天地が、眠り続ける貴方の抱く、夢の泡沫に過ぎぬとでも?」


「ええ! そうよっ! 知らないでしょう!? ここは死した者と死にゆく者の、その魂が囚われる牢獄なの! アンタたちモンスターはね、それを苦しめる為の獄卒に過ぎないのよっ! それが賢人ぶって聖女ですって!? 図々しいっ!!!」


「まあ、図々しいのを否定はしません。それに獄卒云々とやらも、言われてみれば腑に落ちます。だからこそ教えてください。貴方はいったいどこから来て、そしてそれら『真実とされる』事柄を、どのようにして得たのでしょうか?」


「……はぁ、はぁ。……けほっ。言ったって、どうせわかんないでしょうけどね。……日本よ。私の生まれ育った遠い島国。そこで私は事故に遭って、それを哀れんだ神様からね、機会を与えて貰ったの。寝たきりの私が目を覚まして、それで心配かけてごめんなさいって、姉さんに言う為のその機会を。」



 日本。もはや懐かしさすら覚えるその言葉に、見開いた眼をゆっくり細め、歪んだ口元を右手で隠す。やはり、そうか。彼女の操る機械の類、あれらはただ能力があるだけでは生まれ得ない。技術で以って造ったモノに、どのような仕事を負わせるのか。そこには発想が不可欠であり、そして彼女の発想は少々ばかり、進歩の道筋を逸脱していた。まるでその完成形を、初めから知っていたかのように。


 その完成形の知見を得るに、別段実物に触れる要は無い。映画、漫画、小説、動画。かつて私も暮らしたその世間には、そういった先人による発想の積み重ねが、数限りない情報として溢れていた。そして私は知っている。それら情報を趣味だと語る、不本意ながら恩義ある自称神が、釣り竿片手にあの世で待っていらっしゃったのを。餌は充足。釣り上げられたのは私に潜む、際限の無い我欲である。



「……左様で。ところでクラキリンさん。貴方の言うその神様、もしやまっくらけで顔の無い、なんとも胡散臭い御仁であったりはしませんかね?」


「……っ!? 貴方っ! チクタク様を知っているのっ!? なんで……? なんでアンタみたいな……! 配置されているだけの造り物がっ!?」


「同郷であるからですよ。私が、貴方の。なんなら出身までお教えしましょうか? 美濃のですね、一番南の端っこあたりなんですけども。」



 眼前で狼狽えるこの女性は、私と同じ異邦人である。それが確認出来たところでこの手札を、如何なる折で以って開示をするか。その駆け引きに少々迷い、そして些かばかり性急なれど、やはりここかなと断じグイと差し込む。同じ生まれにして同じ境遇。共通点は連帯を生み、連帯は互いに打ち解けあう事を容易とする。しかしてその逆も真であり、よってこれは賭けでもあった。


 私と同様に目を見開き、そしてほんの少しだけ険を緩め、身構えてみせる彼女の姿。反応は幸いにして悪くない。さてさてそれではどのようにして、ここから見事信頼を勝ち取って誑し込むか。それが腕の見せどころというものであるが、しかしお生憎様、わたくしそんな経験値なぞ皆無である。下手を打ってせっかく開き始めたこの襟が、同族嫌悪に転じようものなら堪らない。頼むから誰か代わってくれ。



「私には頼れるだけの価値がある。過日に援助を求められた席において、そちらの国で真っ先にそれを言及されたのは、他でもない貴方ではございませんか。ですからね、そのお言葉通りに今一度、どうぞこの私を頼ってください。貴方をそこまで追い詰めたもの。それが何であるかは皆目見当もつきませんが、きっとお力になれるはずです。」


「……ふん、胡散臭いわね。自分を殺そうとした者を相手取って、どうしてそこまでお人好しになれるのかしら? その気立ての良さで以って、貴方が得られる対価は何? ねぇ、教えてよヒーロー気取り。私を助けてくれるって言うのならさ。」


「余裕というものがありますから。私は不死身で、そして無償もまぁ良しと思える程に、とてもとても強いのです。なんせ自らの欲を満たすにあたり、そうとあの神様へ願ったもので。貴方もそうなのではありませんか? あの未来的な機械の数々。まさかね、二十二世紀からお越しになったとは申しますまい。」


「……ふざけた人。私はね、真剣な話をしてるのだけど?」


「親しみが持てますでしょう? ヒーローよりは。わたくし夜更かしは得意でして、日曜の朝は眠いんですよ。」



 こちらの世界も広しと言えど、お仲間である私と彼女、その間でしか通じぬであろう減らず口。内心冷や汗をかくその応酬に、強張っていた彼女の顔へ、僅かばかりの笑みが浮かぶ。まずは一手、七六歩。しかしお相手のこの言い回し、私が握られた札を恐れるあまり、選択肢を失っている事に気づいてないのか? ならば私の一人相撲……。いや、そうと決めつけるにはまだ早い。



「……そうね。自ら望んだ、と言うには語弊があるわ。チクタク様は機械の神様。私がこの世界で生き抜くための、技術と知識を与えてくれた。それを持って役目を成せ、さすれば次に与えるのは応報である。ってね。」


「そしてその応報とやらが、病床で眠る自身の元へ、再びに舞い戻る『蘇生』であると。ふむ。クラキリンさん、貴方は先ほど事故に遭われ、寝たきりであると仰いました。そこからね、今日に至るまでに辿った道を、どうか教えては戴けませんか?」


「……知りたがりよね、貴方って。前がどんな人だったのか知らないけれど、良くない趣味だわ。女に勘ぐりを入れるだなんて。こっちは今でもちゃんとした人間なのよ?」


「さすがに理由くらいは聞き出しますよ。いきなり裏切られてぶっ殺されて、それで何故を言わないのもおかしいでしょう? お釈迦様じゃあ無いんです、納得のいく答えが欲しいですね。さもなくば、助走をつけてぶん殴ります。」



 冗談めかして肩を竦め、『害意はその程度である』事を強調する。六八銀。あまり善人ぶるのも怪しいだろう。不服は出しすぎない程度に伝えるべきで、それを以って心の機微を、汲み取ってくれとグイグイ押し出す。それにつけても気がかりなのは、彼女が負った傷の治りの速さ。気づけば呼吸も落ち着いており、正直人様を言えた義理では無いが、真っ当な『人』を主張するには些か苦しい。むぅ。



「……あんまりね、事故のことは覚えてないの。中学を卒業して、進学も決まってあの頃の友人たちと、連れ立って遊びに出かけようって。ずっと欲しかったお洒落な鞄。それを姉さんがお祝いだって、無理をして……買ってくれて。それをみんなに自慢してやろうって……。」


「……お若い方であられたのですね。どうも、心中お察し致します。ああ。ゆっくり、ゆっくりで構いませんから。そちらがね、どうぞ話をしやすいようにされてください。」



 ごもっともな理屈を捏ねて、言葉を引き出さんと詰め寄る私。それに苦々しい顔をして、あちらやこちら、彼女はしばし視線を彷徨わせると、不意にがくりと項垂れて口を開いた。案外に早く乗ってきた。と飾り気もなく素直に思う。このまま意地を張ったとて堂々巡り、ならば情に訴える手段に出たか? 弱者を気取って関心を買い、こちらを手懐けることで窮鼠を脱する。猫を噛むよりは悪くない。



「……それで、目の前に車が迫ってきて……。気が付いた時には暗い場所よ。そこで私は神様に出会ったの。……だからね? ……だから、わかるでしょう!? 罪を犯した罪人達を、もう一度正しき輪廻のその中にって! その為の手助けをお願いしたいんだって、そう言うのよ!? 贖罪にはならないの! 『正しい』闘争の中で、『正しい』死を迎えないとっ!」


「だから『私は悪くない』と? 察しはつきます。持ち掛けられたのでしょう? 大勢死なせて大勢助け、そうすれば特別扱いを褒美に貰える。大局を覆す術を持ちながら、貴方は南方蛮族の侵攻に対し、それを行使する事をしなかった。殺したかったんですよね? 自分が助かるその為に、一人でも多くの罪無き人を。」


「殺したのは私じゃないっ! それに地獄に落ちるような連中よ!? それを助けてあげて何が悪いのっ!? 間違ってない! 間違ってないわっ! 私がしてきた事は『正しい』のっ!!!」


「その『正しさ』をどう証明すると言うのですか!? 自分を慕う者たちをすら使い捨ててっ!!!」


「いきなりこんなところへ放り出されてっ! 他の何を信じろっていうのよ! アンタはっ!!!」



 目尻に小さく涙を浮かべ、自らの正当性を訴える彼女が悲鳴をあげる。確かに同情の余地は無くもない。だがあまりにも独善的だ。その癪に障る熱気を前に、思わず追い詰めるような物言いで返してしまう、己の浅はかさに腹が立つ。ええいくそぅ、思ったことをすぐ口に出すポンコツめが。いま必要なのは宥めてすかせ、あちらから手札を取り上げる事であるというに。



「……もうちょっとよ、もうちょっとのはずなの。これまで十五年もかけたんですもの。今回のこの戦争が、私の最後の仕上げになるはず。なのにその成就をねえっ! 目前でアンタなんかに邪魔をされて、それで逆上しないわけが無いでしょうがっ! なにが……なにが同郷よっ! 私と同じ生まれだっていうのなら、もっと私に優しくしてよぉっ!!!」


「……待ちなさいっ!? あーっ! もう! 未熟者めっ!!! 逆恨みも甚だしいっ! 頼み込んだのは貴方でしょうにっ!!!」



 ガリガリと頭を掻きむしり、ついに癇癪を起こした彼女の指が、何かを握りこむような仕草を見せる。ええいままよ! こうなったらばもう成り行き任せ、強引に取り押さえる他に術は無い。思い切り床を蹴り、先の自省など知ったことかと声を荒げ、一息に数歩の距離を飛ぶ。そして僅かに刹那の間。そのほんの一瞬が至らぬという私の前で、ぞぶりと彼女の首に矢が生えた。



「甘めーんだよ、ノマ。殺るんだったらさっさと殺りな。正直なんだかわからねえが、おっかねえぞ? 逃げ損ねの破れかぶれってのはよ。」



 ヒュッ! と息を吸い込む私の背へと、聞き慣れた女の声がかかる。ついでまぁるい球が投げ込まれ、ちょうど人の頭ほどのそれが、馬のような尾っぽを引いてガシャンと落ちた。なんてことを。よくやってくれた。相反する思いが胸に満ち、何を言うことも出来なくなって、実に苦々しいそれが顔に広がる。どうやら上は終わったらしい。しかしもう少し、もう少し何か、私は上手くやれなかったのか? 


 真っ赤な短弓に矢をつがえ、二射目を放てるよう構えたままの、赤毛の女が踏み入ってくる。それすらも瞳へ映さずに、壊れた人形のように身を震わせて、クラキリンを名乗る彼女の心は茫然とした虚ろの中。そして不意に頭をぐりんと回し、天を仰いだ側頭部に牙の生え揃った大口を開け、『それ』は金切り声のような叫びを上げた。



『テケリ・リ』と。






クリスマスでも容赦はしません。

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― 新着の感想 ―
[一言] えぇ…… 玉虫色の粘体さんまで出てくるのねこの世界。 いやまぁ月のアレよりは好きですけども。 しかし機械といえばチクタクマン、そうじゃなければミ=ゴかなと言うところまさかのテケリリさん。
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