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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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南北大返し

 私の意識が沈んでいく。深い深い水底を目指すように、果てなくどこまでも沈んでいく。沈み、沈み、沈みながら身を捩り、覗き込んだ底をも知れぬ、暗い暗い深淵の中。そして人の本能へと死を訴え、心胆を寒からしめるその闇にこそ、むしろ覗かれているのだと気づいた時。私は『それ』から逃げようと必死に藻掻き、朧気ながら頭上に浮かぶ、小さな光へと手を伸ばした。



「……げっほ! あ~。なんですかねぇ、この有様は。さっきまでは一応、屋内だったはずなんですけど。」



 呼吸に先んじて目が開き、次いで思い切り咳き込んだ拍子に併せ、ガバリと小さなこの身を起こす。おはよう私、お帰りなさい。などととぼけている場合じゃない。いまだ霞がかったおつむで以って、ぐるり見渡す周囲の姿。それは一律にして瓦礫の山で、頭上では粉塵が厚く層を成して、にっくき陽光を遮っている。いやいやいやいや、どこだ此処。わたくしノマちゃんいずこなりや?


 まさかまさか、狐や狸の類じゃあるまい。そうと思って目元をば、擦ろうとした腕がぽっきり欠けて、黒く炭化していた事にギクリと固まる。火事か? 事故か? 何があった? ここは土で固められた城の最上階。そこにこれ程の損傷をもたらすような、可燃性の何かがあっただろうか。そう目を丸くするうちに、肘の断面がミシミシ伸びて、元の瑞々しいお手々になった。まずは結構。さぁてお次は?


 治った手のひらを開いて閉じて、次いで踵をゲシゲシゲシ。その五体確認の最中において、不意に硬い何かをベキリと踏み折る。足裏に伝わってくる、朽ちた倒木を足蹴にした時のそれ。その妙な感触の正体を、求めた私は視線を下げて、そして倒れ伏す『それ』をこの目に収めた。ああ、そうか。そうかいそうかい。アンタ達はそういう事か。



 『それ』は歯車であった。木製とも金属製ともつかない部品達が、多種多様に組み合わさって塊となり、人の輪郭を成している。そこには銅線が血管のように張り巡らされ、破断したそれらは歯車の内に巻き込まれて、ぎぃぎぃと不快な音を立てていた。表面を覆っていた皮膚も破れ、もはや姿は見る影も無い。残るものと言えばせいぜいが、馬の尻尾のように括られている、後背の長い髪程度なものである。



「セン……セ……。僕タチ……メイレ……遂行…………。」



 雑音混じりの声音があがり、そしてかろうじて回っていた、最後の歯車が動きを止めた。よくよくと辺りを見れば、そこには飛ばされてきたらしい腕や足、頭部の破片が三人分ほども転がっている。不愉快だ。全く以って不愉快極まる。私のあずかり知らぬところにおいて、私と彼女らの生き死にが決められている。衆国はクラキリン女史のその真意、問いたださないわけには到底ゆくまい。


 おそらくは爆発物。それも分厚い土で覆われた天蓋を、木っ端みじんに吹き飛ばす程の代物だ。周囲をぐるりと飾っていた、軍団長どの自慢のお宝も姿を消して、いまや燻ぶった本の一冊を残すのみ。そして『黄衣の王』と呼ばれたその書誌も、見る間に広がっていく炎に巻かれ、風に吹かれてその一片すらも散逸した。最後の瞬間に響き渡る、嘲るような笑いの声。きっと気のせいでは無いのだろう。


 悪いね、軍団長さん。これじゃあ頼まれた最後の望み、ちょいと果たしてあげられそうもない。そう独り言ちて踵を返し、他に動くものは無いかと歩みを進める。床はひび割れて穴が空き、壁も外向きに吹き飛んでいるが、その外周は記憶にあるよりも大分広い。もしや上層は崩落し、それに巻き込まれた私達も、諸共に下へと落ちたのだろうか。そんな予感が頭に浮かび、次いで裏付けの尻尾を踏んだ。


 ぶにりと柔らかいそれに、蹴躓いてたたらを踏んだその眼前へ、現れたものは巨大な背中。その皮膚は焼け焦げて、めくれ上がったその下にある、肉と骨までもが爛れている。その大トカゲであるところの彼は、腹の内に巨大な氷柱を抱えており、そして本体である私を認めたと同時、グググと笑って灰になった。うむ、よくぞやってくれたゴリアテ君。機会があれば、六千五百万年後にまた会おう。



「だーっ!!! さ、流石に死ぬかと思うたわっ! いやぁタルヒ! ぬしを引き込んだのは正解じゃったなあっ!」


「……おだてられるような程でもない。じゃが、褒めてくれるのであればとても嬉しい。のう、おんしもそう思わんか? イツマデよ。」


「おう、おう、おう。助かったぞ、新入りよぅ。まぁその態度、謙虚なのか横柄なのかわからんけども。で、ヤマヂチの奴はどこに行った? マガグモ、あやつどうにも姿が見えんぞ?」


「奴ならほれ、そこでまた凍っておるぞ。」



 見事殉職を果たした我が分身が、文字通りその身を賭して守った氷の柱。それは崩れ去る彼に呼応するかのように、全身に亀裂を走らせると微塵に割れて、内から姦しい少女達を生み出した。どうやら無事で居てくれたらしいその様に、内心で胸を撫で下ろしながら、安堵の溜息を小さく漏らす。経緯はどうあれ彼女たちを、この一件に巻き込んだのは私なのだ。そりゃあ自責の一つも念じようて。



「オオ……。なんたる事ダ。我ら栄光ある第四軍ガ……、このような……無様を晒そうとハ……。」


「サクロルムさんもご無事でしたか。状況は……、まあ、見ての通りです。おそらくはなんらかの、強力な爆薬の類によるものかと。私は急ぎ帰還をしますが、そちらはこれからどうされますか?」



 砕けた氷片の舞い落ちる中、わちゃわちゃと群れる彼女らに続き、むくりと身を起こすのはアリ人間。蛮族ソシアルが一員であり、それなりの地位にあると思われる彼、サクロルム・フォウナイン氏の姿である。普段は感情を見せぬさしもの彼も、この徹底的な破壊の様には平静を欠いたらしく、その立ち居振る舞いからは明らかな動揺が感じられた。


 なにせまぁ、改めて見ても酷いものだ。城を構成する塗り固められた分厚い土は、その至る所で爆圧に負けて崩壊し、いまや辛うじて自重を支えているような有様である。私達を除けば視界の端で崩れていく、倒壊への秒読み以外に動くものも無し。この下層に居た敵兵もトカゲ達も、みなこの足元の瓦礫に埋まり、生き埋めと成り果ててしまったのだろうか。諸行無常。それで片づけるにも惨い仕打ちだ。



「……王国のノマ。私は残存兵を取り纏メ、このまま本国に向け撤退すル。この砦から継続して送られていタ、旗笛による信号網は崩壊しタ。これにより作戦行動中の各師団モ、異常を察知して後退を開始するはずダ。」


「つまるところ、ここに利害の一致は終わりを迎え、これ以上行動を共にする謂われも無し、と。ま、お互い碌な結末とは言い難いですが、それでも命あっての物種です。次にお会いする機会があれば、その時はお茶でもご一緒できると嬉しいですね。」


「次など無イ。貴様ト、そしてこの破壊をもたらした地の危険性。女王陛下にしかと進言をしておこウ。あのような連中に金輪際、我らは手を伸ばすべきでは無いのだト。」


「……ははは。なんともね、酷い言い草でありますこと。でもまぁ、それが懸命かもしれません。哀しいですけど。」



 相変わらず表情の一つも見せぬ、硬質な虫のご面相。その彼は言うだけを言うと踵を返し、その身に淡い緑色の光を纏いながら、崩れた斜面を滑るようにして去っていく。相互理解は難しく、大抵においてその最善は、境界を保っての棲み分けである。それは重々承知なものの、やはり言葉に出されると寂しいものだ。ねえ、貴方もそうだとは思いませんか? めっちゃ私を睨んでるマガグモちゃん。



「……おうおう、ノマよ。ぬしの連れのトカゲがな、わしらを守ってくれたのには礼を言おう。じゃがそもそもを言えばおぬしのせいで、揃ってこんな惨事に遭わされたんじゃ。この落とし前、どうつけてくれるか考えってもんはあるんじゃろうなぁ?」


「は、ははははまぁまぁ。埋め合わせはいつか必ず。それより申し訳無いのですが、その惨事というのはまだ終わっていないようでしてね。それでイツマデさんにもうひとっ走り、ちょいと飛んで頂きたいのですが。」


「へ? ふ、ふぇいっ!? あ、アチキが何か!? 化身さま!」



 ご立腹極まる蜘蛛娘、その詰め寄りをするりと躱し、頼みの鳥娘の羽毛をぐいと引っ張る。次いで頭上へと指を向け、一同揃って見上げる視線の先に、音も無く陣取る者。それは高く高く空を舞う、一対二枚の回転翼を持った、蜂の如き巨大な何某。一人二人は乗り込めそうな、生物的かつ金属質なその物体は、腹に抱えた黒い筒を今もこの私へと向けている。


 おそらく銃器の類ではない。掃射を加えられるのであれば、とうにひき肉作りは始めているはず。ならば残された可能性は、死骸を確認する為の光学装置か。いずれもこの世界らしからぬ語ではある。が、しかしそうであるとしか言い様はなく、その事実が殊更において、かの『機械』の異様さを際立たせていた。ふん。いくらコソコソ嗅ぎ回ろうと、私の五感は騙せるものかよ。今日の私は本気なのだ。



「……なんじゃ? ありゃあ。羽虫にしちゃあデカすぎるぞ。おぅいイツマデ。もしやおぬしの知り合いか?」


「戯れるなぃ、マガグモよぉ。デカくて羽を持ってりゃあお友達。なんぞというわけがあろうもんかい。」


「ほれ、溶けたぞヤマヂチ。……ふむ。ひんがしでもな、かようなあやかしは見た事が無い。羽虫が大鎧を着ておるのか?」


「……何が起こっておるのかさっぱりわからん。おぅタルヒ、空を焼いたのはあやつの仕業か? とりあえず殺していいか?」



 上空に向けられる瞳と共に、私への殺意もそちらへ移る。何と聞かれて答えられるようなものでも無いが、しかしそれが、数百年の先をいく発想であろう事は察しがついた。雄蜂の無人偵察機、中々洒落た真似をしてくれるではないか。そしてそのようなものが出てくる以上、益々にして彼女を放る理由は無い。傲岸不遜な狐目の女、おそらくは私の同郷だ。腹積もりは吐かせてやる。



「さぁて! お願いしますよイツマデさん! 追い駆け回してやりましょう! 嫌ってほどにねっ!」


「ひゃっ! ひゃいいっ!!! ほれ! ほれ! ほれ! ここが崩れる前にみんな行くぞぇ! さっさとアチキに掴まらんかいっ!」


「……おいっ! ノマよ!」



 私達の動きを見たか、反転し離脱していく機械の雄蜂。それを逃すものかと気炎を上げて、大鷲の巨体をよじ登る私に対し、蜘蛛の少女が待ったをかける。強引である事は重々承知、こちらへ反感を持つは当然だろう。しかしここで引き下がるようなわけにもいかず、例えこの細い絆を失ってでも、意は通させて頂く所存であった。なにせ一帯を吹き飛ばしたあの爆薬が、唯一の物であるとは限らないのだ。



「……なんでしょう? 断るというのであれば受け付けませんよ?」


「ふん。おっかない目をしおってからに。よいかノマ、猿共はわしら化生の敵であって、貴様はそんな猿共に与しておる。そしてその貴様に対し、わしらは束になっても勝ち目を持たん。正直を言ってとんだ窮地じゃ。」


「ええ。まあ、そうである事を否定はしません。この私のね、匙加減一つです。」


「よってつまり、これは貸しじゃ。遠からずあの猿共は、縄張りを広げる為にわしらを排しようとするじゃろう。その時はな、貴様が間に立ってわしらを守れ。その何者をも圧倒する力で以って、特別に取り計らって進ぜよ。こちらもな、それが飲めんとは言わさんぞ?」



 爛々と光る八つの目が、半眼で凄む私を捉え、怯むまいぞと言を発する。それを受けてニタリと笑い、ご機嫌な私は羽毛をば、くいと引っ張ってその出撃を促すと、みなを諸共に空の高くへと飛び上がった。ははははは! あな嬉し! なんとも後ろ向きな姿勢ながら、彼女はついに見せてくれたのだ。互いに歩み寄ろうとする意思を。建設的なその進展が、心胆に心地良からぬわけがない。実によきかな!



「是非! お約束しましょうっ! さぁてそうであると決まったならば、善は急げというものです! この一件における心のつかえ、まるっと解決しに行きますよぉっ!!!」


「っち。ちょいとぶれて見せればすぅぐにこれじゃ。調子のよい奴。」


「おいマガグモっ! 勝手な真似を! 我は負けを認めておらんぞ! あと百回も殺りあったならば勝つかもしれん! タルヒもそう思うじゃろうっ!!?」


「嫌じゃ。やりたいのなら一人でやれ。」



 背後にて交わされる口八丁。それを聞きつつ粉塵の成した雲を破り、逃げる雄蜂を追う私たちは、一路天高い道を往く。小型快速にして風防無し。そんなイツマデちゃんの背中において、容赦なく襲ってくる風の圧が、頬をぐにぐにと波打たせる。眼下を流れる景色から言って、電車や自動車よりもずっと早い。それほどの速度を以って、果たして何処へ逃げようというのだろうか、やっこさんは。


 瓦礫の山を尻目に見つつ、赤茶けた大地の頭上を越える。やがて見えてくるものは赤と緑、二つの色を分けた境界線。その険しい山々を眼下に捉え、潜む砦をも飛び越えていき、平原に至ってなおも追跡は終わらない。踏み固められた道、黒く線を成した兵隊の列、点在する小さな里。そしてそれら今日に至るまでに歩んだ道を、逆に辿って行ったその最奥で、ついに雄蜂は動きを止めた。


 そこは無計画に拡張をされ、歪な円状に広がった都市の、中心部にあたる空の上。建物が乱立する雑多な外と、整然とした内とを別ける、高くそびえ立った壁の先。つまり私達がついぞ先日に離れ去った、東の大国が政治中枢、まさにドンピシャど真ん中である。行って帰って大返し。今ならこと落ち着きの無さにおいて、羽柴さんにだって張り合えよう。おのれこんな密集地に逃げ込みおって。


 爆ぜる火薬の一つもあれば、大火を引き起こしかねない大都市圏。そこに留まった機械の蜂は、一瞬激しく身を震わせて、次いで制御を失ったかのように落ちていく。直下に見えるのは逃げ惑う人の波と、激しく切り結び合う刃傷沙汰。これはいったい何事か。それを呈せるだけの合間も無しに、見知った顔が地より伸びた、巨大な鋏に両断されたのを見てたまらず叫んだ。



「ゼリグっ!!? 降りますっ! 皆さんはあの蜂の落下を阻止っ!!!」


「ええい! つくづくと顎で使ってくれるっ! ノマぁっ! 貸しの取り立ては覚悟をせぇよっ!!!」



 考えるよりも先に身体が動き、宙へと身を躍らせながら咄嗟に叫ぶ。それに応じた蜘蛛網が、背後で撃ち放たれたのを視界の端に、自ら弾頭と化した狙いの先。それは数瞬のうちに迫り来て、そして私の顔面という質量弾が、見事直撃した事によって微塵に砕けた。鋏の破片、割れる歯車、投げ出されて地へと落ちる、上下泣き別れとなった親しき友。やってくれたなカニモドキめが。



「……げっほっ! かひゅっ! よ、ようノマ、いいところに来るじゃあねえか。へっへ、うっかり惚れちまいそうだぜ。」


「くひひ。英雄ってのはね、ここぞという時に来るものでしょう? ……で、お体のほどは?」


「あー……。血とな、肉が足りねえ。」



 先端に備えた凶器を失い、なおものたうつ奇怪な腕。足元を揺るがすその何某を、視界に捉えつつも彼女へ向かい、袖をめくり上げた腕を差し出す。次の瞬間に伝わってくる、濡れそぼった熱い舌と、打ち込まれる牙の硬い感触。その異物感に顰めた顔が、左肘を食い千切られる鈍い音に、より一層にして激しく歪んだ。悪いねゼリグ。いつか嫌になったなら恨んでくれよ、この私をさ。



「……貴方ね。ちょっとばかし、軽やかに人間捨てすぎじゃあありませんか?」


「げっぷ。うるせー、非常時だよ非常時。だーれが好き好んで食うかよ、こんなもん。」



 破れた腹のふちがミシミシ伸びて、彼女の新しい骨と肉とを形作る。続けて愛用の槍をお腰に佩くと、それはゾルリと剥き出しの肌に纏わりついて、赤く禍々しい鎧となった。以前に渡してあげた紅血の武器、なんとも器用に使いこなしてらっしゃる事で。さぁてそれでは憂いも消えて、此処からがいよいよお立合い。こちらはこちらでどうした事か。


 ちらちらと窺い見る周囲の様子、そこで繰り広げられるは大立ち回り。見覚えのある外観の、顔無し娘達がこれまた見覚えのある剣を握り、我が分身たるフルートちゃんの手にかかっては、獅子も奮迅とばかりに壊されていく。それを取り巻くのは兵士達で、いつぞやの色男さんの指揮で踏ん張りつつも、弓を手に手に戦々恐々。なんせお顔も死にそうである。さもありなん。


 いや、申し訳ないねカーマッケンさん。この私自身も含め、一挙に化け物五人前がお替わりだ。そして更に加えてもう一体、地中怪獣カニモドキさんの登場に至り、もはや常人である方の手向かい無用。どうか怪我の一つも負われる前に、避難誘導に努めてくだされ。そんな思考に耽るうち、ついにカニモドキさんも地盤を破り、その異様で以って激しく吠える。あぁそうかい。あんたらほんとしぶといな。



「「「性懲リモナクッ!!! マダ生キテイタカッ! 田舎娘ェッ!!!」」」


「そちらこそっ! 地中怪獣なら怪獣らしく! マグマでも食べておねんねなさいなっ!!!」


「ノマぁっ!!! そのガキ共はアタシにやらせろっ! ぶつ切りの恨みは晴らしてやるっ!!!」



 サソリの如き長い尻尾。装甲で覆われた分厚い胴体。その背から生え伸びる、管で繋がれた見知った顔の、少女三人の上半分。それが各々に剣の括られた長槍を持ち、得意の災厄を三種盛りでばら撒きながら、歯車の噛み合う音と共に襲ってくる。更には電撃熱線飛び交うその只中へ、ド派手に落ちて大破炎上つかまつるのは、糸で固められた巨大な雄蜂。ええい、阿鼻叫喚も甚だしいわ!



「猿共とその巣は避けたっ! こうはなっても文句は無かろうっ!!?」


「上出来ですよぉ! マガグモさんっ! その調子でこっちの加勢もお願いしますっ!!!」


「ヒャヒャヒャ! ほぅれ化身様の御命であるぞっ! 去ねっ! 去ねっ! 去ねぇいっ!!!」



 叫ぶ私の求めを受けて、大鷲娘の風切り羽根が、黄金色の槍と化して降り注ぐ。しかし複製品と思しき連中も大したもので、ちょこまか動き回ってはその爆撃を躱していくが、そうであったのも僅かの事。充満する霧が地表を濡らし、更には冷え固まっての隆起に至り、一人また一人と屑鉄になって消えていく。足を狙われるのはホントに怖い。私もえらい目に遭いました。


 その戦果に得意満面の大鷲ちゃんを、ギロリと睨みつけるのは我が娘。どうやら私に見せようとした活躍の場を、掻っ攫われてしまったのがご不満らしい。ついでに霧と氷のお二方も、やけっぱちを顔に書き出して不承不承。そんな様を右往左往、逃げて躱して避けまくりながら視界の隅に収めていくが、しかし肝心要の姿が見えない。どこだ? どこだ? どこに行った? ここで逃がしては大変拙い。



「うっげ!? 槍羽根ぇっ!!? おい! お前何しに行ったんだよ銀色バカっ! なんつー連中を呼び込んでやがるっ!!?」


「ご心配なく! 今この時は味方ですよっ! それよりもゼリグ、クラキリンさんを知りませんか!? これだけ戦力を吐き出したんです! きっと苦し紛れで近くにいるはずっ!」


「ノマ君っ! 石畳を這った血糊を追え! 城壁沿いの抜け道の奥! 君ならば深追いも容易かろうっ!?」


「「「行カセナイッテ言ッテンダヨォッ!!! サッサト死ネヨォ! 皮袋ドモォッ!!!」」」



 ご協力を感謝しますっ! 包囲を解いて避難を命じ、自身必死で逃げ惑う色男氏へ、鋏をくぐり抜けながらそうと一言お礼を放つ。立ち塞がるは十や二十、更にガシャガシャと現れる顔無し達で、それこそが追い詰められた事のまさに裏付け。だからこそ三人娘も追いすがって、もたげたその長い尻尾の先で、開いた傘に巨大な火花を瞬かせるのだ。ってなんだそれ電気の大砲っ!?


 高圧高速大熱量。それを以って焼き尽くさんとする科学の技が、しかしすっ飛んできた赤い足に蹴り上げられて、明後日へ向かいお空を焼いた。次いで青白い残光と共に漂ってくる、大気が焦げる青いにおい。そんな乱痴気の中をえいやと抜けて、フルートちゃんのこじ開ける隙間の中へ、この身を滑り込ませて転がり出でる。匂う匂う。私の好物の真っ赤な匂い、振り撒いたままでは逃げられまいぞ。



「オラぁっ! テメェの相手はこのアタシだぁっ! ケリはつけてやるよ! 乱逆もん共ぉっ!!!」


「ノマ様! ノマ様! あの不心得者はこの奥ですっ! このわたくしが! このフルート吹きめがノマ様の為! 道を確保して御覧に入れましたっ!!!」



 戦意撥刺たるゼリグの奴と、見えない尻尾をぶんぶんと振るフルートちゃん。それら声を背中に受けて、くぐるはサイエンス・フィクションに出てくるような、奇怪な乗り物のぶっ刺さる壁の下。なんじゃいありゃあ、時空警察でも殉職したのか。浮かぶ世迷言はごくりと飲んで、あとは言われた通りの狭くて暗い、小さな坑道をひた走るのみ。よくぞやってくれました皆さん方よ、後は私が任された。


 今日ここに至るまで後手も後手。流されるままのなし崩しに、続けてしまった場当たり的な転戦の旅も、これを捻り上げていよいよ終いか。しかし物事はいまだぼやけて判然とせず、いずれ繋ぎ合わされぬ点のまま。だからこそあの土壇場で叫んだ彼女の嘆き、私が聞いて進ぜねばならんだろう。



 クラキリン。姉のもとへ帰りたいと願う、奇妙な貴女。その推し量りかねる心の内を。



ここ数話でジェットコースターみたいにぶん回してきた展開を収束させていきます。

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