錆色チェイサー
「う~ん。なぁ、キティーよぅ。ノマの奴だけどさ、上手くやってくれてっかなぁあのポンコツ。」
「ゼリグ、あんたそれ何度目よ? ま、心配するだけ無駄ってものよ。どっちかっていうと私なんか、やり過ぎちゃったあげくにね、珍事を引き起こしてないかの方が心配だわ。なんてったってノマちゃんだし。」
真っ赤に尖った血色の槍。その石突でコツコツと荒れた地面を叩きながら、山間から覗く南の空を遠く見上げる。そこからこちらに至るまで、アタシ達の頭上は生憎の曇天とあり、昼間だってのにお天道様の顔一つ拝めやしねえ。日光嫌いのアイツにとっちゃあご機嫌かもしれねぇけれど、こちとらまだまだ見習いのバケモンなのだ。それがろくでもねえこの状況に、なんとも嫌味に相まりやがる。
かしげて捻った視線の先。その先に見える顔は、まるで心配した様子もない腐れ縁。さらにその向こうではお馴染み鉄の荷馬車の車輪が回り、王女さま騎士団長さまのお偉い主従はその御者台の上、難しい顔で地図を覗き込んでいる。そしてノマの奴の命令とあり、黙々とそれを引っ張らされるフルート吹き。まぁここまでは別にいい、見慣れたいつもの光景だ。魔人の奴は不満げだけど。
問題があるのは周囲のほうで、昨日から騎士サマ従兵ともに殆ど休息が取れていないとあって、どいつもこいつも面構えってもんが荒んでやがる。アタシにも何度か覚えはあるが、おちおちとロクに飯も食えず、それでいて身体への鞭だけはたっぷりと貰えるのが強行軍だ。あれをもう味わなくてもいいってだけで、化け物になっちまった価値はあった。だがそんなアイツらも大分マシだ。
すっかりとへたばった王国軍。それでも退路さえ確保できれば勝ちの芽は濃厚とあり、その目はギラギラと光ってかろうじて生きている。悲惨なのは衆国の側で、槍を杖に死んだ目で歩くあの連中は、おそらくこの後退に含まれた意図を知る由もないのだろう。長く何処までも列を成し、足を引き摺り友を支え、顔を伏せたままの兵士たち。その姿は紛れも無く敗残の兵で、見ているこっちまで滅入ってくる。
あのサクロルムとかいうアリ野郎から、東西から攻め上る軍勢二十万を知らされたのは昨日の夜。それからの動きは早く、奥の手を切って後退する旨を一筆したためた王女様は、早速それを衆国のお偉いさん方に投げつけたのだ。うちはかくかくしかじかでずらかるから、詳しくはそれを読んでおけ。そう言わんばかりに義理を果たし、寝こけた連中を蹴り起こしながら、アタシ達はあの砦をあとにした。
しかし王国の者にすれば納得済みの行動でも、それが周囲にどう見えるかってのはまた別の話である。結果的にこの動きは、徴兵された衆国の下っ端連中にとってみれば、秩序を失った逃走の始まりと映ったらしい。で、置いていかれちゃあ堪らねえとみんながみんな、我も我もと群がった末がこの有様だ。如何にもノマの言いそうな台詞じゃあるが、やっぱり根回しってやつは大事だね、どうも。
「ま、そう言われちまったらそうなんだがよ、でもやっぱ気にかかんだよなあ。あの少女なんちゃら軍とかいううるせーガキ共、昨晩から姿を見せやがらねえってのが……って、んん?」
「なによ、勿体ぶるわね? いまのアンタは大事な私達の『目』なんだから、敵を見たんならさっさと報告よこしなさいな。」
「いや、そういうわけじゃあねーんだけどよ。なんかなぁ、空の向こうで光ったような…………うわっ!!?」
妙な違和感に目を細め、気持ち身を乗り出しながら額の上に、片手をかざしたその刹那。まるでお天道様が落ちてきたかのような、凄まじい閃光が雲間に走り、アタシの視界に強烈な白を焼き付ける。それに遅れること一瞬の後、叩きつけるような衝撃を以って駆け抜けた轟音が、顔を守ろうとした腕を大小に引き裂きながら、持ち上げた身体を丸ごと吹き飛ばしてくれやがった。くそ、なんだってんだ。
二回三回と地面を転げ、四回目でバネを活かして姿勢を正し、槍の穂先を地に突き立てる。それを握る腕にひょいと視線を落としてみりゃあ、食い込んでやがるのは大小さまざまに尖った飛礫。皮膚を破った邪魔なそれを、ガツリと咥えこんで引っこ抜き、吐いて捨てながら周囲を見やる。落ち着けアタシ。いま最優先すべきは何だ? これは蛮族の攻撃か?
あまりの突然に辺りはうめき声で満ちているが、しかしこれに乗じようという姿は無い。攻め込んで首を取るのならば、今が絶好の機会のはずだ。ならばとりあえず、最悪は免れたと見てよいのだろう。そう断じて息をつき、真横に転がって来たキティーの奴を引っ張り上げる。あちこちボロ切れのようになっちゃあいるが、それでも五体は満足らしく、あがる悲鳴の元気な事。そんだけ叫べりゃあ十分だ。
『もっと優しく扱え馬鹿!』と、そう突っかかる理不尽を受け流しつつ、先の怪光を発した南を見上げる。今やその様相は一変し、空は雲を吹き飛ばしたかのように晴れ渡って、代わりに黒雲が顔を見せていた。山間から立ち上るそれは細く長く、それでいて空に近づくほどに膨れ上がって、まるで巨大なキノコのようだ。胸がざわついてしょうがねえ、あそこにノマは居るんじゃないのか?
「……生体反応が消えていない? そんな馬鹿な事が……。いやそもそも、奴は本当に『生きて』いるのか?」
遠い空を怪訝に眺め、そしてお姫さん方の安否をと思い出した、その矢先。耳に入ってきた胡乱な声に、思わず向き直って『そいつ』を認め、ずけずけと歩み寄って距離を詰める。クラキリン。これまで何度かノマの奴に、ちょっかいを出してきやがった衆国女。いったいどこに居たのやら、そいつは真っ黒い雲をにらんで唸り、爪を噛んで苛立たし気だ。うさんくせぇ。
「よう、衆国のお役人様。アタシは学ってもんが足りなくてよ、わりぃが今の言葉、意味を教えて貰っちゃあくんねぇか?」
「……貴様、あの娘と一緒に居たな? 答えろ! 『アレ』はいったい何なのだっ!? 既に形など残っていない! なのに何故動いているっ!!?」
「っち! ってめえ!!! 妙な事をと思ったら、やっぱりなんか仕掛けやがったなっ!!?」
出した尻尾へ罵声を浴びせ、組み伏せてやろうと掴んでかかる。応じた女も動きは早く、袖口に差し入れた手で何かを掴み、間髪入れずにその先端をアタシへ向けた。暗器使いにゃよくある技だ。だが短剣のような握りを備え、横倒しになった円筒の先にキュンキュン回る、みょうちきりんな傘をくっ付けたこの物体。おおよそ武器には間違いないが、さっぱりその正体がわかんねえ。
アタシの逡巡はおそらく一瞬。けれどもその一瞬で回転を増し、パリパリと帯びるようになった紫電を前に、こいつはヤベェぞと右手をかざす。次の瞬間には破裂音。そして放たれた光は火花を発し、身を守ろうとした手を真っ赤に焼いて、そのまま胸のど真ん中を穿って抜けた。肺が焦げ、呼吸が止まって喉の底に、溜まっていく鉄の味がはっきりわかる。クソが。やりやがったな。
「……ぐぶっ!!? がっ!? じ、上等だぁ! なんだかわからねぇがとっ捕まえて、洗いざらい吐かせてやるっ!!!」
「くっ!? 貴様もモンスターかっ!!? どいつもこいつもっ!!!」
「おいゼリグ! この有様はいったい何だっ!? そいつは敵か!? ノマ様の御身に、何かあったんじゃあないだろうなっ!!?」
彼方の地での大爆発。その異常のさなかにあって、引き起こされた悶着を目ざとく見つけ、早速に駆け寄って来るのはフルート吹き。その道中に転がってウンウン唸る、破片にやられた連中をまるで気にも留めないあたり、如何にもらしい薄情ぶりだ。だが今においては好都合。バケモン二人に飛び掛かられて、躱しきれる奴ってのもそうはあるめぇ。モンスターってのが何言ってんだかわかんねぇけど。
初撃での無力化に失敗し、さらに鬼気を迫らせる異様な輩が追加されて、不利を悟ったか数歩を後ずさる衆国女。そいつは再びに袖へ手を突っ込むと、さっきの妙な武器と入れ替わるように、今度は鈍く光る塊を引っ張り出した。姿を見せるほどに大きくなり、およそ隠し持てそうなはずも無い金属塊。長さ高さは馬ほどもあり、馬らしく鞍までも備えている。なにそれスゲェカッコいい。
「傭兵っ!!! そいつを逃がすなっ! それとキリーっ! 姫様の御身を頼む! 早く来てくれっ!!!」
「ぐっ! うぅ! わ、私に構うなメル! それよりも奴の確保を優先しろっ! 絶対になぁ、腹に一物抱えておるに決まっておるわっ!」
「ええぃもう! ゼリグっ! 今のが聞こえていたでしょう!? こっちは見ての通りにてんてこ舞いよ! あとは任せるからそいつのね、首根っこ掴んで戻ってらっしゃいっ!」
「おうっ! 言われるまでもねえっ!!!」
騎士団長様の悲鳴があがり、お姫さんは血に塗れながらもがなって叫び、キティーはいつもどうりに指図を飛ばす。それら声を背中に受けて、突っ込んでくる魔人の奴と歩調を揃え、構える槍で狙った先。しかしあったはずの姿は鉄の怪馬に隠れてしまい、このまま殴り込むべきかという迷いを生んだ。さっきの不可思議に光るあの攻撃。あれが背後に守る誰かに向けて、放たれるかもしれないと思ったのだ。
その間にも無遠慮な魔人は突っ込んでいき、伸ばす触手を馬の尻のあたりへと巻きつける。するとそれが嫌だったのか、怪馬はバォン! と熱した空気を一息吹いて、よじ登る主人と共にフワリ宙へと浮かび上がった。あ、こいつ馬じゃあねぇな、馬は空飛ばねえもん。じゃあ鳥かって言われると翼がねえ。お前なんだってんだよ馬モドキ。
そんなどうでもいい事を考える内、身を翻しながらその頭を跳ねて上げ、再びに激しく吠え猛るモドキ野郎。その今や頭上のものとなった鉄の尻に、巻いた触手で以ってフルート吹きがぶらんと下がり、アタシも咄嗟にそこへ抱き着いて追いすがる。そして鬱陶しそうに目を向ける魔人の奴と、視線を交錯させたその瞬間。身体が重い空気に引っかかって、ぶっ飛ばされそうになる異様な感覚が襲ってきた。
いやあり得ねえって! なんだよこれっ!? 腕は千切れそうなくらいに悲鳴をあげて、景色は目で追えないほどに溶けていく。王国一の駿馬だって、きっとこいつに比べりゃあ赤ん坊だ。どんだけかっ飛ばしてやがるこの野郎。風はごうごうと吠えて顔に当たり、それに乗って巻き上げられたアタシ達は、もはや糸切れの見えた凧のよう。ちっきしょ、ぜってぇ逃がしちゃやんねえからな。
「くそっ! しつこい奴らめ! 何百キロ出てると思ってるんだ!? さっさと諦め振り落とされて、それでチクタク様の御許へ帰れっ!!!」
「はっ! わりぃなネーちゃん! こちとら拝んでんのは白の神だ! 異教の救いも結構だがよ! 説法がしたいってんなら間に合ってんぜっ! なぁ! フルート吹きよぅ!!!」
「ぐぐぐっ! 勝手にしがみついて不埒者めが! 私が仰ぐのはノマ様のみよっ! 今にその猪口才な口捻り上げて、事の次第を二人纏めて吐かせてやるっ! 覚悟をせぇよっ!!!」
「生憎アタシも埒外でねっ! だからやるってんなら仲良しこよし、一緒に尋問としゃれこもうや! お互いに気の済むまでなあっ!!!」
まるで回転をする砥石のように、猛烈な勢いで荒れた地面が流れていく。そのすれすれで怒鳴って返し、ヤスリ掛け寸前の身で振り回されるうち、外囲いの大門の姿が見えてきた。相も変わらず土地を失った食い詰め者が、集まりたむろする玄関口。つい先日に別れを告げて、立ったばかりの衆国首都だ。嘘だろおい、歩いて四日の道のりだぞ。
気づいた瞬間には間近に迫る、開け放たれたその大門を、モドキに引っ張られるアタシ達は凧になって抜けていく。そのまま通りの中心を脱兎と駆ける、空飛ぶ怪馬の異形を前に、響くのは大小入り混じった悲鳴の波。さらにはぶっ飛んだ麦の袋や洗濯物が、散々に巻き上げられて視界を塞ぎ、もはや訳がわかんねえったらありゃあしねえ。おら、頭下げてろ大衆サマよ。首が飛んじまっても知らねえぞ。
買い物客で賑わいをみせる、昼時を控えた外区の市場。その上をすらものの一瞬で駆け抜けていき、そして立ち塞がった内区の門に、頭から盛大に叩きつけられて投げ出された。衝撃に負けて散らばっていく、さっきまで門であった破片の山。そんな残骸の一部と化して、アタシ達も石畳の敷かれる綺麗な様を、木っ端微塵に粉砕しながら着地を決める。いやぁ、人間辞めててホントに良かった。
「何事だっ!!? っく、化け物の襲撃だと!? ええいこの非常時にっ!!!」
「おおっと待ったぁっ! 味方だ味方! そうは見えねえかもしんねえけどよ、これでも同じ側に属する同士、王国から来た一員だっ! なぁ、カーマッケンさんよ知った顔だろっ!?」
突然にやってきた疫病神。それに驚いて蜘蛛の子のように、身なりのよいご婦人方が散っていく。その混乱の壁を掻き分けながら、こぞって集う武装した顔触れの中、見知ったそいつへ全力の申し開きを投げつけた。一度は突き合わせた事のある顔だ。ノマに取り入ろうとしたコイツならば、その取り巻きの一人や二人、多分に思い出してくれるだろう。というか頼む、マジでそうであってくれ。
女癖の悪い貴族のボンボン。そうと思っていた彼ではあるが、この鉄火場に真っ先に駆け付けるたぁいい度胸だ。おそらくはこの戦争における凶事に備え、盾となる備えはあったのだろう。それを推し量ってクツクツ笑い、隣に転がるフルート吹きの、頭巾を強引に被せ直して不興を買う。さぁてどこに行きやがったあの女。鉄の怪馬はひしゃげて堕ちて、もはや姿は見る影も無し。逃げ場はねえぞ。
「王国の一団に居た近衛の者かっ!? しかしそれが何故こんなところで暴れている!? 一体何がどうなったのだ!? 南における戦いはっ!!?」
「あっちはあっち! こっちはこっちさっ! アンタのところのお偉いさんがよ、わっけわかんねえ事言って逃げ出しやがったっ! そんで巻き込まれた結果がコレよ! あとでたんまり弾んで貰うぜぇっ!」
「内通者かっ!? しかしこんな局面で一体誰が……っ!?」
「クラキリンっ! 知ってる名だろう!? ま、それでも安心したよ! そんな分じゃあこの戦争も、狂言だったなんてこたぁ無さそうだっ!」
石畳の割れた上、そこに残る引き摺られた足の跡を、視線で追いながらも叫んで返す。向かう先は城壁に沿って拵えられた、小さな抜け道のその暗がりで、赤黒いそれは転がり込むようにして消えていた。前言撤回、ありやがったよ逃げ場がさ。すぐに狩り立てて深追いするか、それとも見に徹して機を逃すか。どっちも簡単に描けるってのが、また嫌な二択を突きつけやがる。
「ふはははぁっ! 袋に逃げ込んだかネズミめがっ! ノマ様の裁可を得るまでもない! 私がこの手で裁いてやっっぐぇっ!!?」
「おおっと待て待てっ! そう急くなってのイノシシ魔人が! なぁカーマッケンさんよぅ、ありゃあどこに繋がってんだ? 城壁上の見張り台か?」
「……確かにその通りではある。だが内部はかなり入り組んでいてな、悪いが道案内の期待には応えられんぞ。それこそ根も葉もない噂じゃあるが、地下に軍務局が糸を引いて、ひそかに施設を作っているなんて話も…………あるぐらい、だったんだがなぁ。」
口の端から泡を飛ばし、すぐさまに突っ込もうとするフルート吹きの、長い銀髪を掴んでぐきりといわせる。その隙に出来る限りの確認をして、さっさと対応を決めちまおう。そうと思っちゃいたのであるが、残念なことに状況変化の刻一刻は、それを待ってすらくれないらしい。神様ってのは意地悪だね。まぁ本気で祈った事なんかねーんだけども。
衆国女の消えた暗がりの中、姿を見せたのは揃いの法衣に揃いの刺繍、揃いの胸飾りを下げた少女の一団。ある者は馬の尻尾のように髪を結び、ある者はお団子を二つ作って左右に垂らし、ある者は短く切り揃えて少年のよう。それが見える限りで合わせて十二。おまけにどいつもこいつものっぺらぼうで、目も鼻も口もない平たい顔に、髪だけを乗せた愛想無しだ。よう、お前らみんな五つ子だったか?
「……っち。ありやがったなぁ、根も葉も幹も。それを垂れ流してた噂好き、いっそ諜報で雇ってやったほうがいいんじゃねーの?」
「……考えておこう。来るぞっ! 総員構え! ここで押し留める事をだけ考えておけ! 攻めは王国の化け物共に任せれば良いっ!」
「はっ! 言ってくれるね若旦那! 危険はこっちにお任せしますってかっ!!?」
「足手まといが身を引くのだっ! 君たちもそれがやりやすかろうっ!!!」
ヴゥンっと低く音が唸り、手に手に剣を携えた娘達が突っ込んでくる。バチバチと雷を纏い、あるいは強烈な熱気を放ち、またあるいは耳をつんざいて吠える凶器の群れ。どうもぱっと見じゃあその能力は、消えちまったあの連中と寸分の違いも無いらしい。いったいこの状況は何なのか。アタシ達の知らねえとこで、何が起きてやがるというのか。そいつがさっぱりとわかんねえ。
大上段から振り下ろされた、最初の熱の塊を大きく躱し、腹を蹴り上げて後ろの雷持ちにぶつけてやる。次いで足元に転がって来た、赤い相棒をつま先で跳ねて両手に構え、首を刺し貫いて串刺しとしてやった。二人纏められたのっぺらぼうが、悲鳴も上げずにカタカタ震え、力を失って地面に落ちる。わかる事なんざ何にもねえ。何にもねえが、やろうってんなら相手になるぜ。クソガキ共が。
わずか一昼夜前の戦いの中、互いに一度は信じて預けた背中。そのそっくりさんを踏みにじり、感傷を咆哮に乗せて捨て去りながら、無理やりに伸びきった腕を跳ね上げる。狙いは続けて迫る雷の剣、その柄を握る細い腕。それは目論見通りに影から迫る、二人目の馬尻尾を捉えて弾き、背後の吠え声持ちを巻き込んで派手に音を響かせた。ヒュウ危ねえ。危うく黒焦げになるとこだったぜ。
「援護をするっ! 射かけヨーイっ! ってぇ!!!」
「っちぃ! 邪魔っ気なぁ! おうゼリグ、こいつら人か!? 血ぃの一滴も流さんぞっ!!!」
「んなもんアタシが知ったことかよっ! 知りたきゃ偉い先生でも捕まえてきなっ!!!」
規律ある動きで以って、群れるのっぺらぼうとアタシ達を、半円の内に閉じ込める兵士達。そこへ若旦那の威勢が飛んで、雨あられと放たれる短弓の矢が、顔無し共を見る間に針の山へと変えていく。ついでに突っ込んで殴り合っていた魔人のやつも、いい感じにとげとげしくなっちゃあいるが、まぁそんなもんは些細な事だ。連中ひょっとして同類か? あんだけやられてまるで意にも介しちゃいねえ。
アタシももっと前へ出るか。それを思って踏み出す足が、何かに掴まれた事によって動きを止めて、思わず前へと転がりかける。真下に向ける視線の先、そこにあったのは穴の開いた首をだらりと下げて、纏わりつく顔の無い少女の姿。刃を向けたのは咄嗟の事で、そのまま手首を貫いて左へ捻り、力任せに切り飛ばす。っちぃ、やっぱこいつらまともじゃねぇな。こりゃあノマが居ねえと……っ!!?
距離を詰めるのを逡巡し、迷いを見せてしまったその一瞬。それを狙ったかのように足元が割れ、現れた巨大なハサミのその先端が、深く腹の中心を刺し貫く。んだよクソ、エビだかカニだか知らねーけれど、地中に住んでんじゃねーよ馬鹿。そのまま敷かれた石を砕き、宙の高く高くまで腕を持ち上げるカニ野郎。そしてアタシの内側からミシミシと、血の味を伴う悲鳴があがり、そして。
そしてバヅンっ! と湿り気のある音がして、背骨が砕けて内臓を囲う肉が破れ、アタシの身体が引き千切れた。




