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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
105/151

真社会性蛮族ソシアル

「あー……、その、なんだ。役人の姐さん方よぉ。この先にあるもんはとても、女子供に見せれるようなシロモンじゃあねーですぜ……?」


「キルエリッヒです。生憎と年配の御方から姐さんと呼ばれるほどに、まだ堂に入った歳では無いつもりですよ。で、その先ですか?」


「……中央の娘っ子ってのは度胸があるね。ええ、そうでさあ。あっしは一応止めやしたからね。」



 どうにかこうにか。狙いを果たしてくれたノマちゃんの活躍により、血風吹き荒ぶ鉄火場を切り抜けてから数刻余り。計画とは程遠い危難に見舞われつつも、それでも軍を再編する場と物資を求め、私達は南下の末に予定の通り、山間の砦へと入城しました。


 そこは東西を切り立った崖に囲まれた要害であり、大軍の展開を著しく制限するこの土地であれば、数に勝る蛮族軍とも渡り合う事が出来たでしょう。とはいえ最早あとの祭り。機先を制された今となっては破壊され、占領されて略奪を受けた、荒れ果てた廃墟に過ぎません。こうして歩む通路の壁に、べったりとこびりつく真っ黒な血が、私にここで起きた惨事を教えてくれます。


 しかしまぁ、覚悟はしていましたが当てというものが外れました。駄目で元々。そうは思いつつも、それでも少しは備蓄が残っている事を期待したのですが、どうやらお目溢しはして貰えなかったようです。先導する年嵩の兵の後に続き、彼を連れてきた衆国のクラキリン女史と二人、ぐるり回って見つけた物といえば、ポツンと落ちていた麦が一粒。さて、果たしてこんな有様でも留まるべきか。



「……ふむ。随分とまぁ、こっぴどくやられたものですね。我が国の事ながら、実に不甲斐ないものです。」


「クラキリン様、我々のような職務のものが、意地や気力で物事を語ると言うのはご法度ですよ。それと、もう一つ。」


「クラキリンで結構ですよ、キルエリッヒさん。それで、御用の向きは?」


「……何か、楽しい事でもお有りですか? この惨状で。」



 咎めるを隠そうともしない口調を前に、衆国女は血の痕跡をなぞる指を、ふいと翻してその歪んだ口元を覆います。相変わらず胡散臭い。実は蛮族と通じているのでは無いのかと、そんな根拠のない憶測が一瞬だけ頭をよぎりますが、先入観に惑わされるのもまたご法度。余計な考えを隅に追いやり、正面切ってガンを飛ばしながら、努めて冷静に振る舞います。ええ、冷静ですとも。



「……失礼。いえね、彼ら将兵の奮戦によってどの程度が死んだのかと、それを考えていたものでして。」


「幸い先の交戦によって、連中に一定の打撃を与える事は出来たでしょう。ですが王国衆国を問わず、傷つき倒れた者が多くいる事は事実です。挙げた首級の数に酔う事は勝手ですが、それで楽観視をされるようでは困りますね。」


「……ふっふふふ。ああ、そうでした、そうでした。そうですね、まだ『途中』なんですもの。この程度で、満足をしているわけには参りませんものねぇ。」



 そう言って、衣の袖で口元を隠したままに、クツクツと笑う衆国女。その反応が友好であれ敵対であれ、大抵において言葉の二つや三つも交わしてみれば、相手の考えは何となくわかってくるものです。ですが事この女において、どうにもその当然は通じません。戦場において喜び数える人の『死』が、敵の首級以外にあるものでしょうか。


 何か、思い違いをしています。そんな収まりの悪さに舌打ちしつつ、何故かこちらを押し留めようとする老兵を脇に退けて、未だ検めていなかった地下へと足を踏み入れました。割れた陶片を踏み砕き、掲げたランプを頼りに歩みを進め、打ち破られた縁をくぐった扉の先。そこで目にしたものに息を呑み、踏んだたたらに衆国女の足を巻き込んで、諸共にずてりと尻を打ちます。



 薄暗い地下室の中、照らし出されたものは吊るされたアバラ肉でした。しっかりと肋骨に付着したその肉塊は、鎖骨の間に差し込まれた吊り具によって支えられて、ゆらりと音も無く揺れています。頭蓋は無く、両腕も肩口から取り外されて、脊椎はちょうど、骨盤に至ろうかというあたりで断ち切られていました。


 見える限りでそれが三体。その下には水の張られた大鍋があり、中で見え隠れする上腕骨や大腿骨はいずれも折られ、中の髄をこそぎ取った跡があります。頭蓋も同様にして割られ、脳を掻き出された後の残った骨が、眼窩を通して白く輝いて見えました。


 それら一連の『加工』の背後。煤けた壁際にはうず高く甲殻が積まれており、全身が揃ったものを含めて数体分から為るそれは、いずれも鋸を挽かれて欠けています。見れば傍に据えられた台座の上、研磨中の矢尻や矛先のその存在が、切り出されたそれの行き先を教えてくれていました。息絶えた者に敵も味方も既に無く、それらはみな平等に資源である。つまり、そういう事なのでしょう。



「あーあー、だから止めたっちゅうに。どうだい嬢ちゃん方、これが南の蛮族だ。おぞましいもんだろう?」


「……ええ。肝に銘じておきましょう。どうやら私の知る北の蛮族達とは、一線を画する存在のようですからね。」



 尻餅をついた姿勢のままに、差し出された思いのほか分厚い皮の、ごつごつとした老人の手をとって身を起こします。それから身体についた埃を払い、呆けた顔で座り込んだままの衆国女に手を差し出して、その力の抜けた身を引っ張り起こしてやりました。見たところ腰でも抜けたのでしょうか。この調子では先に抱いた不信感も、あるいは杞憂であったやもしれません。


 不愛想ながらも礼を言う彼女に対し、私も形式的に言葉を返して身を翻し、再びに奴らの『兵站』へと向き直ります。ともあれ、疑問の一つは氷解しました。この近辺の町や村の規模から言って、略奪で賄える物資の量などは知れています。にも関わらず何故にあの蛮族達は、十万をも超える兵を運用する事が出来たのか。その答えがこれなのです。


 私に一切の情が無いのであれば、その効率性を褒め称えていた事でしょう。倒した敵を、捕らえた捕虜を、死した仲間を、歩けぬ友を、それら全てをあの連中は、行動継続の為の物資と捉えているのですから。大軍を成す戦士とは奴らにとって、そっくりそのまま戦力であり、食糧であり、そして資材でもあるのです。狂っています。まるで共食いをするイナゴの群れではありませんか。



 軽く噛みしめた唇の、その隙間から漏れ出した呼気が、知らず耳障りにも音を立てます。まぁ、よいでしょう。敵を知る事こそ戦の常道。その思想に到底共感を示す事は出来ませんが、ひとまずのところ理解はしましょう。しかし納得には至りません。自軍を消費し続けてまで欲するもの、彼らのその目的とはどこにあるのでしょうか。


 蛮族ソシアル。大陸南端の砂漠に巣食う、極めてその価値観を異にする者達。奴らは既に、旱魃によって打撃を受けていた獣人国を滅ぼしました。そして留まるを知らずに続けられたその侵攻は、北へ北へと触手を伸ばし、ついに衆国南部を平らげるにまで至ったのです。つまり挙げた戦果はもはや十分。仮にその目的が生存圏の拡大にあるのならば、とうに支配へと移行すべき段階にあると言えるでしょう。


 にも関わらず、彼らは未だ侵略の手を緩めていません。搾取すべき民を消費し、己が同胞をも資源に変えて、こうして繰り返される併呑が意図するところ。それを突き止めない限りには、仮に此度の侵攻が撃退に至ったとしても、遠からず悲劇の再演が為される事は確実です。ああ、本当に厄介だこと。北と南への備えに加え、遊撃用にもう三人くらいは貰えませんかね。ノマちゃんを。



「ようやっと集まってくれた兵だったがよ、さっきの一当てでどこの連中もズタボロでさぁ。おまけに王国から来た連中ときたら、化け物を飼い慣らして操ってるってぇ話じゃねぇですか。なぁ、役人の姐さん方。この戦いは……、俺らの国は、これからどうなっちまうんですかねぇ。」


「……勝機なら未だ残っていますよ。そして見い出したそれを掴む術を、考える事こそが我らの務め。ご老人。あなた方はただ信じて、粛々と指示に従ってくれれば宜しいのです。なに、悪いようには致しません。」


「うへぇ、最近の娘はおっかないね。息子の嫁がアンタみたいな、鉄から切り出したような女じゃなくて良かったよ。」


「ご冗談を。」



 さて、見るべきものは既に見ました。留まるべきか引くべきか、あるいは強気に攻めてみるか。メルを交えて状況の整理をしつつ、殿下に献じる策の勘案をせねばなりません。そう気もはやりつつ踵を返し、私が衆国のお偉方が一人であると、妙な思い違いをしている彼へと礼を告げます。目の前の女こそが、王国の化け物を使役している当人であると、そう教えてあげたならばどんな顔をするでしょうか。


 突と浮かんだ意地の悪いその考えを、かぶりを振って頭の隅へと追いやりながら、かんぬきの折れた扉の縁へと手をかけます。その去り際、未だ呆けたままの衆国女が口にした、『私は違う』という語にどこか引っ掛かるものを覚えましたが、しかしそれも、状況打開に向けて巡る思考の渦に押し流されて、雑多な見聞の一つとして消えていきました。


 もはや衆国軍は頼るに能わず。ここまで辿り着いた者の様子から推察するに、負傷、脱走を含めた損耗の程度は四割強。既に彼女達へ、組織的な戦闘力を期待する事などは出来なかったのです。






「よぅ、キティー。宝探しは済んだかよ? ま、その調子じゃあ失敗しちまったみたいだけどよ。」


「ええ、ゼリグ。生憎と、地図の持ち合わせが無くってね。で、アンタ何してんのよこんな所で。」


「当ててみな。豪華お食事券を進呈するぜ?」



 数に勝る蛮族の群れ。唯一頼れるものは異国から来た血を吸う化け物。そんな暗澹たる空気が蔓延する砦の中、足早に戻ってきた私を出迎えてくれたものは、早数年来の付き合いとなる友人の姿でした。ノマちゃんにより人外の身と化してしまった彼女ですが、それでも心を違えることの無いその様が、血気にはやる私へと安堵と共に、イラっとした何かをもたらしてくれます。


 おどけた態度とは裏腹にして、扉を背に寄りかかったままに、抜き身の槍をこれ見よがしに肩へと担ぐその振る舞い。なんとも剣呑なそれを胡散臭げにジロジロ眺め、それから歩廊の左右へと素早く視線を走らせます。見る限りでは王国の者も衆国の者も、らしい人影は見受けられず。ふぅむなるほど。人払いのつもりでしょうか。



「急を要する不測の事態……ってぇ程でも無さそうね、その様子じゃあ。王女殿下とメルは中に?」


「ああ。ノマの奴とポンコツ魔人も一緒に居るよ。とびっきりのお客様を引き連れてな。」



 そう言って肩を竦め、同じく周囲へと視線を巡らせたのちに、静かに扉を開けてみせる我が悪友。あえて入室の許可を取らないあたり、やはり何事かはあったのでしょう。察した私も礼を尽くすよりも先に、早々に足を踏み入れて一歩を進み、追って入ってくる彼女に対して場所を空けます。さて、今更うちの人外共を、あえて隠し立てするような意味も無し。一体どんな悶着が起きたのやら。


 聞こえたのは預けた背で以って戸を押さえつける、背後から響く軽い物音。目に入ったのはしかめっ面で腕組みをする、我らが親愛なる殿下の姿。そして間を置かずして垂れたこうべの先に、早速居やがりましたよ殊の外な面倒事が。百聞は一見に如かずとは金言ですが、それでも心の準備くらいはさせてくれたって良かったんじゃあないでしょうか。ねぇちょっと、ゼリグの奴め。



 その『面倒事』とは人の姿をした大きな蟻で、大顎を持たない全体的に細身な様は、昼間争った蛮族達と比べ知的なものを感じさせます。纏う装いは首回りを隠す織物一つ。お世辞にも精緻な造りとは言えませんが、しかし施された意匠は紛れもない緑の神のそれであって、それは彼、あるいは彼女が信仰すら持たぬ、真の蛮人では無いということを示していました。


 一応、警戒はしてくれているのでしょう。長い触覚をゆらゆらとさせるそいつの脇を、左右からノマちゃんと笛吹き女の奴が囲んでいます。そして卓を挟んだその向かい、腰掛ける殿下との間には帯剣したままのメルが控え、必要とあらばこの招かれざる客を、いつでも切って捨てられるよう構えていました。先の会戦で捕らえた捕虜でしょうか? しかしそれにしては、尋問という空気でもありません。



「ドロシア様。キルエリッヒ、このとおり戻りましてございます。発言の許可を頂いても?」


「……許す。一通り話は聞いたがな、正直判断をしかねる状況だ。私は口を挟まん故、貴様の思うよう忌憚なく物を述べるがよいわ。」



 才気煥発にして眉目秀麗。そんな仕えるに足る美少女様から発せられた許しの声に、これまた見た目だけは輪をかけて良いポンコツ吸血鬼へと目を向けます。こんな時、オロオロと視線を彷徨わせるのが彼女の常というものですが、しかし今日のノマちゃんの目は据わっていました。あれは既に腹を据えている時の特徴です。無理難題を言い出さなければよいのですが。



「さて……。ノマちゃん? 私にも説明はして貰えるのよねぇ? 言っておくけどおもてなしの心なんてのはさらさら無いわよ。」


「ええ、勿論私も同感ですとも。で、まずはご紹介をさせて頂きますと、こちら大陸南端のご出身であらせられるサクロルムさん。つい先ほどまで殺し殺されの間柄であった、蛮族軍団の幹部をなさっていたお方だそうです。なんでも、折り入って私に頼みたい事柄があるとかで。」


「へぇ? ノマちゃん一人に司令部を叩き潰されて逃げた癖に、随分とまぁ分を弁えぬ事を仰るものね。ましてむざむざとそれを聞いてあげるなんて、あなたも危機感というものが足りないんじゃあないのかしら? そいつは敵よ。紛れも無く、私たち人間のね。」


「キティー、貴方の仰る事はもっともです。しかし、私は彼らに貼り付けた『敵』だの『悪』だのという張り紙で無く、『サクロルム』という彼自身を見たいのですよ。求められた対話が耳を貸すに足る内容であるのならば、それに応じるはやぶさかでもありません。」


「……余裕なのね。こっちだって人死には出しているのに。ノマちゃんのそういうところ、ちょっと私は好きになれそうも無いわ。」


「……どうも。」



 揺さぶり半分本心半分。そんな心持ちで放った言の葉を、耳にして心底悲し気に瞳を伏せる少女を前に、感情を押し殺すべく唇を噛みます。彼女の意見は建設的です。私もまた理性の徒であるのならば、その判断を支持してあげるべきなのでしょう。しかし地下で目にした鬼畜の所業を思い出すに、やはり一言、口を出さずにはいられませんでした。



「……ごめんなさい。あなたに当たるのもお門違いね。……で、そこの蛮族。要求があるのなら、改めて私にも言ってみなさいな。それがこの子を悲しませた、その甲斐も無いようなくだらない話なら……即刻その首切り落とすわよ?」


「威勢が良いナ、白の神の神官ヨ。お初にお目にかかル。私はサクロルム・フォウナイン。今しがた紹介に預かったとおリ、第四軍、第九師団に属する祭儀監督官であル。此度は双方に対しての利益を生むべク、こうして貴様らの子飼いを頼らせて貰った次第であル。」


「そいつはどぅも、ご丁寧に。言っておくけれどね、私はあんた達がここで何をしでかしてくれたのか、とうにこの目へ収めてきたわ。人食いはおろか共食いまでをするような、そんな畜生にも劣る輩に対し、まともに取り合ってあげる価値はあるのかしら? 正直理解し難いわね。」


「価値は有ル。そして相互の理解は不要であル。貴様らは人族であっテ、我々はソシアルであル。生まれ培ってきたものが違うのダ。貴様らが我々の道理を解からぬようニ、我々もまた、貴様らの道理なぞに興味は無イ。そんな不確かなものが有らずとモ、互いに得ることの出来る利が有ればそれで良イ。違うかネ?」


「……ふん、言ってくれるわね。この無分別が。」



 言葉にほとんど抑揚は無し、何か緊張を表すような身じろぎも無し。そんなふてぶてしい態度の蛮族を前に、私も小さく息を吐いて気を落ち着けます。段々とわかってきました。彼らはただ利によってのみ動き、そこに喜怒哀楽の情を考慮しません。いえそもそもにして、はじめから情動の持ち合わせなどは無いのでしょう。極めて効率というものに偏重した存在。それが彼らソシアルなのです。


 人食い共食い。なんとも不穏な語の飛び出る問答を前に、メルと殿下が揃って苦い顔をしたのが目に留まりました。おそらくは背後のゼリグもそうなのでしょう。ノマちゃんはますます顔を俯かせ、笛吹女はそんな主人を悲しませる輩に対し、シューシューと音を立てて威嚇をします。しかし思ったほどに顕著な反応は見られないあたり、この情報も既に伝わっていたというところでしょうか。



「本題に入ろウ。私は我々第四軍に対シ、人族攻撃を発令し続けている軍団長、レガトゥス・フォウの抹殺を要請したイ。王国のノマは極めて破滅的な脅威であル。しかしながら理性的であリ、付け入る隙のある存在でもあると私は見タ。その突破力を以ってすれバ、かの狂った男を排除する事も可能なはずであル。」


「……解せないわね。その脅威と語る子に、ぬけぬけと近づいたのはまぁ置いとくとして、軍団長というならつまり貴方の上司でしょうに。案外にあなた達も、権力闘争にはご執心であるのかしら?」


「否であル。我々は『我々』の為の存在なのダ。個々の意思に振り回されル、貴様ら人族のように不完全な者とは違ウ。」


「結構。ではその高慢ちきな腹積もり、このとおり聞かせて貰うと致しましょうか。」



 パシンと一つ両手を鳴らし、それから未だ立ったままである自分に気づき、歩み寄った卓にドカリと腰を降ろします。瞬間、殿下の御前で無礼を働いてしまったと悟りますが、しかしさして気に留める様子もないそのお情けに、今この時は甘えさせて貰う事としました。だからメル、ジト目でこっちを睨みつけるのは止めて頂戴。



「そもそもにしテ、本来我々の攻略対象であったのはケモノビト共の領土であル。昨今急速に乾燥へと傾いタ、その気候の変動に目をつけたのダ。その指揮を執ったのがレガトゥス・フォウであリ、我々はそれに基づいて侵攻作戦を完遂させタ。」


「それについては把握をしてるわ。なんとも私達にとって、迷惑極まりない話ではあるのだけれどね。それで? そのまま北東の衆国にまで攻め上ったのは、領土的野心が高じてとでも言うおつもり?」


「そうダ。そしてそこに問題があル。初期に行われた領土制圧ののち、レガトゥス・フォウは『個の所有物』というものに執着を見せル、異常な行動を示すようになっタ。そして本国の意思に反シ、更なる戦果ヲ、更なる財貨をと求メ、軍団を私物化して独自に作戦を発令したのダ。それこそが現在行われていル、貴様ら人族に対する攻撃であル。」


「つまり……、この戦いはあなた達にとっても、元々その意に沿うようなものでは無いと?」


「然リ。奴は繭の中で休眠状態にあっタ、予備役までをも動員し尽くしてまデ、この誤った戦略行動に執心していル。貴様らも打撃を受けただろうガ、その為に我々が支払った対価はおびただしいものダ。このままでは遠からずしテ、我々第四軍は自身を食い尽くして消滅するだろウ。お前たち人族を道連れにしてナ。」



 予想の遥か斜め上をいく敵の事情。聞かされたその頭の痛い話に眉をひそめ、組み直した両腕の先端にあたる指の腹で、幾度となく卓の天板を叩きます。つまるところは指揮の暴走。もはや制御する術を失ったそれを、ノマちゃんの力で以って強引に排除しようという事なのでしょう。色々と思うところは残りますが、しかしこちらにとっても渡りに船。断るに足る理由は見当たりません。今のところは。



「……なるほど。そちらの状況はわかりました。ですが双方の利益を語るのであれば、もう少しこちらにも何か、利するところが欲しいものですね? 少なくとも即時撤兵と、永久不可侵くらいは確約をして貰わねば。」


「撤兵については無論であル。不可侵については私の一存で為せるものでは無いガ、しかし王国のノマの脅威については報告しよウ。我々とて好き好んデ、このような不死身の化け物と事を構えたいわけでは無イ。」


「よしなに。仮にこのお話が罠だったとして、その場合はあなた方の柔らかい脇の腹に、その不死身の化け物を誘い込む行為になるのだという事をお忘れなく。ではサクロルム殿。その企てになった暗殺作戦、決行の日取りは如何ほどに?」


「今すぐにダ。中央から攻めた我々第九師団は後退したガ、既に同数からなる第二、第六の両師団が東西より進軍中であル。補給計画は無ク、それだけの犠牲を払うだけの戦略的な意義も無イ。我々にとっても貴様らにとっても、既に時間は残されていないのダ。」


「おいっ!? ちょっと待て! 聞いておらんぞそんな話はっ!!?」



 併せて述べ三十万。その思わず気の遠くなりそうな脅威を前に、慌てて立ち上がった殿下が悲鳴を上げます。見ればノマちゃんも目を丸くしているあたり、彼女も初耳であったのでしょう。まさに寝耳に水の入るが如し。ええぃ、つくづく配慮に欠けた蟻です。やはり所詮は蛮族か。



「メル! キルエリッヒ! もはや衆国と足並みを揃えるは考えんでよい! 我々王国の者がどう動くべきか、即刻決断して指示を出せぃっ!!!」


「はっ! ドロシア様っ! おいキリー、私は衆国側にこの情報を伝えたのち、兵達を取り纏めて後退する。まだ私達の使った、両国を結ぶ商人達の交易路は生きているはずだ。そこを寸断される前に、なんとしても退路は確保しておきたい。異論はあるか?」


「無いわね。ただ中央以外は山がちだけれど、先行してきた少数部隊と遭遇する可能性は十分あるわ。念の為に、ゼリグとフルート吹きは本隊に同行させたほうが良いでしょうね。」


「おいおいおい、また使い減りしないからってこき使う気かよ? それに、案外踏ん張ってくれるかもしんねぇぜ? 一緒に首都を発った別動隊の連中がよ。」


「各支隊千五百。いくら地の利があるとはいえ、それで敵軍十万を抑え込めるっていうのならね。なんならアンタが志願してみる?」



 振り返りざまにじとりと放つその言の葉を、正面から受け止めた事に両手を挙げて、降参の意を示す我が悪友。一方の笛吹女はまたも命令される事に不満気ですが、まぁノマちゃんからの一言があればすぐに尻尾を振るでしょう。そういう意味では扱い易い奴ではあります。


 さぁて、一難去ってまた一難。にわかに忙しくなってきたものです。慌ただしく意見を述べる私とメル。それを矢継ぎ早に承認するドロシア様。ゼリグは好戦的な笑みを浮かべ、フルート吹きはチラチラと主人の顔色を窺っており、それをもたらした虫人間は言うだけを言って黙しています。



 そんな慌ただしい状況の中、これから再び命運を託す事となった銀色の少女は一人、ただ静かに佇んでいました。その不安げに揺れる瞳は未来を案じての事か、それとも私達の感情を逆撫でてしまったという危惧が故か。残念ながら、今はそれを推し量る事しか出来ません。


 しかしこの一連の騒動に片が付いたら。王都に戻ってまた一緒にお茶が出来たら。その時はこの子のものの考え方というものに、一度しっかりと向き合って語り明かしてみようじゃあないかと。なんとも気恥ずかしくも、私はそう、静かに心へと決めたものでした。






お話をぐりぐりと動かしていきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急展開になって面白く読ませて頂きました。 また楽しみにしてます。
[良い点] 真社会性生物がそのまんまヒト並み…いや、効率や種の保存という面ではヒト以上の知性を得た感じの種族ですか。 ただ、個々人の高次の欲求が薄いということは文化面ではそこまで人にとって魅力的なモノ…
[良い点] バラバラの肉、ちょっとボディホラー風味 [一言] 更新ありがとうございます~ これから撤退戦と単騎突破戦のシーンかな?
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