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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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逆襲

「メ、メルカーバ様ぁ! 南側で衆国の一隊が潰走しました! 側面に回り込まれますっ!」


「私と第二分隊で穴を塞ぐ! この場の指揮は次席へ委譲っ! 殿下っ! 御身から離れる事をお許しくださいっ!」


「メルっ! 構わんから近衛も全員連れていけぃっ! この場で私のお守をさせるよりかは大分マシよっ!!!」



 ……地獄というものが無限の殺し合いを為す場所であるのならば、なるほど、それはおそらくこのような光景であるのだろう。両軍の兵士達が互いに切り結び、押し退け合い、突き刺し殺して遺体を投げ捨て、一人が倒れ伏して生じた僅かな隙間を巡り、幾人もの兵が雪崩れ込む。


 その足元では血で目が見えなくなった者や、痛みに嘆きの叫びをあげる者が、乱戦の中で顧みられる事も無く這い回っていた。投石を受けて潰れた体や、飛び出した臓腑、腕や足、頭の欠片や土に塗れた腸壁の中を、這い回っていた。


 鋼鉄造りの荷馬車と共に、防衛線の一角を担っていた足元のゴリアテ君が、どすりぐしゃりと左右に揺れる。察するところ、おそらくは纏わりつく敵兵を踏み潰したのであろう。その揺れ動く視線の先で、つい先日に飯が不味いと愚痴り合った名も知らぬ彼が、裂けて零れた己の腹にも気づかないでか声を張り上げ、槍を振るい、そして朱に染めた膝をがくりと折った。知らず、唇を噛む。



「……キティー。まだ、間に合うかもしれません。彼らを助けないのですか?」


「駄目よ。ここで大局の変化を見逃しでもしたら、さらに百人千人と人が死ぬわ。天秤の左右、どちらが重いかなんて言うまでも無いでしょう?」


「貴方は傷口を癒して塞ぎ、命を救い上げる力を持っているのに?」


「ノマちゃん。私達は既に、最善と目した方策に則って動いているわ。ゼリグ達は敵軍の衝撃力を削いでくれているし、メル達は下で時間を稼いでくれている。他でもない貴方自身を、敵軍大将のところへ叩き込んでやる為にね。今さら感情でものを言うのは止めて頂戴。」



 共に竜の背に乗る治癒術士は、堪らず訴える私へ向けて、握り締めた拳から血を滴らせながらそう答える。その言い様に私はなおも食い下がろうとして、けれども結局、何を言う事も出来ずに口をつぐんだ。感情の上では反論の一つもしたいのだが、理性の上では全く以って同意であるのだ。その二律背反がまた一層に、私の心を逆撫でてならないのである。


 まだであろうか。彼女の言う、敵軍が包囲殲滅をせんとして欲をかき、自ら大将の位置を晒すその瞬間というものは、まだであろうか。私は『暴力』の玄人であるが、しかし『戦い』に関しては素人である。こうして高所に陣取り目を凝らそうとも、見えるのは応酬を繰り返される剣戟と殺意ばかりなものであって、好転の材料は一向にして読み取れない。実に歯がゆい。



 睨んだ正面をぐるりと見渡し、右へ左へと視線を振って、それから背後を窺い見る。私たち王国と衆国連合軍のその隊列は、横に薄く縦に長い。それも当然、なにせ行軍の最中であったのだ。そして南に向けて長く長く伸びたその矢印は、待ち受ける蛮族軍という分厚い金床によって頭を潰され、既にその全体像を失いつつあった。


 矢印全体の中で言えば、私達の配置は中央集団やや前方、西側の外縁部分に相当する。そうだというに、このアリの如き蛮族達は既に目と鼻の先、先鋒を務める友軍が居たはずの位置にまで押し上げているのだ。その意味するところは言うまでも無く、味方の瓦解。まさに潰走である。彼我の戦力比は十万超と七千弱。これでは如何なる奮闘で抗おうとも、鎧袖一触は避けられまい。



 不意にゴガリという音が鈍く響き、輪郭を歪ませた数名の蛮族兵が宙へと舞う。見れば長大な牙を以ってそれを為した者は、先に放った眷属達のその一匹。我が事ながら頼もしい。なにせ巨大な銀のイノシシであるところの彼は、押し寄せる敵兵達を手あたり次第に蹴散らし押し退け、見事に役目を果たさんとしてくれているのだから。


 彼をはじめ、私の眷属達は実によくやってくれている。サソリは暴れ、大蛇は締め上げ、巨狼は縦横無人と駆け巡る。しかし悲しいかな、如何せん多勢に無勢。所詮は大河から顔を出した大岩に過ぎず、如何にそれらが盛大に飛沫をあげようとも、流れをせき止めるまでには至らないのだ。絶対的に『面』が足りない。『点』での勝利には意味が無い。



 ……キティーと約定を違える事になるが、やはり私も下に降りるか。私は強い。おそらく一昼夜もかけて戦い抜けば、敵軍残らず追い散らす事だって可能である。しかし『私』の勝利と『私達』の勝利はまた別であり、その一昼夜の後に残るものがただ屍の山であるのならば、それは正しく本末転倒というものであろう。


 だからこそ、一撃で以って敵軍中枢を破壊せしめ、彼奴等にある程度の指揮命令系統を残させたままに、自ら撤退を選択させる必要がある。よってその実行役である私が調子よく暴れ、快進撃を続ける事によって伝達に難が生じ、即応出来ないという状況に陥らせるわけにはいかないのだ。それが私の提案を悪手であると退けた、キティーとメルカーバ嬢の言い分であった。


 私にこの周辺を離れ、突出しようなどという意思は勿論無い。しかし興奮状態において視野の狭窄は付き物であり、そうはならないという保証はどこにもなかった。思考は再びに翻り、迷いを振り払うべくかぶりを振る。それを考えてしまえばやはり駄目か。ここで我を通せるほどに、私は自らの決断に自信は持てない。今は耐え難きを耐えねばならぬ。



 そうして思い悩むその間にも、蛮族諸部隊は右に左にとドロドロ動き、抜け道一つ見えぬ分厚い包囲が作られていく。中でも目立つのは高く突き出た軍旗の群れで、先端に笛のような鳴り物を備えたそれは、風を孕んでヒョウヒョウと不気味に声を発していた。戦意向上を目論んだものか、あるいは何かの合図であるのか。


 それがどうにも気になったものの、方々で幾重にも鳴り響くその煩わしさの中にあって、残念ながら意図を読み解くには至るに足りぬ。少なくとも私にとっては。ではお隣の頭脳明晰ならばと視線を送り、爪を嚙みながら何事かを呟き続ける彼女へ向けて、おっかなびっくりと口を開いた。いや、別にふざけているようなつもりも無いが、正直なところ地味に怖い。



「長音三回、単音一回……。右翼へ散開の指示を出した……? いえ、違うわ。これは……。」


「そのぉ、キティー? あの、この音は何か、信号の類では無いのかと思うのですが……?」


「やめて! 今は話しかけないで頂戴っ!」



 視線すら寄越さずに片手をかざし、取り付く間も無くぴしゃりと言われる。その鬼気迫る表情にビクリと震え、私はそそくさと顔を逸らして口を噤んだ。餅は餅屋、蛇の道は蛇である。道理の解からぬ者の付け焼刃ほどに、危なっかしいものもそうは無い。やめておこう。今は彼女の差配に従うべきだ。


 とはいえそうは思い直すものの、何か出来る事をせねばと浮き足だって、あれこれ考えてしまうのが凡人の常。ならばエナドレ逆噴射、かつて畑にそうしたように、他者に活力を分け与えてみるというのはどうであろうか。傷は塞がらずとも体力は充填される。思いのほか良い案が出たやもしれぬ。


 おそらくばら撒かれた精気は敵味方問わずに注ぎ込まれ、みなぎる活力によって誰も彼もを狂奔へと駆り立てる。そして双方甚大な被害をもたらしたのち、力尽きた私はひっくり返って目を回すのだ。と、そんな無為に時間を割いて頭を抱える私の横で、不意にあがったのはキティーの声。その彼女は身を乗り出すと振り上げた杖で以って、ゴリアテ君の鼻っ柱を激しく打つのだから仰天である。何事か。



「ゴリアテぇっ! 左六十度仰角四十っ! ブレスありったけ吐き出して押し流せえっ!!!」


「ちょっ!? なんですか急にそんなっ!? うわったたた!? 落ちる落ちる落ちるぅっ!!?」



 突如として発せられた複雑な命に、すぐさま応じてみせるのは存外頭の良いティラノさん。優秀な彼は背にしたあるじに一切の気兼ねも無く旋回すると、口内に潜むダイオウイカから一意専心、吐き出した暗黒のブレスで以って眼前の敵を蹴散らしていく。


 一見して締まらない絵面であるが、それでも粘性を持つ高圧の液体というものは存外恐ろしいものであったらしい。直線上に伸びた黒色の波は、数多の敵兵を呑み込んでひしゃげさせながら押し流し、戦場の一角を縦断する長い長い、黒塗りの道を造り上げたのである。そしてその意味するところは一目瞭然。私もいつでも飛び出せるよう、獣のように身を低く保ち合図に備える。



「行けぇっ!!! ノマちゃん! 行って頂戴っ! 指揮を司っている本陣はあの先にあるわっ!!!」


「……行きますっ! 行ってきますっ!!! 行ってこの一回で! 終わらせてきますっ!!!」



 一日千秋。待ち侘びて待ち侘びたこの瞬間である。待望の許しの声に、しっかと溜め込んだ全身のバネを以って応じ、長い髪を靡かせながら一息に跳ねて飛ぶ。そして既に弩砲の矢を水平にぶっ放しているドロシア様の頭上を越えて、蛮族相手に八面六臂の活躍を見せるメルカーバ嬢をも飛び越えてゆき、私は銀の尾を持つ彗星となって戦地へ落ちた。


 突出甚だしく友軍不在、敵地も敵地のど真ん中。そんな忽然と現れた小娘に対し、薙ぎ払われた一帯の穴を埋めるべく殺到した蛮族兵が、矛を槍をと突き繰り出す。応じる私は一顧だにせず、それを甘んじて受けると腹を刺し貫いた一つを掴み、ぐいと引き寄せながら手刀を一線ズギャリと見舞った。槍が折れ、腕が砕けて肩口にまで亀裂が走り、それでも奴らは声すらあげない。


 このソシアルという連中は殺し易い。悲鳴をあげず、痛がる素振りすらみせず、機械の如くただ黙々と戦闘を実行する。受け答えの可否については不明であるが、しかしこうして直に殺し合いを演じてみれば、彼らの情動が極めて低いものであるという事には察しがついた。それ故に『殺し易い』。傷つけ命を奪うという行為に対し、罪悪感を持ち辛いのだ。そんな自分に虫唾が走る。



「退いて頂けませんか?」



 べったりと腕を汚してしとどに濡れる、私達と同じ赤い血を振り払いながら言葉を告げる。しかしながら当然の事、返ってきたのは冷たい刃ばかりなもので、皮膚を断ち切り肉を穿つその凶刃は、立ちどころにして私を無体な血達磨へと変じさせた。だが足りない。もっと欲しい。踏ん切りをつけるまでにはまだ足りない。



「退きなさい。」



 幾分か語気を強め、肉と臓腑へ刃を食いこませたままにベチャリと踏み出す。さしもの彼らも不死身の私には手を焼いたか、それとも死ぬまで殺すという覚悟が故か。迫る不死者を押し留めんと、間合いを捨てて踏み込んできた一人が長剣を抜き、捉えた右の眼窩から頭蓋の底を激しく打った。よいぞ。よいぞ。分からず屋共め。いい具合に頭に来た。



「……退けと、そう言いましたっ!!!」



 ぞるぞると。潰れた右目から体中の傷の底から、流れ出た血がより合わさって私の足元に溜まっていく。一度小さな水溜まりを為したそれは、喝に応えて四方八方伸び広がると、生き血を奪って肥え太り続ける赤黒い大河となった。全方位無差別精気吸収、名付けて必殺『死山血河」。死の奔流である。


 触れた者から際限なく精気を奪う。ただそれだけを命じられた血液の波が、足を捉えた蛮族達を身の内へと引きずり込んで、びしゃりびしゃりと音を立てる。私に剣を突き立てた彼も、そして私を囲い込んでいた彼らもみな一様にして、奪われ、渇き、命というものを引きずり出され、そのひび割れた身体を崩れさせて、もはや動くこともない屍と化した。



 千や二千は死んだだろうか。たっぷりと太った血を吸い上げながら歩みを進め、折り重なった骸の上に足をかけて、勢い余ってパキリと踏み抜く。正味の話、技などというものは考えているうちは楽しいのだが、こうして使う破目に陥ってみれば悲惨なものだ。殺しを嘆き、他者を圧倒する事に酔い、効率よく『作業』を進めている自分に満足する。私の本心はどこにあるのか。


 深く深く溜息を吐き、そしてカクリと垂れて前を睨み、仏さんを踏み砕きながら大地を蹴った。敵軍十万。周囲一帯が死に絶えたとて、後方で続く味方の奮闘は未だこちらまで響いているのだ。出来ると信じて任された責務、見事成し遂げてみせねば女が廃る。迷いこそあれ、いまさら踏み止まるなどと有りはすまいて。


 踏み越え踏み折り風の如く駆け、干からびて崩れ落ちたハダカ象の脇を抜けて、張られた動物の皮のようなものを突き破って転がり込む。ひっくり返って逆さまになった視界の中、見えたものは一際体格の良い蛮族兵と、それを守るべく立ち塞がった兵士達。ああ、この男が親玉か。当てずっぽうの上、男か女かも定かでは無いが、何となくそう確信めいた何ががあった。



「……何者であるカ? 貴殿の所属と作戦目的を名乗られたシ。」


「よっこらせっと。どぅも、初めまして親玉さん。私は王国のノマ。目的は迷惑千万なるあなた方に、速やかにこの場からお引き取り願うことです。返答や如何に?」


「王国のノマ。我々は現在、レガトゥス・フォウの命令に基づく作戦行動中であル。よって貴殿の要求は承諾できなイ。」


「結構です。元より力尽くは覚悟の上。死んでその司令塔の役目、貴方には降りて頂きましょうっ!」



 一応喋れたんですねあなた方。という不躾な言葉を呑み込みつつも、伸ばしたカギ爪で以って引き裂かんと、一足飛びに喰って掛かる。数多く立ち並ぶ軍旗達が、風を受けて上げる規則だった声音のその只中で、私は殺到する近衛兵をひと思いに轢断すると、血みどろの弧を描く凶刃となって彼に迫った。


 振り上げた一撃はいなされて逸れ、返す指揮刀で叩き潰されたその衝撃に肩が砕ける。鎖骨が折れ、肺が潰れて腸を引き千切りながら六腑を潰し、最後に骨盤を割り砕いたその剣筋は、見事私を二つに断ち切って真下へ抜けた。それがどうした。



「……質問です。ここで貴方を殺したならば、そちらの軍は統制を失って瓦解しますか?」


「否。私が死しても権限は次席へと委譲されル。作戦は継続さレ、レガトゥス・フォウの命令は遂行されル。貴殿の抵抗は無意味であル。」


「それを聞いて安心しました。下手に四分五裂に散られでもして、方々で散発的に行動を起こされても厄介ですので。では、貴方が一人目です。さようなら。」



 裂けた半身を引きずりながら、残った右腕を彼の首筋へと伸ばして掴み、生じた僅かな逡巡に動きを止める。一瞬の静寂の後、彼がその三本目の腕で以って短剣を引き抜いたのと、私の右手が頸椎を握りつぶしたのとは、互いに音の重なる殆ど同時の事であった。殺す事に慣れていく。ゴトリと頭の落ちる音がして、感情を押し殺した心の内に、それがさざ波を立てるでもなく虚しく響いた。



「さ。次はどなたですか? 次席の方にも死んで頂かねばなりません。その次の方も、次の次の方も、私が要求したとおり、あなた方が撤退を選ばざるを得ないところまで……。死んで頂きます。」


「トリブヌス・フォウナイン・ワンの停止を確認。第四軍第九師団の指揮命令権ヲ、我、トリブヌス・フォウナイン・トゥーに委譲すル。全隊に通達。怪異、『王国のノマ』を第一優先破壊目標に変更。対象の完全沈黙まで、全ての作戦行動を一時凍結すル。」


「否であル! 私、サクロルム・フォウナインの権限を以って一時撤退を命令すル! 全隊は南北境界線以南まで後退、命令遂行に向けて再編成を図るべシ!」



 ミシミシと盛り上がる肉が傷を塞ぎ、カギ爪を支えに頭を上げる私の前で、予想の通りに徹底抗戦が叫ばれる。しかしてそれは意外な事に、即座に飛んできた否定の言葉によって打ち消されると、僅かな問答の末に途絶えて静かになった。存外、連中にも話のわかる輩がいるらしい。あるいは諦めが早いと言うべきだろうか。いずれにしても好都合、さっさとお引き取り願えるならば幸いである。


 爪を仕舞って両腕を組み、追撃の意思が無いと見せる為に一歩を下がる。その間に敵兵の取り付いた軍旗の群れが、右に左にと大きく振られて風を孕み、その全てがゴウゴウという低音で以って低く吠えた。その声に離れた場所に立つ軍旗が応え、共鳴するようにして連鎖が続き、やがて波が引くようにして戦場から、殺し合いの喧噪というものが消えていく。



 蛮族ソシアルは効率を貴ぶと聞く。ならばその生態は上意下達、最上位者がそうと決めた事に唯々諾々と従う事が、彼らにとっての公是であろうか。そんなところにちょっぴりの親近感を覚えつつも、続々と退いていく数え切れぬ程の彼らの群れを、一集団また一集団と静かに見送る。


 いまさら余計な事はするでないと、仁王立ちでジロリと睨みを利かせ続ける事しばし。土煙をあげてブモブモと鳴く、最後のハダカ象が通過していったその脇で、最後に残ったのは小柄な蛮族の姿が一つ。それは先に撤退を指示した彼、あるいは彼女で、歪にねじくれた杖を手に、纏った布で外殻を覆い隠した特徴的なその姿は、どことなくおとぎ話の悪い魔法使いというものを連想させた。


 もしやしんがりのつもりであろうか。私こそが最大にして、打倒不能な最悪の脅威であると、そう評価を下したのは他でもない彼である。自軍の撤退はあくまで方便。あるいは周辺一帯をすら巻き込んで、この私を完膚なきまでに消し飛ばすような、そんな奥の手があるやもしれぬ。


 術というものは侮れない。先に後れを取ったミーシャ嬢の技のように、それが破壊を行使するもので無いのならば私にとって、致命の一撃となる可能性を捨てきれないのだ。ここは下手に動かれる前に先手を打つか。そこまで考えてじりりと踏み出した私の前で、彼は分厚い布の下から長い触覚をぴょこりと出すと、手にした杖を打ち捨てながらこう述べたのである。



「王国のノマ。私は第四軍、第九師団付き祭儀監督官、サクロルム・フォウナインであル。その利用価値を見込ミ、折り入って貴様に頼みたい事があル。」


「………………は?」



 予想外も予想外。唐突でかつ、不躾というものがあまりに過ぎる。夕暮れ迫る空の下、そんな突然の申し出を前に、私はたっぷり数秒は固まった後に素っ頓狂な声を上げ、どうもこうも返せぬままに、ただその場で立ち尽くしたものであった。



 どうしようこれ。






随分と長い事お待たせしてしまいました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 更新ありがとうございます。 どんな展開になるか楽しみにしています。
[良い点] えっ敵大将と交渉? ノマちゃんには絶対ムリなやつじゃないですか
[良い点] シーンの描写は相変わらずように詳細です [気になる点] コミュニケーションできる蛮族もいますね~次に何が起こるかな [一言] やった〜更新きた~
感想一覧
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