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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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急転直下

 視界に映るものは、どこまでも続く荒れた野っ原。そんな開けた土地に地平の果てまでも一本走る、踏み固められた道をさらに十重二十重に踏みつけながら、長く長く伸びた人の列は一路南へと歩みを進める。


 お空は快晴。憎っくきお日様もそこそこに元気でいらっしゃるが、砂ぼこりを孕んだ風が断続的に吹き付けてくるとあって、少々ばかりお肌に寒い。特に今の私は馬上の人、もとい大型肉食恐竜上の人であるのだからして、その吹き付けられっぷりもひとしおである。


 口に入った砂をぺっぺと吐き出し、それから私を股ぐらに挟んだゼリグの奴に身を押し付けながら、その背から伸びた外套の端を掴んでぐるりと包まる。なるほど、マントとはこのように用いるものか。納まりの良い場所を求めて繰り返される身じろぎに向け、頭上から落とされる鬱陶しそうな視線を受け流しつつも、私はふと、そんな事を思ったものであった。



 さてもまぁそんなわけで、蛮族討つべしと錦の御旗を大きく掲げ、意気揚々と首都を発ちました中央集団約七千。そこに同行しますはわたくしノマちゃんと眷属達をはじめ、いつもの赤毛と桃色に王侯貴族の主従が二人、それからその旗下にあたる騎士と従兵三百余名である。


 ついでに例の三人娘も同行者であったらしく、出発前にわざわざ顔を見せに来たかと思えば開口一番、『アレで勝ったと思うなよっ!!!』と言い捨てて逃げて行ったのには閉口した。いやはや、彼女らが元の活発さを取り戻していた事には安心したが、一方で悪びれた様子の一つも見せぬ傲岸っぷりに、少々カチンときてしまった事も事実である。次はマジ泣きさせますよ君ら。


 なお、今日まで何かと手を回してくれたカーマッケン氏であるが、意外にも手勢を率いて参陣することも無く不在であった。なんでも彼はこの出兵の費用捻出の為に駆けずり回り、今は手配した兵站の後処理に追われて書類に埋もれ、安らかに死んでいらっしゃるそうである。南無。


 剣を佩いて戦場を駆けるでもない彼の様を、臆病者とそしる者もいるかもしれない。しかし現場には現場の戦いがある一方で、事務屋にもまた、事務屋の戦いというものがあるのだ。私もそれはよく知っている。なんなら無事に事が終わった暁には、労いに一杯奢らせて貰うのも良いだろう。まぁ私ってば下戸なんですけども。



 いやさ、少々ばかり脱線した。ともあれ今の我々は、七千余名からなる軍隊である。軍隊は何も生み出さない。悪く言えばひたすらに物資を消費し続けるだけの、七千余名からなる無駄飯ぐらいである。


 そんな物言いは極端が過ぎるとお叱りの声もあるだろうが、しかしこの際それはさて置かせて頂きたい。いま私が述べたいのは別にそういった問答の類では無く、あくまでもこう何と言いますか、もっとお腹を満足させてくれる物の話なのだ。


 単刀直入に言うと飯が不味い。手配をしてくれたであろうカーマッケン氏には申し訳無いが、不味い上に量も足りない。既に不死者と化した私にとって、食事は血さえ頂けるのであれば必須という訳でも無いのだろうが、それはそれとしても腹は減る。人はパンのみで生きるにあらず。お肉とかお野菜とか、そういうものだって食べたいのである。


 思えば王国で積み込んだ保存食はドロシア様の存在もあって、味気無いなりに何かと気を使われた良品であったのだろう。しかし衆国から支給された行軍用ビスケットはそれ以前、北方に赴いた際に口にしたものと比べても明らかに質が悪い。最初は小国への嫌がらせかとも思いはしたが、しかし誰も彼もが渋い顔でモゴモゴと口を動かす様を見るに、どうやらそう浅はかな話でも無いらしい。



 で、そんなメシマズという共通の話題もあって、道中愚痴を零し合った衆国の輜重隊からちょいとお話を伺ってみれば、なんでもその原因は小麦の質の悪さにあるという話であった。考えてもみれば南部穀倉地帯の失陥からこっち、食糧の安定供給に四苦八苦を続けている同国であるが、今回はそんな状態でさらに大量の糧食を確保する破目に陥ったのである。


 そりゃあもう、湿気てるわカビが生えてるわ混ぜ物はされてるわで、かき集めた麦はちょいとばかし、口にするのも憚られる状態のものが目立ったらしい。とはいえ腹が減っては戦は出来ず、背に腹は代えられないというのが世の中の常。悲しいかな、めでたくもそれらは無事に焼き固められ、こうして我々の食卓を賑わせるに至るというわけなのだ。腹を壊したらどうしてくれる。


 しかしながら後にして思ってみれば、それでも初日はまだ大分とマシであった。確かにビスケットは不味いが支給品は別にそれだけというわけでも無く、多少ではあるが根菜や芋類といった、新鮮なお野菜にありつく事だって出来たのだ。量にさえ目を瞑るのであれば、何も石のように硬く石のような味がするビスケット様に、渋い顔をして齧りつく必要も無かったのである。その日までは。






 出発二日目。足の早いものはあらかた片付き、早くも食事がビスケット様とカチコチ干し肉、あと塩の塊のような乾燥豆に成り果てる。いくら何でも消費が早すぎないかとも思いはしたが、なんせ七千余名が一日三度も飲み食いするとあって、その食い潰しっぷりは私の考える遥か埒外の事であったらしい。



 出発三日目。品数は幸い変わらないままであったものの、その代わり支給される量が露骨に減る。おまけに大雨に降られてしまい、水を吸った憎いあん畜生もべっちゃべちゃ。ちなみに道中いくつか人里を経由もしたが、まさか自国内で略奪行為を働くというわけにもいかず、糧食は全て当初の持ち出し分で賄うそうである。



 出発四日目。ビスケットに虫が湧いた。






「食えるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!! こんなもんがぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」


「あー、昨日の雨が祟ったなこりゃあ。おいノマ、投げんじゃねーって勿体ねえ。本当に苦しい時にゃあこんな代物だって頼れるんだぜ? なぁキティー。」


「ウプっ。いえ、ちょっと……。私はその、遠慮させて頂こうかしらね……。」



 吠える私。呆れる赤毛。顔を背けるピンクのモコモコ。右足を軸に左足を高く掲げ、股関節で骨盤を回転させながら身体を捻り、前方へと押し出す力を余すことなく手首に伝える。そんな生涯最高の投球によって放たれたソレは、見事お空の彼方にかっ飛んでいって豆粒となり、そして鳥に咥えられて姿を消した。やってらんねーっ!!!


 そう再びに一言吠えて、呪物から虫を払い落とすゼリグを尻目に背負い鞄へと頭を突っ込み、虎の子を一瓶むんずと掴んで引っ張り出す。左様、これこそ緊急避難用に作り置きをしておいた瓶詰ご飯、お肉と野菜の脂詰めである。これを湯を張った鍋にドボンと入れて、あとは適当に掻き回すだけで美味しい汁物になる優れモノだ。無論、前世の即席食品とは比べるべくも無いが。


 いやはや、正直こんなに早く手をつける事になろうとは思わなかったが、しかしこの分であれば明日早くには、山間部の防衛拠点に到着できる見込みだという。聞けばかねてより多くの物資が運び込まれたそこは、最後の一線を持ち堪える為の集積所でもあるというではないか。せっかく補給を受けられる目途があるのだ。なにも、こんなところで尊厳を犠牲にする必要はあるまい。



「ちょっとキティー! 私は人として最低限文化的な、最低限度の食事を要求しますっ! 開封しますがよろしいですねっ!?」


「聖女殿! 我々王国騎士も、聖女殿の意見に全面的に同意するものでありますっ!」


「ここで便乗しておけば、団長に我慢しろとばっさり切り捨てられる事も無さそうですからねっ!」


「どっから湧いてきたアンタら!?」



 当然まともな飯を願うのは私だけでは無かったらしく、ここぞとばかりに我も我もと集まっていらっしゃいますは、メルカーバ嬢旗下の皆様方。こいつら影で私を化け物聖女と揶揄していた割に、こういう時だけ実に調子の良いものである。ついでに先ほどご高説を垂れていたゼリグの奴が、こっそりとその輪に加わった事も見逃さない。ええいこんにゃろう共め。



「ん~、いやまぁ私だって、その主張には一も二も無く飛びつくけれどね。でも生憎と、許可を出す権限を貰ってるのはメルの方なのよ。まぁあいつもノマちゃんに駄目を言うなんてしないでしょうけれど、これも一応決まりだからね?」


「いよぉしわかりました! ならばさっそくメルカーバさんに許可を貰いに……!」


「ちょおおおおっと待ったぁっ! 聞き捨てならないなぁ田舎娘っ!!!」



 頬を掻く桃色からの建設的なその返答に、気も良く猛然と身を翻す私に向かい、思い切り水を差してきやがりましたのはいつぞやの声。思わず立ち止まる暇もあればこそ、人の垣根をシュババと超えて、姿を現したのは例によって例の如く、揃いの法衣を身に纏った三人娘である。まったく懲りない悪びれない。そこに痺れないし憧れない。いい加減にせーよコラ。



「聞いたぞ聞いたぞ! お前たち田舎者の癖に、随分と良さげな物を持ってるらしいじゃないか! そういう物はなぁ、僕たちの先生にこそ相応しいんだからなっ!」


「にっししし。ちょっと聖女サマさ~、ミーシャ様に黙って自分だけ美味しいもの食べようとしてるなんて、それってちょっとずるくなーい?」


「あはははは~。こっちだってお腹空いてるんだから~、ちょっとくらい分けてくれたっていいよね~? そういうのって、お友達として当然だし~?」


「え。普通に嫌なんですけど。あと誰がお友達ですか誰が。」



 脊髄反射で口から飛び出した塩対応に、返ってきたものは『うっせー! じゃあお前がこれ食ってみろよっ!!!』の大合唱。それと同時に投げつけられたのは例のアレで、私の顔面にぶち当たった風雲芋虫城はベチンと弾け、そのままくるくるとお空に舞うと鳥に襲われて落城した。


 せやな、すまんかった。私だってあんなもの口にするのは御免である。分けて欲しいと乞うのであれば、ちょっとくらいは叶えてあげる事もやぶさかではない。でもその前にぶっ飛ばさせろ。



「話は聞かせて貰ったぞノマぁっ! 王国の面目を保つ為にも、我らがそんな不当な要求に屈するわけにはいかんなっ!!!」


「同感でございます。ドロシア様。」


「お、良い所にいらっしゃってくれましたねぇお二人とも! さぁさ、私に瓶詰の開封許可と、あとついでにそこの恥知らずちゃん達へのお仕置き許可を……。」


「いや、そんな連中にわけてやる余裕があるのならこっちに寄越せ。もうとっくに、私達の分は食い尽くしてしまったんでな。」


「何やってんですかアンタ方!?」


「同感です……。お恥ずかしながら……。」



 続けてこっそり聞き耳を立てていましたとでも言わんばかり、荷馬車の後部をドカンと蹴り開けて登場しましたは我らが姫様。その後ろに見えるのは恥じ入るばかりの騎士団長と、戦い以外は苦手であったか付き合わされたトランプの結果、頭からプスプスと煙を上げるフルートちゃんの姿である。もう一度言おう、何やってんですかアンタ方。


 如何に上司とはいえこれはこれで不当な要求。そう断ろうとする私に対し、『うるっせぇぇぇぇっ! こんなクソ不味いもん何日も食ってられるかぁっ!!!』の怒号と共に、べちんと投げつけられましたは再びの例のアレ。おう、天丼やめーやブチ切れますわよ? 怒髪が天をついちゃいますわよ? お?



「ふんっ! ここは衆国だ! 王国のお偉い様だかなんだか知らないけれど、後から出てきて出しゃばるなよ金ピカ女っ!!!」


「そーだそーだぁ! もっと言ってやれぇ!」


「あは~。ティミーもたまにはいい事言う~。」


「じゃぁかましいわっ! 貴様らこそ貴人に対する礼儀というものがなっとらんようだな! おぅノマ! 許可が欲しければその不躾な連中いますぐ退かせ! それで私にも半分寄越せっ!!!」


「むっがーっ!!! えぇい黙らっしゃい小娘ども! いいですか! 人にものを頼むのであれば、それに相応しい態度というものがあるのです! それを何ですか貴方達は! 自分に都合の良い事を並べ立ててばっかりで! お母さんはそんな風に育てたつもりはありませんよっ!!?」


「「「「誰がお母さんだぶっ殺すぞっ!!?」」」」



 売り言葉に買い言葉、まさに勢い任せの考え無し。しかし昇った血に任せるままの放言はまずい事に、そっくりそのまま失言となったらしく、罵り合っていた四人の視線が一斉に私の顔面へとぶっ刺さる。いかん、考えてもみればドロシア様はご母堂を亡くしておるし、三人娘もこの激烈な反応を見るに孤児であろう。配慮というものが足りておらなんだ。


 急激に勢いを失う私に対し、食い殺さんとばかりに詰め寄るうら若き乙女たち。そんな収拾のつかなくなった状況の中に、文字どおりに首を突っ込んできたのは意外や意外、ゴリアテ君の都合二メートルはありそうな巨大な頭。


 すわ、一体何事であるかと思ったのも束の間の事。続けて彼は私の裾をはむりと咥え、まるでそちらを見ろとでも言いたげにしてぐいぐいぐいと、南へと鼻先を向けて引っ張り上げなさるのだ。あ、ちょっと。ちょっとやめて、下着見えちゃう。



「……なぁキティー、ありゃあ狼煙か? まさか、炊事の煙ってわけでもねえよな?」


「……わかってて言ってるんでしょうゼリグ? あんな黒々と秩序無く立ち昇る煙の群れが、狼煙でも炊事でもあってたまるもんですか。メル、すぐに伝令を放って頂戴。これはまずい事になったわよ。」


「っち、後手に回りましたね。ドロシア様! 状況が変わりました! すぐに対応に向けた協議のほどを…………っ!!?」



 にわかに騒めきだした周囲の様子に、右手を下に突っ張りながら見上げた視界に映ったものは、地平の彼方から立ち昇り続ける無数の黒煙。それは天に近づくにつれて歪んで崩れ、輪郭を失って溶け混ざり合い、ゆっくりゆっくりと青い空を覆い隠していく。


 呆気にとられる光景の中、ついで私が捉えた物は黒く塗りつぶされつつある空の下を、こちらに向かって確かに飛んでくる黒い豆粒。一見して虫のように見えたそれであるが、しかし断じてそんなちっぽけな何かでは無いと、私にはそう確証めいた何かがあった。胸騒ぎが止まらないのだ。



「あの……、すいません。私達が向かってた山間の拠点って……、あれもう……陥落してるんじゃ…………?」



 誰に対して問うでも無く、思わず口をついて出た掠れた言葉。それを言い終わるかもわからぬうちに、黒い豆粒はどんどんと大きさを増しながら直上に達し、そしてそれが優に牛馬をすら超える岩塊であると気づいた瞬間。


 空気を切り裂いて雄叫びをあげるそれは、私の頭上を僅かに超えると集まっていた騎士達の姿を覆い隠し、そして一帯の土砂を爆散させて巻き上げながら、深々と大地に突き立ったのである。



 幾重もの悲鳴をかき消す轟音と共に。






本来であれば前話の後半部分にあたるエピソードでした。

次回よりようやく対蛮族戦に入ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 糧食の部分など色々と面白かったです。 また楽しみにしてます。
[良い点] あんなやり取りしてるから 降ってきた岩で保存食のビンが砕けてないか気になって気になって それどころじゃ無いんだろうけど!
[一言] 何というかホントに...、もう三馬鹿処して帰ってもいい以上のレベルの無礼働いてますよね。
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