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異世界転移のバツバツさん  作者: カボチャ
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密約

「ほう。ほうほうほう。いやぁ、衆国の皆さん大勢お集まりになられたもので。中々に壮観ですね。」


「そうだなぁ……見たとこ全部で一万ってとこか。もっともどっちかっつうと、かき集めてこんなもんかよって気がしなくも無いがな。」



 兵に休養を取らせるという名目の元、外区のオンボロお宿で待機を続ける事さらに数日。ようやくにかかった招集に都市の郊外へと出向いてみれば、待っていたのは旗章も装備も不揃いなりし、さながら武装集団の展覧会のような代物であった。王国もそうではあるが、彼らは国家によって統一された軍隊というわけでは無く、あくまでそれを形成する諸侯によって召し抱えられた私兵であるのだ。


 ならばこれだけ個性に溢れて纏まりに欠けるのもまた、已む無しというものか。そんな事を考えつつも荷馬車の天辺にお尻を預け、短い足をぷらぷらとさせてぐるり周囲を見渡しながら、眼下のゼリグに向けて声をかける。しかしこの壮観も彼女にしてみれば不満の種であったようで、尖らせた口先は連中この差し迫った危機に対し、本当にやる気があるのかと言わんばかり。ふむ?



「外から見れば、広大な領土を有する希代の大国。しかしその実、各諸侯の帰属意識は出身である各々の州に有るのであって、衆国という容れ物の為に全てを賭けるような義理は無い。結局のところ突き詰めてみれば、つまりそういう事なのでしょうね。」


「おっと、お帰りなさいキティー。貴方も中々に辛辣ですね。私としては負けが込んでいるこの情勢にあって、自分だけでも逃げ延びる、ないしは再起を図る為の戦力を手元に残したいという保身、わからないというわけでも無いのですが。」


「はん。だからって我が身可愛さに出し惜しみして、それで戦力を擦り減らすような愚を犯してたんじゃあ世話ないね。……んで、お偉いさん方の話し合いはどうなったよ?」



 不意に掛けられた言葉に釣られる視線の先に、居らっしゃったのは荷馬車の陰からひょこり身を出したもこもこ頭。先ほど息巻く王女様と共に司令部へ顔見せに行った彼女であるが、どうやら肩を竦めたその様子から察するに得られたものは、可も無く不可も無くといった手応えであるらしい。


 とはいえ私というインチキを別にすれば、援軍としてはるばる王国が持ち出した戦力は僅か三百という微々たるもの。よって彼女達が碌に当てにもされず、周囲から軽んじられるであろうは見越せたもので、それを考えてみればむしろ、ちょいと毒を吐く程度で戻ってきてくれたのは僥倖であった。なんせ往々にして、後で八つ当たりを受けるのは私である。主にほっぺたこね回されたり。



「そうねぇ……。約定の通り、あのキザなお兄さんはちゃんと手を回してくれたみたいね。私達の中央集団参加についてと、不足の糧食をこちらにも回して貰う事については話がついたわ。滞りなくね。」


「へぇ、そいつは結構。しかしそれにしちゃあ不満気だな?」


「魂胆が見え見えなのよ。どいつもこいつも私達に先陣を切らせ、坑道の小鳥として使い潰してやろうってのがね。おまけにそんなところばかり足並みが揃っている癖に、肝心の指揮系統が不明瞭なものだから派閥単位で言いたい放題。手際が悪いにも程があるわ。」


「横から失礼しますよっと。軍務局とやらは何をしてたんです? さっきあのクラキリン女史の姿も見えましたし、てっきりそこが取り纏めるものとばかり思ってましたが。」


「それこそまったく役立たずね。そもそもにして、連中自身が派閥の一つと化しちゃってるのよ。なのにその垣根を越えて指図を出来るだけの、強権の持ち合わせも無いものだから進む話も進まないわ。ま、それでも辛うじて作戦の大枠を詰める事は出来たし、後は出たとこ勝負って感じかしら。」


「……高度な柔軟性を維持したまま、臨機応変に対処せよというわけですか。心中お察し致しますよ、はい。」



 眼下で一しきり口にされる不平に対し、私も行き当たりばったりであると返して同意を示す。利害や事情は人それぞれであるというに、『自分達』では無い者を纏めて無能で括る様にいささか危機感は覚えるものの、それはまぁ今指摘するような話でも無いだろう。巧言令色たいへん結構。これも私達を代表して労を執ってくれた彼女に対する、私なりのねぎらいというものである。


 と、内心そのような思惑は有ったのであるが、これがまたとんだやぶ蛇。どうもその皮肉は参加者の一人であった彼女に対しても刺さったらしく、やっこさんってば私を引きずり落とすと両のほっぺたをむにりと掴み、そのままもっちもっちとこね回しやがるのだ。いや、違う違う。私が煽ったのはあくまで衆国の側であって……、なに? 当事者意識が足りないって? どないせーと。


 ちなみに同行したもうお二方の姿が見えないと思っていたら、メルカーバ嬢は踊る会議に業を煮やしたドロシア様を、未だ諫めている最中であるらしい。なんとも我々王国首脳部、あっちでもこっちでも実に騒々しいもんである。あ、ちょいとゼリグさんや。置いてきぼりにされたとジト目なんかを晒してないで、早く私を助けてください。ほっぺもげそう。



 そんなこんな。披露した阿呆でお集まりの皆さんの注目を集めたりなんかしつつ、ビタンと解放された地べたの上で、遠く見やるのは荒涼とした大地の彼方。向かうは緑豊かであるという南の地。目指すは予想外の旗色の悪さによって、私達にとっても差し迫った脅威と化した、南方蛮族ソシアルの撃退である。


 私個人に負けは無い。しかし私が属する集団の勝ち負けはまた別であり、如何に私が強かろうと、敵と接触出来ずに遊兵と化してしまえばそれまでなのだ。最低限の段取りは組んだものの、はたしてそう上手い様に、事は運んでくれるであろうか。最初から悲観するようなつもりは毛頭無いが、それだけはどうしても振り払う事の出来ぬ、目下の不安の種であった。むぎゅう。






 さて、先日に衆国のカーマッケン氏を交えて話し込んだ、『ノマちゃん投げ飛ばし大作戦』の立案にあたり、まず最初に決めなければならない前提が一つあった。それすなわち、敵主力を首都まで誘因して迎撃するのか、それともこちらから打って出るのかという二択である。


 前者は殺到した蛮族軍に対し私を確実にぶち当てる事によって、一網打尽を狙えるという利点がある。しかしその一方で、首都に至るまでの都市村落を全て放棄し、さらにその首都においても市街戦に突入する可能性が大という、生半可な覚悟では許容する事の出来ない危うさがあった。


 では後者。と安直にいきたいところではあるが、こちらはこちらで先の難点を全て解消できる代わり、そもそも肝心の私が空振ってしまう可能性が捨てきれない。衆国は広い。南部からの進軍経路はいくつか絞り込めるものの、その択を外して失った時間は十中八九、戦局に致命的な影響を与えてしまうに至るだろう。



 これが中々に悩ましい話であったものの、しかし結論で言ってしまえば満場一致、後者已む無しという事になった。まずカーマッケン氏はその立場から言って、首都を囮に敵を引き込むなどと、到底看過は出来ないという論調である。それも当然。なにせ外区の外壁は木製の簡易な代物であるし、まして今現在においてはさらにその外周において、戦火に焼け出された民が根を張りつつあるのだ。


 彼によれば蛮族の侵攻を遅らせる為、既に南部との境界に位置する複数の都市において、衆国は焦土作戦を展開済みであるという。このうえ更に進路上の都市村落を焼けとなれば、行く当てを失くした者達が更に雪崩れ込むは最早必至。仮に勝利を掴む事が出来たとしても、戦後秩序の崩壊はおそらく免れなくなるとあって、為政者の側である彼が待ったをかけるのも頷ける話である。


 翻って我が国の、というかドロシア様の考える戦略的勝利というものは、この戦乱における衆国からの難民流出を阻止し、かつ戦後の同国に対して影響力を確保する点にある。弱体化して貰う分には結構であるが、かといって自身を立ちいかせる事が出来ない程に、国体がガタガタになってもらうのも困るのだ。彼女が欲するのは併呑では無く、王国が力をつける為の宿主であるのだから。



 よってここに藁にも縋りたい彼と、彼を政治的な橋頭保にしたい彼女との間における、邪悪なる密約は成ったのであった。と、多少大袈裟に述べはしたが、ともあれ打って出るのだと話は決まった。ならばお次は私をどこに配置するのかという話であるが、ここで彼の口から語られたのが今現在において発動中の、衆国における反抗作戦の概要である。


 それによれば蛮族の侵攻再開に備え、彼らは兵を西方集団、中央集団、東方集団の三つに分けて南下させるのだという。このうち敵進軍経路の本命と目されたのが中央で、その張ったヤマに対し、かき集めた兵力の実に過半を投じる予定であるのだとか。ではその心はどこにあるのか。それを問う私達に対し、本当は機密なんだがと勿体ぶる彼によって、渋々と広げられたのは一枚の地図であった。


 覗き込んでみれば一目瞭然。衆国北部は全体的に山がちであり、南部との境目に沿って生じた山地は東西にぐるりと至り、南からそれを超えようとする者に大きく迂回を強いているのだ。その中にあって中央経路は狭い山間こそ通るものの、そこを抜けてしまえば後は開けた平地が首都まで続いているとあって、大軍を展開するには如何にもおあつらえ向きの地形である。


 つまりその山間こそが衆国にとっての阻止限界点であり、そして私にとっても狭い瓶の口を抜けてきた敵兵を、順次叩き返す事の出来る絶好の狩場であると言えるだろう。おまけにかつては南部との交易における重要な中継拠点でもあったとかで、そのまま陣地に転用出来る村落もあるというのだからまさにドンピシャ。私の投下先として申し分ない。



 ここまで条件が整っているとなれば、おのずと至る結論は同じであった。私達王国軍は中央集団へ参加する。それによって同じ人族国家としての面目を保ち、かつ私という切り札で強引にもぎ取った戦術的勝利によって、野望達成の為の布石を打つのだ。そのドロシア様の決定に対し、私が否やを言う理由は無い。例え求められているそれが、良心を苦しめる行いであったとしても。


 ただし勿論の事、これはどこまでいっても博打である。蛮族側に裏をかかれて迂回される可能性は捨てきれないが、しかし現状で勝ちに乗っているのはあちらであるのだ。ならば妙な絡め手は取らず、正面から力押しをしてくるであろう事は十分に考えられた。


 それに西方、東方の両集団も、もしも敵主力とぶつかった際には遅滞戦闘を行う事によって、中央が大返しをするまでの時間を稼いでくれる手筈であるらしい。人事は尽くせるものでは無いと聞くが、後は信じて天命を待つしかないのだろう。運否天賦。出来ればあの邪神とは違う、真っ当な神様に祈らせて欲しいものである。






「……本当にねえ、祈らせて欲しいもんです。嫌なんですよね。誰かが傷つけられて殺される事も、誰かを傷つけて殺す事も。嫌なんです。」


「ったく。ぼーっとしてたと思えば急に女々しいこと言い出しやがって。ほれ、姫さんも戻ってきたし、置いて行かれる前にアタシらも出発するぞ。」


「女の貴方が言いますかそれを? 相変わらずなんというか……。」


「んだよ?」


「いえね、なんというか皆、心が強いなあと思いまして。」



 そう言って私は低く低く喉を鳴らし、自嘲気味に笑ったものであった。一度はあの白ガエルを相手に覚悟を決めたものであるが、やはり殺しなどと、慣れる事の出来る様なものでも無い。


 いつか、慣れるのだろうか。この地で生きるのならば、やはり慣れたほうが良いのだろうか。それだけはどうにも、答えが出せるようには思えなかったのである。






 短めですが、切りの良いところまで書けた分からなるべく投稿していきたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] また続きを読むことができて良かったです。 ありがとうございました。 人物の考えなど分かって、続きが気になりました。
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