私は暗闇の中にいる
初投稿です。
気が付けば、暗い暗いところに私は立っておった。周囲を見回せど何が見えるということもなく、闇だけがどこまでも続いておる。灯りこそ見当たらなんだが、私にはなぜか、己の姿を捉えることができた。
ついにボケたか。知らぬ間に徘徊しておったようだ。心はまだまだ若いつもりであったのだが、現実とは非情なものである。ていうかどこだここ。近くに交番でもないものか。
歩けど歩けど、闇ばかり。ここは都市部であるというのに、建物一つ、街灯一つ見当たらぬのはさすがに不自然が過ぎる。そうこうするうちに、老いたこの身が息切れ一つ起こしていない事に気が付いた。
呆けたように暗闇を眺めること、しばし。ふと「ああ、私は死んだのだな。」と悟った。何も見えぬように見えるが、ここは道の半ばであり、私は前に進まねばならぬのだ。
年の頃はいくつであったか、しばらく数えていなかったがおそらく70は超えていた事だろう。若かりし頃より勤めていた職場で定年まで勤めあげ、その後は嘱託で働いていたがそれも10年は昔の話。
暇に飽かせて趣味のゲームや小説に没頭する日々を送っていたが、ここ最近ははっきりと自覚できるほどに体の衰えを感じていた。きっと私は、もう長くは無いのであろうと。
覚悟はしていたつもりであったが、いざ死んでみると中々に堪えるものだ。両親は既に見送り、結婚もしていなかったので後に残す者に対する不安は無いが、孤独死同然の最後を迎えたことに兄弟や家主に対する自責の念が沸く。
突然連絡がつかなくなったのだ、ゲーム仲間も心配する事だろう。せめて遺言くらいは用意しておくべきであったか。
延々と歩きながらも、頭に浮かぶのは後悔ばかり。いや、私の人生そのものは自分で選択してきた結果であるからして後悔などは無いが、終わらせ方がまずかった。
死期を悟っていたのであれば、周囲に迷惑をかけぬようそれなりの準備をしておくべきであったのだ。今からでもなんとか舞い戻って挨拶回りが出来ないものか。夢枕とかで。
歩く。歩く。歩く。どこを向いても黒ばかり。他に出来ることも無いので、現世の心残しを次々と頭に浮かべてしまう。もはや出来ることは何も無いというのに。
それにしても、死後の世界が本当にあるとは思わなかった。自我というものは脳の電気信号がどうたらで専門的な事などはわからぬが、死ねば自我は消滅し、消えてなくなるものだと思っていたのだ。
未だ私が自分を認識できている事に安堵を覚え、それと同時に不安を感じる。私はこれからどうなるのであろうか。
私は日本人であるからして、このまま歩き続ければいずれ三途の川に出るのだろうか。そう考えて己の懐を探ってみたが、残念ながら六文銭は見つからなかった。生前の財布はあったのだが、はて、渡し守は野口英世や福沢諭吉を受け取ってくれるであろうか。
歩く。歩く。歩く。どこを向いても闇ばかり。何ら見えてくるものは無い。まさか、私は永遠にこのままなのでは無いだろうか。段々と不安が募ってくる。
もしそうなのだとすれば、消えて無くなっていたほうが幾分かマシであった。きっと私は、遠からず狂ってしまう事であろう。いや、既に私は死んでいるのであるからして、狂うことすら出来るかどうか。
何か見えるものは無いかと、助けを求めて視線を巡らすが見えるものは変わらない。自らが作り出した、根拠のない不安感に囚われてしまっている事を、わかってはいるのだ。
しかし、否定できる材料が見つからない為にそれを振り払う事が出来ない。出来ることはただ歩くのみ。いっそ悲鳴を上げて喚き散らせば、多少は気が晴れるであろうか。
「なにか、なにか見えてこないか。何でもいい、情報が欲しい。」
焦燥に駆られる私の耳に、今まさに考えていたそれが聞こえる。びくりと身が震え、血の気が引くのを感じた。何かを考える余裕も無く、振り向いた私の前には、
顔の無い男が立っていた。