第8話『衝撃、走る』
夕闇の中、『アーテル』が襲撃を仕掛けてきた。ノエルはノークを連れて街へと出ていき、留守番役の僕とペトラだけが家の中に残っていた。ペトラは迫り来る女に動じず、迎撃を試みて……いとも容易く、以前と同様の魔法によって名誉の爆死を迎えたのだった。
「……口だけのガキだな」
女は血だるまになったペトラの頭を踏み潰して粉砕し、確実な死を与えた。骨の砕ける音とベチャベチャした粘液の音を響かせる。人を、増してや幼女を何も感傷もなく殺したあの女は絶対に殺してやろうと決意した瞬間だった。
しかし、今はこの女に勝てるとは思えない。やはり窓から脱出するのが良策。中途半端に開けていた窓を全開にし、勢い任せで外へと飛び出したが枠に足を引っ掛けてしまい、顔面からの着地を決めてしまった。泥地であったおかげでダメージは少なかったが、しかし! 全身泥まみれ、最悪の結果となった。不慣れなことはするものじゃないことを改めて教わった。この教訓を無駄にしないために、今は『アーテル』なんかに殺される暇などない。
すぐさま立ち上がって森の中へと駆け出した。背後から黒いモヤの魔法が迫ってくる。触れれば即死の爆破魔法、おまけに暗闇では認識出来ない。しかし、飛翔速度が徒歩程度なので到達することはないだろう。
「逃げ足早いな、お前」
「っーーぶっ?!」
真横から囁く距離感で女声を聞いた。驚愕よりも先に顔に一撃、物理攻撃を受けてぶっ飛ばされ、木の幹に思い切り背中を強打してしまった。跳び箱での着地失敗以来の激痛を感じる。
あの女は気配なく僕の横まで迫ってくることができる。魔法すら使えない僕なんか、アリと人間の差。どう考えても逃げ切れる気はしないが、今は逃げることだけしかできないのも事実。再び立ち上がって、デタラメの方向へと逃げることにした。
「逃げたとこで状況は変わらないぜ、なぁ」
「逃げなくても状況は変わらないなら、逃げる選択したって良い! どうせ変わらないけどね!」
「無駄なスタミナ使うだけだけどなぁ!」
背後は振り向かない。ただひたすらに闇を駆け抜ける。剥き出しの木の根に足を引っ掛けて転げて傷ができても、木の幹に自分からぶつかって強打しようとも、逃走を一貫した。
すると、闇の中に一筋の光が差し込み始めた。無我夢中で光へと駆けていくと森の中だと言うのに、ポツリと一軒家が立っていたのだった。誰かに助けを求めるために駆け寄り、扉を叩いて大声を上げる。
「助けてくださいっ!!!」
「死ね、クソガキ」
背後から女の声。真後ろまで迫っていた彼女が僕へと剣を振り下ろす瞬間だった。
「人の敷地内で何しとるんじゃ、お主ら」
僕を穿つはずの刃は、突如出現した何かに弾かれて終わる。背後での出来事に何が起きたか分からなかったが、突然玄関口が開いたので慌てて逃げ込むことに。不法侵入という形になってしまったが、今はそんなことを意識できるほど心に余裕がなかった。
中には一人の老人が椅子に座ってペンを走らせていた。こちらには気づいているはずだったが、目線すら向けずに紙一枚と向き合ったまま。
「あ、あの……」
「少しはやるじゃんか、お前」
女は僕が攻撃を弾いた認識になっているらしいが、僕にはそんな技はない。やれるとしたら、ペンを走らせているこの老人一人である。
「お主は退場願おうか……」
「ぁあ? お前は誰だ?」
「黙れ、童。射線打痕」
老人が走らせていたペンをこちら側へと振り払った。それと同時に巨大な黒い何かが空中に出現、瞬間的に僕を横切って背後の女ごと屋外へと吹っ飛ばした! 一瞬だけだったが、横切ったものが確認できたが、それは巨大な『衝撃』と言う文字! そう、つまり『衝撃』が走ったのだった。
「……あ、あの……」
「どうしたのかね、あやつは何者じゃ?」
「僕も分からないですが、帝国巡回軍からは『アーテル』って呼ばれてる人物らしいです」
何一つ怪しまれず、むしろ助けてもらってから何事もなかったように質問を受けてしまい、つい緊張で言葉が固まってしまった。誰かは分からないが良い人ではあるらしい。
「お主の所用は知らんが、その軽装では危険じゃろう……これを持っていきなさい」
そう言って渡されたのは一枚の短冊。暗号に包まれて中央に一文、調弦返戻と書かれている。全く意味不明の短冊だが、キーアイテムだと言うことを推察して少し気が楽になった気がした。
「これは?」
「お主を手助けしてくれるアイテムじゃ。それを使いこなせるようになった時、またこの小屋に来ると良い。お主に力を貸そう」
一枚の短冊と共に、僕は小屋の外へと出されてしまった。いつまでも中に篭もって迷惑かける訳にもいかないのだが、小屋の外には吹っ飛ばされたあの女がいて、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を出している。
「ってぇーなぁー、おぃ。あのジジィ、絶対にぶっ殺す。けど、その前によぉ、クソガキィ……」
「な、なんですか?」
「てめぇが先だぁああっ!!!」
「っうわぁあ?!」
女が飛びかかってきた! 仕込み刀を引き抜き、僕の首を掻き切ろうと迫る。しかし、その刃は目前で動きを止めた。それは突如出現した細い糸たちによって固定されている! 予想外の状況に僕も女も戸惑いを隠せないが、僕には恐らく想定がついていた。その糸の出処のことだ。なるほど、これは使いやすい。
あの老人がくれた短冊だろう。ある条件下で発動する魔法の札らしく、その条件は攻撃を受けること。つまりこのアイテムは防御系魔法の札! 素人ですらいともたやすく攻撃を受け止めきれる程に強靭な糸の盾!
「何だぁ? これは、糸か?」
女が糸に引っかかった仕込み刀を引っ込め、再び攻撃を仕掛けようとしていたので、早めにその場から立ち去ることに。魔法の札が再発動して攻撃をまた受け止めてくれるとは限らない。闇の中を無我夢中で走り抜ける。しかし、彼女が追ってくることはなかった。