第1話『主人公、捕まりました』
恐怖、自分より強大な意味不明な存在と出くわした時、人は恐怖と言う感覚に支配され、逃げる選択肢に身ぶりしてしまう。
日常では感じる機会などほとんどない、人が目の前で殺される恐怖に、足がすくんで倒れてしまう僕。
物書きのために開発されたVRの『小説ジェネレーター』という機械を使い、語彙力のない僕をアシストして、異世界ファンタジー執筆するはずだったのだが、突如始まってしまった異世界ファンタジー。仕方なく、いや語弊である! もうwktk状態でゲームを始めたものの、まさか初っ端から死者が出るとは思いもしなかった。それもヒロインのはずのペトラが謎の女性に一撃でやられる始末。きっとペトラという少女が助けてくれる、そう期待してたのに、真後ろで爆死してしまうとは。あまりにリアルな光景でつい腰が抜けてしまったが、これは単なる『ゲーム』であったのを忘れていた。
背中越しで見ていないが、ペトラの飛び散った血液が背中にまんべんなく付着したのを考慮すると、ペトラの身体が破裂レベルのダメージを負ったと見ずに推測できる。
あの女の放った黒いモヤらしき魔法は、恐らく爆発魔法だろう。もしくは爆発系の呪い? 何にしてもこの女、かなり物騒である。
「……僕を呼んだのは、君か?」
「そっちが来たんだろ? 私には分からん。むしろ、私を知っててお前は来たんだろ?」
いや、全く持って知らなかった。もしかしたら有名人だったのかもしれないが、なんせ異世界にやってきて数分の人間が彼女を知っているわけもなく、サインなど要求するほどのファンではない。仮に知ってても、こんな物騒な暴力女など僕の趣味ではない。
このような場合に役立つセリフを僕は知ってる。
「悪いが君に関わってる時間はない、さらばだ」
この一言で全て丸く収まる。人間とコミュニケーションを取らずに済む方法の一つ。
何事もなかったかのように背を向け、颯爽と去っていく、そのつもりだったのだがーー目の前に無惨に横たわるペトラの遺体を見て、その足が止まった。
例えゲームと言えども、五感を司られたこの状況、目の前の偽物の死体ですら、そのリアリティさについ、吐き気を催しそうになる。
こんなこと、許されることではない。幼女をーー見ず知らずの幼女だとしても、こんなことをされてのうのうと帰れるわけがない。
「ーー撤回させてもらう」
「あぁ?」
「先程の言葉は撤回させてもらう! 知り合いを殺されて黙ってる僕じゃない!」
「やんのか? 喧嘩なら買ってやる、殺し合いだけどなぁ!」
女の右手から、ペトラを仕留めたあの黒いモヤが飛翔する。その手は先程見させてもらった。
路地から飛び出し、人混みの中へと全速力で逃走を図る。いや、語弊だ! 逃げてるわけじゃない、反撃だ!
あの手の魔法の攻撃範囲は使用者の視覚範囲内。敵が見えなきゃ攻撃できないはず。放射系魔法などその程度。常人であってもしっかり観察すれば避けるくらい容易い。
距離を取ってから再び人混みを外れて路地へ。攻撃の策を考えるための時間が欲しかった。
「待ってたぜ、おぃ!」
「うおぁあっ?! 何でここに?!」
先回りされていた。
「死ね!」
「生きる!」
「……は?」
魔法を繰り出そうと身構えていた女の動きが止まる。どうやらこの荒れ狂う女、意外にも真面目女らしい。ふざけたワードにわざわざ反応するくらいだからね。
そこで一つ博打を打つ。
「心配しなくていい! 僕は仲間。君がフードなんか被るからさ、誰か分からなくて逃げてしまったけど」
「……は? 何言ってんだよ、お前?」
あくまで時間稼ぎ。助けがくるまでの!
「大丈夫だ! ここに奴はいない」
奴とは誰だ? そんなのは知らない。とにかく彼女が何かしらから追われる身だと考えれば追跡者がいる。だからこそ、人けのない路地にわざわざ姿を現す。
「……お前、帝国巡回軍じゃないのか?」
帝国巡回軍、それが彼女の敵らしい。
「もちろん、僕はーー」
「その言葉は撤回します」
僕の声を否定する第三者の声。どこか聞き覚えがある声だったが、姿が見えない。
突如、僕と彼女の間に一人の人間が落下してきた! 着地失敗で倒れたけど。
「……どうも、帝国巡回軍、ノエルです」
一瞬何か光がチラついたかと思うと、目の前のフードを被った彼女の右腕が吹き飛び、血を撒いた! ノエルの腰についているレイピアによる居合、倒れたままだけど。
しかし予想通りやってきてくれた。ゲームならではのタイミングの良い登場で。まあ、出落ちしてたけど。
それでもやはり腕を切り落とされたのは痛手らしく、彼女はその場を立ち去ったようだ。
「こんにちわ」
「あ、どーもです」
立ち上がるノエル。無表情ではあるけど、その顔付きは整っていて綺麗。髪色は雪のように真っ白だ。
「帝国巡回軍二番剣騎、ノエル=クラルス=ノヴァです。アーテル捜索任務中で巡回してます。では、行きますよ」
名前が長い。出会って早々、腕を掴まれてどこかへと誘拐された。平然としているが登場で確実に辱めを受けたのに顔色変えない。倒れたのに顔色変えない。恥ずかしくないのかな? 倒れたのに。
「それ以上、私を馬鹿にするとあなたも処罰します、よろしいですか?」
「よろしくないです、どうぞ!」
そしてなぜか連行された。