4 白い島へ
ピピは動揺し、意味もなく眼柄をグルグル回した。
(大変だ。大人に見つかったら、怒られちゃう。モモ、どうしよう?)
(とりあえず、ここから逃げるしかないわ。今見つかると、わたしも普通のヒトじゃないことがバレちゃうし)
(逃げるって、どこへ?)
(白い島よ。さっきケートスの心を覗いたら、自分のことを『白い島の守り神』と呼んでいたわ。心の中に、何故か全然見えない部分があって、詳しいことはわからないんだけど。でも、ケートスが人工的な生き物なのはわかったわ。ずっと昔、ヒトの遺伝子操作によって生み出され、何世代にもわたって白い島を守っているらしいの)
(うーん、ぼくには難しいことはわからないけど、ケートスはモモの仲間なんだね。でも、どうやって逃げるの?)
(そうね、それを考えないと)
再び非常放送が聞こえてきた。
《繰り返す。陸族館ドームにケートス侵入。各自武器を持って集結せよ!》
ピピの眼柄が激しく回った。
(モモ、早くしなきゃ!)
(わかってる。ああ、そうだわ。今わたしのいるこの空気槽は予備用だから、空気を流すパイプを切断すれば、取り外せるはずよ。それはケートスにやってもらうとして、そのままじゃ空気がどんどん漏れちゃうから、ピピ、その後、パイプを結んでちょうだい。結べたら、空気槽ごとケートスに運んでもらうわ。もちろん、ピピも一緒よ。でも、ある程度ここから離れたら、見つからないように、ちゃんとお家に帰ってね)
(だけど、ぼくだってその白い島ってとこが見たいよ。ついて行っちゃダメかな? 帰るのはその後でいいからさ)
(そうね。わかったわ。じゃあ、時間がないから、始めるわよ)
モモは言葉ではなく、これからしてもらいたいことを思い浮かべ、そのイメージをケートスに送った。
ちゃんと伝わるだろうかとモモが不安げに見守る中、ケートスは身をひるがえしてパイプを咬み切った。
その後、それをピピが結ぶ方が大変な作業であった。
その間にも、ドームの外にはクラーケン族の大人たちが続々と集まって来ているようだ。
(急いで、ピピ)
(うん、もう少しだよ。よし、できたぞ!)
(もう時間がないわ。ピピ、どこでもいいから、ケートスの体にくっ付いてちょうだい)
(ええーっ、でも、でも、しょうがない、よね)
ピピは、おそるおそるケートスの背ビレの後ろに体を密着させた。
(そう、それでいいわ。さあ、ケートス、パイプの結び目を咥えて、出発よ!)
ケートスはモモのいる空気槽のパイプを下アゴに引っ掛け、ドームの下を潜り抜けた。
外には何十人ものクラーケン族が、鋭いモリのついた水中銃を構えて取り囲んでいる。
ケートスは目の上の模様を妖しく光らせた。その光を目にした途端、殺気立っていたクラーケン族たちの戦意が萎え、フラフラと漂い始めた。
それでも気丈にモリを撃つ者もいたが、まったく見当違いの方向に飛んでいった。
ケートスは悠々と包囲網の真ん中を突っ切り、そのままぐんぐんスピードを上げて行く。
(わーっ、速すぎるよ!)
(ピピ、しっかりつかまっているのよ!)
ピピが経験したこともないような速さでケートスは泳いだ。しかも、時々息継ぎをするために海面から体の半分ぐらいを出すため、背ビレの後ろにつかまっているピピも海の上に出てしまう。そのたびにピピは体がヒリヒリした。
ピピは生まれて初めて『風』というものを感じたのだ。
(これじゃ息ができない、苦しいよ!)
(ごめんなさい、もう少しの辛抱よ。白い島はそんなに遠くないみたいだから)
ケートスが海面から顔を出すたびに、パイプの先を咥えられているモモのいる空気槽も浮きあがる。
空気槽越しではあるが、海の外の世界が垣間見えるのだ。
どこまでも続く大海原の上に、降るような星が瞬いている。それは、モモが初めて見る『空』だった。
進むにつれ、少しずつ白み始めた空を見上げ、モモは言い知れぬ感動に涙をあふれさせた。
朝日が昇る頃、ケートスは泳ぐスピードを急にゆるめた。
(モモ、下を見て!)
上にばかり気を取られていたモモは、ピピの言葉にハッとして下を覗いた。
浅くなった海底は白かった。いや、そうではない。海底を覆いつくすほど、おびただしい数の白いものが積み重なっているのだ。
それは、様々な動物たちの骨であった。
(こ、これはいったい、どういうことなの?)