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2 忍び寄る危機

「あ、ああ。聞こえるよ」

(良かった。やっぱりわたしの声が聞こえる相手がいたのね。でも、声は出さなくていいわ。まわりの仲間がきみを変な目で見てる。心の中で思えばいいのよ)

(こんなふうに、かな?)

(そう、それでいいわ。ああ、わたしったらまだ自己紹介もしてなかったわね。わたしはモモよ。きみは?)

(ぼくはピピ。ねえ、これってどういうことなの?)

(ゆっくり説明してあげたいけど、きみの先生が、そろそろ出発しなきゃと思ってるわ。ねえ、また夜に来てくれないかな。きみに聞きたいことがあるの)

(ええっ、でも、そんなにお小遣いも持ってないし)

(陸族館の中には入らなくても大丈夫よ。きみの心の波動は覚えたから、近くならドームの外でも通じると思うわ)

(でも、お母さんが、夜のお出かけはケートスがいて危ないからダメだって)

(そう、なのね。ごめんなさい、無理を言って)

 ピピは迷った。しかし、少女の必死の思いは強く感じた。

(わかった。今夜こっそり家を抜け出して、ここに来るよ)

(ああ、本当にありがとう、ピピ。待ってるわ)


 閉館時間を過ぎ、ドームの内側に吊り下げられた夜間照明もすべて消えた後、ようやくピピは陸族館に戻ってきた。それでも、噴水管から思い切り水を吹き出して、全速力で泳いで来たのだ。

 今夜は新月で、灯りの消えたドームの中の様子はよく見えなかった。カウンターイルミネーション(=逆光のときにシルエットが目立たないよう自らも光ること)を使ってみたが、その程度の光ではドームの中まで届かない。

 ピピは仕方なく、モモがいた空気槽のあたりに見当をつけ、ドームの透明な壁面に触腕で張り付いた。

 すると、すぐにモモの声が聞こえてきた。

(ああ、良かった。遅いから、もう来ないのかと心配したわ)

(なかなか家を出られなかったんだ。結局、お母さんには、友だちの家に泊まって勉強するからとウソをついてしまったよ)

(ごめんなさいね。でも、来てくれて、本当にうれしいわ)

(照明も全部消えてるみたいだけど、こんなに遅い時間に起きてて大丈夫?)

(大丈夫よ。姉妹たちに怪しまれないよう、仮病けびょうを使って個室に移してもらったの。当直の飼育員は一人だけだから、大きな音さえ出さなければ気付かれないわ)

 潮流ちょうりゅうが強くなってきたので、ピピは体を安定させるため壁面に吸盤きゅうばんを密着させた。

(聞きたいことって何?)

(そうね。その前にわたしたちのことを説明した方がいいわね。きみはヒトのことは知ってる?)

(うん。学校で教わった。昔はこの世界を支配していたけど、自分たちの引き起こした環境の激変に耐えられず、今は絶滅ぜつめつ寸前だって)

(そう。そう教えられているのね。でも、本当は、もう絶滅してしまったのよ)

(えっ、だってきみたちがいるじゃないか)

(わたしたちはクローンなの。他の動物たちもみんなそうよ。陸族館で展示されるためだけに、骨から抽出ちゅうしゅつしたDNAで作られたの。わたしの姉妹たちは言葉も教えられず、ただの展示用動物として飼育されているわ。だから、お腹が空いたとか眠いとか、そういう単純な心しか持っていないの)

(でも、きみは言葉をしゃべっているじゃないか。ちょっと、その、変わった方法だけど)

(わたしは突然変異体ミュータント。生まれつきテレパスなの。近くの心は見えるから、飼育員たちの心を読んで言葉を覚えたわ。今は頭の中でしゃべっているけど、ちゃんと歯ぎしりで声も出せるのよ。でも、担当の飼育員はここを出て学者になりたいという野心を持っていたから、わたしが話せることがわかると実験動物にされると思って、黙っていたの。そのかわり、悪意のなさそうな見物客に、いつも心で話しかけてみたのよ。でも、誰にも通じなかったわ。とてもさみしかった。このまま誰とも話せないのかと思って、ずっと泣いてばかりいたの)

 ピピの知らない言葉がいくつもあったが、おおよその状況だけはわかった。

(ぼくには聞こえたよ)

(そう、奇跡きせきが起きたのよ。本当にうれしかったわ。ねえ、わたしはこの陸族館しか知らないの。聞きたいのは、きみが見たり聞いたりした、外の世界のことなんだけど、話してもらえるかな?)

(それはいいけど、上手に話せるか自信がないなあ)

(大丈夫よ。きみの心は見えているから、うまく説明できないときは、その時のことを思い浮かべるだけでいいわ)

(わかった。やってみるよ)

 ピピは自分の家族のこと、友達のこと、学校のこと、タテジマジンベイザメに乗って遊んだこと、海流に流されて迷子になったこと、遠足で行った美しいサンゴしょうのこと、一度だけ夜中にこっそり海面まで上がって月を見たこと、などなど、モモにせがまれるまま、思いつく限りのことを話し続けた。ピピが長く話し過ぎたせいか、モモの返事が次第に弱まってきた。

(疲れたんじゃないかい?)

(ううん、大丈夫よ。本当にすてきだわ。ああ、わたしも行ってみたい。でも、無理な話よね)

 ピピは何と言ってなぐさめたらよいのかわからず、(ごめんね)とあやまった。

(ああ、こちらこそごめんなさい。困らせるつもりはなかったの。ただうらやましくて。外の世界のことは、見物に来るきみの仲間たちの心を時々のぞき見するぐらいで。ああ、そうだわ。一番聞きたかったことを忘れていたわ。ピピは、『白い島』の話、知らない?)

(え、『島』って何?)

(そうか、知らないのね。島というのは、とても小さな陸のことよ。この世界で最後に残った陸の一部よ。見物客の心を覗いていたとき、チラリと一瞬だけ見えたの。ああ、行ってみたいなあ)

 モモの切ない気持ちが伝わってきて、ピピも動揺どうようした。そのため、自分の周囲が異様に明るくなっていることに気付くのが遅れた。

 ピピがギョッとして眼柄を上に向けると、あやしい金色の光のかたまりが二つ、ゆっくりと降りて来るところだった。

(ああっ、しまった! ケートスが!)

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