妖狐はフ〇ン〇じゃねえから!! ~夏休み前日-8~
彰は目の前にぶら下げられるiPhoneを見て、あっと言いながらポケットを探る。いつの間にか小夜狐がくすねていたらしく、彰は目の前にぶら下げられた宝に食いつく窃盗犯のようにiPhoneへ飛び付く。その様子を見て小夜狐は高笑いをしながら、ピョンピョンとiPhoneを空中で遊ばせる。
「よっぽどこれが大事なのかな?」
「お前、やっぱりただの性悪女狐だな! どれだけ身体は人間になろうと、心は妖怪か!」
「どこの熱血漫画の台詞よ、それ。私は、心清らかなフレンズだよ」
「止めろ、そういうジョーク! 色々な意味で笑えない!」
さんざん遊ばれる中、勢い着けて小夜狐に向かって飛び掛かる。しかし、いとも簡単にかわされてしまい、顔面からソファに顔をぶつけてしまった。
「あら、最近は私みたいな獣耳や尻尾のある女の子は流行りって聞いたけど」
「だから、どうしてお前の知識はそんなに偏っとるんだ」
確かに、アニメや漫画の傾向からしてそれは間違いではない。だが、本物の獣人間とか妖怪なんて、彰自身は求めていない!
「ねえ、彰。あたしはね、この四角い物体には興味ないの。そ・れ・よ・り・も! 時代錯誤で年齢に全然合わないこのアクセサリーについてお聞かせ願いたいの」
小夜狐はiPhoneに付いてあるビーズのアクセサリーを指さし、表情は険しくなりつつある。年齢に合わない、という部分に反論したいものの、それさえも許さない雰囲気が場を支配している。
「別に、それは……。他に付けるものがないから、とりあえず付けているだけだ」
「ふ~ん。その割には必死に取り返そうとするじゃない」
「あ、アホ! お前が四角い物体と言ったものは、現代人が死んでも離せんぐらい大事にしとるものなんじゃ! 俺だってそれが身体から離れていると思うとー」
「庭から家に入ったとき、リビングに置いてあったじゃん」
「シット!!」
小夜狐の指摘に思わず外人のリアクションで答えてしまう。しかし、間髪入れずに彰の眼前にアクセサリーを見せつけてくる。
「彰。あたしが修行している間に、別の女に現を抜かしてたんじゃない?」
「んなっ!? そんな、別の女って。俺とお前は付き合っている訳でもないのに、なんでアクセサリーをもらったことぐらいで咎められんといかん!」
「やっぱり! これは女に作ってもらったのね!」
「あっ!!」
「あっ、じゃない!」
小夜狐にカマを掛けられ、つい失言をしてしまう。事実を知った彼女のボルテージはさらに上がり、再び火の玉が浮かび上がってくる。スルーすればいいのだが、彰のつい口調が荒くなってくる。
「そもそも、なんで小さい頃の約束ごときで嫁面をされんといかんのじゃ!」
「嫁面じゃない!」
「えっ?」
「正真正銘の嫁よ」
そう言いながら、小夜狐は写真の裏に書かれてある念書を見せつける。まったく、これではちっとも埒があきそうにない。うがああああ、と今までにない叫び声を上げながら立ち上がる。
「まったく! 今ほどじいさんに生きていて欲しいって思ったことはないかもな」
「薄情な理由ね」
「原因を作っとるんはお前じゃ!」
「あたしは約束の履行をしてもらおうとしてるだけよ。……で」
「でっ、とは?」
「このアクセサリーの女は?」
「は?」
「アクセサリーを贈ってくるということは、その……。それなりに仲が進んでおるのではないか? とても許せることではないがな」
キッと睨んでくるも、彰はチャンスだとも思った。ここで片思いの女性がいることを話せば、自分のことを勝手に「浮気者」と勘違いをし、見損なって小夜狐が帰ってくれるかもしれない。彰はここぞとばかりに胸を張り、堂々と答える。
「よく聞いてくれたな、小夜狐。そう、これは俺にとって非常に大切なもの……」
「……どうやら、また火の玉を食らいたいのね」
「この話を聞けば、そんな気も失せるさ。このアクセサリーはな」
「アクセサリーは?」
「このアクセサリーはな、片思いしている子がくれたものだ!」
その瞬間に小夜狐の全身に雷が落ちたのか、たじろぐこともできず唖然とした表情を見せる。しかし、すぐに笑い始めるので彰もつられて笑ってみせる。
「なるほど、あたしが夫と選ぶほどの男。やはり女子からは羨望の眼差しを受けているようだな」
残念ながら、まったく相手にされていない。なんなら今日振られたばかりなのだが。それは黙ったまま、心の中で血の涙を流しながら頷いてみせる。
「でも、片思いということは……。まだ、答えていないのね?」
「へっ?」
「アクセサリーを贈ってきた女に対してよ。アプローチは受けたけれど、男女の仲には発展していないということよね? その女と共にこの家で過ごしてもいないし、そうなのよね?」
小夜狐は手で肩をガシッとつかみながら、まるで念を押すように聞いてくる。相手がアプローチしていると勘違いをしているようだが、男女の関係になっていないのは残念ながら事実である。それに、彰サイドのアプローチは箸にも棒にも掛からず、その兆しさえない。
だが、その点について説明すると面倒になりそうなので、とりあえずノーと答えておいた。
「なるほど……。ま、まあ。夫の火遊びぐらい、快く許すのが妻の務め」
「ま、まあ。妻でも嫁でもないけれど、納得してくれたんならよかったよ」
「ただし……」
そう言うと同時に小夜狐の身体の周りから、不気味なオーラが立ち込め始める。彼女の周りに出てきたオーラは形を取り始め、徐々に管のように白くて細い狐が何十匹と生まれる。
「あたしの夫に手を出したのだからな。少しばかり、呪われていただこうか」
「ちょっと待て!」
今にも狐が飛んでいきそうだったので、彰は全力で止める。小夜狐が出現させた狐はすぐに消えるも、疑いの眼差しが再び向けられてしまう。作戦は完全に裏目に出てしまい、心の中でガッデム、と叫んでしまう。
「あら、もしかして浮気相手をかばうの?」
「いや、かばうというかなんというか。そもそも何も関係は発展していないし、今回は大目に見て欲しいというか……。そもそも! 俺はまだお前を嫁と認めとらん」
ふうん、と言いながら小夜狐がジト目で見てくる。なぜか気まずいものを感じるも、ここで折れてはいけない。負けじと彼女の視線を跳ね除けようとグッと目に力をいれるも、彼女の突拍子もない提案によって簡単に崩れてしまった。
「それじゃ、かくれんぼで白黒つけましょ」