この女、暴言も暴力もフルスロットル!! ~夏休み前日-7~
「だから、本当に悪かったって。こうして謝ってるだろ」
彰は濡れたタオルで身体を拭きながら、戻って来たリビングのL型ソファで何度も謝り続ける。しかし、小夜狐によって命名された「尻尾おさわり事件」で完全にへそを曲げ、彰の顔中をひっかき傷だらけにし、火の玉によって全身を白い粉まみれにしていた。
「まったく……。そんなことも忘れていたなんて。しかも、妖狐にとってデリケートな尻尾をあんな風にモフモフするなんて、卑猥だわ」
「モフモフはしていない! それに卑猥は言い過ぎだ」
「ゲス、クソ、カス!」
「言葉の暴力で現行犯逮捕するぞ、お前!」
彰はギリギリと歯ぎしりをしながら小夜狐を睨むも、彼女がまた炎を出そうとしたので怒りを抑えることにした。彼女が放つ青い炎は物体を燃やすといった効果は持っていないようだ。ヒットした瞬間に爆発し、その瞬間に熱を少し感じる程度である。
しかし、爆発と共に白煙が上がるようになっており、その影響で彰の身体は粉まみれになってしまった。水で濡らしたタオルで身体に付いた粉は簡単に取れるも、この後部屋についた粉を掃除することを考えると気が重くなる。
「それよりもだ!」
彰は小夜狐のペースのままではいけないと思い、自分を鼓舞するように大きな声を出す。そして、先ほど小夜狐が持っている写真をもう一度テーブルに出してもらい、彰は少女を指さす。
「確認しますが。小夜狐さん、あんたは一体なにものだ? 普通の人間とは思えないが」
「そっか、あんたには詳しいことを何も言ってなかったか。あたしは妖狐、妖狐の小夜狐と言えばあたしのことさ」
小夜狐は自慢げに名乗り、銀色の毛で包まれた耳を出しっぱなしにしている。尻尾も彰が触ったときよりも膨張して枕にできそうである。その2つは剥製でもなくコスプレ道具でもなく、これ以上は自分をだますこともできない。それでも彰は諦められず、今度は耳へ手が伸びている。
「おや、小さい時みたいに耳を無理に触るつもり?」
サッと手をひっこめるも、彰は小夜狐の言葉にハッとする。小さいときに耳を触られようになった記憶というのあ、おそらく自分が火の玉を食らった際に思い出した内容と同じだろう。
「いや、勘弁つこうまつる。先ほどの一撃で、色々と思い出したくないことも思い出したしな」
「えっ……。もしかして、ショック療法が効果をー」
「じゃかましい、人を真っ白けにしておいて! というよりも、写真でも人間の姿をしとるが、あんたはずっと人の姿に化けているのか?」
「昔はキツネの姿が通常の姿だったけど、今は人間が通常時の姿よ。あなたの元へ嫁に来るため、キツネから人間の身体へ変化させるためのきつ~い修行を積んだんだから」
「どんなトンデモ修行だよ、それ」
「そりゃ厳しい修行よ。最近では人間が交通事故に遭えば、どこか見知らぬ別世界へ簡単に行けるらしいけれど」
「それ、誤った知識だからな」
「あたしは神や仙人が暮らす世界にやっとたどり着き、そこで何度も心が折れそうな修行を耐え抜き、やっと人間の身体を手に入れることができたのだ。あんたと結婚するための執念と修行に耐えうるだけの根性、舐めてもらっては困る!」
「でも、尻尾触られると簡単に耳出るんだな」
「……ほお、余程炎を食らうのがお好きなようだ。クセになったか、あの痛みが?」
「さ、さーせん」
そう言いながら小夜狐は、また青い炎を空中に出現させながら笑みを浮かべている。彰はブルブルと顔を横に振り、全力でその申し出を辞退する。ふん、と鼻を鳴らすとポッと炎も消えていく。
「……まあ、身体は人間になったけれど、腐っても妖狐。耳と尻尾は妖力の要になってるから、人間の身体を手に入れた後も残っちゃうみたいでね。普段は力で隠してるんだけど、感情が乱れるとすぐ出てきちゃって。しかも敏感だから、触られるのは苦手でね」
「さいですかい」
興味ないように彰が答えると、ムスリとした顔で小夜狐は足を組み替える。そして右手をアゴの辺りに当て、挑発的な目で見つめてくる。
「で、あたしについて少しは思い出したみたいだけど、婚約についても思い出したんでしょうね? あたしは約束通り、人間の身体に転身する修行をちゃんとやってきたのよ」
小夜狐のことについて少しは思い出せた。しかし、そんな小さい頃の約束なんて覚えている訳もないし、どうして祖父がそんな約束を小夜狐と交わしたのだろうか。そもそも、祖父は彼女の正体を知っていたのだろうか。それとも子供の約束だと思い、適当に写真裏に念書紛いの文章を書いたのだろうか。色々と疑問も出てくるが、死人に口なしである。
色々と祖父について問いただしたいのだが、目の前で目をぎらつかせている小夜狐が「婚約」以外の疑問に答えるとは思わない。それに、どんな質問をぶつけたところで婚約の話に戻すだけだろう。それならば、今は何としても自分との婚約を諦めてもらうのが重要だと彰は考えた。
「あのですね、小夜狐さん。その婚約の件なんですけど、白紙にはならない?」
「あんた、私の数年の努力を棒に振れって言うの?」
「いや、確かにそれは申し訳ない話なんだけれど。小さい頃の約束を守れって言われてもなあ……。それに、じいさんもいないから確認のしようもないし」
はあ、と露骨にため息をこぼして再び炎を出現させる。条件反射的にヒッ、と彰は小さく悲鳴を上げてしまう。
「情けない……。 出会ったときは『絶対に約束は守る』と豪語する勇ましい男だったのに。それが人間社会に揉まれることで、ここまで軟弱になってしまうものなの?」
「う、うるさいな! お前にはわからんかもしれんが、これも処世術ってやつじゃ」
「それ以上女々しいことを言って失望させないで。ま、あんたがあたしを拒絶する理由はこれかもしれないけど」
そう言いながら小夜狐は、ポケットに入れてあったはずのiPhoneを手にぶら下げて見せた。