お前とも幼なじみかよ!! ~夏休み前日-6~
いや、普通に考えてあり得ない。しかし、フサフサの尻尾は確かに小夜狐のお尻から生えているように見える。その毛並みは彼女の髪色と同じで、室内灯の光に反射して光っているように見える。
触りたい……。
ごくり、とツバを飲み込むことで何とか欲望を抑え込む。そのフサフサした尻尾はまるで魔力でも持っているかのように俺を誘ってくる。尻尾から目を離さずに見ていると何度か左右に揺れ、まるで釣りのときに使うルアーのようだ。
小夜狐はまだお祈りを続けている。大丈夫だ、そっと触ればバレはしない。どうせあれだ、最近はやりのコスプレの類だ。彼女は写真でも獣耳のアクセサリーを着けていたし、それが今でも止められず尻尾を付け始めたのだろう。
最近では「け〇のフ〇ン〇」の影響で獣人さんも流行っているし、まるで本物の尻尾みたいに動くアクセサリーだってあるはずだ。そもそも、本物の尻尾がお尻から生える訳がない。
俺は触りたい衝動に打ち勝つことができず、手を合わせ続けている小夜狐に後ろから近づき、そっと彼女の背中前に座る。そして、ルアーの様子を探る魚のようにゆっくりと尻尾を撫でてみる。
サ、サラサラしてるううううう……。
その毛並みは今までに体験したことのない肌触りだ。熱烈な動物好きでもない俺でさえ、許されるなら永遠にでも触っていたい。
「あああああん!」
しかし、そんな願望も小夜狐の色っぽい悲鳴によってパチンと割れてしまう。とっさに離れるも、彼女は震える身体を両手で必死に抑えようとしている。大丈夫か、と声を掛けようとしたそのときだった。小夜狐の髪のてっぺんがモゴモゴと動き始め、ぴょこんとそこから獣耳が生えてきた。
「おわあっ!!」
あまりの出来事に腰が抜け、俺は背中から倒れてタンスに頭をぶつけてしまう。頭をさすりながら前方を見ると、小夜狐が目に涙を溜め、プルプルと身体を震わせながら睨んでくる。
「あの、その……」
「見たわね?」
「はい?」
小夜狐は何も言わないまま頭を指さす。見ていなくても、そんなことをされれば彼女の頭にぴょこんと生えた獣耳へ、視線がゆっくりとシフトしていく。
「やっぱり!」
「まて! 今のは誘導尋問というか、お前の策略だろ!」
弁明の余地は無かった。すぐに小夜狐の周りに青い炎が3つ浮かび上がり、メラメラと燃えている。
「この……。変態スケベ!」
何度も「待て」と「早まるな」をくり返すも、すでに焼石に水だ。ゆらゆらと空中を漂う炎は俺めがけて放たれ、全弾見事にヒットした。
ーこの、変態スケベ!
まるで幽玄の世界へ誘わんとする青い火の玉。狐が扱える「狐火」や「鬼火」とも言われており、闇夜に光る燐火に見立てる人もいる。
その怪しくも人を惹きつける不思議な炎を俳人・与謝蕪村は「狐火の 燃へつくばかり 枯尾花」と読んでいるとかいないとか。歴史か古典の授業で聞いた気がする。
実際、狐火に野原を焼くほどの力など無い。その妖艶な炎越しに景色を見るだけで人は異世界を見た気分になる。しかし、俺にぶつかった火の玉はな美しい情景など見せず、代わりに古びた記憶と今朝見た夢をリンクさせていく。
***
じいちゃんがまだ生きていた幼少期の、ある1日の出来事である。
俺はいつも通りじいちゃん家に預けられて過ごしていた。あの日は庭先に出て一緒にボール遊びをしていたと思う。その際、写真でみた獣耳の少女が庭先にやってきた。
その少女には不思議な耳が付いたが、じいちゃんはいつものように笑顔で迎え入れた。彼の態度に彼女はパッと笑顔を見せ、俺もその笑顔に惹かれるように駆け寄ってキャッチボールを始めた。
しばらく女の子とのキャッチボールに興じていたが、俺はどうしても少女の頭に付いてある耳が気になって仕方なかった。ボールを投げず耳に注目していると、少女のほうが不思議がって近づいてきた。
近づいてきた少女はボール遊びしよう、とボールを取ろうとする。しかし、ぴょこぴょこ動く耳が気になって仕方なかった。作り物とは思えない獣耳への好奇心を消せず、俺は頭に生えてある獣耳を無理矢理に触ろうとした。
しかし、先ほどまで笑顔だった少女の顔がゆがみ、俺の手を叩いて拒絶した。ついムキになってしまい、無理矢理に彼女の耳を触ろうとしてしまう。その態度に少女は怒り、青い炎を出してこう叫んだ。
ーこの、変態スケベ!
青い炎は砲丸投げのようにゆっくりと空中に弧を描き、見事ヒットする。その瞬間にパンと風船が割れたような音が鳴り響き、じいちゃんは飛んでやってきた。
俺たち2人は自分たちに何が起きたかわからず、ただ泣き続けることしかできなかった。それでも言葉の端々から、事情を察したじいちゃんは俺を叱り飛ばした。そして、危険なことをした少女にも注意を促していた。
じいちゃんから怒られたのは、これが初めてだった気がする。いつもは優しいが、ダメなことについてはしっかりダメだという。しかし、怒った後には必ず仲直りもする。「ケンカの後、これが人生で一番大事だ」というのは彼の口癖だった。
この時も怒られた後、俺と少女はお菓子を食べて仲直りをした。これが俺の遭遇した「青い火の玉事件」である。
***
俺の中でこの事件は過去の記憶というよりは「夢かアニメで見たもの」と、いつしか錯覚するようになっていた。
しかし、今朝見た夢と写真は、俺の記憶にこびりついていた彼女を呼び起こした。疑おうと否定しようと、目の前に銀髪の獣耳を着けた女の子はいる。俺に馬乗りになって、顔を真っ赤にして攻撃の手を緩めない。
「小夜狐、もう許してくれ!!」
幼なじみがどれだけきれいな女の子だったとしても、獣耳を持つばかりか感情的で暴力的ならばずっと忘れていたかった。こうして火の玉をぶつけられて粉まみれになり、容赦なくツメで顔をひっかかれるぐらいならば。
俺は今、本気でそう思っている。