胸の中、風吹きすさぶ!! ~夏休み前日-3~
夏休みであれば時間もあるだろうし、亜季が隣町に住んでいることも障害にならない。小学生時代は普通に遊んでいた仲だ。夏の陽気に乗せてちょっと遊びにいこう、と誘えば満面の笑みで答えてくれるはずだ!
夏休み前までデート計画が伸びたのは、決してメールで誘う勇気がでなかったとか、そんな情けない理由じゃない。男ならば、こういう大事なことは面と向かって言うべきだ。亡くなった祖父の源造も「女と話すときは目を見ろ」って言っていた。
「よし、各場所に異常なしね」
いつも適当なことを話しながら点検するので、割と時間が掛かってしまうこの作業。しかし、なぜか今日の亜季はテキパキと作業が進み、すでにラストの点検が終わっていた。
まずい、頭の中で妄想し過ぎたか……。夢で亜季を見た上に、この時間にたどり着くまでの余韻に浸り過ぎてしまったようだ。このままではデートに誘うどころではない!
「あ、竜胆さん! あのさー」
「それじゃ、あきらくん。私ちょっと急ぎの用事があるから、そのチェックシートの提出をお願いしていい?」
「ほえ?」
なんで、今日に限って用事があるんだよ。いつもなら適当なことを話しながら校門まで行くし、もっと言えば亜季の乗っている駅まで送っているじゃないか。明日から夏休みだぞ、時間はたっぷりあるだろ!
「あの、ちょっと待ってよ」
「なに?」
先ほどまでは俺の知っている亜季だったのに、まるで今日みた夢のように別人に変わってしまう。いつもぼんやりしているのに、どうして今日はこんなにもセカセカしている。セカセカどころではない、どこかイライラしているようにさえ見える。
「ちょっと相談というか、話があるんだけど」
「話? 連絡先交換してんだから、そっちでいいじゃない」
「いや、そのね。直接亜季に聞いて欲しいというかさ。しっかり時間を掛けたいというか」
「でも私は急いでるんだよ! 早くしないとジェシーが来ちゃう!」
……ジェシー?
「あ~! もうこんな時間じゃん! ごめん、あきらくん。これ以上はジェシーを待たせられないから。私は先に帰るね。チェックシートは出しといて。今度お礼はするからね~」
時計を見てから叫んだ亜季は、俺から逃げるようにすたこらさっさと消えて行く。風も吹いていないのに身体が小刻みに震えだし、チェックシートが手からこぼれ落ちてひらひらと宙を舞う。
敗北した。その事実が頭に浸透し始めると共に、心の中に祖父と聞いていた小〇和正の曲が流れてくる。
切ない。昔は意味が分からなかった曲がじんわりと心の中によみがえり、心の底にある涙スイッチが押されそうになる。
ジェシーって誰だよ。外人さん、かな……。てか、名前からして多分、いや多分ていうか、ほぼ確実に男……。
「あ~あ。あんあ言い方したら、女の子は逃げるに決まってるじゃないの」
涙が出そうになった瞬間、後ろから聞き覚えのある声が届いてくる。振り向くまでもない、それは那美のものだった。
「なんだよ、あきらさん。もしかして俺というものがありながら、抜け駆けしようとしたのか? い・け・な・い・子」
さらに、わざとらしくおネエ口調で話しているのは優作だろう。どうしてこの2人がここに……。俺のクエスチョンマークでも見えたのか、先読みしたように那美が答える。
「あんたの様子が変だったから、一応待ってたんじゃない。でも、あまりに遅いから様子を見に来たら、事件が起こってたからさ」
「事件……。ってか、お前らなんで」
「でも驚きよねえ、亜季さんって清楚そうに見えて活発というか。外人のお友達がいるなんて。いや、もしかすると、もしかしてー」
「やめろ!」
現実を確定しようとする那美の言葉を制し、俺はその場に膝から崩れ落ちる。この世の絶望を目の当たりにした気分だ。もう何もかもが嫌になってくる。
しかも、この現場を2人に見られるなんて……。透明人間になれるのであれば、すぐにでもこの場から消えていなくなりたい。しかし、自分の両肩にしっかりと手の感触が伝わってきた。
「大丈夫よ、新しい恋なんてすぐに見つかるわ」
グサリ、と残酷な一撃を加える那美。
「そうよ、それにな。恋は裏切るかもしれないが、友情は一生ものだぜ」
ビリビリ、と俺の大事な心を破る優作。
「なあ、あきら! こういうのも何だが。今日はパーッとやろうや。せっかくの夏休み前夜祭なんだぜ。そうめんパーティでいいスタート切らないと、勿体ないだろ?」
「すでに全身打撲だよ! 下手すりゃバラバラ遺体じゃ!」
俺は手を振りほどくも、2人はそれでも近づこうとする。俺は彼らに対して、グルルと肉食獣が喉を鳴らすような息使いで警戒を示して見せた。獰猛な獣を前にしているかのように、さすがの那美と優作も無理に距離を詰めようとしない。
「悪かったわよ、ちょっとふざけすぎたって。でも、ほら。ちゃんとあんたの涙には付き合うからさ」
「同情なんているかよ! ……今日ぐらい、1人にさせてくれよ」
周りの景色がぐにゃりと曲がり始める中、俺はチェックシートを提出するために足を前へ動かそうとする。まるで熱中症にでもかかったように全身がだるかったが、最後の約束ぐらいは果たすべきだ。その信念だけが、今の俺を動かしていた。
「あきら!」
そのまま立ち去ろうとするも、優作が声を掛けてくる。ゾンビのようにぐるっと首だけ向けるも、寂しそうな表情を崩さなかった。
「……明日からは、お前ん家に行っていいよな?」
優作の言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがプツンと切れてしまった。笑いたくもないのに、壊れたおもちゃのようにカカカッという乾いた笑い声が出てくる。それに釣られて優作も那美も笑うも、こんな笑いでは何も癒されない。
「勝手にせい、この薄情もん!」
俺は2人の顔を見たくないし、恥ずかしさで見れなかった。悪役のような捨て台詞を吐き捨て、俺は2人の前から全速力で逃げ去った。