洗濯物と管狐とあ・た・し!! ~夏休み2日目-1~
俺の朝はじいちゃんの挨拶からはじまる。いつも1人でやっていた日課も、今日は隣に小夜狐もいる。俺たちは仏壇の前に並んで手を合し、源造家に一瞬の静寂が訪れる。
妖怪に襲われた後、俺は小夜狐との共同生活を許諾した。といっても、彼女は初めからこの家に住むつもりだったらしく、2階の空き部屋にはすでに荷物が運びこまれていた。
なんとも図々しい奴だと思うものの、すでに分かり切っていたことだと割り切って対処した。
しかし、部屋を分けた効果か夜這いに遭遇することもなく、無事に同居生活1日目の朝を迎えた。彼女なりにウシロ神を呼んだ一因を作ったことを自覚しているところを見ると、この先の生活に少しだけど希望が持ててくる。
「……よし、朝飯にするか」
じいちゃんへの挨拶を終えて手を離し、小夜狐に向かっていうでもなくつぶやく。朝ごはんだ、と子どものようにはしゃぎながら小夜狐はキッチンへと向かっていく。
「おっと小夜狐、お前はキッチンに立たなくていいぞ」
「はあ、なんでよ?」
「お前が今キッチンに立ったところで、何の戦力にもならんだろ。というか、むしろ邪魔だ」
「ひどいこと言うわねえ。嫁として伸びしろしかないあたしが、キッチンに立って上げると言っているのに」
「なんで上から目線なんだよ……」
「でも、せっかく2人で暮らすんだからさ。本当は家事なんてまっっったく興味ないけど」
「強調すな」
「負担にならないように、家事だって学びたいじゃん。あたしだって彰に、霊力のこと教えるわけだし」
ふん、と腕をまくりをしながら小夜狐はやる気十分の顔を見せてくる。たしかに、やる気がある人間を日がな一日ボーっと家で放置しておくのはもったいない。どうせならば家事を教え、今後の戦力になってもらうほうが効率が上がる。それに自分の労力だって減らせるのはありがたい。
「……わかったよ、それじゃお前にも手伝ってもらうか」
「ほんと?」
「ああ。じゃあ、せめて何かできそうな家事ってないのか?」
うーん、と言いながら小夜狐は目をつぶり、両手の人差し指をこめかみに押し付けながら考え出す。何かを思い出したのか、彼女は両手を空に上げながら洗濯、と声高々に叫んだ。
「洗濯ならできるのか?」
「うん。いま思い出したけど、メイドと一緒にやった記憶があるわ」
「そうか。なら洗濯は任せたいのだがー」
オッケー、と言いながら小夜狐はさっそくリビングを飛び出そうとする。
「ちょっと待て!」
「なによ?」
「お前、どうやって洗濯するつもりだ?」
「どうって。洗濯するのにいくつも方法なんてあるの?」
「どうもお前の世界と俺の世界じゃ勝手が違うみたいだからな。確認しておいたほうがいいだろ」
「別にいいじゃない、洗濯さえできれば。選択するほど洗濯の数なんて無いわよ」
「さっそく不穏なフラグ立ちましたから!! それに上手いこといった風な顔してるけど、何も上手くねえから!!」
俺の制止も虚しく、小夜狐はパチンと指を鳴らす。その瞬間、脱衣所のほうから洗濯物の山が宙を浮かびながらリビングを通っていく。
「お、おい! お前、いま何やったんだ! ってか、何が起こる!?」
「まあ、見てなさい」
洗濯物の山は窓を通って庭へ飛び出し、それを追いかけるように小夜狐も突っ掛けを履いて外に出る。
彼女がまた指を鳴らすと、そうめん流しパーティで使ったタライが宙を浮かびながら彼女の元へ届き、そこに洗濯物が身を投げるように入っていく。
「さ、レッツ洗濯♪」
小夜狐は庭にあるホースを使い、タライに水を入れていく。きれいな曲線を描く水は衣類をどんどん濡らし、吸い込みきれない余水が並々と溜まっていく。タライの中が水でいっぱいになると衣類が回転し始め、洗濯機っぽい動作が始まる。
「これ、何がどうなっているんだ……?」
一連の動作を俺はリビング窓から眺め、その奇怪な光景に唖然としながら言葉をもらす。小夜狐は相変わらず自慢げな表情をしながら答えた。
「あたしの飼っている管狐ちゃんに手伝ってもらってるの」
「くだきつね?」
疑問を浮かべる彰に対し、小夜狐はポケットから竹で出来た細い筒を取り出す。そこからひょっこりとチンアナゴのような動物が出てくる。顔つきは狐っぽいが、手や耳は短くてデフォルメされていて、なんとかキツネとわかるレベルだ。
「これが管狐。妖術を使える人や妖怪が式神代わりに使うものよ。あたしの意思ひとつで何でもしてくれる、とっても可愛いペットみたいなものよ」
「ペットというか、小間使いみたいなものか」
「ノンノン、小間使いなんてとんでもない。ちゃんとエサとかあげて育ててるのよ」
ぴょこぴょこと管から顔を出している管狐を見た小夜狐は、ポケットから麻で作られた小袋を取り出す。その中から彼女は木の実を取り出し、それを管狐に差し出す。管狐は苦しそうに首を伸ばしつつ、カリカリとエサを削っていく。
「この洗濯物を回転させているのも管狐よ。どう、便利でしょ?」
「やっぱ小間使いじゃねえか」
「エサをもらったなら、それなりに働いてもらわないと」
うれしそうにエサを食べる管狐を哀愁たっぷりの目で見つめながら、古風な洗濯が現在進行形で行われている現実を受け入れていく。
昭和か、と突っ込まざると得ない洗濯方法。しかし、間違っているわけではないし、今から濡れた洗濯物を運ぶのは面倒だ。
「……とりあえず、今日はこれでいいよ」
「あら、洗濯はこれであってるのね?」
「現代のやり方とは全然ちがうけどな。今から洗剤を持ってくるから、それだけは入れておいてくれ」
小夜狐の返事を背中で聞きながら、脱衣所から洗剤を取ってきて彼女に手渡す。小夜狐が入れた瞬間に泡が空に舞い出し、管狐と一緒に洗濯物を踏み洗いを楽しみ始める。
獣耳の生えた女の子が洗濯物を楽しんでいる様子は、決して悪い絵ではない。しかし、時代錯誤な洗濯物をいきなりやってのけられると、その判断も間違っていたのかもしれない。俺はそう思わずにいられなかった。
朝早くから後悔の気持ちで一杯になってしまうも、何とか払拭しようとキッチンに戻り、無心になって朝食作りに着手した。




