お前のいいところ、ひとつ見つけた!! ~夏休み1日目-15~
彰は自分の身に起きたことが理解できず、小夜狐に手をひかれる形で1階のリビングまで降りていく。彰はそこにあるソファに座わせてもらい、小夜狐は彼の近くで正座しながら手を握りしめる。彼女の手は柔らかくて、温かくて、細い指とは思えないほど心強かった。
「今あんたの身体をチェックしたけど異常ないわ。何か気になるところない、彰?」
「ああ、今のところは……」
「そう、外傷もないみたいだし。本当によかったわ」
小夜狐はまるで自分のことのように心配していたのか、やっと強張った表情が緩んでいつもの笑顔を見せる。その顔を見るだけで安堵するも、自分が彼女に取った態度を考えると、素直に喜んでいいのかわからなくなってしまう。
小夜狐とどのような話をすればいいのかわからず、ふっと顔を逸らしていると彼女のほうが口火を切った。
「あんたを襲ったのは、妖怪よ。妖怪ウシロ神。現代では珍しい妖怪で、人にちょっかい出すタイプ」
「うしろがみ?」
「そう、『後ろ髪を引かれる』とかのうしろがみ。カミは髪の毛じゃなくて神様の神なんだけど、やることは慣用句の通り。後悔や不安を抱く人にとり付いて、ネガティブな状態にして動けなくするの」
「とり付かれただけで、どんどん負のスパイラルに陥りそうな妖怪だな」
「そうね。ウシロ神はとり付いた人のネガティブな感情をどんどん刺激して、ゆくゆくはそれを自分のエサにする妖怪だから」
「感情を食べるのか?」
「夢を食べるバクがいるんだから、そういう妖怪がいてもおかしくないでしょ? それにね、ウシロ神にネガティブな感情やトラウマを食べてもらえれば、その感情は人の中からきれいサッパリ消すことができるの。
だから、生きる上で障害になるつらい思いやトラウマをウシロ神に食べてもらえれば、その人の人生は明るくなる可能性があるってわけ」
「なるほどな。何事も適材適所ってところか。じゃあ、そこまで恐怖を感じることもなかったんだな」
彰は小夜狐の話を聞いて、ほっと胸をなで下ろす。しかし、彼女はより険しい表情をしながら視線を降ろしてしまう。
「そこまで安心できるものでもないわ、ウシロ神は」
「なにか問題でもあるのか?」
「あいつはね、自分の気に入ったエサに関してはどんどん成長させるために、棲み家に引きずり込む習性があるの。あんたも廊下が沼みたいになって引きずり込まれたの、覚えているでしょ?」
「あ、ああ。あれもウシロ神の仕業だったんだな」
「そうよ。ウシロ神が作る沼は棲み家につながっていて、一度引きずり込まれると助けるのが難しくなるの。最悪の場合はあそこから出られなくなって、永遠にウシロ神のエサになることもあるの」
小夜狐の説明を聞くと、また身体がブルッと震えてしまう。もし彼女が助けに来てくれなかったら、あのまま沼となった床にひきずりこまれたのだろう。彼から発せられる震えが伝わったのか、小夜狐はもう片方の手も使ってギュッと握りしめる。
「本当に危なかったわ。あたしが家を出てから急に気配が大きくなったから、もしかしてと思って帰って来たけど……。彰から嫌な気配は感じていたのに、未然に防げなくてごめんなさい」
「俺、狙われてたのか?」
「ウシロ神だって断定はできなかったけど、あんたがお風呂場に入った際、急に大きくなった霊気と妖気を察知したの。不安になってすぐ調べようとしてお風呂に入ったんだけど……。余計に事態を悪くしちゃったよね」
あはは、と笑いながら小夜狐はごめんね、と謝罪する。謝るのは彼女ではない。謝るのは、ひどいことを言った自分のはずなのに。
「……なんでだよ」
「うん、なに?」
「俺、お前にひどいこと言ったのに。しんどいとか、重いとか……。それに、それに人間と妖怪は理解し合えないとか、突き放すこと言ったのに」
「関係ないわ、そんなこと」
「関係ないって? そんなことないだろ! あんなひどいこと言われたら、普通は腹を立てるだろ」
「腹は立ったわ。だからあたしも彰に向かって『中身が変わったんじゃない?』とか言ったし」
「そうかもしれない! だけどあんなケンカした後、普通は危ないことが俺に起こったとしても、無視するもんじゃないか?」
「ケンカの後、これが人生で一番大事だ」
小夜狐の発した言葉に、彰はすぐに荒げていた声をひっこめる。その言葉は祖父がいつも言っていた言葉で、小夜狐と自分が小さい頃にケンカした際に言われたものだった。
「源造さんにこう言われながら、一緒に怒られたの覚えてる? なんにも変わってないよね、あたし達」
「……小夜狐」
「えっ」
「ごめん」
彰はしっかりと小夜狐の目を見ながら、心の底から絞り出すように謝罪の言葉を述べた。
「お前との関係を否定するようなこと言って、本当に悪かった。俺とお前は確かに会っている。かなり昔だけど、じいちゃんに言われた言葉を覚えてる。しかも同じ内容を、こんなにはっきりと覚えている。それなのに、俺はお前のことー」
「……彰、もうそれはいいの」
「な、なんでだよ?」
「それよりも、うれしいことあったから」
「うれしいこと?」
「名前、やっと呼んでくれた」
まるで宝物でも見つけたように、小夜狐は頬を赤らめながら彰のことをうっとりと見つめる。彰はその顔に見覚えがあった。その顔は夕日が沈む中、幼少期の彼女が彰に見せたものと同じだった。




