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小夜狐さんはいろいろズレている~最凶にして最愛の許嫁?~  作者: 藤咲 流
「幸と不幸は紙一重」とはよく言ったものだ
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ヒロインはピンチに颯爽と現れる!! ~夏休み1日目-14~

 夕方を告げる蝉の鳴き声が聞こえる。いつもと同じ夕方のはずなのに、耳に届く音も夕日でこんがりと焼けたような空も、昨日とはまったく違っていた。それはまるで、祖父が死んでからしばらく見ていたのと同じような風景だった。



「なんで、なんで俺が……。あんな奴、出て行って当然じゃないか」



 あんな自分勝手な女、追い出して当然なんだ。「嫁に来た」とか言い出す変な奴だし、引くほどアプローチかけてくるし、挙句の果てに自分の初恋相手を「かくれんぼ」に巻き込むし……。あいつが来た日から何もいいことがない。最悪だ、本当に傾国美女だったのだ。



 ーでも、あいつも寂しいんじゃなかったのかな。



 彰の頭に、調理中に見た小夜狐の顔がよぎる。家族と仲が悪いわけではなさそうだが、家族との時間を持てず、いつも1人だった様子の小夜狐。自分と近い境遇を持つ小夜狐。



 自分と似た彼女に、昔の自分はどんな言葉を掛けたのだろうか。小さい頃の自分は、写真でみた妖狐の幼女と、どんな約束をしたというのだろうか。その言葉は祖父と同じだったのに、なぜ自分の中から砂のようにサラサラと流れ出し、消えてしまったのだろうか。



「ほんと、あいつの言う通りかもな。じいちゃんのこと大事にしてる割には、小さい頃の言葉とか、とっくに忘れてるんだよな」



 記憶や過去の思い出なんて徐々に消えていく。それが普通だ。どれだけ大事な言葉も、大切な人も、完全に記憶しておくことなんてできない。それなのに小夜狐はあんな小さい頃のことを記憶し、祈りに代え、この家に嫁に来ることに思いをはせていた。



 小夜狐のことはともかく、大切に思っていた祖父のことさえ忘れかけている自分がいる。自分にはできなかったことを、彼女はやってのけている。そんな彼女が羨ましくて、憎らしくて、自分の知らない祖父の話を聞けばよかった、と女々しい思いでいっぱいになり、ギチギチと不協和音を生み出し始める。



「……あっ」



 いつものクセで左手を触ろうとすると、そこにあるはずのブレスレットが無かった。よく考えれば、風呂場から飛び出てきたせいで、ブレスレットはおろか身体にはパンツしか付けていなかった。

 外もすでに夕日が沈み始め、電気の付いていない部屋は薄暗くなり始めていた。彰は部屋に置いてある収納ケースから部屋着を取り出し、着用してから部屋を後にした。



 電気の付いていない廊下に陽は入らず、まるで彰の心境を投影するかのように薄暗い。電気を付けようとするも電球が切れてしまっているのか、スイッチをパチパチしても点灯しない。仕方なくそのまま1階に降りようとするも、足が前に向いて動かなかった。



「あれ……」



 足が動かない、というのは比喩的な表現ではない。足を前に出そうとしても膝が上に向かって動かず、足首を誰かに掴まれているような感覚である。ゆっくりと足元に目をやると、足首に黒い縄みたいなものが巻き付いていた。



 いったい何の冗談だ、と思いながら叫ぼうとする。しかし、あまりの異常事態に声を出せず、さらに廊下から黒い縄が生えてくる。その縄は手首に巻き付き、まるで彰の身体を黄泉の国にでも引きずり込もうとするように下へ引っ張っていく。その力に逆らえず、彰は廊下にうつ伏せの形ではりつけられてしまう。



 ーひきずりい、ひきずら、ひきずられえ。



 不気味な声が聞こえるので辺りを見ると、彰の背中はいつの間にか黒い霧に覆われていた。あまりに現実離れした出来事に彰は混乱し、ガムシャラに手足に巻き付いた縄を振りほどこうとする。

 しかし、その縄は千切れなければ解ける様子もない。その上、もがけばもがくほど自分の触れている廊下部分が液体のように変質し始め、沼にはまっていくように身体が沈んでいく。



「ふざけんなよ。なんで、こんなことに!」



 あのブレスレットさえあれば、と藁にも縋る気持ちで彰は脱衣所向かって身体を動かそうとする。しかし、縄は手足だけでなく身体にもまとわりつき、沼から抜け出せない。すでに顔の半分は廊下に沈んでしまい、呼吸するのさえ難しい。



「ごばぁ!! くっ、しゃよ、こ……」



 自分でもわからなかった。しかし、この状況を打破してくれるのは、無茶苦茶で破天荒で不可能を可能にする彼女しかいない。エリートと呼ばれる妖狐の彼女ならば何とかしてくれるかも。自分勝手で身勝手な願いなのはわかっている。それでも……。



「小夜狐!!」



 最後の力を振り絞り、顔を沼から出して名前を叫ぶ。その瞬間、ビームのような青い光が廊下を駆け抜け、その一閃は彰の背中を覆っていた黒い霧を撃ち抜いた。光の攻撃を受けた黒い霧は猛獣のような断末魔を上げ、彰の鼓膜が破れそうなほどに響き渡る。



 不気味な声が止むと身体中を縛っていた黒い縄が消えていき、沼のように変化していた廊下も元に戻っていく。沈みそうになっていた身体も廊下によって支えられ、なんとか一命を取り留めた。



「彰!!」



 黒い霧が晴れると廊下も明るくなり、突然電気も付いてパッと明るくなる。恐怖で視界もおぼつかないが、目の前にいるのは小夜狐だとすぐにわかった。彼女は走りながら彰に近づき、手に持っていたブレスレットを左手に巻き付ける。



「あんた、だいじょうぶ……。って、え?」



 小夜狐が手を差し出しながら何か言い終える前に、彰は彼女の身体にしがみついていた。ガタガタと音が鳴りそうなほど震える彼の身体を、小夜狐はしっかりと抱きしめた。

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