その笑顔に隠さないで!! ~夏休み1日目-6~
彰の指示には~い、とクッキングを楽しむ子どものように小夜狐は無邪気に返事をする。テーブルの上に出しておいたそうめんを取り、その1つの束を彼女の手に持たせる。
「いいか、それがそうめんの元だ」
「これが?」
「ああ。この麺を束ねている紙を切って……。そうそう。で、鍋の縁へグルッと麺を這わせるように入れてみな」
うん、とガラにもなく小声で返事しながら小夜狐は麺を鍋に入れていく。慣れない手つきながら、何とか麺はうまいこと鍋の中へ溶け込んでいく。
「すご、さっきまでカチカチだった棒状のものだったのに。一瞬でふにゃふにゃに!!」
「あとは、この菜箸で適度に混ぜててくれ。で、麺が柔らかくなったと思ったら、1本だけ箸ですくい出して試食するんだ。それが丁度いい硬さだったら、また声を掛けてくれ」
「すごいわね、あんたその年にして料理のプロなの?」
「今時の高校生なら、これぐらいは普通にできると思うけどな」
「いや、うちの料理人すら凌駕しているわ……」
「失礼だが、お前の家にいた料理人が俺レベルなら、その料理人の腕前は素人と同じだぞ」
「じゃあ、彼らは給料泥棒ね。さっそく実家に連絡しておこうかしら……」
「止めろ、俺のせいで彼らの仕事が奪われるみたいな感じになる」
彰はミョウガを切っていた手を一度止め、小夜狐に釘をさしておく。同時に、鍋のほうを見ていなかった彼女に対して、麺の様子を見るように促した。すでに麺は茹っていたのか、小夜狐は箸を鍋の中に入れ、麺をひっかけて口の中にチュルっと吸い込む。
「……うん、ちょうどいい硬さだわ」
「この時間の感覚を覚えておけ。そうめんは茹で過ぎると美味しくないからな」
「で、次は?」
小夜狐に火を止めてもらい、彰は流し台にボールと湯切りザルを用意した。その中に鍋の中身を入れるように指示を出し、ゆっくりとボールに向かって注いでもらう。
「ねえ、なんでわざわざボールの中に湯切りザルを入れてるのよ?」
「この後、すぐにわかるさ」
ぶつくさ言う小夜狐を余所に、彰は動作を続けてもらう。ザーっと音を立てながらそうめんがボールに移ると、今度は彼女にザルの柄を持ってもらい、それを宙に浮かしてもらう。すると、ザルの中に麺だけがきれいに残り、小夜狐は感嘆の声を漏らす。
「わかったか? この手順でやらないと麺が無駄になるし、ボールにそのまま入れると麺を取り出すのに時間が掛かってしまうだろ」
「な、なるほど……。でも、なんでわざわざ麺とお湯を分けるの?」
「麺類の食べ物は、茹でた後に湯切りをするのが一般的なんだ。それにお前、水浸しの食べ物なんて食べたいか?」
「それは、ごめんだわ……」
「だろ? だからこうして水を切って麺をしめるんだよ。あと、この食べ物は冷たさを味わうものだから、ボールの中身を水に入れ替えて、そこで麺を冷やすんだ。その後にまた湯切りだ」
「……ほんと、あんたうちの厨房に入れば一生食うのに困らないわよ」
「だから、それだと家の料理人のレベルを疑っちまうから。そういう自虐はやめな?」
適当に小夜狐の言葉をあしらってから、ボールの中身を入れ替えて麺を冷やしてもらい、しっかりと水を切ってもらう。一連の動作を終えた後、用意しておいた皿にそうめんを盛りつけてもらう。
ふう、と一仕事終えて息を付く小夜狐に、彰は同じ行程を繰り返してもらうように指示を出す。彼女はそれを嫌がることなく、むしろ楽しそうに2回目の作業に取り掛かった。
「……お前、えらく楽しそうだな」
彰はミョウガを刻む作業に戻りながら小夜狐に声を掛ける。簡単な作業なので後は放っておいてもいいかと思ったが、あまりにもウキウキしながら鍋を眺めているので、彰はつい話しかけてしまった。
「こうやって誰かと料理するの、ちょっと憧れていたから。ついね」
「憧れ?」
「うん。こっちの世界へ来る前に、アニメとか漫画を見てたって言ったじゃない? その中には、友達や親しい人と料理を作るシーンを含んだものもあったんだよね。ぜんぜん本格的じゃないんだけど、その中の登場人物、みんな楽しそうに料理してて。それ見てるとさ、自分にはこういう思い出が1つもないなあって感じちゃって」
「その話を聞かなくても、お前が料理について何も知らない事実を、現在進行形で見せつけられてるけどな」
「……まあ、そう言われても仕方ないけどね」
また火の玉を食らうだろう、その覚悟で彰は言葉を発していた。だが、まっすぐ鍋に視線を落としたまま、小夜狐は話を続けていく。
「あたしには、家族でご飯を食べたり料理したりした記憶が薄いから。別に仲が悪いとかじゃないんだけど、やっぱそういう記憶が無いからかな。たぶんね、心のどこかで憧れていたのよ。知らずしらずのうちに」
「……そっか」
彰はつい、小夜狐の話を聞いて自分の過去を思い出していた。自分にも家族と食事した記憶なんてない。幸いにも自分には祖父や優作、那美がいたので食事の記憶がある。だが、彼女にはそうした記憶さえないというのだろうか。だとすれば、小夜狐は自分以上の孤独を抱えているのかもしれない。
でも、小夜狐はそんなことを微塵も感じさせない。寂しいはずの家庭環境を作った親を憎んでいてもいいのに、彼女はそんな素振りさえ見せない。普通なら過去を呪って愚痴の1つでもこぼしてもおかしくないのに、何が彼女を奮い立たせているのだろうか。
彰は先ほどまで、小夜狐を追い出すことばかり考えていた。しかし、彼女の明るさの原動力がどこにあるのか、気になる自分も生まれつつあった。厳密には人間ではなく、妖狐なのだが。
「バカにできないわね、日本が作るアニメや漫画ってのは。あたしの心の奥底に眠っていた欲望を形にするなんて。クー〇ジャ〇ンとか言われるだけあるわね」
「……それ言うの、止めとけ。あと感動するポイントがズレてきてるぞ」
「あはは、そうだね。まちがえた、まちがえた。感傷に浸るなんて、あたしらしくない」
小夜狐はニコッと笑顔を見せてから麺の様子を確認し、彰が教えた通りに火を止めて鍋を持ち上げる。どいてどいて、というので彰は道を譲り、事前に用意された湯切りザル入りのボールに麺を注いでいく。
その間、彰は彼女の見せた笑顔が脳裏に張り付き、いくら意識してもはがすことができなかった。さっきまでは普通の笑顔だったのに、彼女の昔話を聞いた後だと、自分を慰めるような笑顔に見えてしまったからだ。




