ただのお嬢様かよ!! ~夏休み1日目-5~
えっ、と彰はつい言葉を詰まらせる。普段は無駄に元気で滅茶苦茶で口うるさい奴だが、実は重い過去を背負っているのだろうか……。
明るいキャラが持つギャップみたいなものがあるのかもしれない。彰は彼女について、少しだけ見方を変える必要があるように感じた。
「いつもいつも仕事、仕事ってうるさくて。家にいる時間のほうが短かったわよ」
「そんなオチかよ!」
「ふえ?」
不思議そうに見返してくる小夜狐に対し、彰はぶんぶんとお玉を振り回しながら反論する。わざわざ暗いテンションで彼女が言ったこともあり、彰はつい母親がいないのかと想像したのだが……。
相変わらず紛らわしい奴だ、と思っていると彼女がペラペラと話を続けていく。
「お母さんはいないし、お父さんも家にいることはいたけど、大半は部屋にこもって仕事だし。そのせいかな、家のことはほとんどメイドさんがやってて、あたしは乳母に育てられたみたいなものだしね。基本的には何不自由ない生活、という感じかな」
「えっ? メ、メイド!?」
「ええ。こっちの世界でも、やっぱメイドって珍しいの? この家にもいないし、あたしの周りでも羨ましがられたけど」
「そうだな、メイドを雇ってる家なんて少数派だぞ」
そんなもんなのね、と言いながら小夜狐は頭の後ろで手を組む。先ほどバシャモンテが「妖狐はエリート」と言っていたが、もしかすると小夜狐の家は超が付くほどの富豪なのかもしれない。
「なあ。もしかしてお前の家って、金持ちとか高貴な家的な感じなの?」
「う~ん、どうなんだろ。上を見れば限りないしねえ。まあ、部屋の数でみればこの家に比べると多いし、無駄に壺とか絵画なんかもあったわね」
「何となくだが、金持ちなイメージが伝わってくる。そりゃ、お前の身の振り方以上にー」
「……なにか言ったかしら、彰くん」
余計な一言は小夜狐のスイッチへ簡単に火を灯し、昨日と同じく青い火の玉を浮かび上がらせていく。彰は無理矢理なテンションでさあ料理をしよう、と言って流し台に身体を向ける。
彰は流し台の下から包丁を取り出し、まな板の上にネギを準備する。小夜狐をこのまま立たせておいても意味ないけれど、何も知らないまま歩かせると爆弾を放置しておくようなものだ。
この機会に色々と教えていこうと考え、まず小夜狐に鍋へ水を入れるように指示を出す。その後、ガスコンロの上に鍋を置き、スイッチを一緒に動かしてみた。
チチチッという音がした後、ガスコンロから火が勢いよく噴き出す。人間にとっては見慣れた光景だが、小夜狐にとってはカルチャーショックだったのか、その一連の現象すべてに新鮮味を感じている様子だった。
「すごい、人間はこうやって火を起こすのか」
まじまじと炎と鍋の様子を見て興奮する小夜狐。これでは人間界を知らない妖怪というよりも、何も知らずに育ったただのお嬢様のようだ。ため息を付きながら、彰はまな板に準備しておいたネギを細かく刻んでいく。
「……お前、ほんと勢いだけで生きてるよな。お嫁さんに関する一般知識も知らないで、よく嫁に行くとか言い出したよな」
「う、うっさいわね! 人間の身体さえあれば大丈夫だって思ってたのよ。お母さんだって、別に料理も掃除も洗濯だってしてないけど、お嫁に来てたんだし……。家庭環境の問題よ!」
「どんないい訳だよ、それ……。家庭環境はともかく、人間界で暮らすのはわかってたんだろ? 多少はこっちの常識とかも勉強してきただろうに。その中で嫁に行った女性が何をするのか、とか学ばんかったのか?」
「い、一応してたわよ」
「ほう、だったら何を勉強すれば料理もせずに花嫁に行けると思ったのか。ご高説願おうじゃないか」
「えっとね……。今の日本だと漫画とアニメを見ておけば大体の知識は付くって聞いたから。身体を休める間はアニメ、寝る前は漫画で勉強したわ」
なるほど、と彰は頭を抱えてしまう。小夜狐が発した言葉の端々に潜む知識の偏り。その原因は彼女が参考にした資料にあったようだ。1つの文化だけ触れて成長した人間の末路を見てしまった気持ちになり、まるで引きこもりの子どもを見ているような暗い気持ちが胸を覆っていく。
「なに、なにか問題ある?」
「……いいや。漫画やアニメを見るなら、せめて『ミスターアジッ娘?』とか『いやしんぼ!!』とかを見て欲しかったと思ってな」
「へえ、それ面白そうね。今度見よっかな~」
面白そうな漫画を教えてもらってご機嫌なのか、小夜狐は鼻歌を歌いながらグツグツと煮え立つ水を観察している。
彰の中では、彼女はすでにエリートな妖狐ではなかった。ただの世間知らずのお嬢様、という認識に変わっていた。「子どものはじめてクッキング」の様相を呈する中、彰はネギを小皿に移して次の指示を出す。
「おい、そろそろ麺を茹でるぞ」




