妖怪なんていない、と思っていたさ!! ~夏休み1日目-2~
「あら、もう来たのかしら」
先ほどのからかいモードから一変し、普通の女の子に戻った小夜狐は部屋を出て階段を下りていく。今度は一体何をやらかすつもりなのか、不安で仕方ない彰も急いで彼女の後を追いかけた。
1階に降りると、小夜狐がすでに玄関を開けていたところだった。彼女は耳も尻尾もある状態で開けようとする。彰が必死に止めようとするも、無情にもカラカラと音を立てながらドアが開いた。すると、そこには馬面の人間が立っていた。
「うひっ!!」
叫び出そうとする声を止めるも、完全にシャットアウトすることには失敗してしまう。ドアから現れたのは完全に馬の頭で、上半身は人間の身体となっていた。しかし、手先は蹄となっており、割れた部分を器用に動かしている。下半身は馬の脚で「馬脚を露す」というにはひどい冗談である。
馬の頭に関しては、そのまま人間の上半身に馬の首を挿げ替えている訳でもない。顔や首の長さは調整されており、その上に目や口についても人間よりにデフォルメされているのがわかる。彰の驚いた様子を見ても、柔らかい物腰で馬頭の人間は話しかけてくる。
「どうしました? ……ああ、もしかしてそちらの人間さん。おら達のような顔を見るのは初めてか。そりゃ驚くわな」
「しゃ、しゃべって、はりまんなあ」
「人間さん、どこかの地方出身ですか? 不思議な方言になってますけど」
それ以上は口が動かず、ただ首を横に振るしかできなかった。小夜狐も彰の様子を見て、あははっと無邪気に笑って見せた。
「ま、純粋な妖怪体験はバシャモンテさんが初めてみたいなもんだし。このリアクションも仕方なしね。ごめんね、気を悪くしないで」
「いえいえ、ぜんぜんこっちは。それじゃ、予定通り運び込んでよろしいんで?」
「ええ、パパッとやっちゃって」
小夜狐の言葉を合図に、バシャモンテと呼ばれた人は外に向かってはじめろい、と叫けぶ。すると、段ボールを片腕に3箱ずつ持ったもう一体の馬頭が出てきて、一気に2階へ駆け出していく。すぐ降りてくると、今度は大きな家具を両腕に抱えて二往復目に入る。
荷物は3往復だけで終わった。荷物を運んだ馬頭の人間は小夜狐に、運んだ荷物の確認をして欲しいと願い出る。すぐに彼女は了承し、2人そろって2階に上がっていく。彰がその様子に呆気に取られていると、バシャモンテと呼ばれた妖怪が彰に近づいて手を差し出した。
「あんさん、大丈夫か?」
「あ、ああ……。ありがとう、ございます」
差し出された蹄を取り、彰はやっと立ち上がることができた。蹄は器用に彰の手を挟み、痛みも無くすっと立ち上がることができた。この蹄で荷物を多くの荷物を運んでいると思うと、純粋に器用だなと感心してしまう。
「あの。名前がバシャモンテ、さんでいいんですか? 俺、妖怪とかそういうの全然わかんないし、さっきもあんたを見てつい……」
「気にすんな、誰だって未知との遭遇をすれば、まずは自分の頭を疑うもんだ。おらも小さいときに初めて人間を見たときは、怖くて夜中のトイレに行けなくなったもんだ」
「あ、ああ。そっすか……」
バシャモンテはブルッと身体を震わせ、両腕で身体を包む。どんな人間の姿を見たのかわからないが、歯までカチカチ鳴らして覚えている。確かに見方を変えれば、平気で自然破壊をしたり兵器を作って同族を殺し合ったりする人間は、妖怪や悪魔以上に怖い存在だろうと思った。
「ああ、そうだ。自己紹介をしとくだ。おらはバシャモンテって名前で、小夜狐さんとかおら達は『妖獣』って呼ばれてるだ」
「ようじゅう?」
「んだ。獣の姿で妖力を持っている存在を、うちらは大概そう呼んでるだよ。平たく言うと妖怪の一種で、他にも妖魔とか鬼とかあるんだけど。あんま人間さんだと聞かないよねえ」
「はあ、なるほど……。つまり、ようじゅうって言うのは哺乳類とか鳥類とか動物の種類の違いと同じ。そんな感じですか?」
「うん、そんな感じだ。おらたち妖怪にも、幻魔とか鬼とか色々な種類がいるんだけどなあ。……あっ、一応名刺を渡しとくだ」
バシャモンテはポケットから名刺を取り出して彰に手渡した。そこには
「安心の馬頭一族クオリティ バシャ馬運送 チーフリーダー・バシャモンテ」
と書かれてあった。
他にも電話番号や事務所の所在も書かれてあったが、住所や電話番号には見たことない記号が含まれていた。それに、所在地も見たことのない場所だった。
「へえ。言語は同じみたいだけど。やっぱ住所や文字については、妖怪世界と人間界だと違うもんですね」
「おら達も日本で生まれたし、言語については同じほうが楽だし。ま、記号しかり仕事とかについては文化も違うんで、すべて一緒とはいきませんがねえ」
「まあ、確かにな。それよりも、この『うまあたま』ってなんです?」
「ああ、おら達は荷物運びを生業にしとる馬頭一族の一派だ。聞いたことないけ?」
「めず?」
「昔は地獄に落ちた人間や悪しき魂を責め苛む存在だったんだけど」
「えっ!!」
「話は最後まで聞くだ。昔はそうだったんだけど、いくら悪い魂でも痛めつけるのは良くないってクレームが各所から出ることになってな」
「どの世界でも世知辛いというか、クレーマーっているんだな」
「んだ。で、その影響で一気にリストラが進んで、馬頭一族も別の仕事をする必要が出てきたんだ。それでおらも一念発起で始めたのが、この運送会社なんよ」
「運ぶものって、今日みたいに荷物だけですか?」
「いや、魂の護送もやってるだ」
「元の仕事、生かしまくりかよ!」
いつもの調子で突っ込むも、バシャモンテは相変わらず笑顔で対応してくれる。元々の仕事を知ってしまうと、その余裕のある笑顔さえ裏があるように見えてくる。彼の笑顔につられていると、バシャモンテの方から話題を変えてきた。
「でも、いいなあ。妖獣の中でもエリートである妖狐で、しかも人間に転身した嫁をもらえるなんて羨ましくてなあ」
はあ、と息を整えながら彰は答える。小夜狐のことだ、自分が嫁としてこの祖父の家に来ることをうれし気に語ってみせたのだろう。しかし、バシャモンテは「妖狐の嫁」をもらうことが、まるで宝くじでも当たったことのように語っている。お互いの文化に大きな違いがあるにしても、彰からすれば貧乏くじもいいところである。
「なあ。妖狐ってそんなにエリートなのか?」
「あんれ、おまいさんは何も知らんのけ? 妖狐は妖獣の中でも高い素質を持っていて、誰もが憧れる血族だ。その中でも人間に転身できる妖怪ってのは一握りだけなんだけど、小夜狐さんはその力を自ら証明したエリートだよ。彼女なら今後の生活で、くいっぱぐれることはないだよ」
「くいっぱぐれるって。妙に生々しいな」
「おら達もタダ飯生活という訳にもいかんしなあ。いや~ できる嫁をもらうなんて、羨まし過ぎる!」
そう言いながら、またバシャモンテが背中をバシンと叩いてくる。それと同じタイミングで馬頭と小夜狐が降りてきた。
「なに豪快に咳き込んでるの、彰?」
「な、なんだっていいだろ」
ふうん、と言いながら小夜狐はすべての確認と手続きを終えたことをバシャモンテに伝えた。その話を聞いたバシャモンテは小夜狐にお辞儀をして玄関に向かい、彼らを見送るために彼女も後を付いていった。
「そんじゃ、この度はうちらを利用してもらって。あんがとうございました」
「いいえ、こちらこそありがとう。それじゃ、残りの報酬を後で振り込んでおくわね」
「んだ。前金は貰っとるから、残りをお願いしますだ」
小夜狐はオッケーと言って彼らを送り出した。玄関から出る間際、バシャモンテは彰に向かって蹄を立てながらチラッと笑顔を向けてくる。その顔は「逃がすなよ、その嫁を」という思いを伝えたいのが丸わかりで、彼の頭上にその文字が浮かんで見えてきそうである。
「……ってか」
カラカラカラ、と玄関のドアが閉じた瞬間。我に返った彰は叫んだ。
「なんで同棲すること前提で話進んでるんだよ!!」




