こんな決着、認めたくねえ!! ~夏休み前日-11~
「あきらくん。こんなところで寝てると、夏でも風邪ひくよ?」
「亜季、さん……。どうしてここに?」
「どうしてって。委員会のとき様子おかしかったし、自分の都合で仕事を押し付けたの悪いなと思って。それで謝ろうと思って何度も連絡したのに反応ないし、電話にも出てくれないし」
彰はそう言われてからiPhoneを取り出すと、そこには亜季からの着信とメッセージ履歴が表示されている。美化委員会の件については自分のほうが悪かったのに、それを謝罪しに来てくれたというのか。それ以上に、電話に出ないだけでわざわざ隣町から来てくれることが、何よりもうれしかった。
「それよりも、あきらくん。この獣耳を付けた不思議な人は?」
「あっ! えっと、この人は……」
「あきらくん、もしかしてこの人ー」
亜季は小夜狐を何度もチラチラ見ながら、その存在について問おうとしてる。ポカンと亜季を見ていた小夜狐だが、話の切れ目に乗じて目をキラリと光らせる。
まずい、と思ったときは遅かった。小夜狐はニコッとしながら亜季の手を取りポン、という変身音の後に煙が立ち込める。煙が晴れると、彰の前に2人の亜季が立っていた。
「ちょっと!? えっ、なんで私が目の前に」
「うそ、こんなことってあるの!」
2人の亜季は顔も髪型もスタイルも着ている服装も、鏡写しのように寸分違わない。2人の亜季は目の前に自分がいることに困惑し、まさに狐につままれたように騒ぎ立てている。しかし、片方は本物の「狐」なのだから質が悪い。
<どう、見事なもんでしょ?>
目の前で亜季同士が話している中、頭の中にまた小夜狐の声が響いてくる。彰も頭に直接声を送りたかったが、方法がわからないので立ち上がりながら2人の亜季に向かって叫ぶ。
「お前、何も知らない人の前で!」
<どうせこの子が、アクセサリーを贈った子でしょ?>
「んな! どうしてそれを……」
<だって、私の彰に馴れ馴れしい!!>
「私のってなんだよ! それに理由がフワフワし過ぎだろ!」
彰が全力で突っ込むと、同時に2人の亜季が彼の方に向き直る。どちらも目には憂いを浮かべており、じいと救いを求めるように彰を見る。
<悔しかったら、私を捕まえて勝負に勝ってみなさい>
また小夜狐の声が響いてくるも、亜季が2人いる上に本物を巻き込んでしまったことに混乱し、彰に本物を見抜く余裕なんて無かった。困惑する彰の前には、2人の亜季がジリジリと詰め寄る姿がゾンビのように見えてきた。
「あきらくん、これどういうこと!」
「ねえ、何とかしてよ!」
2人の亜季はほぼ同時に彰へ声を掛けると共に、どちらも彼の首根っこを掴んでガクガクと揺らし始める。初恋相手に言い寄られるうれしさ2倍の反面、身体の揺れも2倍で次第に気持ち悪くなってくる。
「お、2人、とも! ちょっと、アトラクションみたいになってるから! 耐久力、ないから!」
あまりの勢いに思考能力が低下すると共に、手に持っていたiPhoneも落としてしまっていた。2人の亜季もそれを見て一旦手を止め、彰から見て右側の亜季が拾い上げる。
「あきらくん、これ……」
右側の亜季はiPhoneを拾い上げると共に、付けていたアクセサリーを手の平に乗せる。彼女の反応を見た彰の頭の中で、何かがピカッと弾けた音がする。
「……亜季さん、ありがとう。これで、この事件も解決する」
「どういうこと?」
右側の亜季からiPhoneを受け取り、グラグラする景色を振り払うように頭をブルブルと振って気合を入れ直す。そして、iPhoneからアクセサリーを取り外し、2人の亜季に突き付ける。
「2人の亜季に問う……。このアクセサリー、俺がいつもらったかわかるか?」
「そんなの簡単よ。愛を確かめるためのデートで渡したの」
彰から見て左側の亜季が真っ先に答えてくる。しかし、右側の亜季はあっさりと否定する。その答えにひるむ左側の亜季を余所に、右側の亜季は別の解答を述べた。
「……これ、私があきらくんと別れるときに作ったアクセサリー。そうよね?」
意外な答えだったのか、左側の亜季は明らかに挙動不審な様子を見せる。そして、祖父に手を合わせていたときのように、にょろんと尻尾がお尻から出てきた。彰はそれを見逃さず、スタートの合図を聞いた短距離走のように一気に左側の亜季に突撃する。
「俺は……。俺はお前を捕まえて、愛の告白をするんじゃ!」
動揺で硬直した左側の亜季に飛び付くのは容易だった。彰はその勢いのまま彼女を転ばせ、お尻から出ている尻尾をつかみ取った。
「ひゃああんん!!」
日が山の向こうへ沈む中、伝統ある『かくれんぼ』は艶っぽい声によって終了を告げた。尻尾を掴まれた亜季の頭から耳が飛び出し、ポンという音と煙が彼女から発せられる。煙が晴れると、彰の腕の中には小夜狐がいた
「……やった、やったぞ!! 亜季さん、俺は決闘者としてこの勝負に勝ったんだ!!」
彰は激闘に終止符を打った感動に打ちひしがれ、両こぶしを空に向かって高々と掲げる。一体なんのことかわかず、亜季はこの場で起きた現実に目を点にしている様子だった。
「……なるほど、これはやられたわね」
尻尾を掴まれてエクスタシーを感じていた小夜狐は、頬を赤らめながら彰を見つめている。はて、と思いながら声を出そうとすると、彼女の人差し指がそっと唇に触れる。
「いいの、全部わかってるから」
「は? 全部って何のことです?」
「まさか、妖狐のあたしが人間にこんな形で騙されるなんて……。さすが、あたしの夫となる方は違いますね」
「いや、おまえ。何を言っちゃってるの?」
「すべて演出なのでしょ? この場でアクセサリーを渡した女に『別れる』と言わせ、その上で嫁となるあたしの前で愛の告白……。完璧、あたしの心にキュンキュンヒット! 惚れ直したわ、彰」
訳の分からないことを言いながら、小夜狐はギュッと彰を抱きしめる。まさか、先ほど亜季が言った「別れるときに作ったアクセサリー」を、文字通りの意味に取ったというのか。
「いや、待て! あれはおそらく」
「なにを言っているの? まさか、先ほどの告白に嘘偽りがあるというの?」
「告白? 俺が一体なにを告白したんじゃ」
「言ったじゃないですか。あたしを捕まえる際、『俺はお前を捕まえて、愛の告白をするんじゃ』と。あれはまさしく、愛の告白でしょ?」
ーお前を捕まえて、愛の告白をすんじゃ。
「お前を捕まえて、愛の告白。告白、こくはく……」
彰の頭の中で台詞が何度も再生され、完全に考えることを止めてしまっていた。亜季の前で小夜狐が容赦なく抱き着いてくる。しかし、それを振り払う力さえ彼には残っていなかった。




