09.メイド型女侍(♂)vs変原生人・後編
ひとしきり絶叫した後──変原生人は表情を引き締めた。
「俺の目的は愛とやらの定義を論ずる事じゃあねえ。
用心棒としての使命を全うする。それだけだ──」
用心棒の纏う殺気が鋭さを増し、ジンもまた身構えた。
(ただのワーアメーバじゃありませんね。用心棒生活が長いと言ってましたが……
そもそも彼らを庇護する迷宮もない人間の世界で、怪物として生き永らえる──どれだけ過酷な環境と修羅場を潜り抜けてきたのか?
僕も侍としての研鑽は積み重ねてきたつもりですが、この動きにくいフリル服のまま戦うのは、ちょっと厳しいかもです)
ワーアメーバの姿が揺らぎ──消えた。
いや、正確には恐るべきスピードでジンに向かって踏み込んできたのだ!
動きの鈍いはずの軟体生物にあるまじき速度に、女侍も大刀を構えて動いた。
二人の姿が交差し──ほんの一瞬ですれ違った。
すでに人の姿が完全に崩壊し、蠢く不定形の塊と化したワーアメーバ。その口に当たる部分の端が歪に吊り上がる。
一方のジンは、ピンク色のメイド服のあちこちに焦げ跡を残し、強酸に焼かれる苦痛に顔を歪めていた。
「クックック! その戦い方! どうやらこの俺の弱点も知っているようだな!
俺の身体のどこかにある『核』をその刀で貫けば、確かに俺は死ぬ。
だがなァ、そんな弱点は俺も百も承知なワケさ! それを補うために、今日まで生き延び続けるために! 俺は戦いながら術を身につけた!」
「──確かに、見くびっていたのは僕の方のようです」
ジンは己の皮膚が焼かれる痛みに、脂汗をかきつつ言った。
「軟体生物であるワーアメーバでも、経験を積めばここまでの動きを体得できる。
しかも──こちらを攻撃する際の『殺気』を、貴方の持つ核から最後まで感じなかった。
狙ってたんですけどね。僕を仕留めようとする瞬間の『カウンター』を──」
「てめェら侍が、敵の『気』を読んで攻撃や防御を繰り出すって話もよーく知ってるさ!」ワーアメーバは得意げに哄笑した。
「だから俺は殺気を隠す力を身に着けた。いや正確には──そんなモノを抱く必要すらねェ!」
ワーアメーバの背後で、二人の戦いを観戦していた海賊たちが苦痛に悶え倒れていた。
「熱ぃぃぃ! 痛ぇよォォォ!?」
「目がッ! 目がァァァァッ!!」
「貴方──自分の仲間ごと僕を──!」ジンは唇を噛んだ。
「何が悪い? 慈善事業じゃあねェんだ! お前はフザけた格好をしちゃいるが、侍としては一流さ! スゲー手強い! 認めよう!
だから俺も手段は選ばねえ! こいつらの事は、まァ──俺の攻撃射線上にいたのが悪いよな?」
ワーアメーバは得意げに──斬り裂かれた右腕を突き出した。先ほど交錯した時ジンの持つ刀によって傷を負ったのだ。
「人間は不便だよなァ? 動きも鈍けりゃ頭も鈍い。深手を追えば癒すのに時間がかかる。
だが俺は変原生人──構造が単純なだけに、再生能力は岩鬼をも上回るのだ!」
怪物の宣言通り、彼の負った刀傷は見る間に塞がっていき──元通りになった。
(なるほど、確かに──ちょっとやそっとの傷じゃ仕留めるどころか、弱らせる事もできない)
「なら、僕も覚悟を決めますか──『手段』を選ばないって事で」
「面白い! 見せてもらおうか、お前の覚悟とやらを!」
再びワーアメーバが動いた。
ジンは刀を脇に構え、迎撃の体勢を取る。ところが──
「!?」
不意に両脚に焼けつく痛みが走った。
甲板の隙間から──粘着状のタールじみた物質が絡みつき、ジンの下半身の動きを封じていたのだ。
「お前がこちらの口上を律儀に聞いてくれる間抜けで助かったよ! 仕込みの時間が稼げた!
カウンター狙いだったか? その場を動かなかった己の愚かさを呪いながら果てるがいい!」
ワーアメーバはジンに覆い被さるように、その肉体を完全に強酸性のアメーバへと変えた! 丸呑みである。すっぽりとジンの全身を体内に取り込み、怪物は勝利を確信した。
ざぐ。
妙な音が中から響いた。
ワーアメーバがその音の正体に気づいた時──勝利の恍惚感は絶望と後悔に塗りつぶされた。
「──見つけ、ましたよ。貴方の『核』を──」
全身を焼かれながらも、隠し持っていた小刀を手に、ジンは弱々しく呟いた。
「いくら貴方でも──相手を完全に仕留めたと思い込んだ瞬間には、殺気を見せてくれましたね?」
「バ、馬鹿なァ……俺の身体に覆われたら、酸の火傷と圧迫で身動きなんざ取れる訳がねェ!」
「鍛えてますから──常日頃セニアに、殺されかけるくらい蹴られたり刺されたりしてますもん、僕」
「有り得ねえ!? そんな屁理屈通じる訳がねェだろォォォッ!?」
断末魔に似た悲痛な絶叫を上げるワーアメーバ。ジンの小刀が彼の「核」を容赦なく貫いた時──怪物の全身は弾け飛んだ!
「僕とセニアの愛が分からない貴方には──理解できないでしょうね。
実は僕、ちょっと怒ってたんです。もしもあの時、僕が割って入るのが少しでも遅れたら──セニアに一生ものの傷が残るところでしたから」
(でも確かに貴方は強かった。
あと少しで意識を持っていかれるところ、でした──)
フリルの服どころか、下着すらも酸に焼かれ、その身体も『気』で防御したとはいえ、危険な域の火傷を負っている。
しぶとさに定評のあるジンといえど、この深手には流石に膝をついてしまった。もしこの瞬間を襲われたら、彼になす術はなかっただろう。
しかし心配はしていなかった。すでに辺りは沈黙していた。
セニアが──彼の信頼する女忍者がすでに、海賊団を殲滅していたのだ。
「──ふう。数が多かったからちょっとばかし時間かかっちゃったわ」
船長も含め、全ての海賊たちを切り伏せてからセニアは一息ついた。
呼吸もさほど乱れておらず、身体には傷らしい傷もない。イザリ家の忍者としての彼女の腕前は、確かなものであった。
「後はリコルよね。モニカちゃんを助け出せてるといいけど──」
(つづく)