08.メイド型女侍(♂)vs変原生人・前編
海賊団の船長は苛立っていた。
魚市場に出かけていた部下が豪商の小娘の会話を盗み聞きし、混乱に乗じて誘拐してきた時。
身代金を頂戴すればいい稼ぎになる──などと言い出した時は、船長自身もその気になっていた。
港町シレトゥクで人身売買が違法なのは百も承知だ。そもそもある程度「商品」が確保できれば、こんな場所からはとっととオサラバするつもりだった。
町の有力者であるイザリ家に目を付けられたら厄介だが──その保険として腕の立つ用心棒を「二体」も雇ったのだ。
ある程度の保険をかけて悪事に手を染め、上手くやっていた筈なのに。
今繰り広げられているのは悪夢の光景。いきなり乱入してきた女忍者と女侍に、自分の部下たちがいいように翻弄されている。
「おのれ、役立たずどもが……! 用心棒を呼べ!
こんな時のために雇ったんだろうが! 早く連れてこい!」
「──仔細ない。ここにいる」
「!?」
いつの間に背後を取られたのだろうか。身長190センチを優に越えながら、柱のように細い影が船長の傍に立っていた。
用心棒の一人──かろうじて人の姿をしているが、明らかに異質の存在感。噂によれば、とある地下迷宮が攻略され崩壊した時、召喚された怪物が野生化した成れの果てだという。
「おう、遅いぞ先生。もう一人はどうした?」
「さぁな──標的は、あの女二人でよろしいか? 船長」
「話が早くて助かる。頼んだぞッ!」
細長い「用心棒」は早速、仕事に取りかかった。
ゆらゆらと揺れ動く「それ」は、纏う衣服すら不自然な色合いで──人間らしからぬ奇妙な歩法と姿勢で疾走する!
標的は、複数の海賊どもと大立ち回りをしている女忍者。「ノーブル仮面」ことセニアだ。
「しゃッ」
用心棒は腕を振り抜いた。まだ間合いも遠く、常識で考えればセニアに届く距離ではない。
飛び道具の類か? その割には手に何も携えていなかった。セニア自身、細長い不気味な影の接近に気づいてはいたが──相手の予想外の動きと、海賊との乱戦の最中ゆえ、対応がほんの僅かに遅れた。
液体が飛び散る音。そして何かが焼けただれる不快な臭い。
セニアと用心棒の間に、メイド服姿の女侍(男)・ジンが割って入り、謎の攻撃の身代わりになっていた。
「熱っ……!」
強酸性の何かだろうか?
フリルつきのピンクの衣装の一部がじゅうじゅうと音を立て溶解している。ジンも咄嗟の行動だったため、左腕にも軽い火傷を負ったようだ。
「ちょ……ジン。何してんのよ!」
「セニアこそ油断しないで。他の雑魚どもとは一味違うみたいだ。
アイツは僕がやるから──セニアは残りの海賊たちを頼んだよ」
いつになく真剣な眼差しと表情。さしものセニアも、恋人が普段滅多に見せない只ならぬ様子に頷くしかなかった。
確かにあの「用心棒」、人間の類ではない。あのジンがセニアに雑魚の露払いを頼むほどだ。下手をすれば今相手にしている海賊団全員よりも恐ろしい実力者かもしれない。
セニアはその場を離れ、再び海賊たちとの戦いに身を投じた。
大刀を構えた女侍と不気味な用心棒は、ゆっくりと向き合い──互いの間合いを測っている。
「フーム。確かに手強そうだねェ、アンタ」用心棒が言った。
「そういう貴方も──実力もそうですが、明らかに人間じゃない雰囲気ですね。
地下迷宮に潜っていた頃によく触れた──瘴気のようなモノを感じます」
油断なく構えを崩さないジンの返答に、細長い姿はニヤリと笑った。
「ククク! ご名答! 初手でそこまで見抜けるなら教えてやろう! 俺こそは──」
「変原生人の旦那ァ! やっちゃって下さーい!」
「その強酸の力で! 色っぽい侍姉ちゃんの服だけスポーンと溶かしちまえー!」
「いやー眼福眼福! ドスケベ祭りの開幕じゃーい!!」
用心棒の得意満面の言葉は、いつの間にか二人の周囲に群がっていた海賊たちの野次に遮られた。
これから明かそうとしていた己の正体をバラされ、笑みが引きつってプルプルと震えている。
「えーと……あの……貴方、ワーアメーバなんですか?」
「…………はい」
変原生人。いわゆる変身生物であるが、その中でも流動生物のような姿を取る事のできる希少種だ。
人狼や人虎のような俊敏性・パワーこそないが、変幻自在なその姿は隠密性とトリッキーな動きに優れ、油断ならない強敵である。
「まあいい。気を取り直して──久々に楽しめそうだな。
長年用心棒をやっているが、俺ほど骨のある敵にはとんと巡り合えなくてなァ──」
「貴方ワーアメーバですよね。変身したら骨なくなりますよね」
「──こ、ここの連中を見ろ。地に足もついていない、右も左も分からねえような形の定まらないはぐれ者ばかりだ。
まァ俺もこいつらに雇われている身、似たようなモンだがなァ──」
「貴方ワーアメーバですよね。変身したら形定まりませんよね」
「…………さっきから何なんだよお前!
せっかくこっちがシリアスに決めようとしてんのにッ!
緊張感あふれる決戦的な雰囲気作りてーんだよッ! ちったぁ協力しろよ!?」
「ごめんなさい。ツッコミ所の多い発言を聞くとつい、条件反射で」
ジンの謝罪を受け、ワーアメーバは嘆息した。
「フン。余計な前口上は必要ない、か──いいだろう。
ギャラリーのリクエストに応えるのは癪だが、俺の肉体は強酸性でね。
その可愛らしい服どころか、綺麗な柔肌にも甚大な被害が出るかもしれん。悪く思うなよ──」
「よっしゃー! ストリップが始まるぜ!」
「あのチンチクリンの忍者よりは、こっちのが楽しめそうだッ!」
外野から下品な野次が飛ぶ。ワーアメーバもいい加減辟易していたが──対するジンは彼以上に、嫌悪感を露にしていた。
「──いい加減にして下さい、貴方たち。悪趣味にも限度がありますよ」
静かな口調だが、周りの喧騒をものともせず、よく通る声。
その言葉の鋭さに、海賊たちは思わず息を飲み、静寂が辺りを包んだ。
(ほう──やるじゃあねえか、この女侍。
この荒くれどもを一瞬で黙らせるとはな。やはり只者じゃねえ)
敵ではあるがワーアメーバは内心、口笛でも吹いて賞賛したくなるほどの小気味よさを覚えた。
「貴方たちには分からないのですか!
彼女の──あの平坦なる絶壁体型の素晴らしさが!
僕は物心ついた時から、魅了されていました! 出る所が出ていれば良いというものではない!
余計なモノなど無いほうが、希少価値でありステータス──」
「うっさいわこの天然セクハラ野郎ォーッ!?」
ジンが憤慨していたのは全く別の理由であり。
大音声での幼児体型至上主義の力説への報酬は、当事者からの後頭部への飛苦無だった。
ザックリと突き刺さった飛び道具。女侍は血を流しつつも、妙に嬉しそうなのが不気味すぎる。
「よく聞きなさい、そっちの用心棒! あたしが許可するから!
そこの空気読めない変態をボコボコにしちゃって!
頼んだわよ、応援してるからっ!」
セニアは明後日の場所で海賊と戦い続けながら、何故か敵であるワーアメーバにエールを送った。
さしものワーアメーバも、予想外過ぎる事態に呆然としている。
「……俺も用心棒生活は長いが、敵から励まされるのは初めての経験だな……
つーか、お前ら何なんだ? マジで一体どういう関係なんだ……?」
「ふッ……愛ですよ、愛! 分かりませんか?」
「分かるかアホぉーっ! こんな殺伐とした愛なんざ聞いた事ねェよッ!?」
ドヤ顔で余裕の笑みを浮かべるジン(もちろん流血したまま)に、ワーアメーバは絶叫するのだった。
(つづく)