07.槍使いリコル、その偏愛を語る
甲板でセニアとジンが大暴れしている喧騒は、モニカや海賊たちのいる船倉にも響いていた。
「上はどーなってやがる! 何が起きたんだ?」
「テオ様ね! あたしの言った通り!」モニカは目を輝かせた。
「やっぱり英雄騎士は本物だわ! 絶対来てくれるって信じてた!」
「やかましいこのガキ! どんな英雄が来ようがな。
お前が人質同然の状態って『現実』は変わらねーんだぜッ!」
苛立った海賊の一人が声を荒げるが──それは突如遮られた。
「……『現実』は、そんなに悪いモノじゃあないみたいね?」
凛とした女性の声が、船倉の中に響き渡った。
『なッ…………!?』
モニカと共に船倉の一室にいた二人は、外の様子を伺うべく扉を開けた。
モニカの部屋の前で見張りをしていた三人の海賊と対峙する、武装した女性の姿。その正体は──寒冷地用の軽装の革鎧と、小槍を携えた少女リコル。
「! ほらテオ様! やっぱり来て下さっ……!?」
突然の闖入者の出現に、モニカは歓喜の声を上げかけた。
「……テオ様、じゃない……?」
目の前にいるリコルは、すでに彼女自身の装備に着替えており、変装用の飴玉の効果もとっくに切れている。モニカは困惑の色を隠せなかった。
「くっ……どうしてここが分かった? しかもこんなに早くッ」
海賊たちのうろたえた詰問に、魔法剣士の少女は淡々と答えた。
「セニアが調べてくれたわ。わたしが『テオ語録』の記憶を読み取る事で、素早くあんた達の身元を推測できたお陰でね。
昼間のごく短い時間で、女の子ひとり分の積荷を入れた船──割り出すのにそう時間はかからなかったわ」
* * * * * * * *
リコルはかつて「竜槍」ドラグニルという小槍を所有していた。しかし「修羅竜」との戦いで、ドラグニルには呪いの力が宿っている事を知り……戦いの末に、彼女の持つ槍も魔力を失った。
だからリコルは誓った。いつか必ず、忌まわしき力を必要としない、真の竜槍を作り出し、自分のものとする事を。
それを達成するまでは、リコルはドラグニルに操を立てる覚悟を決めていた。
魔力を失った元「ドラグニル」はリコル自身、肌身離さず持っていたものだったが、男装する際にイザリ家に置いてきていた。
しかし別行動を取る前のセニアが、こっそりと(どこに隠し持っていたのか非常に気になるが)持ち出してきており、リコルに手渡した。
「使う気はないかもしれないけど。お守りになるかなって思って」
いけしゃあしゃあと言ってのけるセニア。
その言わんとしている事は大体、リコルにも察しがついた。いざという時、本気で行動できるように。「テオ」ではなく、リコルとして。
その選択肢を選ぶか否かは、リコル自身の意志。
彼女が選んだのは──
* * * * * * * *
「フン、笑わせやがって!」海賊の一人がせせら笑った。
「そんな小槍で! 小娘たった一人で何ができる?
ここがどこだか分かってんのか?
槍なんざなァ、この狭い場所で満足に振り回せるワケがねえんだ!」
「そうだそうだ! 場所と状況を選んで武器を選ぼうなァ、姉ちゃんよォ!」
五人の海賊たちはリコルを嘲笑する事で、自信と戦意を取り戻した。
が──ふと気がつくと、槍を構えた彼女の表情が消え──刺すような鋭い視線が男たちを貫いていた。
「──あなた達。言っちゃいけない事を口にしたわね」
ぞくり──不可解な悪寒と共に、海賊たちは総毛立つ恐怖を感じた。次の瞬間。
「わたしはこの槍が。『ドラグニル』が好き! 大好き! 愛しているといっても過言じゃないわ!」
海賊たちは呆気にとられ、戸惑っていた。
眼前の、整った顔立ちではあるが大人しそうな少女が──槍について語り出した途端、凄まじいまでの感情の起伏を全身で表現しまくっているのだ。
竜槍「ドラグニル」を両手で抱き締めるようなポーズで、恍惚として狂人めいた勢いで語り続ける。
「この華麗なフォルム! 機能性!
突き・叩き・切り払い! 何でもできる万能性!
槍って素敵よね! 歴戦の傭兵カールスさんも『槍が最強』って言ってたけど、まったくもってその通り!
人類が生み出した武器の極みよ! 槍! 最高ッ!!
『槍が綺麗ですね』って言われたら、それはもう愛の告白と同義なのよッ!」
堰を切ったように語り尽くした、愛の言葉が突如として──止んだ。
恋に恋する夢見る少女のような、無邪気で一途な思いの丈が鎮まり、沈黙が支配する。
リコルの瞳は再び、刺突剣のような恐るべき眼差しに変わった。
「──その素晴らしさが分からないあなた達は。
もう死ぬしかない! むしろ死んで! あの世で詫び続けなさい!
槍の美しさの為に喜んで血反吐撒き散らしてッ!」
「言葉の意味はよく分からんが、とにかく怖すぎるぞこの女……!
もういい! これ以上その女の呪詛に耳を貸すな野郎どもォ!」
「何よその言い草! 呪詛ってどういう意味よ!?」
「どういう意味もクソも言葉通りじゃい! この槍狂いめッ!
とにかく、かかれお前らッ!!」
その言葉が、戦闘開始の合図だった。
海賊たちは一斉に舶刀を抜き、リコルへと飛び掛かった。
(物狂いみてェな語りでこっちを混乱させようったって、そうはいかねえぞ!
この狭い船倉じゃ、懐に入り込んじまえば、槍の有利さは消えてなくなる……
たった一人の女の細腕で、この人数を相手はできねえだろうッ!)
多勢に無勢。男たちの誰もが、自分たちの勝利を疑わなかった。
一人目がリコルに肉薄する。顔面を狙った小槍の一撃を、腰を屈めてすり抜け、賊は「もらった!」とばかりにさらに踏み込む。
だが次の瞬間、脳天が割れたかと思えるほどの衝撃が男を襲った。
紙一重でかわしたと思った槍の柄が、即座に賊の頭部に振り下ろされ、直撃したのだ。
男の突進を読み切ったリコルの狙いは、最初から太刀打(穂先より奥の部位)による頭部殴打だった。賊は脳震盪を起こし、たまらず体勢を崩したところを、追い討ちで反転された石突(槍の最後尾部位)の足払いを受けて派手に転倒、そのまま悶絶した。
流れるような円弧の動き。激昂した海賊たちは次々とリコルに挑みかかるものの──舶刀の間合いに入る前にいずれも軽くあしらわれ、踏み込んだと思えば間合いを外され、文字通り舞うような動きにいいように翻弄された。
そもそも賊たちの敗因は、リコルの槍を戦場の一兵卒が持つような長槍と同等のものだと、思い違いをしていた点にある。
リコルは槍を扱う「魔法剣士」と呼ばれる職業だが、それ以前に冒険者である。冒険者の主な戦場は遺跡や迷宮などの屋内。決して開けた平原などではない。故に限られた空間で槍を扱うためには、それなりの工夫が必要だった。リコルの「元」ドラグニルが、一般の槍に比べやや短い小槍として作られているのもそのためだ。振り回した槍の穂先が味方に当たるようでは論外である。
自分の立ち回る「領域」はできるだけ小さく。
敵に接近戦を挑まれても即座に切り返せるように。
また船倉のような狭い空間は、多勢であるはずの賊どもの動きを封じるのにも役立つ。間合いの取り方ひとつで、彼らが一斉に攻撃を加えられないよう誘導する。そうして「一対一の戦い」を敵の数だけこなす。
これこそが数多くの迷宮を潜り抜け、凶悪な魔物と戦い、生き残ってきたリコルの──実戦経験の中で身につけた戦闘技術であった。
(……すごい……このお姉ちゃん……)
憧れの英雄騎士テオが救援に駆けつけなかった事に、モニカは少なからず落胆の色を隠せなかったが……目の前にいるリコルは、軽やかな動きと共に敵を打ち倒していく。さながら妖精の舞踏劇を見ているかのような華麗さだ。
(……か、かっこいい……!!)
5人の海賊どもが全て撃破されるのに、さほどの時間はかからなかった。
数分後。男たちは地面に這いつくばり、いずれも苦悶のうめき声を上げている。
「……残るは、あなただけね」
リコルは油断なく小槍を構え、縛られたモニカのさらに奥にいる巨漢の用心棒──オークロードに向けて言い放った。
(つづく)