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05.囚われの少女と直立した豚の紳士

 リコルが心の中で見た、モニカ誘拐直前のビジョン。彼女の精神感応はそれだけに留まらず、「テオ語録」の所有者であるモニカがどの場所にいるか……大まかな位置を感じ取る事さえも可能だった。もっとも、リコルの所有物でない書物であるため、精神に多大な負荷がかかり、詳細な場所の特定までは至らなかった。


(モニカちゃん、待っていて……あと少し、だから)

 駆けるリコル。伊達とはいえ「テオ」の扮装用として着ている鎧は重い。リコルの筋力に合わせて、若干軽めにセニアが見繕ってくれた筈だが……弟テオは、これ以上に重い鎧を身につけて戦っていたのだろうか。


「……リコルさん」背後から、ふと声をかけられた。

「わっ! びっくりした。おどかさないでよ、ジン」

「すみません」


 ジンの方は、相変わらずのひらひらフリルの女物の衣服で、リコル以上に走りにくそうだった。ただ鎧を重ね着しているだけのリコルとは違い、ジンの場合は衣装を脱ぎ捨てる事もできない。リコルの心に少しだけ同情心が芽生えた。


「……あの二人組が、モニカちゃん誘拐の実行犯だったとは。でもこれで色々とはっきりしましたね。敵の正体も」

「そうね……って、『正体』って?」

「あの誘拐犯たち。恐らくは……『海賊』でしょう」

「どうして分かるの?」

「ロープで縛った荷物を持っていたでしょう。あの縛り方、船乗り特有のやり方でした。彼らは航海の際、まず最初に習うのはロープワークなんだそうで」

「ジン、すごいね……意外と色んな事、知ってるし」


 リコルの素直な賞賛に、ジンは心底気恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「いえ、その……そ、それほどでも」

 ひどくうろたえている。よほど他人に褒められる事に慣れていないに違いない。

「西方にセニアが旅立ったと聞いた時、船舶についてちょっと勉強した事があるんです」


「へえ……ジンの割にはやるじゃない」


 遠回しに賞賛するセニア。ジンはそれを受けてだらしなく照れている。

 そんな二人の様子をリコルは微笑ましく思った。


「誘拐犯が海賊なら、船を波止場のどこかに泊めている筈よね」

「ええ、恐らくは……しかしまさかご丁寧に海賊旗を掲げたまま停泊はしていないでしょうから、一艘一艘調べるのは手間ですね──」


 ジンは全くスピードを緩めずに考え込む。

 ここシレトゥクは曲がりなりにも港町だ。モニカを誘拐した海賊を探し当てるのは骨の折れる作業だろう。


「ふっふっふ~ん。そういう事だったら!」

 得意げに鼻を鳴らし、目を輝かせるセニア。

「あたしに任せてちょうだい!

 忍者としての面目躍如って奴を見せてあげるわ!」


* * * * * * * *


 モニカが意識を取り戻すと、そこは暗がりの中だった。

 後ろ手に縛られ、すえた臭いのするゴワゴワした安物のベッドの上に放り出されている。常に床が揺れている事から察するに──船倉だろうか?


 彼女の周囲には、見張りと思しきいかつい男──海賊が二人立っていた。

 覆面をしていても体格から分かる。魚市場で彼女を攫った二人だ。


 モニカは海賊たちに向かって尋ねた。

「あ、あたしを一体、どうするつもり……?」


「なぁーに。ちょっとした『商品交換』をするだけさ」

 嫌らしい笑い声と共に、海賊の一人が応じた。

「お前さん、聞けば豪商で知られるバスカール商会の一人娘だそうじゃねえか。

 お前さんの身柄を俺たちが預かってるって、親父さんに伝えれば──喜んで身代金を支払ってくれるだろう。そうなりゃ交渉成立! 無事に返してやるよ」


「つまんねー真似は考えるなよ?

 俺たちにはなぁ、コワ~イ『先生たち』がついてるのさ」


 海賊が指さした先に、明らかに人間からかけ離れたフォルムの二人組がいた。

 一人は常人の三倍はあろうかというでっぷり太った、巨大な豚のような姿。

 もう一人は異様に細長く、蜃気楼のようにユラユラと揺れ動く不気味な姿。

 用心棒なのだろうか? 異形の物体を垣間見て、モニカは恐怖に息を飲んだ。


「恐ろしいか? もっと大声で泣いてもいいんだぜ? どうせこの近くには人っ子ひとりいやしねぇから、泣こうが叫ぼうが誰も、助けになんか来やしねーよ」

「……ち、なんか……」

「あん?」

「……アンタたち、なんかッ……

 テオ様が、みんな、やっつけちゃうんだからッ……」

「テオ様ぁ~? そいつがどんだけ強えーのかは知らねーけどよォ、ここをすぐに見つけ出すのは無理ってモンだ。夢物語にすがらず、現実を見ようぜェ~」


 男たちの下品な哄笑が船倉に響き渡った。

 モニカの顔は見る見る絶望に青ざめていく。すると──用心棒の一人、太った豚のような男が動いた。


 豚のような、ではなかった。まさに直立した豚と呼ぶに相応しい、醜悪な亜人の容貌だった。

 たるんだピンク色の肌。頭部に生えている豊かで鮮やかな金髪ブロンドが、不釣り合いでかえって不気味さを増している。

 オークロード──人間と敵対する醜い亜人、豚鬼オークの中でも貴族階級に位置すると言われる種族だ。


「ご安心ください、お嬢さん」

「…………えっ」


 直立した豚の口から、公爵令息もかくやと思える優雅な声が響いた。

 余りにも美しい声音に、モニカはおろかその場にいた海賊二人ですら、目を丸くしている。


「私はオークロード。ご覧の通り豚鬼オークの貴族階級です。

 私にとってはこの皮下脂肪こそが美徳! 肥満こそ我が喜び。太りゆくものこそ美しい。こう見えてもこの私、脂肪界コレステローラ随一の紳士として通っているのです」

「えっと……その……」


 でっぷりした亜人の饒舌かつ気品溢れる言葉遣いに、モニカは驚きの余り二の句を継げなかった。そもそも脂肪界コレステローラって何だろう?


「そして今、私の役目は海賊たちの用心棒。取引商品の安全保障も仕事のうち。

 この海賊どもは身分卑しき出自ゆえ、貴女のようなお嬢さんを脅しつけるしか能がありませんが。私はそんな事はありません。仕事が終わるまでの間、貴女の身柄は丁重に扱わせていただきます。

 貴女のお父上が、身代金を支払うまでの辛抱ですよ、モニカ嬢。

 何ならこのオークロード、しばしの間、話し相手を務めましょうか? 我が体内のトランス脂肪酸にかけて、退屈しないトークをお約束いたしましょう」

「……あ、はい……その、お願いします……」


 オークロードと名乗った太った亜人は、目を細めて口の端を吊り上がらせた。笑ったらしい。

 最初は呆気に取られていたモニカも、あくまで紳士的な態度を崩さない肥満体に、幾分か心を許したようだ。

 人間であるモニカや海賊たちには想像もつかないが──この直立した豚、豚鬼オークの世界では美男子イケメンで通っているのかもしれない。


「……おい、何だこの用心棒……」ヒソヒソ声で囁き合う海賊たち。

「言動は妙だが、腕は確かのハズだ。下手に人質に抵抗されても面倒だし、ここは気にせず流そうぜ……」


 眼前の奇妙な光景の意味を、海賊たちが深く考えるのをやめた時。

 頭上の甲板から、奇妙な喧騒が聞こえてきた。


(つづく)

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