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03.踏まれるメイド(♂)と消えた少女

 目の前で繰り広げられている光景は、非常に奇妙なものであった。

 10歳前後の女の子に、17、8の女性が(実は男だが)為す術もなく足蹴にされている。


「こらっ! ジュン、下僕のくせに口答えなんて生意気よ!」

「いや、あの、そのっ。ごめんなさいっ。け、蹴らないでー!

 せ、セニアっ! 見てないでっ。止めて! 助けてー!」


 必死に助けを求める……ジン。


「うっわー……いつもの事だけど、今日はいつにも増して、なっさけな……」

 セニアは呆れ返っていた。

「前々からドレイ体質だとは思ってたけどさ。

 そんな年端もいかない幼女に宗旨替え? 変態ねジン」

「誤解だよセニアー! 僕が好きなのはセニアのつるっとした胸だけだー!!」

「喧嘩売ってんのかてめぇーっ!?」


 ……何からつっこんでいいのか分からない、二人のやり取りはともかくとして。

 一応、止めた方がいいのだろうか。さっきからジンを蹴り続けているモニカと、一緒になって蹴り始めたセニアを、リコルは止めようとした。何故かまっとうに「年上の女性を蹴っちゃダメだ」と注意する気にはなれない。それがジンのクオリティ……なのか?


「えっと……モニカ? ジュン、っていうのは……?」

「どーしたんですかテオ様! ご自分にお仕えする下僕の名前を、あたしに聞いてくるなんてっ! テオ様もよーくご存知のはずです! スカートの中に48のお便利アイテムを格納する下僕メイド・ジュンですよっ!」


 さも当然のように返答するモニカ。リコルは頭痛がした。どうやら今の素っ頓狂な設定も「テオ語録」とやらに書かれているものらしい。ジンが女性になっているというだけでも噴飯ものだが、それ以上に設定がひどい。

 いったいあの本の中には、あとどれだけ悪夢のような内容が刻み込まれているのだろうか? 考えただけで気が遠くなる。根本的な問題として、テオの下僕なのに何故モニカがこんなにも偉そうにしているのだろう?

 ……とりあえず、これ以上は考えないことにした。現実に、目を向けよう。


 今しがた聞いた話では、セニアが求めてやまない旬の魚フユウオは、このモニカが買い占めてしまっている、との事だ。


「モニカ。フユウオを買い占めちゃってるってのは、本当?」

「はい、もちろんですわテオ様! テオ様がご所望だと聞きつけて、まとめてプレゼントするためにあらかじめ買い付けておきましたのっ!」


 ものすごい有難迷惑である。今日午前中、魚市場をかけずり回ったセニアのこめかみに、ピクリと青筋が浮かんだのをリコルは見てしまった。

 とりあえず、穏便に話を進めよう。穏便に。


「えっと……その。そんなに沢山はいらないから……1、2匹でいいんだけど」


 当たり前と言えば、ごく当たり前の提案だった。

 しかしモニカは、たった今その事実に気づいたかのように、照れ笑いをして──「あたしとした事がオホホホ」とか誤魔化す始末である。

 フユウオなどリコルはちっとも食べたくはなかったが。とにかくこれで、セニアの機嫌と、ジンの身の安全が買えるなら安いものだ。


 しかし。事はそう簡単には上手く運ばなかった。

 魚市場の人ごみの中から、自分たちを指さしてヒソヒソと話し合っている者たちがいるのに、リコルは気づいた。


「……おい。聞いたか。テオだってよ」

「テオって……あのテオか? 伝説の英雄の!」

「ああ。何でもたった一人で百万のデーモンと戦って打ち倒したっていう……」

「マジかよ! そんなスゲー有名人なのか?」

「ああ。そのサイン色紙とか、その手の好事家には天井知らずの高値がつくらしいぜ!」


 ざわめきはどよめきとなり、段々とリコルらを取り囲む野次馬の塊はその大きさを増していっている。リコルだけでなくセニアやジンですらも、周囲のただならぬ雰囲気に身の毛が逆立つのを感じた。


「あの金髪の鎧姿の方がテオさんかしら? よく見るとカッコイイわ!」

「ちょっと、握手して下さらない?」

「サイン! サインをくれ!」

「テオ様ー! あたしにもー!!」


 群集は巨大なうねりとなり……リコルらに向かって殺到してきた!


「う、うわわわっ! 何でみんなしてこっち来るのっ!?」

「そーよ! あたしのテオ様にいきなり何を……!!」

「いた、いたたたたっ。すみませんごめんなさい、踏まないでっ!」

「ちょ、ちょっと待ってー! 勘違いもいい加減にしてよー!?」


 4人の悲痛な叫びは喧騒にかき消され、阿鼻叫喚というべき混沌とした状況になった。

 もう、何が何だか分からない。心を無にして、人の濁流に身を任せるしかない。手を握られ、抱きつかれ、ぶつかられ……しっちゃかめっちゃか。


 「英雄騎士テオ」に対する人々の熱狂が冷め、散り散りになるまでの時間が──奇妙に長く感じられた。嵐が去り、リコルはぺたんと尻餅をついた。

 傍らにはしこたま踏まれて身体中に足跡をくっつけたジンがうつ伏せに、潰れたカエルのように倒れている。


「……やっと、終わったみたいねー。大丈夫? リコル」

 近くのタルの影からひょっこりと顔を出し、安堵の表情を浮かべるセニア。この抜け目なさは、やはり忍者の端くれというべきだろうか。

「まさか、こんな事態になるなんて予想外。テオってば有名すぎじゃん」


 とんでもない目に遭った。それもこれも「テオ語録」とやらのせいだ。リコルはあの意味不明な書物の著者に、殺意すら湧きかけていた。ちなみにその本は、今は市場の地面に無造作に転がっている。


「……………………って、あれ?」


 リコルは、今置かれている状況の変化に、ようやく気がついた。

 モニカの姿は、どこにも見当たらなかった。



(つづく)

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